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第3章 学園編(二年生)
21 銀狼の騎士
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時間が巻き戻る前の世界で起こった通り、紅玉国に動きが見られた。学園内でも噂として囁かれていたが、単なる噂でなくこれは事実だ。
冬にかけてエルメラド王国と紅玉国が衝突することになるのは分かっていたので、そろそろだと覚悟はしていた。
人間に対してよい感情を抱いていない獣人たちが、紅玉国を拠点として、今度はエルメラド王国へと勢力を広げようとしているのだ。
しかし、結果はエルメラド王国の勝利に終わる。時間が巻き戻る前の世界ではそうだった。
今度もそうなるという確証はないが、国内の戦力を考えても、獣人が治めるようになってから間もない紅玉国に敗れるようなことはないだろう。
夏季休業中、ファブラス家の屋敷に戻ると普段と違う光景が見られた。
いつもは部屋にこもりがちな魔導師たちが、慌ただしく廊下を行ったり来たりしている。
ファブラス家は、ガザーク家と並んで国の防衛を任された辺境伯のひとつ。紅玉国に動きが見られた今、その役目を果たす時がきたというわけだ。
だが、これといって私の方に詳しい話は流れてきていない。頭数として入っていないのだろう。
私がまだ学生だから? すでに戦力としては十分だから? 理由は色々と考えられるが、時間が巻き戻った時から、この争いは火種が大きくなる前に対処したいと考えていた。
気づけば、お養父様の執務室へと足が動いていた。
「ファブラス伯爵家からも、紅玉国へ魔導師を何名か送ることになっています。残った魔導師たちには、民間人たちに被害が出ないよう領地の防衛を任せます」
なぜ魔導師たちが慌ただしくしているのかと尋ねれば、特に隠すこともなく、近々紅玉国の獣人たちが攻めて来るだろうから、その対応に忙しいのだと教えてくれた。
その話が私にされていないことを考えると、やはり頭数には入っていないようだ。
「紅玉国へ向かう魔導師の中に、私も加えていただくことはできませんか?」
「今のままでも、戦力としては十分です。ガザーク家からも優秀な騎士たちが協力してくださることになっていますし」
「紅玉国にファブラス家の魔導師が向かうという話を知らされていなかったのは、私がまだ学生だからですか?」
「あなたは魔導師としてはとても優秀です。その力を借りることができれば、戦いは楽になるでしょう。しかし、実戦経験が少ない。今回は、魔獣と戦うのとはわけが違います。あなたの幼馴染と同じ獣人を相手に、戦うことができますか?」
この戦いに参加したいのは、エルのためでもある。
紅玉国との争い自体は避けることができないだろう。だが、前回よりも被害を抑えるための対策ならまだ練ることができる。
多くの獣人たちが傷ついたことで、エルもひどく心を痛めていた。この争いがきっかけとなって、エルメラド王国内で暮らしていた獣人たちの肩身が狭くなってしまったことに対しても。
以前の私は何もできないまま、争いが終わってから事の次第を知った。だが、今は違う。
ファブラス家の養子となったのも、運命だったのかもしれない。こうして、自分から行動すれば未来を変えられるかもしれない立場にいる。
「私が得意としているのは、守護と治癒の魔法です。獣人たちの攻撃をすべて無効にすれば、戦意喪失させることはできないでしょうか?」
「それができるなら被害も最小限で済みそうですが、可能性の一つでしかありません。平和的解決ができなかった場合は?」
「私が戦わなくても、他の誰かが代わりに戦っていることに変わりはありません。自分の手を汚さずに済ませたいと思っているわけでもありません。その時は、私も戦います」
沈黙が流れる。お養父様はあまり表情が変わらないので何を考えているのか分かりづらいが、思案しているんだろう。
しばらくして、結論が出たのかお養父様が口を開いた。
「あなたの気持ちは分かりました。では、条件を出しましょう。あなたは殿下の婚約者候補になった身です。相談もなしに決めては、もしもの時に迷惑をかけてしまうというもの。彼を説得することができれば、考えましょう」
なるほど、それは確かに言う通りかもしれない。
今は、自分の意志だけで行動を決められる立場にはないのだった。グランディール様のお話を受けた時、それも覚悟はしていたはずなのだが。候補でしかなくとも、独断では決めることができない。
でも、私は今度こそ世界を救うと誓ったのだ。魔王出現を前にして、国同士で争い、傷ついている場合ではない。
「分かりました。グランディール様を説得してきます」
グランディール様は、エルメラド王国のことを第一に考えて行動している。少しでも被害を抑えるために私の力を使って欲しいと頼めば、分かってくれるだろう。
どんな時でも、次期国王としての務めを果たす。その確固たる姿が、私にはとても眩しかった。グランディール様なら、エルメラド王国をしっかり治めていってくれる。
未来を背負う彼の力に少しでもなれたら。それが私の願いだ。
「それと、あなたのご両親のこともですよ」
「はい……分かっています」
説得しないといけない相手は、結構いるな……お父さんとお母さん、グランディール様、リーファ、エル……。
グランディール様のところへ行く前に、いくつか超えなくてはいけない壁がある。
冬にかけてエルメラド王国と紅玉国が衝突することになるのは分かっていたので、そろそろだと覚悟はしていた。
人間に対してよい感情を抱いていない獣人たちが、紅玉国を拠点として、今度はエルメラド王国へと勢力を広げようとしているのだ。
しかし、結果はエルメラド王国の勝利に終わる。時間が巻き戻る前の世界ではそうだった。
今度もそうなるという確証はないが、国内の戦力を考えても、獣人が治めるようになってから間もない紅玉国に敗れるようなことはないだろう。
夏季休業中、ファブラス家の屋敷に戻ると普段と違う光景が見られた。
いつもは部屋にこもりがちな魔導師たちが、慌ただしく廊下を行ったり来たりしている。
ファブラス家は、ガザーク家と並んで国の防衛を任された辺境伯のひとつ。紅玉国に動きが見られた今、その役目を果たす時がきたというわけだ。
だが、これといって私の方に詳しい話は流れてきていない。頭数として入っていないのだろう。
私がまだ学生だから? すでに戦力としては十分だから? 理由は色々と考えられるが、時間が巻き戻った時から、この争いは火種が大きくなる前に対処したいと考えていた。
気づけば、お養父様の執務室へと足が動いていた。
「ファブラス伯爵家からも、紅玉国へ魔導師を何名か送ることになっています。残った魔導師たちには、民間人たちに被害が出ないよう領地の防衛を任せます」
なぜ魔導師たちが慌ただしくしているのかと尋ねれば、特に隠すこともなく、近々紅玉国の獣人たちが攻めて来るだろうから、その対応に忙しいのだと教えてくれた。
その話が私にされていないことを考えると、やはり頭数には入っていないようだ。
「紅玉国へ向かう魔導師の中に、私も加えていただくことはできませんか?」
「今のままでも、戦力としては十分です。ガザーク家からも優秀な騎士たちが協力してくださることになっていますし」
「紅玉国にファブラス家の魔導師が向かうという話を知らされていなかったのは、私がまだ学生だからですか?」
「あなたは魔導師としてはとても優秀です。その力を借りることができれば、戦いは楽になるでしょう。しかし、実戦経験が少ない。今回は、魔獣と戦うのとはわけが違います。あなたの幼馴染と同じ獣人を相手に、戦うことができますか?」
この戦いに参加したいのは、エルのためでもある。
紅玉国との争い自体は避けることができないだろう。だが、前回よりも被害を抑えるための対策ならまだ練ることができる。
多くの獣人たちが傷ついたことで、エルもひどく心を痛めていた。この争いがきっかけとなって、エルメラド王国内で暮らしていた獣人たちの肩身が狭くなってしまったことに対しても。
以前の私は何もできないまま、争いが終わってから事の次第を知った。だが、今は違う。
ファブラス家の養子となったのも、運命だったのかもしれない。こうして、自分から行動すれば未来を変えられるかもしれない立場にいる。
「私が得意としているのは、守護と治癒の魔法です。獣人たちの攻撃をすべて無効にすれば、戦意喪失させることはできないでしょうか?」
「それができるなら被害も最小限で済みそうですが、可能性の一つでしかありません。平和的解決ができなかった場合は?」
「私が戦わなくても、他の誰かが代わりに戦っていることに変わりはありません。自分の手を汚さずに済ませたいと思っているわけでもありません。その時は、私も戦います」
沈黙が流れる。お養父様はあまり表情が変わらないので何を考えているのか分かりづらいが、思案しているんだろう。
しばらくして、結論が出たのかお養父様が口を開いた。
「あなたの気持ちは分かりました。では、条件を出しましょう。あなたは殿下の婚約者候補になった身です。相談もなしに決めては、もしもの時に迷惑をかけてしまうというもの。彼を説得することができれば、考えましょう」
なるほど、それは確かに言う通りかもしれない。
今は、自分の意志だけで行動を決められる立場にはないのだった。グランディール様のお話を受けた時、それも覚悟はしていたはずなのだが。候補でしかなくとも、独断では決めることができない。
でも、私は今度こそ世界を救うと誓ったのだ。魔王出現を前にして、国同士で争い、傷ついている場合ではない。
「分かりました。グランディール様を説得してきます」
グランディール様は、エルメラド王国のことを第一に考えて行動している。少しでも被害を抑えるために私の力を使って欲しいと頼めば、分かってくれるだろう。
どんな時でも、次期国王としての務めを果たす。その確固たる姿が、私にはとても眩しかった。グランディール様なら、エルメラド王国をしっかり治めていってくれる。
未来を背負う彼の力に少しでもなれたら。それが私の願いだ。
「それと、あなたのご両親のこともですよ」
「はい……分かっています」
説得しないといけない相手は、結構いるな……お父さんとお母さん、グランディール様、リーファ、エル……。
グランディール様のところへ行く前に、いくつか超えなくてはいけない壁がある。
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