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第3章 学園編(二年生)
22 獣人の国(エル視点2)
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私が父と兄と暮らした期間はとても短い。それでも、一緒に過ごした日々が幸せだったことは、ちゃんと覚えている。
もちろん、人間に攫われた時の恐怖を忘れたわけでもない。
「お前たちを探す旅の中で、俺と父さんは紅玉国にたどり着いた。獣人たちを道具のように扱う人間たちが蔓延る、おぞましい国だった」
剣を交えながら、兄がこれまでの記憶を辿る。
獣人たちが紅玉国を占領するまで、そこは獣人たちを商品にして生計を立てている国だったと聞いたことがある。
「俺たちは捕らえられていた獣人たちと協力して、その悪魔の所業に鉄槌を下してやった」
反乱を起こした獣人たちによって、紅玉国は崩壊した。人間はいなくなり、獣人たちが治める国に変わった。
それに留まらず、紅玉国を拠点に獣人たちはさらに勢力を広げていくつもりでいた。次の標的となったのが隣国であるエルメラド王国。この戦いは、獣人たちの人間に対する復讐のためのものだ。
「ようやく、人間たちに復讐する機会を得たというのに。よりにもよって、同じ獣人であるはずのお前が邪魔をするな!」
振り下ろされた剣を、私はしっかりと受け止めた。兄だけでなく、一斉に飛びかかってくる他の獣人たちの攻撃も全ていなしていく。
「種族が同じでも、皆一人一人違う考えをもった別個の存在です。獣人たちの中にも良い人、悪い人がいるように、人間全てが悪ではありません」
人間は悪。それは、何度考えてみても正しいとは思えなかった。
二つの種族の間にあるしがらみは、そう簡単になくなるものではないだろう。だが、これから先の未来、子どもたちの代までそれを残しておく必要はない。
『風を纏え』
私が、しがらみを断つ一手になる。その思いをのせて、向かってくる兄や、他の獣人たちに刃を振るった。
風の力を纏った斬撃が、彼らを吹き飛ばす。宙に舞い、地面に叩きつけられた獣人たちは呻きながら蹲っている。
精鋭部隊が吹き飛ばされたのを目の当たりにして、多数の獣人たちが襲いかかるのを躊躇する様子を見せた。
その中で、唯一兄だけは片膝をついてこちらを睨む。
「まだやりますか?」
ギリリ、と歯を食いしばったまま、兄は答えない。
諦めることはできないが、このまま戦い続けても一方的に消耗するだけだと分かっている顔だ。私一人にも歯が立たなかったことで、思い知ったのだろう。
求めてきたのは、魔王に対抗できるだけの力。ルナシアさんを守るための力。
獣人の軍を相手にしてみて、自分の力が確実に上がってきていると実感した。
「命までとるつもりは初めからありません。エルメラド王国は、あなた方と和解したい。そのつもりで、ここに来たんです。それでもまだ戦うというのなら、残念ですが全戦力をもって迎え討つしかありません」
こちらから進んで手を出すつもりはない。ルナシアさんの力もあって、被害は最小限に抑えられ、死者も出ていないはずだ。
これ以上、戦いを挑んでくるのであれば、それは捨て身の自爆攻撃に過ぎない。
感情のままに戦い続ければ、獣人の集団は壊滅する。それでも構わないと言うのであれば、受けて立つ以外に方法はないかもしれない。
長い沈黙の後、兄は剣を置いた。
それを見た獣人たちも、続けて武器を捨てていく。
「はっ……結局俺たちは人間の道具として使われるしかないのか」
「いいえ、エルメラド王国は獣人に不当な扱いはしません。すぐに分かります」
「どうだかな。にわかに信じられる話ではない」
未だ人間を信じることはできていないようだが、戦意は感じられなかった。
仕方がなかったとはいえ、兄に剣を向けるのは心苦しかった。最悪の事態になる前に収められてよかったと思う。
頃合いを見計らって防壁の外に出てきたリトランデ様が、苦笑しながら隣に立った。
「本当に一人で何とかするなんてな。君、以前と比べてどれだけ強くなったんだ?」
魔王に対抗できるだけの力をつけるために、毎日努力してきた。どこまでやれば勝てるのか。それが明確でないからこそ、やれるだけのことはやってきた。
もう少し苦戦するかとも思ったが、日々の成果が出たということだろう。
「あの一撃が効かなければ、増援が必要になるところでした。たまたま運がよかっただけかもしれません」
「たまたま、ね……俺も負けていられないな。とりあえず、お疲れ様。あとは俺たちで何とかしておく。君は少し休んでくれ」
お言葉に甘えて、前線から退く。怪我こそしていないが、それなりの数を一人で相手にしていたのだ。流石に疲労はしていた。
すると、待ち構えていたかのように、私の隊の隊員たちが集まってきた。休める場所を準備してくれたり、タオルや飲料などを手渡してくれる。
「隊長、すげーっす!」
「やっぱり、隊長は俺たちの憧れだよなぁ」
労いの言葉をくれる隊員もいた。そんな彼らを見ながら、隊長を任された時のことを思い出す。
元々、私は隊長になる予定でこの戦いに参加したわけではなかった。人間側も獣人側も、双方の被害が少なくて済むようにと、それだけを思っていた。
だが、いざ隊を編成する時になって、私に一部隊を任せるという命が下った。騎士団には幼い頃から立ち入っているが、まだ学生である。まさかその役割が自分に回ってくるとは思いもしなかった。
自分よりも年下で、しかもこれから戦う相手と同じ獣人。そんな私が隊長になったとして、隊員たちに不満はないのだろうか。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
私の隊に配属された隊員たちは皆、自ら志願して集まってくれたのだという。本来なら別の騎士が隊長を任されるはずだったが、辞退して私を推薦したのだとも聞いた。
幼い頃、闘技大会の褒賞の一つとして騎士団への出入りを許可してもらったのは、魔王からルナシアさんを守るため。ただ、それだけが理由だった。
こんな風に、私のことを信じてついてきてくれる人たちが出来るなんて思いもしなかった。
人間だから、獣人だから。立場が重要なのではない。
人間でも、獣人でも。良い人も、悪い人もいる。
大切なのは、個々がどういう人物であるかということ。
種族に関係なく、友達になれると教えてくれたのはルナシアさん。人間の全てを恨む必要はないと気づかせてくれた人。
今、私の周りにはたくさんの人たちがいます。この光景を見ることができたのも、あなたとの出会いがあったからですね。
もちろん、人間に攫われた時の恐怖を忘れたわけでもない。
「お前たちを探す旅の中で、俺と父さんは紅玉国にたどり着いた。獣人たちを道具のように扱う人間たちが蔓延る、おぞましい国だった」
剣を交えながら、兄がこれまでの記憶を辿る。
獣人たちが紅玉国を占領するまで、そこは獣人たちを商品にして生計を立てている国だったと聞いたことがある。
「俺たちは捕らえられていた獣人たちと協力して、その悪魔の所業に鉄槌を下してやった」
反乱を起こした獣人たちによって、紅玉国は崩壊した。人間はいなくなり、獣人たちが治める国に変わった。
それに留まらず、紅玉国を拠点に獣人たちはさらに勢力を広げていくつもりでいた。次の標的となったのが隣国であるエルメラド王国。この戦いは、獣人たちの人間に対する復讐のためのものだ。
「ようやく、人間たちに復讐する機会を得たというのに。よりにもよって、同じ獣人であるはずのお前が邪魔をするな!」
振り下ろされた剣を、私はしっかりと受け止めた。兄だけでなく、一斉に飛びかかってくる他の獣人たちの攻撃も全ていなしていく。
「種族が同じでも、皆一人一人違う考えをもった別個の存在です。獣人たちの中にも良い人、悪い人がいるように、人間全てが悪ではありません」
人間は悪。それは、何度考えてみても正しいとは思えなかった。
二つの種族の間にあるしがらみは、そう簡単になくなるものではないだろう。だが、これから先の未来、子どもたちの代までそれを残しておく必要はない。
『風を纏え』
私が、しがらみを断つ一手になる。その思いをのせて、向かってくる兄や、他の獣人たちに刃を振るった。
風の力を纏った斬撃が、彼らを吹き飛ばす。宙に舞い、地面に叩きつけられた獣人たちは呻きながら蹲っている。
精鋭部隊が吹き飛ばされたのを目の当たりにして、多数の獣人たちが襲いかかるのを躊躇する様子を見せた。
その中で、唯一兄だけは片膝をついてこちらを睨む。
「まだやりますか?」
ギリリ、と歯を食いしばったまま、兄は答えない。
諦めることはできないが、このまま戦い続けても一方的に消耗するだけだと分かっている顔だ。私一人にも歯が立たなかったことで、思い知ったのだろう。
求めてきたのは、魔王に対抗できるだけの力。ルナシアさんを守るための力。
獣人の軍を相手にしてみて、自分の力が確実に上がってきていると実感した。
「命までとるつもりは初めからありません。エルメラド王国は、あなた方と和解したい。そのつもりで、ここに来たんです。それでもまだ戦うというのなら、残念ですが全戦力をもって迎え討つしかありません」
こちらから進んで手を出すつもりはない。ルナシアさんの力もあって、被害は最小限に抑えられ、死者も出ていないはずだ。
これ以上、戦いを挑んでくるのであれば、それは捨て身の自爆攻撃に過ぎない。
感情のままに戦い続ければ、獣人の集団は壊滅する。それでも構わないと言うのであれば、受けて立つ以外に方法はないかもしれない。
長い沈黙の後、兄は剣を置いた。
それを見た獣人たちも、続けて武器を捨てていく。
「はっ……結局俺たちは人間の道具として使われるしかないのか」
「いいえ、エルメラド王国は獣人に不当な扱いはしません。すぐに分かります」
「どうだかな。にわかに信じられる話ではない」
未だ人間を信じることはできていないようだが、戦意は感じられなかった。
仕方がなかったとはいえ、兄に剣を向けるのは心苦しかった。最悪の事態になる前に収められてよかったと思う。
頃合いを見計らって防壁の外に出てきたリトランデ様が、苦笑しながら隣に立った。
「本当に一人で何とかするなんてな。君、以前と比べてどれだけ強くなったんだ?」
魔王に対抗できるだけの力をつけるために、毎日努力してきた。どこまでやれば勝てるのか。それが明確でないからこそ、やれるだけのことはやってきた。
もう少し苦戦するかとも思ったが、日々の成果が出たということだろう。
「あの一撃が効かなければ、増援が必要になるところでした。たまたま運がよかっただけかもしれません」
「たまたま、ね……俺も負けていられないな。とりあえず、お疲れ様。あとは俺たちで何とかしておく。君は少し休んでくれ」
お言葉に甘えて、前線から退く。怪我こそしていないが、それなりの数を一人で相手にしていたのだ。流石に疲労はしていた。
すると、待ち構えていたかのように、私の隊の隊員たちが集まってきた。休める場所を準備してくれたり、タオルや飲料などを手渡してくれる。
「隊長、すげーっす!」
「やっぱり、隊長は俺たちの憧れだよなぁ」
労いの言葉をくれる隊員もいた。そんな彼らを見ながら、隊長を任された時のことを思い出す。
元々、私は隊長になる予定でこの戦いに参加したわけではなかった。人間側も獣人側も、双方の被害が少なくて済むようにと、それだけを思っていた。
だが、いざ隊を編成する時になって、私に一部隊を任せるという命が下った。騎士団には幼い頃から立ち入っているが、まだ学生である。まさかその役割が自分に回ってくるとは思いもしなかった。
自分よりも年下で、しかもこれから戦う相手と同じ獣人。そんな私が隊長になったとして、隊員たちに不満はないのだろうか。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
私の隊に配属された隊員たちは皆、自ら志願して集まってくれたのだという。本来なら別の騎士が隊長を任されるはずだったが、辞退して私を推薦したのだとも聞いた。
幼い頃、闘技大会の褒賞の一つとして騎士団への出入りを許可してもらったのは、魔王からルナシアさんを守るため。ただ、それだけが理由だった。
こんな風に、私のことを信じてついてきてくれる人たちが出来るなんて思いもしなかった。
人間だから、獣人だから。立場が重要なのではない。
人間でも、獣人でも。良い人も、悪い人もいる。
大切なのは、個々がどういう人物であるかということ。
種族に関係なく、友達になれると教えてくれたのはルナシアさん。人間の全てを恨む必要はないと気づかせてくれた人。
今、私の周りにはたくさんの人たちがいます。この光景を見ることができたのも、あなたとの出会いがあったからですね。
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