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後日談
母と息子
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世界から魔獣がいなくなって、数年後ーー
「母上、母上! これは何ですか?」
「これは炎を起こすための呪文です。危ないので、無闇に使ってはいけませんよ」
「へぇ~」
グランディール様と私の間に生まれた、第一王子イルグランツ。私譲りの髪と、父譲りの瞳を受け継いだ子だ。
まだ十歳にもなっていないにも関わらず、新しいことを知るのが大好きで、とても頭のよい子に育った。
しかし、好奇心旺盛ゆえに、時折人の話が聞こえなくなるほど没頭することがある。
今だって、私の忠告をよく聞いていないだろう。視線は魔法の呪文が記された本に釘付けだった。
「分かりましたか?」
「分かりました」
再度繰り返せば、ようやくこちらを向いて頷いた。
「ふふ、イルは魔法に興味があるのですね」
「うん、とっても面白い!」
おやおや、これは私の影響だろうか。
エルメラド王国の王族は、潜在的な魔力量を多く持って生まれてくることが多い。グランディール様の血を引いているイルグランツもまた、その例に漏れず、私でも驚くほどに多くの魔力を持って生まれてきた。
別に強要したわけではないのだが、いつの間にやら私たちの研究室に忍び込み、魔法に興味を示すようになった。
また別の日。
「やだー! もっと魔法の勉強するんだ!!」
「しかし、予定の時間より2時間も過ぎております。そろそろお休みになられないと」
駄々をこねるイルを相手に、ディーン様はオロオロしている。
そこで私が注意すると、ようやく諦めたようにトボトボ就寝の準備に入った。
イルが部屋から出ていったのを確認してから、かつての上司に向き直る。
「ディーン、申し訳ありません。イルが我が儘を言ったようで……」
「私は構いませんが、王子はまだ子どもですし、無理をさせられませんからね。しかし、幼い頃から魔法に対してここまでの興味を示すなんて、流石はルナシア王太子妃殿下のお子様であらせられる。ああっ、このディーン感激いたしました!」
今ではイルの教育係も務めてくれているディーン様。
最近は感情の昂りも少なかったんだけど、まるで昔に戻ったようだ。これは、イルが大きくなったらディーン様と研究生活になるかもしれないなぁ。
ディーン様が言ったからというわけではないけれど、我が息子ながら、素晴らしい魔法の才能をもって生まれてきた子だと思う。
その力が、イルを将来縛りつけはしないかと、心配になることもある。
イルが自分の道に困ったら、手を差し伸べられるように、母親として準備はしておくつもりだ。息子が、どのような道でも選べるように。
かつての私が、色々な人たちに助けられたように。
今は、無邪気に笑う息子の姿がただ愛おしい。
このまますくすくと、元気に成長してくれれば、他には何も望まない。
ホロウである私の寿命は、他の一般的な魔導士たちと比べても、はるかに長いだろう。息子が大人になっても、きっとまだ私は生きている。
さまざまな権力から逃げたいと思った時は、私がイルの代わりになることもできるように。王妃教育とは別に、国王の仕事も少しずつ覚えていた。
イルのためだけじゃなく、グランディール様の補佐もできるようになるからね。
どんな風に成長していくのか、スヤスヤと無邪気に眠るイルの頭を撫でながら、とても楽しみに思うのだった。
「母上、母上! これは何ですか?」
「これは炎を起こすための呪文です。危ないので、無闇に使ってはいけませんよ」
「へぇ~」
グランディール様と私の間に生まれた、第一王子イルグランツ。私譲りの髪と、父譲りの瞳を受け継いだ子だ。
まだ十歳にもなっていないにも関わらず、新しいことを知るのが大好きで、とても頭のよい子に育った。
しかし、好奇心旺盛ゆえに、時折人の話が聞こえなくなるほど没頭することがある。
今だって、私の忠告をよく聞いていないだろう。視線は魔法の呪文が記された本に釘付けだった。
「分かりましたか?」
「分かりました」
再度繰り返せば、ようやくこちらを向いて頷いた。
「ふふ、イルは魔法に興味があるのですね」
「うん、とっても面白い!」
おやおや、これは私の影響だろうか。
エルメラド王国の王族は、潜在的な魔力量を多く持って生まれてくることが多い。グランディール様の血を引いているイルグランツもまた、その例に漏れず、私でも驚くほどに多くの魔力を持って生まれてきた。
別に強要したわけではないのだが、いつの間にやら私たちの研究室に忍び込み、魔法に興味を示すようになった。
また別の日。
「やだー! もっと魔法の勉強するんだ!!」
「しかし、予定の時間より2時間も過ぎております。そろそろお休みになられないと」
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そこで私が注意すると、ようやく諦めたようにトボトボ就寝の準備に入った。
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「ディーン、申し訳ありません。イルが我が儘を言ったようで……」
「私は構いませんが、王子はまだ子どもですし、無理をさせられませんからね。しかし、幼い頃から魔法に対してここまでの興味を示すなんて、流石はルナシア王太子妃殿下のお子様であらせられる。ああっ、このディーン感激いたしました!」
今ではイルの教育係も務めてくれているディーン様。
最近は感情の昂りも少なかったんだけど、まるで昔に戻ったようだ。これは、イルが大きくなったらディーン様と研究生活になるかもしれないなぁ。
ディーン様が言ったからというわけではないけれど、我が息子ながら、素晴らしい魔法の才能をもって生まれてきた子だと思う。
その力が、イルを将来縛りつけはしないかと、心配になることもある。
イルが自分の道に困ったら、手を差し伸べられるように、母親として準備はしておくつもりだ。息子が、どのような道でも選べるように。
かつての私が、色々な人たちに助けられたように。
今は、無邪気に笑う息子の姿がただ愛おしい。
このまますくすくと、元気に成長してくれれば、他には何も望まない。
ホロウである私の寿命は、他の一般的な魔導士たちと比べても、はるかに長いだろう。息子が大人になっても、きっとまだ私は生きている。
さまざまな権力から逃げたいと思った時は、私がイルの代わりになることもできるように。王妃教育とは別に、国王の仕事も少しずつ覚えていた。
イルのためだけじゃなく、グランディール様の補佐もできるようになるからね。
どんな風に成長していくのか、スヤスヤと無邪気に眠るイルの頭を撫でながら、とても楽しみに思うのだった。
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