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第3章 学園編(二年生)
23 和解5
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「魔獣を倒して、俺たちに恩を売ったつもりか?」
「兄さん、こんな時まで、あなたは……!」
私に抱きついていたエルが、私を庇うように立って近づいてきた男性を睨んだ。
えっ、お兄さん!? この人、エルのお兄さんなの?
幼い頃に生き別れた兄がいるというのは聞いていたが、まさかこんなところで再会していたなんて。
「お前たちの手を借りなくとも、俺たちだけで対処できた。余計なことをするな」
エルのお兄さんの背後には屈強な獣人の戦士たちが連なっている。
ピリピリした雰囲気が漂う。とても穏やかに話し合いができそうにはない。
リトランデ様を始めとした騎士の皆さんや、ファブラス家の魔導士たちの協力で、獣人の伏兵たちは思うように動けなかったのだろう。魔獣騒動があっても、新たな犠牲者が出た様子はない。
当初の計画が崩れた苛立ちもあるのかもしれないな。
どうしたものかと考えを巡らせていた時だった。
「やめろよ。姉ちゃんたちは、この村を守ってくれた。まずは礼をいうのが先だろ」
大人たちの前に割って入り、強い口調でそう言ったのは、あの黒猫の少年だった。
その少年へ視線が注がれる。怯むことなく、少年は続けた。
「人間は悪いやつらだって教えられてきた。でも、この姉ちゃんは違う気がするんだ」
「お姉ちゃんは、私たちを助けてくれたんだもん」
少年に倣うように、三毛猫の少女も前に出る。
「魔獣が出たって聞いて、真っ先に動いてくれたのは姉ちゃんたちだった。お前たちは俺たちを助けには来てくれなかっただろ」
「お姉ちゃんたちが助けてくれなかったら、私たちは助からなかったかもしれない」
二人を筆頭に、スープを飲みに集まってきていた子どもたちが私たちを擁護するように次々と前に出る。
人間を守るような態度を取る子どもたちに向かって、獣人の大人たちも反論する。
「お前たちは人間どもが獣人にしてきた仕打ちを覚えていないからそんなことが言えるんだ!」
「ああ、知らねぇよ! でも、今この状況でどっちが悪いかって聞かれたら、どう考えても俺たちの方だろ。子どもにだって分かるぞ!!」
この子たちだって、かつて紅玉国に捕らえられていたというのに。幼すぎて覚えていないこともあるだろう。
だが、大人たちから人間がしてきた仕打ちを聞かされて育ってきたはずだ。最初にスープを渡そうとした時の態度がそれを物語っている。
それでも、この状況を見て、子どもたちは大人たちの態度に疑問を持ったのだろう。
正しいと教えられてきたこと。自分の目で見て考えたこと。それに齟齬があることを。
人間がかつて行い、そして今も隠れて行われているであろう獣人たちへの不当な扱いは許されることではない。
だが、すべての人間が同じというわけではないのだ。
子どもたちの言葉に反論しようとした大人たちだったが、もごもごと何か言おうとして結局は口を噤んだ。
「日が暮れてしまいましたし、皆さんお疲れでしょうから、一旦夕飯にしまセンカ? その後、改めて和解に向けた話し合いを進めまショウ」
沈黙を割くように、ヴァールハイト様が提案する。それに反論する者はいなかった。
夕飯の席には、人間と獣人(と竜人)が揃っていた。
大人たちは気まずそうに若干距離をとって座っているが、子どもたちはというとあっという間にその場に馴染んでいた。レオの美味しいご飯のおかげもあるだろうね。
「姉ちゃん、本当に強かったんだな!」
黒猫の少年ーーネロは私の隣でご飯を頬張りながら、警戒されていたことが嘘のように、意気揚々と話しかけてくれた。
子どもたちのリーダー的存在なのか、ネロが私の隣に座ったのを見ると、次々と子どもたちが集まってきた。今では周りを囲まれてしまっている。向かい側にはエルがいるけど、その他は獣人の子どもたちだ。
「村に被害がなかったのは、他の魔導士や騎士の皆さんの力があったからだよ」
「でも、姉ちゃんが一番強かったって!」
「ネロ、お姉ちゃんのことが心配で、危険なのに見に行っちゃったんだもんね」
「あっ、お前言うなって!」
三毛猫の少女ーーリラに告げ口され、ネロが慌てて立ち上がる。
「危なくなったら助けてやろうと思ってさ。必要なかったみたいだけどな」
「すぐにばれて、料理を作ってくれたお兄さん……お姉さん? に連れ戻されちゃったけどね」
「だから余計なこと言うなって!」
子どもたちのことをレオに任せておいて正解だった。魔獣と戦ってるところに巻き込まれたら危なかったからね。
「ふふ、気持ちはありがたいけど、あんまり危ないことしちゃ駄目だよ?」
「ルナシアさんもですよ。本当に心配したんですからね」
思わぬところでエルに指摘され、言葉に詰まってしまう。
「ご、ごめんね。でも、時間がなくて……」
「それは分かっています。でも、そうやってすぐに危険に自分から突っ込んでいくのはいつものことじゃないですか。自覚してください」
穏やかな調子で注意してくれてるけど、これは怒らせちゃったな。
「エル姉ちゃんは、俺たちと同じ獣人なのにルナシア姉ちゃんと仲良いんだな」
ネロが首を傾げる。
「あなたがルナシアさんを悪い人ではないと感じたように、私も人間すべてを憎んでいるわけではありません。ルナシアさんは、私にとっても命の恩人で、大切な友人ですから」
あの村を魔獣が襲ったこと、それが私たちが出会ったきっかけだ。
魔獣が繋いだ縁というのも複雑な心境ではあるが、共に困難を乗り越え、私たちは親友と呼べる仲になった。
どんな時も彼女は隣にいてくれた。私の支えになってくれた。
人間だとか、獣人だとかは関係なく、かけがえのないパートナーだ。
夕食会が終わり、子どもたちは眠りにつく。
ディーン様を始めとした各国の代表者と関係者たちは、静寂の中、和解に向けた話し合いを再開した。
次の日の朝には、和解が成立したという報告を受ける。
心からそれを受け入れられる日が来るのはまだ先かもしれないが、今はこれが最大限の譲歩であるとヴァールハイト様は言っていた。すぐに彼らが復讐に動くことはないだろうとのことだ。
ディーン様によると、獣人たちの現状を考慮して、エルメラド王国は生活の支援を行なっていく予定だそうだ。
まだ時間は必要だろうけど、人間と獣人が共に生きる世界へ向けた大きな一歩になっただろう。
エルメラド王国と獣人たちとの戦いは幕を下ろした。
この戦いにおける犠牲者は一人もいなかったと、記録にはそう記された。
「兄さん、こんな時まで、あなたは……!」
私に抱きついていたエルが、私を庇うように立って近づいてきた男性を睨んだ。
えっ、お兄さん!? この人、エルのお兄さんなの?
幼い頃に生き別れた兄がいるというのは聞いていたが、まさかこんなところで再会していたなんて。
「お前たちの手を借りなくとも、俺たちだけで対処できた。余計なことをするな」
エルのお兄さんの背後には屈強な獣人の戦士たちが連なっている。
ピリピリした雰囲気が漂う。とても穏やかに話し合いができそうにはない。
リトランデ様を始めとした騎士の皆さんや、ファブラス家の魔導士たちの協力で、獣人の伏兵たちは思うように動けなかったのだろう。魔獣騒動があっても、新たな犠牲者が出た様子はない。
当初の計画が崩れた苛立ちもあるのかもしれないな。
どうしたものかと考えを巡らせていた時だった。
「やめろよ。姉ちゃんたちは、この村を守ってくれた。まずは礼をいうのが先だろ」
大人たちの前に割って入り、強い口調でそう言ったのは、あの黒猫の少年だった。
その少年へ視線が注がれる。怯むことなく、少年は続けた。
「人間は悪いやつらだって教えられてきた。でも、この姉ちゃんは違う気がするんだ」
「お姉ちゃんは、私たちを助けてくれたんだもん」
少年に倣うように、三毛猫の少女も前に出る。
「魔獣が出たって聞いて、真っ先に動いてくれたのは姉ちゃんたちだった。お前たちは俺たちを助けには来てくれなかっただろ」
「お姉ちゃんたちが助けてくれなかったら、私たちは助からなかったかもしれない」
二人を筆頭に、スープを飲みに集まってきていた子どもたちが私たちを擁護するように次々と前に出る。
人間を守るような態度を取る子どもたちに向かって、獣人の大人たちも反論する。
「お前たちは人間どもが獣人にしてきた仕打ちを覚えていないからそんなことが言えるんだ!」
「ああ、知らねぇよ! でも、今この状況でどっちが悪いかって聞かれたら、どう考えても俺たちの方だろ。子どもにだって分かるぞ!!」
この子たちだって、かつて紅玉国に捕らえられていたというのに。幼すぎて覚えていないこともあるだろう。
だが、大人たちから人間がしてきた仕打ちを聞かされて育ってきたはずだ。最初にスープを渡そうとした時の態度がそれを物語っている。
それでも、この状況を見て、子どもたちは大人たちの態度に疑問を持ったのだろう。
正しいと教えられてきたこと。自分の目で見て考えたこと。それに齟齬があることを。
人間がかつて行い、そして今も隠れて行われているであろう獣人たちへの不当な扱いは許されることではない。
だが、すべての人間が同じというわけではないのだ。
子どもたちの言葉に反論しようとした大人たちだったが、もごもごと何か言おうとして結局は口を噤んだ。
「日が暮れてしまいましたし、皆さんお疲れでしょうから、一旦夕飯にしまセンカ? その後、改めて和解に向けた話し合いを進めまショウ」
沈黙を割くように、ヴァールハイト様が提案する。それに反論する者はいなかった。
夕飯の席には、人間と獣人(と竜人)が揃っていた。
大人たちは気まずそうに若干距離をとって座っているが、子どもたちはというとあっという間にその場に馴染んでいた。レオの美味しいご飯のおかげもあるだろうね。
「姉ちゃん、本当に強かったんだな!」
黒猫の少年ーーネロは私の隣でご飯を頬張りながら、警戒されていたことが嘘のように、意気揚々と話しかけてくれた。
子どもたちのリーダー的存在なのか、ネロが私の隣に座ったのを見ると、次々と子どもたちが集まってきた。今では周りを囲まれてしまっている。向かい側にはエルがいるけど、その他は獣人の子どもたちだ。
「村に被害がなかったのは、他の魔導士や騎士の皆さんの力があったからだよ」
「でも、姉ちゃんが一番強かったって!」
「ネロ、お姉ちゃんのことが心配で、危険なのに見に行っちゃったんだもんね」
「あっ、お前言うなって!」
三毛猫の少女ーーリラに告げ口され、ネロが慌てて立ち上がる。
「危なくなったら助けてやろうと思ってさ。必要なかったみたいだけどな」
「すぐにばれて、料理を作ってくれたお兄さん……お姉さん? に連れ戻されちゃったけどね」
「だから余計なこと言うなって!」
子どもたちのことをレオに任せておいて正解だった。魔獣と戦ってるところに巻き込まれたら危なかったからね。
「ふふ、気持ちはありがたいけど、あんまり危ないことしちゃ駄目だよ?」
「ルナシアさんもですよ。本当に心配したんですからね」
思わぬところでエルに指摘され、言葉に詰まってしまう。
「ご、ごめんね。でも、時間がなくて……」
「それは分かっています。でも、そうやってすぐに危険に自分から突っ込んでいくのはいつものことじゃないですか。自覚してください」
穏やかな調子で注意してくれてるけど、これは怒らせちゃったな。
「エル姉ちゃんは、俺たちと同じ獣人なのにルナシア姉ちゃんと仲良いんだな」
ネロが首を傾げる。
「あなたがルナシアさんを悪い人ではないと感じたように、私も人間すべてを憎んでいるわけではありません。ルナシアさんは、私にとっても命の恩人で、大切な友人ですから」
あの村を魔獣が襲ったこと、それが私たちが出会ったきっかけだ。
魔獣が繋いだ縁というのも複雑な心境ではあるが、共に困難を乗り越え、私たちは親友と呼べる仲になった。
どんな時も彼女は隣にいてくれた。私の支えになってくれた。
人間だとか、獣人だとかは関係なく、かけがえのないパートナーだ。
夕食会が終わり、子どもたちは眠りにつく。
ディーン様を始めとした各国の代表者と関係者たちは、静寂の中、和解に向けた話し合いを再開した。
次の日の朝には、和解が成立したという報告を受ける。
心からそれを受け入れられる日が来るのはまだ先かもしれないが、今はこれが最大限の譲歩であるとヴァールハイト様は言っていた。すぐに彼らが復讐に動くことはないだろうとのことだ。
ディーン様によると、獣人たちの現状を考慮して、エルメラド王国は生活の支援を行なっていく予定だそうだ。
まだ時間は必要だろうけど、人間と獣人が共に生きる世界へ向けた大きな一歩になっただろう。
エルメラド王国と獣人たちとの戦いは幕を下ろした。
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