神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第3章 学園編(二年生)

22 獣人の国3

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 エルメラド王国と紅玉国の国境で、私たちは獣人たちが現れるのを待った。偵察に出ていた騎士の話によると、夕方には姿を見せるだろうとのことだった。
 獣人たちにとって、夜は行動の妨げにはならない。夜目が利く獣人がほとんどなので、人間たちに有利をとれる時間帯でもある。あえてこの時間を狙ったのだろう。

 各隊に一人以上配置された連絡役の魔導師から、伝達魔法で情報が伝わる。
 彼らのおかげで、後方にいても前線で何が起こっているか知ることができる。距離が離れると通信が途切れたりすることもあるけどね。簡単なやり取りをするだけなら、大きな障害にはならない。


 ーー来た。
 前線にいる部隊から連絡が入り、私は予定通りエルメラド王国側から、国境を取り囲むように防壁を張った。獣人たちがエルメラド王国に入ってくることのないように、壁を張り巡らしている感じだ。
 透明なので見えないが、外側からの攻撃はある程度すべて防ぐことができる。内側からは自由に外へ出ることもできるが、一度出てしまうと魔法を解かない限り戻ることはできなくなるので注意だ。
 前線にいる騎士さんたちにも防壁の魔法の特徴は伝えてあるから大丈夫だと思うが、上手くいっているかどうかは連絡を待つしかない。

「成功したみたいですよ、お嬢様。獣人たちは国境よりこちら側に入ることができないようです。今のところ、突破されそうな雰囲気もないと」

 イディオが連絡を受け取り、そう教えてくれる。一安心かな。
 魔王にも対応できるレベルにしようと鍛錬してきた魔法だったから、ここで突破されたら不味かった。日頃の努力の成果は出ただろうか。

「本当に一人で獣人たちを食い止める防壁を張るなんて。一人二人じゃない、軍隊レベルを相手にしてるっていうのに。やっぱり、お嬢様は只者ではないですねぇ」
「どこまで保つかは分からないから、イディオたちも警戒よろしくね」
「承知いたしました。でも、俺はともかく、この隊の他の魔導師たちは休憩に入っちゃってますけどね……」

 視線の先を見れば、すっかり緊張感のなくなったファブラス家の魔導師たちの姿があった。
 本を読みだす者、仮眠をとる者、軽食を食べる者、ここでも魔術の研究を始める者などなど。彼ららしいといえば彼ららしいが、それをまとめなくてはならないイディオの胃が心配だ。

「お嬢様は気にせず防壁を張るのに集中してください。食糧の補給にレオさんが来れば、こいつらもしゃっきりするはずなんで大丈夫です。あの人には頭が上がりませんから」

 イディオよりもレオの方が立場的に強いんだね……魔導師が料理人に頭が上がらないのは私もよく分かるけど。
 いざという時に動けるなら、今は休んでいてもらって構わない。
 この状況でも自分のペースを崩さないのは流石というべきなのか、うちの魔導師さんたちは肝が据わっている。

 すっかり辺りが暗くなり、僅かな炎だけが灯りになる。
 紅玉国と衝突してから数時間が経つが、未だ防壁が突破されたという情報はない。前線にいるエルやリトランデ様からも連絡が入ったが、直接的な戦闘には至っていないとのことだった。
 しかし、獣人たちが諦める様子はなく、簡単に戦意喪失してくれそうにはないようだ。
 まだ余裕はあるにしろ、私の魔力も無限にあるわけではない。長期戦になればなるほど消耗していく。早めに戦いが終わるに越したことはない。

 後方は、戦いの最中とは思えないほど静かだ。前線では、いつ防壁が突破されるか分からない緊張状態が続いているのだろう。私にできることは、この防壁をいかに持続させるかということだけだ。

 夜明けまで1時間ほどとなった頃、魔導師部隊の総隊長を任されているディーン様が様子を見に来てくれた。

「ずっと防壁を張り続けていますが、体調に変化はありませんか?」
「ディーン様、お疲れ様です。はい、問題ありません。日が昇るまではこのままでも大丈夫かと」
「あなたが一人で防壁を張っているんですから、私たちは全然疲れませんよ。こんなに楽できる戦いは初めてです。ああっ、これほどまでの広範囲にも関わらず強度が落ちないなんて! そして、この持続力! さらに、会話する余裕もあるなんて! 間近で見られるなんて夢のようですね!」

 どこにいてもディーン様は変わりませんね‥‥‥。事前に防壁を張る様子をお城で確認してもらったはずなんですけど。
 飽きずにいつまでもこのテンションを維持できるのは凄いと思う。放っておいたら、いつまでも話し続けていそうだ。

 すっかり自分の世界に入ってしまっているディーン様を呼び戻すべく、戦況を尋ねることにした。

「前線の方はどうですか?」
「だいぶ粘っているようですね。獣人たちの人間への恨みは、それほどまでに強いということでしょう」

 切り替えの速さは流石だ。さっきまでのテンションが嘘のように真面目な顔で答えてくれる。
 最後まで、獣人たちが諦めない可能性もある。人間たちへの恨みの深さがそうさせるかもしれない。
 もし平和的な解決ができなかった場合にはーーそのことも覚悟していた。

「獣人への認識や扱いはここ数年で変わりつつあります。エルメラド王国では、エルさんの存在もあってか目に見えて改善してきている。それを無駄にするわけにはいきません」

 私の思いを知ってか知らずか、ディーン様の瞳には確かな意志が宿っていた。
 エルはまだ正式な騎士ではないものの、騎士団の中でも一目置かれる存在だ。今回、部隊長を任されていることからも、それが窺える。
 訓練のみならず、彼女は時間があればエルメラド王国でボランティア活動を行っている。獣人にも人間にも、彼女は平等に接していた。
 エルの活躍もあって、エルメラド王国の特に王都では、獣人に対する偏見はほとんどないと言ってもいい。

 人間と獣人が共存できる社会がつくられつつある中で、紅玉国の獣人たちの話が大事おおごとになれば、彼女の努力も水の泡になってしまう。
 そうならないために、私は被害を最小限に抑えることを誓ったのだ。

 あたりが白んできた。そろそろ夜が明ける。
 防壁の展開を宮廷魔導師部隊の人と交代してもらい、私は休憩に入る。
 前線にいるエルやリトランデ様たちは、どうしているだろうか。
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