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第3章 学園編(二年生)
20 魅了する力2
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授業が終わり、私はいつものように寮に戻ろうとしていた。エルも一緒だったが、寮が違うので途中で別れている。
荷物を部屋に置いたら夕食だ。私が帰ってくるタイミングを見計らって、毎日レオが準備してくれている。今日のメニューは何だろうな。
「奇遇ですね、ルナシアさん」
「ハイン様?」
普段ならそのまま帰るばかりなのだが、今日は呼び止める者があった。
寮へ戻る道でばったり顔を合わせることになったのは、ハイン王子だった。
王族の使う部屋はまた別にあるため、こんなところで会うのは珍しい。学年も違うし、学園内で会うことも少ないんだけどね。
「ふふっ、嘘です。先輩を待っていました。寮に戻られるタイミングなら、二人きりでお話しできるかと思いまして」
にこり、と人好きのする笑みを浮かべてハイン様は近づいてくる。彼のいう通り、従者や他の学生たちの姿はない。
新学期に会って以来、特別これといって関わりがあったわけではない。わざわざ帰りを待ってまで、私のところに来る必要があったのだろうか。
「お時間は取らせません。あまり遅くなると、探しにくる方々がいるでしょうから」
予定より帰りが遅くなると、リーファとレオが探しにきてくれる。たまにエルが混ざっていることもあるな。
その辺りも把握済みなのか、偶然なのか、笑っているけど断らせまいという雰囲気が伝わってくる。
夕食を準備してくれているレオには申し訳ないが……冷めないうちに帰れることを祈って、王子の申し出に従った。
近くにあった長椅子に腰かけた王子は、隣に座るよう促す。
まだ候補とはいえ、私はグランディール様の婚約者候補になった身だ。本当ならば他の男性と二人きりになるのは好ましくないが、グランディール様の弟ということで迷いながらも言われるまま腰を下ろす。
「先輩の功績はよく耳にしていました。わずか五歳で村を魔獣から救ってホロウの称号を戴き、七歳にして初出場の闘技大会で優勝。姉上のことも救ってくれましたし、トリル男爵家の企てを見抜いたのもあなただとか」
一息ついたところで、ハイン様は私がこれまでしてきたことを話し出した。
人から聞かされて、時間が巻き戻る以前の自分と同じ行動、そして以前の自分とは違う行動があったことを再認識する。
再びホロウの名を戴いたこと、グレース様の魔術暴走を止めたことは以前と同じ。闘技大会への出場やトリル男爵家の一件は以前とは違った行動だ。これはハイン様も知らないだろうけど、サフィーア帝国へ旅行したのもそう。
だが、世界の時間が巻き戻っていることを王子は知らないのだから、私の行動を不審に思って声をかけてきたわけではないのだろう。
「不思議です。これだけのことをしておきながら、あなたは何も求めない」
王子は理解できないと言いたげな顔をしていた。
「闘技大会の褒賞は頂きましたが」
「宮廷図書館への立ち入り許可でしょう? それは結果的に国の利益に繋がるものです。あなたに直接的な利益はありましたか?」
元々、魔術研究するのは楽しかったし、それが将来的に世界を救うことに繋がるのなら何ら不満はなかった。
だが、当時の私は七歳。子どもらしくない願いだろう。中身が成人している私にとっては何ら不自然ではないのだが、もどかしい。
見返りが欲しくないのかと問われても、すでに私はたくさんもらいすぎている。
両親やファブラス家の人々、大切な友人たち、そしてグランディール様。私のことを気にかけてくれて、いつもよくしてくれる人たちの存在。
彼らには彼らの生活があって、それぞれが精一杯生きている。そんな中で、彼らは自分の時間を私に割いてくれた。
「私の周りにいる人たちは、私をいつも気にかけてくれます。それに少しでも応えたい。私の力が役に立つのなら、使って欲しい。それでは理由にならないでしょうか?」
「あなたと親しくしている相手に、なら分かります。でも、あなたは知り合いでもない相手にも手を差し伸べる。それは、ここ数日あなたのことを見ていて知りました」
ここ数日って、王子の気配はなかった気がするのだが。どこからか見られていたのだろうか。ハイン様のお母様であるレーナ王妃は情報通であったというし、流石は親子といったところか……。
「今までは周囲の人間に恵まれていたのかもしれません。でも、この先も全員が味方とは限りませんよ。あなたの敵になる人だっているはずだ。いくらあなたが尽くそうと、裏切られることだってある」
「そうですね。万人に好かれる人間はいません。でも、嫌われることを恐れて双方が関係を遮断してしまったら、新しい出会いもありませんから」
そう、万人に好かれることなんてない。
以前の世界で、私は魔王と呼ばれ多くの人々から忌避された。
それでも、最後まで私のことを信じてくれた人たちがいる。その人たちのおかげで、私は最期まで彼らを恨むことなく突き進むことができた。
自分を嫌う人がいる。互いに分かり合うことができないことだってある。
それでも、全員が味方でなくとも、全員が敵ではないことも知っているから。
一番恐ろしいのは、差し伸べられている手に気づけないことだ。
かつての私はその手に救われた。だから私も、手を差し伸べられる人間でありたいと思う。
王子は相変わらず穏やかに微笑んでいる。ひゅう、と乾いた風が間をすり抜けた。
聞きたいことは聞けたのか、ハイン様が立ち上がる。
「世の中はあなたが想像しているよりも、ずっと残酷だ。あなただって、大勢から非難されるようなことになれば、考えを改めるはずですよ」
顔は笑っているのに、それとは真逆の言葉。その見た目は太陽のようにあたたかいのに、心が冷え切ってしまっているような。
人を信じられない、そう彼の瞳は語っていた。
荷物を部屋に置いたら夕食だ。私が帰ってくるタイミングを見計らって、毎日レオが準備してくれている。今日のメニューは何だろうな。
「奇遇ですね、ルナシアさん」
「ハイン様?」
普段ならそのまま帰るばかりなのだが、今日は呼び止める者があった。
寮へ戻る道でばったり顔を合わせることになったのは、ハイン王子だった。
王族の使う部屋はまた別にあるため、こんなところで会うのは珍しい。学年も違うし、学園内で会うことも少ないんだけどね。
「ふふっ、嘘です。先輩を待っていました。寮に戻られるタイミングなら、二人きりでお話しできるかと思いまして」
にこり、と人好きのする笑みを浮かべてハイン様は近づいてくる。彼のいう通り、従者や他の学生たちの姿はない。
新学期に会って以来、特別これといって関わりがあったわけではない。わざわざ帰りを待ってまで、私のところに来る必要があったのだろうか。
「お時間は取らせません。あまり遅くなると、探しにくる方々がいるでしょうから」
予定より帰りが遅くなると、リーファとレオが探しにきてくれる。たまにエルが混ざっていることもあるな。
その辺りも把握済みなのか、偶然なのか、笑っているけど断らせまいという雰囲気が伝わってくる。
夕食を準備してくれているレオには申し訳ないが……冷めないうちに帰れることを祈って、王子の申し出に従った。
近くにあった長椅子に腰かけた王子は、隣に座るよう促す。
まだ候補とはいえ、私はグランディール様の婚約者候補になった身だ。本当ならば他の男性と二人きりになるのは好ましくないが、グランディール様の弟ということで迷いながらも言われるまま腰を下ろす。
「先輩の功績はよく耳にしていました。わずか五歳で村を魔獣から救ってホロウの称号を戴き、七歳にして初出場の闘技大会で優勝。姉上のことも救ってくれましたし、トリル男爵家の企てを見抜いたのもあなただとか」
一息ついたところで、ハイン様は私がこれまでしてきたことを話し出した。
人から聞かされて、時間が巻き戻る以前の自分と同じ行動、そして以前の自分とは違う行動があったことを再認識する。
再びホロウの名を戴いたこと、グレース様の魔術暴走を止めたことは以前と同じ。闘技大会への出場やトリル男爵家の一件は以前とは違った行動だ。これはハイン様も知らないだろうけど、サフィーア帝国へ旅行したのもそう。
だが、世界の時間が巻き戻っていることを王子は知らないのだから、私の行動を不審に思って声をかけてきたわけではないのだろう。
「不思議です。これだけのことをしておきながら、あなたは何も求めない」
王子は理解できないと言いたげな顔をしていた。
「闘技大会の褒賞は頂きましたが」
「宮廷図書館への立ち入り許可でしょう? それは結果的に国の利益に繋がるものです。あなたに直接的な利益はありましたか?」
元々、魔術研究するのは楽しかったし、それが将来的に世界を救うことに繋がるのなら何ら不満はなかった。
だが、当時の私は七歳。子どもらしくない願いだろう。中身が成人している私にとっては何ら不自然ではないのだが、もどかしい。
見返りが欲しくないのかと問われても、すでに私はたくさんもらいすぎている。
両親やファブラス家の人々、大切な友人たち、そしてグランディール様。私のことを気にかけてくれて、いつもよくしてくれる人たちの存在。
彼らには彼らの生活があって、それぞれが精一杯生きている。そんな中で、彼らは自分の時間を私に割いてくれた。
「私の周りにいる人たちは、私をいつも気にかけてくれます。それに少しでも応えたい。私の力が役に立つのなら、使って欲しい。それでは理由にならないでしょうか?」
「あなたと親しくしている相手に、なら分かります。でも、あなたは知り合いでもない相手にも手を差し伸べる。それは、ここ数日あなたのことを見ていて知りました」
ここ数日って、王子の気配はなかった気がするのだが。どこからか見られていたのだろうか。ハイン様のお母様であるレーナ王妃は情報通であったというし、流石は親子といったところか……。
「今までは周囲の人間に恵まれていたのかもしれません。でも、この先も全員が味方とは限りませんよ。あなたの敵になる人だっているはずだ。いくらあなたが尽くそうと、裏切られることだってある」
「そうですね。万人に好かれる人間はいません。でも、嫌われることを恐れて双方が関係を遮断してしまったら、新しい出会いもありませんから」
そう、万人に好かれることなんてない。
以前の世界で、私は魔王と呼ばれ多くの人々から忌避された。
それでも、最後まで私のことを信じてくれた人たちがいる。その人たちのおかげで、私は最期まで彼らを恨むことなく突き進むことができた。
自分を嫌う人がいる。互いに分かり合うことができないことだってある。
それでも、全員が味方でなくとも、全員が敵ではないことも知っているから。
一番恐ろしいのは、差し伸べられている手に気づけないことだ。
かつての私はその手に救われた。だから私も、手を差し伸べられる人間でありたいと思う。
王子は相変わらず穏やかに微笑んでいる。ひゅう、と乾いた風が間をすり抜けた。
聞きたいことは聞けたのか、ハイン様が立ち上がる。
「世の中はあなたが想像しているよりも、ずっと残酷だ。あなただって、大勢から非難されるようなことになれば、考えを改めるはずですよ」
顔は笑っているのに、それとは真逆の言葉。その見た目は太陽のようにあたたかいのに、心が冷え切ってしまっているような。
人を信じられない、そう彼の瞳は語っていた。
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