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第3章 学園編(二年生)
23 和解
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実質、エルメラド王国が勝利した形で紅玉国との戦いは終わった。
後方にいた私たちにその情報が届いたのは、二国が衝突してから半月もしない頃だった。
獣人たちが戦意喪失したことで戦いが終わったと報告を受けたが、どうやってそこに至ったのか詳細は聞かされていない。
ただ、分かっているのは、把握している限り、エルメラド王国側も紅玉国側も一人も欠けることなく終わったということだ。とりあえず、当初の目的は果たされたといえるだろう。
詳細はエルたちと合流した後で聞くことにして、今は他にすべきことが残っている。
「ようやく僕の出番デスネ」
安全な場所まで退避してもらっていたヴァールハイト様に合流していただき、正式に戦いを終え、和解するための話し合いの場を設ける。
エルメラド王国からは、ディーン様が代表として出ることになっており、紅玉国の代表が決まり次第、話し合いが開始される。ディーン様はその準備に忙しい。
「無事に和解できるといいんですが」
このまま何事もなく和解できるのか。獣人たちの人間への憎しみは、そう簡単になくせるものではないだろう。
「あなたは最善を尽くしまシタ。この先は僕に任せてくだサイ」
不安を見透かしたように、ヴァールハイト様の目が緩く弧を描く。彼に隠し事はできないな。
「ありがとうございます、心強いです。どんなに魔力があっても、心まではどうにもできませんから」
魅了魔法は存在するが、それは幻惑に過ぎない。本当に相手の心に訴えかけるには、やはり対話といった方法をとるしかない。
それには時間がかかるし、誰でもいいというわけでもない。
私がどうこうできる問題でないことは分かっているが、心配は尽きなかった。
「あなたの心は本当に無垢で美シイ。我が友を救ってくれた時から、それはまったく変わりマセン」
ヴァールハイト様はそう言ってくれるけど、無垢だとかそういうのは私には当てはまらないと思う。結構、貪欲だからね。特に食欲とか。
でも、私のことを励ましてくれてるんだろうな。
以前の世界ではほぼ交流のなかった人だが、今回の世界ではよくして頂いている。感謝しないとな。
話し合いの準備が整うまで雑談していたが、ふと思い出したようにヴァールハイト様が口を開いた。
「そうダ、グランディール王子との婚約、おめでとうございマス」
「それ、まだ候補なんですよ。私が正式な婚約者というわけではないんです」
意外と噂は広まっているようで、ヴァールハイト様の耳にも私がグランディール様の婚約者候補になった話は届いていたみたいだ。
たまに勘違いされることもあるが、あくまでもまだ候補。人数は年々減ってきているみたいだけど、アミリア様や他数名のご令嬢たちが名を連ねている。
私は候補者の中でも末席だ。ホロウの力を国内に留めておくための手段だったのかもしれない。グランディール様や国王陛下は、私がホロウだからといって特別何かを望むことはなかった。紅玉国との戦いにも、私が無理言って参加させてもらったんだし。
優しい彼らがそうせざるを得ないような事態が、私の知らないところで起こっているのかもしれない。
「ホロウの力を近くに留めておきたい理由が、何かあるのかもしれません。私は宮廷魔導師を目指していますし、元々エルメラド王国に一生住むつもりでいたんですけどね」
「グランディール王子は、ホロウの力が欲しいという理由だけで婚約者候補にする人ではないと思いマスヨ?」
「私もそう思うんですが、そうせざるを得ない理由があったのかもしれません。そうでないと、なぜ私が選ばれたのか分からなくて……」
「グランディール王子に、何と言われて婚約者候補になったんデスカ?」
「私が必要だから、と」
そう答えると、ヴァールハイト様は頭を抱えてしまった。
「あの、どうされました?」
「イエ……伝わってなかったんだなと、少し不憫に思ってしまっただけデス」
重いため息をつかれてしまった。何か不味いことを言ってしまっただろうか?
「早く決めないと、他の誰かにとられてしまうかもしれまセンヨ」
「え?」
「気にしないでくだサイ。独り言デス」
にこりと笑うと、いつものヴァールハイト様に戻っていた。
「あなたの魅力は、ホロウの力だけではありマセン。むしろ、そちらがオマケのようなものだと思っていマス。ルナシアさんの心がとても美しいと言ったのは、嘘でも冗談でもありマセン。竜の瞳に誓って、真実なのデス」
皇子が私の手をそっと取った。そのまま跪くと、指先に口付ける。出会った時と同じ、挨拶のようなもの。でも、どうして今?
「美しい心の持ち主を、竜は好みマス。いつでもサフィーア帝国はあなたを歓迎しマスヨ」
またサフィーア帝国に行けるなら嬉しい。前に行った時は、ラーチェスの呪いを解くのがメインだったから、ゆっくり観光できなかった。まだ食べてない料理もたくさんあるし、迷惑でないのなら今度こそちゃんとした旅行客として行きたい。
「これでも伝わらないんですから、グランディール王子が苦戦するのも分かりマスネ」
「?」
ちょっぴり残念そうな顔をしながら、準備ができたと報告を受けたヴァールハイト様は話し合いの場に向かっていった。
後方にいた私たちにその情報が届いたのは、二国が衝突してから半月もしない頃だった。
獣人たちが戦意喪失したことで戦いが終わったと報告を受けたが、どうやってそこに至ったのか詳細は聞かされていない。
ただ、分かっているのは、把握している限り、エルメラド王国側も紅玉国側も一人も欠けることなく終わったということだ。とりあえず、当初の目的は果たされたといえるだろう。
詳細はエルたちと合流した後で聞くことにして、今は他にすべきことが残っている。
「ようやく僕の出番デスネ」
安全な場所まで退避してもらっていたヴァールハイト様に合流していただき、正式に戦いを終え、和解するための話し合いの場を設ける。
エルメラド王国からは、ディーン様が代表として出ることになっており、紅玉国の代表が決まり次第、話し合いが開始される。ディーン様はその準備に忙しい。
「無事に和解できるといいんですが」
このまま何事もなく和解できるのか。獣人たちの人間への憎しみは、そう簡単になくせるものではないだろう。
「あなたは最善を尽くしまシタ。この先は僕に任せてくだサイ」
不安を見透かしたように、ヴァールハイト様の目が緩く弧を描く。彼に隠し事はできないな。
「ありがとうございます、心強いです。どんなに魔力があっても、心まではどうにもできませんから」
魅了魔法は存在するが、それは幻惑に過ぎない。本当に相手の心に訴えかけるには、やはり対話といった方法をとるしかない。
それには時間がかかるし、誰でもいいというわけでもない。
私がどうこうできる問題でないことは分かっているが、心配は尽きなかった。
「あなたの心は本当に無垢で美シイ。我が友を救ってくれた時から、それはまったく変わりマセン」
ヴァールハイト様はそう言ってくれるけど、無垢だとかそういうのは私には当てはまらないと思う。結構、貪欲だからね。特に食欲とか。
でも、私のことを励ましてくれてるんだろうな。
以前の世界ではほぼ交流のなかった人だが、今回の世界ではよくして頂いている。感謝しないとな。
話し合いの準備が整うまで雑談していたが、ふと思い出したようにヴァールハイト様が口を開いた。
「そうダ、グランディール王子との婚約、おめでとうございマス」
「それ、まだ候補なんですよ。私が正式な婚約者というわけではないんです」
意外と噂は広まっているようで、ヴァールハイト様の耳にも私がグランディール様の婚約者候補になった話は届いていたみたいだ。
たまに勘違いされることもあるが、あくまでもまだ候補。人数は年々減ってきているみたいだけど、アミリア様や他数名のご令嬢たちが名を連ねている。
私は候補者の中でも末席だ。ホロウの力を国内に留めておくための手段だったのかもしれない。グランディール様や国王陛下は、私がホロウだからといって特別何かを望むことはなかった。紅玉国との戦いにも、私が無理言って参加させてもらったんだし。
優しい彼らがそうせざるを得ないような事態が、私の知らないところで起こっているのかもしれない。
「ホロウの力を近くに留めておきたい理由が、何かあるのかもしれません。私は宮廷魔導師を目指していますし、元々エルメラド王国に一生住むつもりでいたんですけどね」
「グランディール王子は、ホロウの力が欲しいという理由だけで婚約者候補にする人ではないと思いマスヨ?」
「私もそう思うんですが、そうせざるを得ない理由があったのかもしれません。そうでないと、なぜ私が選ばれたのか分からなくて……」
「グランディール王子に、何と言われて婚約者候補になったんデスカ?」
「私が必要だから、と」
そう答えると、ヴァールハイト様は頭を抱えてしまった。
「あの、どうされました?」
「イエ……伝わってなかったんだなと、少し不憫に思ってしまっただけデス」
重いため息をつかれてしまった。何か不味いことを言ってしまっただろうか?
「早く決めないと、他の誰かにとられてしまうかもしれまセンヨ」
「え?」
「気にしないでくだサイ。独り言デス」
にこりと笑うと、いつものヴァールハイト様に戻っていた。
「あなたの魅力は、ホロウの力だけではありマセン。むしろ、そちらがオマケのようなものだと思っていマス。ルナシアさんの心がとても美しいと言ったのは、嘘でも冗談でもありマセン。竜の瞳に誓って、真実なのデス」
皇子が私の手をそっと取った。そのまま跪くと、指先に口付ける。出会った時と同じ、挨拶のようなもの。でも、どうして今?
「美しい心の持ち主を、竜は好みマス。いつでもサフィーア帝国はあなたを歓迎しマスヨ」
またサフィーア帝国に行けるなら嬉しい。前に行った時は、ラーチェスの呪いを解くのがメインだったから、ゆっくり観光できなかった。まだ食べてない料理もたくさんあるし、迷惑でないのなら今度こそちゃんとした旅行客として行きたい。
「これでも伝わらないんですから、グランディール王子が苦戦するのも分かりマスネ」
「?」
ちょっぴり残念そうな顔をしながら、準備ができたと報告を受けたヴァールハイト様は話し合いの場に向かっていった。
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