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第2章 学園編(一年生)
17 竜の国3
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人の流れは滝のある岩場へと続いていた。およそ人が好んで立ち入ることはないだろうと思われる環境だが、皇子は迷わずそちらへ駆けて行った。
ひとつの滝の前までやってくると、その裏側へと入っていく。だが、やってきた全員が入れるわけではないようで、番をしているであろう兵士たちに追い返されている人たちの姿も窺えた。
「もしかしてここに?」
不安げな表情で滝の方を見つめている人々に紛れながら、リトランデ様が耳打ちする。この場所にまで、とても苦しそうな呻き声が聞こえていた。
「そうだと思います。皇子の友達の名前も聞こえましたし。この様子だと、不味いかもしれませんね」
何も起こらないに越したことはなかった。だが、皇子の予想は的中してしまったのだろう。
滝の裏側に入ってからさほど時間も経たず、皇子は再び顔を出した。そして、私たちの姿を見つけると、ついてきてほしいと同行を促した。その表情からも、思わしくない状況であることを察せずにはいられなかった。
人混みをかき分け、皇子の後ろについていくと、滝の前で兵士たちに立ち入りを拒まれる。
「大丈夫デス、彼女ニ任セテ」
だが、皇子の一声で兵士たちは道を開けてくれた。
滝の裏には洞窟のような大きな穴が隠れており、その奥に大きな生き物が横たわり苦しそうに呻いているのが分かった。松明の薄明かりの中でぼんやりと浮き上がった姿は、皇子が言っていた通り、美しい銀の鱗とサファイアブルーの瞳をもつ銀竜のものだった。本当に、竜族はまだこの世界に存在していたのだ。
その周りには世話係のような人たちが何人も取り囲んでおり、私たち部外者の登場に少なからず驚いているようだった。だが、それどころでないためか、すぐに視線を銀竜の方へ戻す。
「彼女が、そうデス」
皇子は視線をラーチェスから逸らさずに言った。
「強い闇の力が纏わり付いているのを感じます」
意識を集中させると、ラーチェスの心臓部から全身に広がるように呪いが根を張っているのが分かる。
「でも、大丈夫です。私でも解呪できると思います」
「本当デスカ!?」
「はい。でも、急いだ方がいいかと。近づいても構いませんか?」
その問いに答えるより早く、皇子はラーチェスの周りにいた人たちに離れるよう命じる。
それと同時に近づいた私を制止しようと動いた人たちに対しても、任せるよう語気を強めた。部外者が突然現れて勝手に動いているのだから、不安にさせて当然だ。でも、時間がないのは本当だからね。呪い自体は解けるものでも、ラーチェスの体力が保たなければ終わりだ。
「竜ノ瞳ニ誓ッテ、彼女ハ信頼デキマス。何ガ起コッテモ、決シテ邪魔シナイヨウニ」
学園で見せていた温和な性格からは想像できない、有無を言わせぬ口調で皇子は念を押した。
呼吸を整えて一歩踏み出した私の腕を、リトランデ様が掴む。その手に込められた力は、痛みはないものの、決して弱いものではなかった。
「ルナ、君に危険はないんだな?」
「確かに強力な呪いではありますが、想定内です。私の光の力が押し負けることはありません。信じてください」
「……分かった。でも、危ないと判断したら、すぐに止めるからな」
腕を掴んでいた手が離れる。
解呪に失敗すれば、私だけでなく、ラーチェスも危険に晒されてしまう。時間が巻き戻る以前に経験したことのない出来事なだけに、絶対安全だとは言い切れない。それでも、失敗する気は毛頭なかった。
「ラーチェスさん、ですね? これから、あなたにかけられた呪いを解きます。少しの間、辛抱してください」
苦しげに呻くラーチェスの傍に跪けば、綺麗な青い瞳と目が合った。じっとそれを覗き込めば、分かったと言わんばかりにゆっくりと瞼が下ろされる。
ひんやりした鱗に右手を当て、意識を集中させる。ラーチェスを蝕む呪いの構造を読み解き、末端から核に向かって光魔法を流し込み、呪いを打ち消していく。
加減を間違えるとラーチェスにダメージを与えてしまうので、急ぎつつも慎重に作業を行う。その過程でラーチェスの体が白く発光し、周りの人たちが僅かに反応を見せたが、皇子の言いつけもあってか止められることはなかった。
解呪は専門ではないが、恨みのこもった意図的な呪いと、意図しない魔獣の呪いとでは質が違うということを何かで読んだ記憶がある。ざっくり言うと、感情が込められているか、そうでないかだ。
魔獣から受けた呪いに感情はない。そのはずなのに、僅かに、本当に僅かではあるが「悲しみ」のようなものを感じた気がするのはどうしてなのだろう。
解呪も魔法の取り消しと同じく、発動した相手の魔力に触れる。その時に相手の感情なりが伝わってくることはあるのだが、相手が相手だ。
これは、魔獣の心?
だが、それはすぐに消えてしまい、私の勘違いだと思えばそれで終わってしまうようなものだった。
今はそれよりも解呪に集中しなければ。頭に過ぎった疑問を振り払い、再び意識をラーチェスに向ける。
ラーチェスにダメージを与えないようゆっくり慎重に行ったが、時間にして30分もかからなかっただろう。だが、その緊張感からか何時間もそうしていたように感じられた。
「解呪、成功です」
疲労感から座り込んだ私と対照的に、呪いから解放されたラーチェスが瞼を持ち上げ、巨体を持ち上げる。
それを見たサフィーア帝国の人々から歓喜の声が上がった。
ひとつの滝の前までやってくると、その裏側へと入っていく。だが、やってきた全員が入れるわけではないようで、番をしているであろう兵士たちに追い返されている人たちの姿も窺えた。
「もしかしてここに?」
不安げな表情で滝の方を見つめている人々に紛れながら、リトランデ様が耳打ちする。この場所にまで、とても苦しそうな呻き声が聞こえていた。
「そうだと思います。皇子の友達の名前も聞こえましたし。この様子だと、不味いかもしれませんね」
何も起こらないに越したことはなかった。だが、皇子の予想は的中してしまったのだろう。
滝の裏側に入ってからさほど時間も経たず、皇子は再び顔を出した。そして、私たちの姿を見つけると、ついてきてほしいと同行を促した。その表情からも、思わしくない状況であることを察せずにはいられなかった。
人混みをかき分け、皇子の後ろについていくと、滝の前で兵士たちに立ち入りを拒まれる。
「大丈夫デス、彼女ニ任セテ」
だが、皇子の一声で兵士たちは道を開けてくれた。
滝の裏には洞窟のような大きな穴が隠れており、その奥に大きな生き物が横たわり苦しそうに呻いているのが分かった。松明の薄明かりの中でぼんやりと浮き上がった姿は、皇子が言っていた通り、美しい銀の鱗とサファイアブルーの瞳をもつ銀竜のものだった。本当に、竜族はまだこの世界に存在していたのだ。
その周りには世話係のような人たちが何人も取り囲んでおり、私たち部外者の登場に少なからず驚いているようだった。だが、それどころでないためか、すぐに視線を銀竜の方へ戻す。
「彼女が、そうデス」
皇子は視線をラーチェスから逸らさずに言った。
「強い闇の力が纏わり付いているのを感じます」
意識を集中させると、ラーチェスの心臓部から全身に広がるように呪いが根を張っているのが分かる。
「でも、大丈夫です。私でも解呪できると思います」
「本当デスカ!?」
「はい。でも、急いだ方がいいかと。近づいても構いませんか?」
その問いに答えるより早く、皇子はラーチェスの周りにいた人たちに離れるよう命じる。
それと同時に近づいた私を制止しようと動いた人たちに対しても、任せるよう語気を強めた。部外者が突然現れて勝手に動いているのだから、不安にさせて当然だ。でも、時間がないのは本当だからね。呪い自体は解けるものでも、ラーチェスの体力が保たなければ終わりだ。
「竜ノ瞳ニ誓ッテ、彼女ハ信頼デキマス。何ガ起コッテモ、決シテ邪魔シナイヨウニ」
学園で見せていた温和な性格からは想像できない、有無を言わせぬ口調で皇子は念を押した。
呼吸を整えて一歩踏み出した私の腕を、リトランデ様が掴む。その手に込められた力は、痛みはないものの、決して弱いものではなかった。
「ルナ、君に危険はないんだな?」
「確かに強力な呪いではありますが、想定内です。私の光の力が押し負けることはありません。信じてください」
「……分かった。でも、危ないと判断したら、すぐに止めるからな」
腕を掴んでいた手が離れる。
解呪に失敗すれば、私だけでなく、ラーチェスも危険に晒されてしまう。時間が巻き戻る以前に経験したことのない出来事なだけに、絶対安全だとは言い切れない。それでも、失敗する気は毛頭なかった。
「ラーチェスさん、ですね? これから、あなたにかけられた呪いを解きます。少しの間、辛抱してください」
苦しげに呻くラーチェスの傍に跪けば、綺麗な青い瞳と目が合った。じっとそれを覗き込めば、分かったと言わんばかりにゆっくりと瞼が下ろされる。
ひんやりした鱗に右手を当て、意識を集中させる。ラーチェスを蝕む呪いの構造を読み解き、末端から核に向かって光魔法を流し込み、呪いを打ち消していく。
加減を間違えるとラーチェスにダメージを与えてしまうので、急ぎつつも慎重に作業を行う。その過程でラーチェスの体が白く発光し、周りの人たちが僅かに反応を見せたが、皇子の言いつけもあってか止められることはなかった。
解呪は専門ではないが、恨みのこもった意図的な呪いと、意図しない魔獣の呪いとでは質が違うということを何かで読んだ記憶がある。ざっくり言うと、感情が込められているか、そうでないかだ。
魔獣から受けた呪いに感情はない。そのはずなのに、僅かに、本当に僅かではあるが「悲しみ」のようなものを感じた気がするのはどうしてなのだろう。
解呪も魔法の取り消しと同じく、発動した相手の魔力に触れる。その時に相手の感情なりが伝わってくることはあるのだが、相手が相手だ。
これは、魔獣の心?
だが、それはすぐに消えてしまい、私の勘違いだと思えばそれで終わってしまうようなものだった。
今はそれよりも解呪に集中しなければ。頭に過ぎった疑問を振り払い、再び意識をラーチェスに向ける。
ラーチェスにダメージを与えないようゆっくり慎重に行ったが、時間にして30分もかからなかっただろう。だが、その緊張感からか何時間もそうしていたように感じられた。
「解呪、成功です」
疲労感から座り込んだ私と対照的に、呪いから解放されたラーチェスが瞼を持ち上げ、巨体を持ち上げる。
それを見たサフィーア帝国の人々から歓喜の声が上がった。
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