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第5章 学園編(四年生)
33 進路3
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ゆっくり話をする機会がほしいと願ってはいたが、あちらからわざわざ出向いてもらえるとは思ってもみなかった。しかも、その場所が学園の食堂だとは。
あまり大勢が集まる場所で魔王に関する話をするのは躊躇われたが、レイディアント殿下が食べ過ぎたおかげか、食堂には準備中の札が下げられた。
今、この場には私と殿下のふたりだけ。慌てたように厨房で動き回る声が、時折席まで届いてくるくらいだ。
「ええっと……話したいことは色々あるのですが、何から話せばいいのか」
「ホロウとして、何か悩みがあったんじゃないのかい?」
「……ホロウの称号を戴いても、決して無敵ではありません。大きな目的を前にして、力が及ばないこともあります」
「そうだね。それは僕もレイ王国の魔界の門の問題で痛感したところだ。ひとりの力ではどうしようもなかった。あの十年を耐えられたのは、一緒に戦ってくれた国民の、仲間の力があったからだし、君たちにも本当に感謝しているよ」
魔王。あれは、ホロウであっても、ひとりでは到底太刀打ちできない存在だ。
レイ王国の魔界の門どころの話ではない。もう、魔王が現れるまであまり時間は残されていないのだ。
以前の世界では叶わなかったが、今回こそは、もう一人のホロウであるレイディアント殿下の力を借りなければならない。
「魔獣の動きは、年々活発化してきています。姿形も様々に変化してきていますし、今後も魔獣問題は深刻化してくると考えています」
「僕も同じ考えだよ。君はすごいね。まだ学生だというのに、そこまで考えているのか」
「宮廷魔導士を目指しているので。それに、魔獣についてはずっと研究してきましたから」
遠回しに言っても時間を無駄にするだけだ。思い切って、口を開く。
「もし、もしもの話ですが……魔獣よりも強い存在が現れて、世界を滅ぼすほどの脅威に晒されることがあれば、殿下はどうされますか?」
じっ、と目を合わせて様子を窺う。
何かを考えるような表情をしたまま、しばらく沈黙が流れる。
「君には、もっと先のーー何か大きなものが見えているのかもしれないね」
ふっ、と優しく目元を細めて、レイディアント殿下は微笑んだ。
「ラディが、これから国王として益々頑張っていこうとしてるんだ。それなのに、世界が滅んでしまうのを見過ごすわけにはいかないよ」
その返答を聞いて、ホッとした。殿下の性格なら大丈夫だろうとは思っていたが、新たな戦力が増えたことに安堵を隠せない。
その後は雑談をしながら、レイ王国の現状などを聞かせてもらった。
「ところで、グランディール殿下との婚約は正式なものなのかな?」
「いえ、まだ候補という立場ですが……」
その答えを聞いて、ニッコリ笑った殿下が、ずいとテーブルに身を乗り出した。
「ラディにも、そろそろ伴侶を選んでもらわなきゃいけないからね。僕に気を遣って、今までそういった方面にはまったく興味を示さなかったみたいだけど」
元々は、レイディアント殿下に王位を譲るつもりだったラディウス陛下。しかし、正式に国王と認められた今となっては重大な問題だ。
「君なら、ラディも反対しないと思うんだよね。まぁ、あの王子が君を手放すことはないんだろうけど、もし候補から外れたら、レイ王国においでよ。歓迎するから」
「あの、それはどういう……」
「まぁ、考えておいて。割と本気だからさ」
ニッコリとした表情は崩さないまま、レイディアント殿下はこちらを見ている。冗談……ではなさそうだ。
「畏れ多いことです。それに、私はエルメラド王国のために一生を捧げるつもりでおりますので」
それを聞いて、あからさまに肩を落とした。
「うーん、残念。でも、気が変わったらいつでも言ってよ」
「あまり期待しないで頂けると助かります」
「君は、本当にこの国が大好きなんだね」
エルメラド王国。私の生まれ育った土地。
一度目は守りきれずに失ってしまった。しかし、二度目のチャンスを与えられ、再びこの国で生を受けた。
ここには、大切なものがあまりにも多い。二度目の人生で、ますますそれは増えるばかりだ。
「エルメラド王国は、私の愛する国。大切な人たちが暮らす場所です。それを守ることが、私の願いですから」
「君の気持ち、僕も分かる気がするよ」
国のために、約十年の月日を耐え抜いたレイディアント殿下。大切な家族や国民たちを守るために。
「話は戻るけど、僕にできることなら何でも力を貸すよ。遠慮しないで頼っておいでね」
あまり長居してもいけないから、とレイディアント殿下は厨房の人たちに声をかけてから去っていった。
残された私は、ふうと息を吐く。
(よかった。これで、魔王に対抗するための戦力が増えた)
魔王が現れるまであと約一年余り。
変えられたこともあれば、変わらなかったこともある。魔獣たちから、すべての人たちを救えたわけでもない。
それでも、あの最悪の結末だけは避けなければ。
今はこれほど穏やかに過ごしているというのに、悪夢が再びやってくるなんて信じられない。
それでも、この二度目の人生を生きてきて、大きな出来事は変わらずに起こることが分かった。魔王が現れない未来というのは、想像し難い。
静かに、それでいて確かに。脅威はそこまで迫ってきている。
あまり大勢が集まる場所で魔王に関する話をするのは躊躇われたが、レイディアント殿下が食べ過ぎたおかげか、食堂には準備中の札が下げられた。
今、この場には私と殿下のふたりだけ。慌てたように厨房で動き回る声が、時折席まで届いてくるくらいだ。
「ええっと……話したいことは色々あるのですが、何から話せばいいのか」
「ホロウとして、何か悩みがあったんじゃないのかい?」
「……ホロウの称号を戴いても、決して無敵ではありません。大きな目的を前にして、力が及ばないこともあります」
「そうだね。それは僕もレイ王国の魔界の門の問題で痛感したところだ。ひとりの力ではどうしようもなかった。あの十年を耐えられたのは、一緒に戦ってくれた国民の、仲間の力があったからだし、君たちにも本当に感謝しているよ」
魔王。あれは、ホロウであっても、ひとりでは到底太刀打ちできない存在だ。
レイ王国の魔界の門どころの話ではない。もう、魔王が現れるまであまり時間は残されていないのだ。
以前の世界では叶わなかったが、今回こそは、もう一人のホロウであるレイディアント殿下の力を借りなければならない。
「魔獣の動きは、年々活発化してきています。姿形も様々に変化してきていますし、今後も魔獣問題は深刻化してくると考えています」
「僕も同じ考えだよ。君はすごいね。まだ学生だというのに、そこまで考えているのか」
「宮廷魔導士を目指しているので。それに、魔獣についてはずっと研究してきましたから」
遠回しに言っても時間を無駄にするだけだ。思い切って、口を開く。
「もし、もしもの話ですが……魔獣よりも強い存在が現れて、世界を滅ぼすほどの脅威に晒されることがあれば、殿下はどうされますか?」
じっ、と目を合わせて様子を窺う。
何かを考えるような表情をしたまま、しばらく沈黙が流れる。
「君には、もっと先のーー何か大きなものが見えているのかもしれないね」
ふっ、と優しく目元を細めて、レイディアント殿下は微笑んだ。
「ラディが、これから国王として益々頑張っていこうとしてるんだ。それなのに、世界が滅んでしまうのを見過ごすわけにはいかないよ」
その返答を聞いて、ホッとした。殿下の性格なら大丈夫だろうとは思っていたが、新たな戦力が増えたことに安堵を隠せない。
その後は雑談をしながら、レイ王国の現状などを聞かせてもらった。
「ところで、グランディール殿下との婚約は正式なものなのかな?」
「いえ、まだ候補という立場ですが……」
その答えを聞いて、ニッコリ笑った殿下が、ずいとテーブルに身を乗り出した。
「ラディにも、そろそろ伴侶を選んでもらわなきゃいけないからね。僕に気を遣って、今までそういった方面にはまったく興味を示さなかったみたいだけど」
元々は、レイディアント殿下に王位を譲るつもりだったラディウス陛下。しかし、正式に国王と認められた今となっては重大な問題だ。
「君なら、ラディも反対しないと思うんだよね。まぁ、あの王子が君を手放すことはないんだろうけど、もし候補から外れたら、レイ王国においでよ。歓迎するから」
「あの、それはどういう……」
「まぁ、考えておいて。割と本気だからさ」
ニッコリとした表情は崩さないまま、レイディアント殿下はこちらを見ている。冗談……ではなさそうだ。
「畏れ多いことです。それに、私はエルメラド王国のために一生を捧げるつもりでおりますので」
それを聞いて、あからさまに肩を落とした。
「うーん、残念。でも、気が変わったらいつでも言ってよ」
「あまり期待しないで頂けると助かります」
「君は、本当にこの国が大好きなんだね」
エルメラド王国。私の生まれ育った土地。
一度目は守りきれずに失ってしまった。しかし、二度目のチャンスを与えられ、再びこの国で生を受けた。
ここには、大切なものがあまりにも多い。二度目の人生で、ますますそれは増えるばかりだ。
「エルメラド王国は、私の愛する国。大切な人たちが暮らす場所です。それを守ることが、私の願いですから」
「君の気持ち、僕も分かる気がするよ」
国のために、約十年の月日を耐え抜いたレイディアント殿下。大切な家族や国民たちを守るために。
「話は戻るけど、僕にできることなら何でも力を貸すよ。遠慮しないで頼っておいでね」
あまり長居してもいけないから、とレイディアント殿下は厨房の人たちに声をかけてから去っていった。
残された私は、ふうと息を吐く。
(よかった。これで、魔王に対抗するための戦力が増えた)
魔王が現れるまであと約一年余り。
変えられたこともあれば、変わらなかったこともある。魔獣たちから、すべての人たちを救えたわけでもない。
それでも、あの最悪の結末だけは避けなければ。
今はこれほど穏やかに過ごしているというのに、悪夢が再びやってくるなんて信じられない。
それでも、この二度目の人生を生きてきて、大きな出来事は変わらずに起こることが分かった。魔王が現れない未来というのは、想像し難い。
静かに、それでいて確かに。脅威はそこまで迫ってきている。
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