52 / 171
第2章 学園編(一年生)
16 サフィーア帝国からの留学生(グランディール視点)
しおりを挟む
魔王問題ばかり頭にあった私たちにとって、ヴァールハイト皇子の登場は予想しないものだった。
巻き戻る前の世界では起こらなかったこと。この出来事は、今回とった前回と違う行動のどれかが作用した結果なのだろうか。それとも。
後日、サフィーア帝国へ旅行するために必要な話し合いをするため、ヴァールハイト皇子を生徒会室に呼んだ。
「護衛役には、じきに私の側近になってもらうリトランデをつけます。信頼のおける人間であることは保証します」
後方に控えていたリトランデが頭を下げる。私も簡単には国を離れられない以上、適任なのは彼くらいしか思い浮かばなかった。幸い、ルナシアの護衛の話をしたところ快く引き受けてくれた。
この言葉が嘘でないことは、銀竜の瞳を持つ彼には明らかだろう。皇子にも異論はないようで、了承してくれた。
もちろんエルも名乗り出たが、獣人である彼女にとって今回は相性が悪い。最後まで自分も行くと粘っていたものの、皆で説得して我慢してもらった。サフィーア帝国では、竜人どころか竜そのものもいるというのだ。ヴァールハイト皇子を相手に反応しているようでは、あちらに着いてからどうなるか想像に容易い。
「本当に感謝していマス。このままラーチェスを放っておくことは、僕にはできませんでしたカラ」
深々と礼をした皇子の姿を見ながら、私はずっと疑問に思っていたことを口にした。
単に、友を想う気持ちが強いだけなのかもしれないが。同じ王族として、彼の行動には納得のいかない部分があった。
「ヴァールハイト皇子、私たちに何か隠し事をしていませんか?」
「さて、何のことでショウ?」
「あなたは自分の心配のし過ぎかもしれないと言ったが、本当は確証があったのではないですか? 友を助けたいと思う気持ちは分かります。しかし、あなたは皇子だ。他の国民を危険に晒してまで取ったこの行動には疑問が残ります」
父である皇帝も、友であるラーチェス自身も、他国の力を頼ることは望んでいなかった。
しかも、ラーチェスの周囲の人々がそれほど緊迫した雰囲気でないことも話の節々から感じ取れた。それなのに、わざわざ禁を犯してまで、現段階で動く必要性が感じられない。
「あなたは、未来に起こることを知っていたのではないですか?」
考えなしに行動するような人物にも見えない。だとすると、ひとつの可能性が浮かんだ。
「おやおや、何を言い出すかと思えば……未来予知なんて、いくら竜人といえど、そんな神のような力はありまセンヨ」
私には、その言葉の真偽を確かめる術はない。
未来予知ができるかどうか確かめたかったわけではなく、崩壊した世界の記憶を持っているかが知りたかったのだが。
下手に未来のことを知っていると分かれば、竜にまつわる者には未来予知の力があると勘違いされかねない。その噂が広がれば、悪用しようと企む輩が出てくるかもしれない。それを警戒しているのだろうか。あるいは、本当に何も知らないというのもあり得るか。
まだ半年ほどは留学期間も続くので、呪いの件が落ち着いたら改めて話してみるのもいいのかもしれない。現段階で世界崩壊時の記憶があると分かっている人たちを集めて。
こちらには分からなくとも、あちらには真実を見抜く瞳がある。彼に記憶がなかったとしても、私たちの言葉が嘘か真か、見極めてくれることだろう。他国にも魔王到来を信じてくれる人がいるのは心強い。彼らにとっても、決して無関係なことではないのだから。
それ以上、この場で追求するのはやめた。
「……ところで、食堂で騒ぎがあったと聞きましたが」
旅行についての話がまとまり、あとは解散というところで、ちょっとした噂になっていたことを思い出した。
なんでも、ヴァールハイト皇子がルナシアに婚約の申し込みをしたとか。
国同士の問題に発展することを望んでいないヴァールハイト皇子が、そんなことを考えていないことは分かっている。
グレースからも真相は聞いているし、噂に尾ひれがついただけだ。面倒なことにならないように妹やエルが誤解を解いて回っているようだし、次第に忘れ去られていくだろう。
だが、それと勘違いされる出来事があったのは事実ということだ。
多少なりとも、彼にその気はなかったのだろうか? その場にいなかった私は、聞いた話から想像することしかできない。
「ああ! お騒がせして申し訳ありませんデシタ。あれは挨拶デス。安心してくだサイ。あなたの想い人を横取りするようなことはしまセンヨ」
それはすぐに否定された。
ーーが、どうしてそこで私が出てくるのか。
「そういう話では……」
「隠さなくて結構デス。僕には分かってしまいますカラ」
うんうん、と頷きながら全部わかっていると言わんばかりの満面の笑みだ。彼に嘘をついたり、誤魔化したりしたところでバレてしまう。こういうところは難儀なものだ。
婚約者候補筆頭であるアミリアに後押しされてさえ、私は未だ動けずにいる。
ルナシアに好意を寄せているのは確かだが、あくまでも一方的なものである。彼女が誰を選ぼうが、私が口出しできることではない。
「好意を寄せていることは認めます。だが、彼女が誰を選ぶかは自由だ」
「人の心は複雑デスネ。だからこそ面白くもあるのデスガ」
年下であるはずなのだが、随分と余裕があるものだ。
「難しく考えることも大切デスガ、それでは何も手に入れられまセンヨ。慎重と臆病は違うものデスから」
慎重に事を運ぶことと、臆病になって何もできずにいること。
それは皇子自身をさしているようでもあり、私に向けられたものでもあり。
「肝に銘じておきます」
こちらを見透かすように微笑む皇子を前に、私はその言葉を反芻した。
巻き戻る前の世界では起こらなかったこと。この出来事は、今回とった前回と違う行動のどれかが作用した結果なのだろうか。それとも。
後日、サフィーア帝国へ旅行するために必要な話し合いをするため、ヴァールハイト皇子を生徒会室に呼んだ。
「護衛役には、じきに私の側近になってもらうリトランデをつけます。信頼のおける人間であることは保証します」
後方に控えていたリトランデが頭を下げる。私も簡単には国を離れられない以上、適任なのは彼くらいしか思い浮かばなかった。幸い、ルナシアの護衛の話をしたところ快く引き受けてくれた。
この言葉が嘘でないことは、銀竜の瞳を持つ彼には明らかだろう。皇子にも異論はないようで、了承してくれた。
もちろんエルも名乗り出たが、獣人である彼女にとって今回は相性が悪い。最後まで自分も行くと粘っていたものの、皆で説得して我慢してもらった。サフィーア帝国では、竜人どころか竜そのものもいるというのだ。ヴァールハイト皇子を相手に反応しているようでは、あちらに着いてからどうなるか想像に容易い。
「本当に感謝していマス。このままラーチェスを放っておくことは、僕にはできませんでしたカラ」
深々と礼をした皇子の姿を見ながら、私はずっと疑問に思っていたことを口にした。
単に、友を想う気持ちが強いだけなのかもしれないが。同じ王族として、彼の行動には納得のいかない部分があった。
「ヴァールハイト皇子、私たちに何か隠し事をしていませんか?」
「さて、何のことでショウ?」
「あなたは自分の心配のし過ぎかもしれないと言ったが、本当は確証があったのではないですか? 友を助けたいと思う気持ちは分かります。しかし、あなたは皇子だ。他の国民を危険に晒してまで取ったこの行動には疑問が残ります」
父である皇帝も、友であるラーチェス自身も、他国の力を頼ることは望んでいなかった。
しかも、ラーチェスの周囲の人々がそれほど緊迫した雰囲気でないことも話の節々から感じ取れた。それなのに、わざわざ禁を犯してまで、現段階で動く必要性が感じられない。
「あなたは、未来に起こることを知っていたのではないですか?」
考えなしに行動するような人物にも見えない。だとすると、ひとつの可能性が浮かんだ。
「おやおや、何を言い出すかと思えば……未来予知なんて、いくら竜人といえど、そんな神のような力はありまセンヨ」
私には、その言葉の真偽を確かめる術はない。
未来予知ができるかどうか確かめたかったわけではなく、崩壊した世界の記憶を持っているかが知りたかったのだが。
下手に未来のことを知っていると分かれば、竜にまつわる者には未来予知の力があると勘違いされかねない。その噂が広がれば、悪用しようと企む輩が出てくるかもしれない。それを警戒しているのだろうか。あるいは、本当に何も知らないというのもあり得るか。
まだ半年ほどは留学期間も続くので、呪いの件が落ち着いたら改めて話してみるのもいいのかもしれない。現段階で世界崩壊時の記憶があると分かっている人たちを集めて。
こちらには分からなくとも、あちらには真実を見抜く瞳がある。彼に記憶がなかったとしても、私たちの言葉が嘘か真か、見極めてくれることだろう。他国にも魔王到来を信じてくれる人がいるのは心強い。彼らにとっても、決して無関係なことではないのだから。
それ以上、この場で追求するのはやめた。
「……ところで、食堂で騒ぎがあったと聞きましたが」
旅行についての話がまとまり、あとは解散というところで、ちょっとした噂になっていたことを思い出した。
なんでも、ヴァールハイト皇子がルナシアに婚約の申し込みをしたとか。
国同士の問題に発展することを望んでいないヴァールハイト皇子が、そんなことを考えていないことは分かっている。
グレースからも真相は聞いているし、噂に尾ひれがついただけだ。面倒なことにならないように妹やエルが誤解を解いて回っているようだし、次第に忘れ去られていくだろう。
だが、それと勘違いされる出来事があったのは事実ということだ。
多少なりとも、彼にその気はなかったのだろうか? その場にいなかった私は、聞いた話から想像することしかできない。
「ああ! お騒がせして申し訳ありませんデシタ。あれは挨拶デス。安心してくだサイ。あなたの想い人を横取りするようなことはしまセンヨ」
それはすぐに否定された。
ーーが、どうしてそこで私が出てくるのか。
「そういう話では……」
「隠さなくて結構デス。僕には分かってしまいますカラ」
うんうん、と頷きながら全部わかっていると言わんばかりの満面の笑みだ。彼に嘘をついたり、誤魔化したりしたところでバレてしまう。こういうところは難儀なものだ。
婚約者候補筆頭であるアミリアに後押しされてさえ、私は未だ動けずにいる。
ルナシアに好意を寄せているのは確かだが、あくまでも一方的なものである。彼女が誰を選ぼうが、私が口出しできることではない。
「好意を寄せていることは認めます。だが、彼女が誰を選ぶかは自由だ」
「人の心は複雑デスネ。だからこそ面白くもあるのデスガ」
年下であるはずなのだが、随分と余裕があるものだ。
「難しく考えることも大切デスガ、それでは何も手に入れられまセンヨ。慎重と臆病は違うものデスから」
慎重に事を運ぶことと、臆病になって何もできずにいること。
それは皇子自身をさしているようでもあり、私に向けられたものでもあり。
「肝に銘じておきます」
こちらを見透かすように微笑む皇子を前に、私はその言葉を反芻した。
0
お気に入りに追加
662
あなたにおすすめの小説
もうあなたを離さない
梅雨の人
恋愛
幸せ真っただ中の夫婦に突如訪れた異変。
ある日夫がレズリーという女を屋敷に連れてきたことから、決定的にその幸せは崩れていく。
夫は本当に心変わりしたのか、それとも…。
幸せ夫婦を襲った悲劇とやり直しの物語。
性悪のお義母様をどうしても許せないので、ざまぁします。
Hibah
恋愛
男爵令嬢アンナは伯爵令息オーギュストと婚約する。結婚にあたって新居ができる予定だったが、建築現場から遺跡が発掘されてしまい、計画は白紙に。アンナはやむを得ず夫オーギュストの実家に住むことになり、性悪の義母ジョアンナから嫁いびりを受ける生活が始まる。アンナは使用人同然の扱いを受け、限界まで我慢してしまうが、ある日義母の黒い噂を耳にする。そしてついに、義母への仕返しを決意した。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる