神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第6章 宮廷魔導士編

39 魔王10

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 ゆるゆると目を開けば、信じられない光景が広がっていた。
 私以外の人々の動きが、いや、人々だけではない。風でそよぐ木々も、空を舞う鳥たちも、時が止まったかのように、全ての動作が停止していた。

(生きてる……?)

 私は、魔王の最期の一撃にやられたのではなかったか。防御も間に合わず、視界が暗転したところまでしか覚えていない。
 やはり、ここは生者の世界とは異なる場所なのだろうか。

 困惑する私の前に、見慣れた人物が姿を現す。時の止まった空間に、突然その姿が浮かび上がった。
 見慣れてはいるものの、会うのは久しぶりなその顔に、思わず目を見開く。

「ーーお養父様?」

 私の目の前に現れたのは、行方不明になっていた養父だった。
 生存すら危ぶまれていたのに、何事もなかったかのようにピンピンしている。
 相変わらず掴みどころのない表情で、これまで姿を消していたことを謝罪した。

「お養父様、これは一体どういうことなのですか?」

 時が止まった世界で、私とお養父様だけが変わらず動いている。

「いつかは、話さなければならないと思っていました。それに、謝罪と感謝も伝えなければなりません」

 お養父様の両手には、黒いモヤが閉じ込められた透明なガラス玉が、大事そうに乗せられていた。

「まさかそれは……」

 そのガラス玉から感じ取ったものは、魔王の残滓。本当に何もすることができなくなった、魔王だった何か。
 それを、なぜお養父様がもっているのか。

「説明します。魔王とはなぜ生まれたのか、なぜあなたたちの時間を戻したのか」

 目の前にいるのは確かにお養父様なのに、とても遠い存在に感じた。
 私たちの時間を過去に戻したのは、お養父様だったの? それに、魔王が生まれた理由も知っている?

 お養父様は、一つずつ話し始めた。

「魔王は、私が初めて創造した世界の生命体でした。闇の力で形づくられ、感情をもたない……それは、私が思い描いていた生命体とはほど遠いものだったのです」

 世界を創る……この時点でお養父様の存在が、私たちとは異なることを意識せざるを得なかった。

「私は、魔王をひとり残して、魔王の世界を見守ることを放棄し、新たな世界を創造しました。それが、この世界です」

 お養父様が理想とした世界。
 理想とした生命体。それが、この世界に住む私たち。

「しかし、百年前、魔王の世界がこの世界と衝突し、飲み込もうとし始めたのです」

 ちょうど、魔獣が現れ始めた頃だ。
 魔界の門は、この世界に接触し、侵蝕しようとしていた魔王の世界の影響だったのか。

「一度、この世界は魔王に滅ぼされました。それなのに、時間を戻したのはなぜですか?」
「最初は、私が愛したこの世界を失いたくなかったからです。でも、だんだん分からなくなりました」

 お養父様は、おそらく干渉しようと思えば、この世界を自由にできるだけの力があった。
 それなのに、人間社会に溶け込み、自らはあまり干渉せず、私たちの行動を見守っていることの方が多かった。

「魔王の存在を消して、この世界の運命を変えようと考えて、時間を戻したはずでした。しかし……できなかった。私には、魔王を消すことができなかったのです」

 大事そうに、お養父様はガラス玉を撫でた。

「身勝手なことと分かっています。しかし、恨むならどうか私を。この子は、何も知らない赤子も同然なのです。この子を魔王にしてしまったのは、私なのです」

 ああ、そうか。
 魔王の力から、時折感じていた怒りや悲しみ。それは、ひとりぼっちで捨てられたことに対する怒り、そして悲しみだったのだろう。
 そして、この世界を壊そうとしたのは、自分とは異なり、お養父様に愛された世界だったから。

「お養父様は、魔王と私たち、どちらも選べなかったのですね」

 その問いかけに、お養父様は頷いた。

「魔王が勝つか、あなたたちが勝つか……私は見守らせていただきました」

 そして、今回勝利したのは私たちだった。
 もう、時間を巻き戻すつもりはないという。

「これから先、世界は少しずつ本来の姿を取り戻していくはずです。あなたにーーあなたたちに、この世界の運命を委ねてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げる。
 そして、もう一つだけお願いしたいことがある、とお養父様はガラス玉を差し出した。

「私は選択できません。あなたがーーこの世界の子どもたちが選んだ運命でなければ」

 そこにあるのは、魔王の残滓。

「問います。あなたは魔王をどうしたいですか?」

 になりそうで、なれなかったもの。
 少し順番が違えば、これは私の姿だったかもしれない。

「私はーー」

 しばらく考えたのちに、私は自分の希望を口にした。

「確かに聞き届けました」

 私の返答に、どこか安心したような表情を浮かべていた。

 ふと、思い出したことを聞いてみる。

「あの……私は、どうなるのでしょうか? 確かに、魔王の攻撃が直撃したと思ったのですが」
「それなら、あなたを誰よりも愛する人が守ってくれたので、心配いりませんよ」

 そう言って、私の方を指差した。
 改めて自分の体を確認すると、あるはずの物がなくなっていた。
 グランディール様から頂いた、エメラルドのペンダント。強力な守護の力が込められたものだった。
 視界が暗転する前、エメラルドグリーンの光が見えた気がしたのは夢ではなかったのだ。
 グランディール様が、私を守ってくださったのですね。

「ルナシア、本当にありがとうございます。私の過ちをあなたに背負わせてしまったことは、謝罪の言葉を述べたくらいでは許されないと思いますが」

 すぅっ、とお養父様の姿が消えかかっている。時間はあまりないということなのだろう。

「私は、お養父様に出会えて……あなたの娘になれてよかった」

 最後に、私がそう伝えると、お養父様は驚いた顔をした後、確かに微笑んだ。
 魔王の脅威は去った。
 それと同時に、イーズ・シン・ファブラスという一人の人間も姿を消したのだった。
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