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第3章 学園編(二年生)
23 和解3
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物陰からこちらを見ていたのは、黒猫の獣人の男の子と、三毛猫の獣人の女の子だった。
身嗜みに気を遣う余裕はなさそうだが、きちんと手入れをすれば、ふわふわ手触りのよい毛並みになりそうだ。
「これ、よかったら食べて」
二人の子どもを前に、温かいスープの入ったお椀を差し出す。
だが、匂いは嗅いだものの、手を出す様子はない。小さい子に威嚇されても怖くはないのだが、警戒心からか睨んで後ずさりされる。
膠着状態が続いていると、きゅるる、と誰かのお腹の音が鳴った。はっとした顔で、三毛猫の少女がお腹を押さえる。
「やっぱり、お腹空いてるんでしょう?」
少女の前に差し出したお椀を、彼女を守るように立った黒猫の少年が叩き落とす。
正確には、叩き落とそうとした。
「食べ物を粗末にしては駄目」
地面に着く前に、風魔法で素早くスープを回収する。私の手にお椀が戻ってきた時には、運んできた時と同じ状態でそこにあった。
少女を守ろうとした少年の行動は正しかったと思うが、食べ物を粗末にするのはいかがなものか。
「すごい……」
どちらともなく、その様子を見ていた子どもが呟く。視線はじっと私の手元にあるスープに注がれていた。
「ほら、食べても大丈夫だよ」
何かよくないものが混ざっているのを警戒していたのかもしれない。私が試しに一口啜ってみせれば、何度も匂いを確認したあと、おそるおそる口にした。
一度口に入れてしまえば、あとは無我夢中でスープを飲み干していた。
余程お腹が空いていたんだな、と子どもたちを眺めていると、空になったお椀を持ちながら何か言いたげにしていることに気がついた。
「おかわり、いる?」
そう問えば、こくりと二人とも小さく頷き、お椀を差しだす。
さすが、レオの料理は子どもにも大人気だね。
おかわりを持っていくと、先ほどまではいなかった子どもたちが増えていた。二人がスープを飲んでいたのを見て、警戒心が薄れたのだろう。
その子たちの分も用意して渡せば、先ほどの二人と同じように夢中で口にしていた。
しばらくして、スープを飲みに集まってきた獣人たちは皆、近くに大人がいる様子のない子どもたちであることに気がついた。
獣人たちが反旗を翻す前の紅玉国は、獣人たちを物のように扱う国だった。捕らえられた獣人たちの中には幼い子どもや赤ん坊もいたという。その頃の子どもたちが成長していたなら、この子たちくらいになっているだろうか。
この子たちの親はどうしているのか。色々と想像はしてみるが、聞くことは憚られた。
大人たちは今も色々と画策しているが、この子たちはどこまで知っているのだろうか。
人間と獣人が共に暮らす未来。この子たちなら、それも実現できるだろうか。
そんな思いに耽っている時だった。
宮廷魔導士としてこの戦いに同行していたギャロッド様が、慌てた様子で走っているのが目に入った。ああも彼が取り乱すなど珍しい。
今は村の外の見回りをしていたはずだが。ただ事ではないと感じ、急いで駆け寄る。
「ギャロッド様、何かあったんですか?」
私の顔を見ると一瞬顔を顰めたが、すぐに状況を説明してくれた。
「魔獣だ、すぐそこまで来ている。数も多い。手が空いている者は応援に向かってくれ」
「魔獣!? こんな時に……」
魔獣。その存在を忘れていたわけではないが、こんな時に出てこなくともよいではないか。まぁ、どんな時でも出てくるのが魔獣なんだけど。
しかし、タイミングが悪い。
騎士団やファブラス家の人たちは、伏兵を探しに散らばっている。魔獣を放置することはできないが、伏兵探しの方を放棄しても、この魔獣騒動の混乱に乗じて獣人たちが襲ってこないとも言い切れない。そちらの人員を割くのも不安が残る。
ここまで犠牲者が出なかったというのに、魔獣による犠牲者が出たとなれば笑い話にもならない。
私も手の空いている一人だ。もうひと仕事するとしよう。
人間側にも、獣人側にも犠牲者を出さない。それはこの戦いにおいてだけでなく、魔獣を相手にしても同じだ。
「大丈夫だよ。私が守るから」
魔獣という単語に怯える子どもたちを背に、なるべく優しく声をかける。
ギャロッド様に魔獣が来ている方角を聞いて、そちらへ足を向ける。
「待てよ!」
それを止めたのは、最初に声をかけた黒猫の獣人の男の子だった。
「魔獣は危険なんだ。お前みたいな子ども、一撃でやられて終わりだぞ!」
私より小さいであろう子に子どもと言われるのは複雑だけど、私も見た目は子どもに変わりないのか……そうだった。私の場合は保持する魔力量が多いこともあって成長が遅いから、一層幼く見えるのかもしれない。
「こう見えて結構強いんですよ。心配しないでください」
「だ、誰がお前の心配なんて……」
少し前まであんなに警戒されていたのに、子どもは柔軟というか何というか。
私のことを気にかけてくれたのなら嬉しいな。
この子たちのことを守りたい。心からそう思った。
村に辿り着く前に食い止めなければ。
子どもたちのことをリーファとレオに任せ、私は走り出した。
身嗜みに気を遣う余裕はなさそうだが、きちんと手入れをすれば、ふわふわ手触りのよい毛並みになりそうだ。
「これ、よかったら食べて」
二人の子どもを前に、温かいスープの入ったお椀を差し出す。
だが、匂いは嗅いだものの、手を出す様子はない。小さい子に威嚇されても怖くはないのだが、警戒心からか睨んで後ずさりされる。
膠着状態が続いていると、きゅるる、と誰かのお腹の音が鳴った。はっとした顔で、三毛猫の少女がお腹を押さえる。
「やっぱり、お腹空いてるんでしょう?」
少女の前に差し出したお椀を、彼女を守るように立った黒猫の少年が叩き落とす。
正確には、叩き落とそうとした。
「食べ物を粗末にしては駄目」
地面に着く前に、風魔法で素早くスープを回収する。私の手にお椀が戻ってきた時には、運んできた時と同じ状態でそこにあった。
少女を守ろうとした少年の行動は正しかったと思うが、食べ物を粗末にするのはいかがなものか。
「すごい……」
どちらともなく、その様子を見ていた子どもが呟く。視線はじっと私の手元にあるスープに注がれていた。
「ほら、食べても大丈夫だよ」
何かよくないものが混ざっているのを警戒していたのかもしれない。私が試しに一口啜ってみせれば、何度も匂いを確認したあと、おそるおそる口にした。
一度口に入れてしまえば、あとは無我夢中でスープを飲み干していた。
余程お腹が空いていたんだな、と子どもたちを眺めていると、空になったお椀を持ちながら何か言いたげにしていることに気がついた。
「おかわり、いる?」
そう問えば、こくりと二人とも小さく頷き、お椀を差しだす。
さすが、レオの料理は子どもにも大人気だね。
おかわりを持っていくと、先ほどまではいなかった子どもたちが増えていた。二人がスープを飲んでいたのを見て、警戒心が薄れたのだろう。
その子たちの分も用意して渡せば、先ほどの二人と同じように夢中で口にしていた。
しばらくして、スープを飲みに集まってきた獣人たちは皆、近くに大人がいる様子のない子どもたちであることに気がついた。
獣人たちが反旗を翻す前の紅玉国は、獣人たちを物のように扱う国だった。捕らえられた獣人たちの中には幼い子どもや赤ん坊もいたという。その頃の子どもたちが成長していたなら、この子たちくらいになっているだろうか。
この子たちの親はどうしているのか。色々と想像はしてみるが、聞くことは憚られた。
大人たちは今も色々と画策しているが、この子たちはどこまで知っているのだろうか。
人間と獣人が共に暮らす未来。この子たちなら、それも実現できるだろうか。
そんな思いに耽っている時だった。
宮廷魔導士としてこの戦いに同行していたギャロッド様が、慌てた様子で走っているのが目に入った。ああも彼が取り乱すなど珍しい。
今は村の外の見回りをしていたはずだが。ただ事ではないと感じ、急いで駆け寄る。
「ギャロッド様、何かあったんですか?」
私の顔を見ると一瞬顔を顰めたが、すぐに状況を説明してくれた。
「魔獣だ、すぐそこまで来ている。数も多い。手が空いている者は応援に向かってくれ」
「魔獣!? こんな時に……」
魔獣。その存在を忘れていたわけではないが、こんな時に出てこなくともよいではないか。まぁ、どんな時でも出てくるのが魔獣なんだけど。
しかし、タイミングが悪い。
騎士団やファブラス家の人たちは、伏兵を探しに散らばっている。魔獣を放置することはできないが、伏兵探しの方を放棄しても、この魔獣騒動の混乱に乗じて獣人たちが襲ってこないとも言い切れない。そちらの人員を割くのも不安が残る。
ここまで犠牲者が出なかったというのに、魔獣による犠牲者が出たとなれば笑い話にもならない。
私も手の空いている一人だ。もうひと仕事するとしよう。
人間側にも、獣人側にも犠牲者を出さない。それはこの戦いにおいてだけでなく、魔獣を相手にしても同じだ。
「大丈夫だよ。私が守るから」
魔獣という単語に怯える子どもたちを背に、なるべく優しく声をかける。
ギャロッド様に魔獣が来ている方角を聞いて、そちらへ足を向ける。
「待てよ!」
それを止めたのは、最初に声をかけた黒猫の獣人の男の子だった。
「魔獣は危険なんだ。お前みたいな子ども、一撃でやられて終わりだぞ!」
私より小さいであろう子に子どもと言われるのは複雑だけど、私も見た目は子どもに変わりないのか……そうだった。私の場合は保持する魔力量が多いこともあって成長が遅いから、一層幼く見えるのかもしれない。
「こう見えて結構強いんですよ。心配しないでください」
「だ、誰がお前の心配なんて……」
少し前まであんなに警戒されていたのに、子どもは柔軟というか何というか。
私のことを気にかけてくれたのなら嬉しいな。
この子たちのことを守りたい。心からそう思った。
村に辿り着く前に食い止めなければ。
子どもたちのことをリーファとレオに任せ、私は走り出した。
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