神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第6章 宮廷魔導士編

36 始動

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 よく体に馴染む、それでいて真新しい制服に袖を通す。
 宮廷魔導士ーー私は再び、その職についた。
 多くの人たちからお祝いの言葉をもらうが、嬉しい反面、間もなく現れるであろう魔王のことを想像して気分は晴れなかった。

「あっという間だったなぁ」

 がらんとしたファブラス伯爵家の自室で、ぽつりと呟く。
 今日からは、宮廷魔導士として城で生活することになるため、荷物は先に送ってある。後は、私が転移魔法で移動すればいいだけだ。
 リーファは着いてきてくれるが、他のみんなとは簡単には会えなくなる。両親とは昨日、これまでの思い出話に花を咲かせながら夜を過ごした。
 レオたちは、腕によりをかけて豪勢な食事を用意してくれたし、魔導士のみんなは個性あふれるプレゼントを用意してくれていた。たぶん魔道具なんだろうけど、呪術に使うのだと間違われそうな見た目のものも混ざっており、それはイディオに投げ捨てられていた。

「お義父様にも、挨拶しに行かなきゃ」

 宮廷魔導士として働くことになったことを伝えた時には、いつものように落ち着いた声色で祝福してくれた。
 元々は、ファブラス伯爵家の後継ぎとして養子に迎えられたけれど、結局今日までその重圧を感じたことはない。お養父様は私の選択を尊重し、決して無理強いすることはなかった。
 お養父様にとって、私をファブラス伯爵家に迎え入れたメリットはあったのだろうか? 安定した環境で力をつけることができた私にとっては、非常にありがたかった。でも、私は何か返すことができただろうか?
 その不安すらも、お養父様は取り去ってくれた。

 物思いに耽っているうちに、執務室の前に着いていた。

「失礼します。ルナシアです」
「そろそろ出発の時間ですか。少しそこに座ってください。お茶を飲むくらいの時間はあるでしょう」

 いつも事務的なやりとりがほとんどだったお養父様にしては珍しく、私に席をすすめてきた。
 驚きつつも、それに従う。間もなくして、紅茶のよい香りが漂ってきた。
 慣れた動作に、思わず目を奪われる。当主であれば自分でこんなことをする必要はないはずなのだが、おそらくよくこうしていたのだろう。
 並べられた茶菓子と紅茶のお礼を伝えつつ、本当に他愛もないような会話をする。お養父様とこんな風に話したことは、もしかしたら初めてかもしれない。

「ルナシア、あなたのこれまでの人生は納得のいくものでしたか?」

 しばらく話をしていると、お養父様はそんなことを聞いてきた。相変わらず表情は変わらないので、それがどういった意図で投げかけられたものかは分からない。
 でも、はっきりと答えることができる。

「はい。後悔のない人生を、ここまで送ってくることができたと思います」

 一度は、多くの後悔を残した人生だった。
 しかし、記憶をもったまま時間が巻き戻ったこの世界では、後悔しないように常に選択をしてきた。
 そして、後悔のない人生を送ることができた根源は、私がファブラス伯爵家の養子に迎え入れてもらえたことだろう。
 魔王に対抗する力をつけるためには十分な環境が与えられていた。お養父様には感謝しても仕切れない。

「それも、お養父様のおかげです。本当に感謝しています」

 その言葉に、少しだけお養父様の瞳が悲しげに揺らいだ気がした。なぜだろう……ただの見間違いだと思うけど。それが少し気になった。

 もう一度見たお養父様の表情は、相変わらずいつものもので。

「忘れないでください。私は、いつでもあなたの選択を尊重するということを」

 もう何度聞かされたであろう言葉を最後に、私は執務室を後にした。
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