神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

文字の大きさ
上 下
79 / 171
第3章 学園編(二年生)

22 獣人の国(エル視点2)

しおりを挟む
 私が父と兄と暮らした期間はとても短い。それでも、一緒に過ごした日々が幸せだったことは、ちゃんと覚えている。
 もちろん、人間に攫われた時の恐怖を忘れたわけでもない。

「お前たちを探す旅の中で、俺と父さんは紅玉国にたどり着いた。獣人たちを道具のように扱う人間たちが蔓延る、おぞましい国だった」

 剣を交えながら、兄がこれまでの記憶を辿る。
 獣人たちが紅玉国を占領するまで、そこは獣人たちを商品にして生計を立てている国だったと聞いたことがある。

「俺たちは捕らえられていた獣人たちと協力して、その悪魔の所業に鉄槌を下してやった」

 反乱を起こした獣人たちによって、紅玉国は崩壊した。人間はいなくなり、獣人たちが治める国に変わった。
 それに留まらず、紅玉国を拠点に獣人たちはさらに勢力を広げていくつもりでいた。次の標的となったのが隣国であるエルメラド王国。この戦いは、獣人たちの人間に対する復讐のためのものだ。

「ようやく、人間たちに復讐する機会を得たというのに。よりにもよって、同じ獣人であるはずのお前が邪魔をするな!」

 振り下ろされた剣を、私はしっかりと受け止めた。兄だけでなく、一斉に飛びかかってくる他の獣人たちの攻撃も全ていなしていく。

「種族が同じでも、皆一人一人違う考えをもった別個の存在です。獣人たちの中にも良い人、悪い人がいるように、人間全てが悪ではありません」

 人間は悪。それは、何度考えてみても正しいとは思えなかった。
 二つの種族の間にあるしがらみは、そう簡単になくなるものではないだろう。だが、これから先の未来、子どもたちの代までそれを残しておく必要はない。

『風を纏え』

 私が、しがらみを断つ一手になる。その思いをのせて、向かってくる兄や、他の獣人たちに刃を振るった。
 風の力を纏った斬撃が、彼らを吹き飛ばす。宙に舞い、地面に叩きつけられた獣人たちは呻きながら蹲っている。
 精鋭部隊が吹き飛ばされたのを目の当たりにして、多数の獣人たちが襲いかかるのを躊躇する様子を見せた。
 
 その中で、唯一兄だけは片膝をついてこちらを睨む。

「まだやりますか?」

 ギリリ、と歯を食いしばったまま、兄は答えない。
 諦めることはできないが、このまま戦い続けても一方的に消耗するだけだと分かっている顔だ。私一人にも歯が立たなかったことで、思い知ったのだろう。
 求めてきたのは、魔王に対抗できるだけの力。ルナシアさんを守るための力。
 獣人の軍を相手にしてみて、自分の力が確実に上がってきていると実感した。

「命までとるつもりは初めからありません。エルメラド王国は、あなた方と和解したい。そのつもりで、ここに来たんです。それでもまだ戦うというのなら、残念ですが全戦力をもって迎え討つしかありません」

 こちらから進んで手を出すつもりはない。ルナシアさんの力もあって、被害は最小限に抑えられ、死者も出ていないはずだ。
 これ以上、戦いを挑んでくるのであれば、それは捨て身の自爆攻撃に過ぎない。
 感情のままに戦い続ければ、獣人の集団は壊滅する。それでも構わないと言うのであれば、受けて立つ以外に方法はないかもしれない。

 長い沈黙の後、兄は剣を置いた。
 それを見た獣人たちも、続けて武器を捨てていく。

「はっ……結局俺たちは人間の道具として使われるしかないのか」
「いいえ、エルメラド王国は獣人に不当な扱いはしません。すぐに分かります」
「どうだかな。にわかに信じられる話ではない」

 未だ人間を信じることはできていないようだが、戦意は感じられなかった。
 仕方がなかったとはいえ、兄に剣を向けるのは心苦しかった。最悪の事態になる前に収められてよかったと思う。
 頃合いを見計らって防壁の外に出てきたリトランデ様が、苦笑しながら隣に立った。

「本当に一人で何とかするなんてな。君、以前と比べてどれだけ強くなったんだ?」

 魔王に対抗できるだけの力をつけるために、毎日努力してきた。どこまでやれば勝てるのか。それが明確でないからこそ、やれるだけのことはやってきた。
 もう少し苦戦するかとも思ったが、日々の成果が出たということだろう。

「あの一撃が効かなければ、増援が必要になるところでした。たまたま運がよかっただけかもしれません」
「たまたま、ね……俺も負けていられないな。とりあえず、お疲れ様。あとは俺たちで何とかしておく。君は少し休んでくれ」

 お言葉に甘えて、前線から退く。怪我こそしていないが、それなりの数を一人で相手にしていたのだ。流石に疲労はしていた。
 すると、待ち構えていたかのように、私の隊の隊員たちが集まってきた。休める場所を準備してくれたり、タオルや飲料などを手渡してくれる。

「隊長、すげーっす!」
「やっぱり、隊長は俺たちの憧れだよなぁ」

 労いの言葉をくれる隊員もいた。そんな彼らを見ながら、隊長を任された時のことを思い出す。

 元々、私は隊長になる予定でこの戦いに参加したわけではなかった。人間側も獣人側も、双方の被害が少なくて済むようにと、それだけを思っていた。
 だが、いざ隊を編成する時になって、私に一部隊を任せるという命が下った。騎士団には幼い頃から立ち入っているが、まだ学生である。まさかその役割が自分に回ってくるとは思いもしなかった。

 自分よりも年下で、しかもこれから戦う相手と同じ獣人。そんな私が隊長になったとして、隊員たちに不満はないのだろうか。
 しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
 私の隊に配属された隊員たちは皆、自ら志願して集まってくれたのだという。本来なら別の騎士が隊長を任されるはずだったが、辞退して私を推薦したのだとも聞いた。

 幼い頃、闘技大会の褒賞の一つとして騎士団への出入りを許可してもらったのは、魔王からルナシアさんを守るため。ただ、それだけが理由だった。
 こんな風に、私のことを信じてついてきてくれる人たちが出来るなんて思いもしなかった。

 人間だから、獣人だから。立場が重要なのではない。
 人間でも、獣人でも。良い人も、悪い人もいる。
 大切なのは、個々がどういう人物であるかということ。

 種族に関係なく、友達になれると教えてくれたのはルナシアさん。人間の全てを恨む必要はないと気づかせてくれた人。
 今、私の周りにはたくさんの人たちがいます。この光景を見ることができたのも、あなたとの出会いがあったからですね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。

水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。 主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。 しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。 そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。 無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。 気づいた時にはもう手遅れだった。 アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】「財産目当てに子爵令嬢と白い結婚をした侯爵、散々虐めていた相手が子爵令嬢に化けた魔女だと分かり破滅する〜」

まほりろ
恋愛
【完結済み】 若き侯爵ビリーは子爵家の財産に目をつけた。侯爵は子爵家に圧力をかけ、子爵令嬢のエミリーを強引に娶(めと)った。 侯爵家に嫁いだエミリーは、侯爵家の使用人から冷たい目で見られ、酷い仕打ちを受ける。 侯爵家には居候の少女ローザがいて、当主のビリーと居候のローザは愛し合っていた。 使用人達にお金の力で二人の愛を引き裂いた悪女だと思われたエミリーは、使用人から酷い虐めを受ける。 侯爵も侯爵の母親も居候のローザも、エミリーに嫌がれせをして楽しんでいた。 侯爵家の人間は知らなかった、腐ったスープを食べさせ、バケツの水をかけ、ドレスを切り裂き、散々嫌がらせをした少女がエミリーに化けて侯爵家に嫁いできた世界最強の魔女だと言うことを……。 魔女が正体を明かすとき侯爵家は地獄と化す。 全26話、約25,000文字、完結済み。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにもアップしてます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 第15回恋愛小説大賞にエントリーしてます。よろしくお願いします。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】反逆令嬢

なか
恋愛
「お前が婚約者にふさわしいか、身体を確かめてやる」 婚約者であるライアン王子に言われた言葉に呆れて声も出ない レブル子爵家の令嬢 アビゲイル・レブル 権力をふりかざす王子に当然彼女は行為を断った そして告げられる婚約破棄 更には彼女のレブル家もタダでは済まないと脅す王子だったが アビゲイルは嬉々として出ていった ーこれで心おきなく殺せるー からだった 王子は間違えていた 彼女は、レブル家はただの貴族ではなかった 血の滴るナイフを見て笑う そんな彼女が初めて恋する相手とは

処理中です...