53 / 171
第2章 学園編(一年生)
17 竜の国
しおりを挟む
サフィーア帝国へ出発する日の朝。
事情を知っている人たちに見送られ、ヴァールハイト皇子の用意してくれた馬車に乗り込んだ。学園に一緒に来ていた従者に「友人に我が国を観光してもらいたい」と説明し、準備させていたそうだ。サフィーア帝国までの行程は、皇子たちがきっちり管理している。
馬車の中では、リトランデ様と並んで、皇子と向かい合うように座っている。
「すみません、お忙しい時期に」
「君が気にすることじゃないさ。未来の主人からの頼みだからね」
最高学年でかなり忙しい時期のはずなのだが、そんな素振りはまったく見せずにリトランデ様は答えた。この余裕、流石です。
「グランの側近をやるなら、君の護衛を完璧にこなしてみせるくらいじゃないとね。それに、万が一のことがあれば、俺がエルに殺されかねないからな……」
頼もしい言葉だ。リトランデ様の強さはよく知っているし、彼が一緒に来てくれるなら心配することはない。後半はぼそぼそ言っていてよく聞き取れなかったけど。
「とにかく、君のことは何があっても守るから」
「ありがとうございます、リトランデ様」
「呼び方なんだけどさ、あくまで旅行客として行くわけだし、身分は隠した方がいいと思うんだ。バレても面倒だし」
「そうですね、確かに……貴族だとか、ホロウだとかバレるのは良くないかも」
皇子たちは別として、私たちが貴族やホロウであることをサフィーア帝国の街の人たちは知らない。
余計な騒ぎになるのは避けたいので、どうしようもない状況になるまでは隠しておいた方が賢明だろう。
「だろう? 旅行中は様付けはいらない。そうだな、弟のことはアルって呼んでるよな? 俺も、リトでいい」
「では、私のこともルナ、と。フルネームだと、ホロウだってバレる可能性があるので」
ヴァールハイト皇子にも知られていたし、念のため。
「グランを差し置いて俺が愛称で呼んでいいものか……」
「どうかしましたか?」
「い、いや……ルナだな、分かった」
何か悩んでいたようだが、最終的には了承してくれた。
そんなやり取りをする私たちを皇子が微笑んで眺めている。
「お二人は仲がよいのデスネ」
「まぁ、幼馴染みたいなものだからなぁ」
「ふぅん、そうデスカ」
「含みのある言い方だな……」
「イエイエ、お気になさらずに」
よく分からないけど、楽しそうだ。
幼馴染といえば、皇子の友達だという銀竜の話は詳しく聞いていなかった。他国の人間に知られたくないのなら仕方がないけど。
「ラーチェスさんとは長い付き合いなんですか?」
「僕が生まれて間もない頃から関わりがあったそうデス。物心ついた時には友達だったので、ええ、幼馴染かもしれまセンネ」
私たちのことを信用してくれているのか、特に隠す様子はない。
友のことを思い出しながら話す皇子の表情は、とても穏やかだった。
「見事な銀の鱗で覆われた逞しい体躯。そして、真実を見抜く青き瞳。見るものに畏れを抱かせる風格と、全てを受け入れるかのような寛大さ。とても美しい生き物デス。そんな銀竜たちの中でも、ラーチェスは群を抜いていると思いマス。普段は人の生活に馴染むために、幼子の姿に変身していますケド」
怖がらせないために幼子の姿をとっているが、中身とのギャップが面白いのだとか。ラーチェスはその姿が気に入っているそうで、変える気はないらしい。
「千年以上生きている竜デス。まだ魔獣がいなかった頃の世界を知ってイル。まぁ、魔獣がいなくてもなかなかに激動の時代だったようデスガ」
魔獣が現れ始めたのが百年ほど前。それよりはるか前の時代を知っている人間は、長命な魔導師であってもさすがに存在しない。竜ならではといったところだろう。
だが、たとえ魔獣はいなくとも、竜と人間の争いがあった時代だ。決して平穏ではなかっただろう。仲間たちが傷つき、失うことを何度経験してきたのだろうか。
自分たちの住処を奪われてなお、人間と共存する道を選んだ銀竜。簡単な気持ちで受け入れたわけではないだろう。
「生き残った僅かな銀竜たちを束ね、サフィーア帝国を竜と人間が共存できる国に導いたのは、銀竜の長であるラーチェスに他なりまセン。彼女の存在は、サフィーアの民にとっても特別なのデスヨ」
「凄い方なんですね」
「本人は微塵も自分のしてきた偉業を自慢はしませんケドネ。そう、偉業……我が国の銀竜信仰が浸透したのも、彼女の存在が大きいのデス。はじめは、彼女のことを崇めたのが始まりだとも言われていマスネ」
今のサフィーア帝国を創ったといっても過言ではない功績を残したのであれば、それも不思議ではないのかもしれない。
「でも、そんな伝説に名を残すような銀竜だからこそ、呪い程度では死なないと楽観視しているのでショウ。どんなに無敵に見える生き物であっても、必ず死は訪れるというノニ」
きつく拳を握りしめながら、皇子が吐き出すように言う。隣りに座るリトランデ様も、それに同調するように険しい顔をしていた。
「どれほど皇子がラーチェスさんのことを想っているのかは分かりました。呪いが酷くないことが一番いいですけど、そうでなかったとしても、あなたは私たちを頼ってくれた。それには応えないといけませんね」
「あなたの心には曇りがナイ。その純粋さは竜の好むところデス。あなたに声をかけたのは正解デシタネ」
皇子を、そしてサフィーア帝国の人たちを悲しませるわけにはいかない。何としても、この解呪は成功させないとな。
事情を知っている人たちに見送られ、ヴァールハイト皇子の用意してくれた馬車に乗り込んだ。学園に一緒に来ていた従者に「友人に我が国を観光してもらいたい」と説明し、準備させていたそうだ。サフィーア帝国までの行程は、皇子たちがきっちり管理している。
馬車の中では、リトランデ様と並んで、皇子と向かい合うように座っている。
「すみません、お忙しい時期に」
「君が気にすることじゃないさ。未来の主人からの頼みだからね」
最高学年でかなり忙しい時期のはずなのだが、そんな素振りはまったく見せずにリトランデ様は答えた。この余裕、流石です。
「グランの側近をやるなら、君の護衛を完璧にこなしてみせるくらいじゃないとね。それに、万が一のことがあれば、俺がエルに殺されかねないからな……」
頼もしい言葉だ。リトランデ様の強さはよく知っているし、彼が一緒に来てくれるなら心配することはない。後半はぼそぼそ言っていてよく聞き取れなかったけど。
「とにかく、君のことは何があっても守るから」
「ありがとうございます、リトランデ様」
「呼び方なんだけどさ、あくまで旅行客として行くわけだし、身分は隠した方がいいと思うんだ。バレても面倒だし」
「そうですね、確かに……貴族だとか、ホロウだとかバレるのは良くないかも」
皇子たちは別として、私たちが貴族やホロウであることをサフィーア帝国の街の人たちは知らない。
余計な騒ぎになるのは避けたいので、どうしようもない状況になるまでは隠しておいた方が賢明だろう。
「だろう? 旅行中は様付けはいらない。そうだな、弟のことはアルって呼んでるよな? 俺も、リトでいい」
「では、私のこともルナ、と。フルネームだと、ホロウだってバレる可能性があるので」
ヴァールハイト皇子にも知られていたし、念のため。
「グランを差し置いて俺が愛称で呼んでいいものか……」
「どうかしましたか?」
「い、いや……ルナだな、分かった」
何か悩んでいたようだが、最終的には了承してくれた。
そんなやり取りをする私たちを皇子が微笑んで眺めている。
「お二人は仲がよいのデスネ」
「まぁ、幼馴染みたいなものだからなぁ」
「ふぅん、そうデスカ」
「含みのある言い方だな……」
「イエイエ、お気になさらずに」
よく分からないけど、楽しそうだ。
幼馴染といえば、皇子の友達だという銀竜の話は詳しく聞いていなかった。他国の人間に知られたくないのなら仕方がないけど。
「ラーチェスさんとは長い付き合いなんですか?」
「僕が生まれて間もない頃から関わりがあったそうデス。物心ついた時には友達だったので、ええ、幼馴染かもしれまセンネ」
私たちのことを信用してくれているのか、特に隠す様子はない。
友のことを思い出しながら話す皇子の表情は、とても穏やかだった。
「見事な銀の鱗で覆われた逞しい体躯。そして、真実を見抜く青き瞳。見るものに畏れを抱かせる風格と、全てを受け入れるかのような寛大さ。とても美しい生き物デス。そんな銀竜たちの中でも、ラーチェスは群を抜いていると思いマス。普段は人の生活に馴染むために、幼子の姿に変身していますケド」
怖がらせないために幼子の姿をとっているが、中身とのギャップが面白いのだとか。ラーチェスはその姿が気に入っているそうで、変える気はないらしい。
「千年以上生きている竜デス。まだ魔獣がいなかった頃の世界を知ってイル。まぁ、魔獣がいなくてもなかなかに激動の時代だったようデスガ」
魔獣が現れ始めたのが百年ほど前。それよりはるか前の時代を知っている人間は、長命な魔導師であってもさすがに存在しない。竜ならではといったところだろう。
だが、たとえ魔獣はいなくとも、竜と人間の争いがあった時代だ。決して平穏ではなかっただろう。仲間たちが傷つき、失うことを何度経験してきたのだろうか。
自分たちの住処を奪われてなお、人間と共存する道を選んだ銀竜。簡単な気持ちで受け入れたわけではないだろう。
「生き残った僅かな銀竜たちを束ね、サフィーア帝国を竜と人間が共存できる国に導いたのは、銀竜の長であるラーチェスに他なりまセン。彼女の存在は、サフィーアの民にとっても特別なのデスヨ」
「凄い方なんですね」
「本人は微塵も自分のしてきた偉業を自慢はしませんケドネ。そう、偉業……我が国の銀竜信仰が浸透したのも、彼女の存在が大きいのデス。はじめは、彼女のことを崇めたのが始まりだとも言われていマスネ」
今のサフィーア帝国を創ったといっても過言ではない功績を残したのであれば、それも不思議ではないのかもしれない。
「でも、そんな伝説に名を残すような銀竜だからこそ、呪い程度では死なないと楽観視しているのでショウ。どんなに無敵に見える生き物であっても、必ず死は訪れるというノニ」
きつく拳を握りしめながら、皇子が吐き出すように言う。隣りに座るリトランデ様も、それに同調するように険しい顔をしていた。
「どれほど皇子がラーチェスさんのことを想っているのかは分かりました。呪いが酷くないことが一番いいですけど、そうでなかったとしても、あなたは私たちを頼ってくれた。それには応えないといけませんね」
「あなたの心には曇りがナイ。その純粋さは竜の好むところデス。あなたに声をかけたのは正解デシタネ」
皇子を、そしてサフィーア帝国の人たちを悲しませるわけにはいかない。何としても、この解呪は成功させないとな。
0
お気に入りに追加
662
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。
水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。
主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。
しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。
そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。
無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。
気づいた時にはもう手遅れだった。
アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。
【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる