神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第1章 幼少期編

11 確執(ギャロッド視点)

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 それが虚言であることなど、自分が一番理解していた。
 だが、それを信じてくれる人々がいることで、自分が認められた気がしたのだ。結果として、得られたものは何もないというのに。

 ルナシアは魔王である。その噂を流したのは、間違いなく俺だ。
 彼女が宮廷魔導師に任命された年から魔獣の凶暴化が激化した。まったくの偶然だったのだろうが、俺はそれを利用した。
 魔獣を率いているのはルナシアで、宮廷魔導師となって内から国を潰すつもりなのではないか。今に本性を現すに違いない。あの人ならざる魔術は、魔王である証である。

 何の根拠もないでまかせだった。彼女を潰したい一心でついた、醜い嘘だった。
 ふざけた話だ、と一蹴されれば事が大きくなることはなかったのかもしれない。
 だが、魔獣問題は俺が思っているよりも人々にとって脅威だった。明確な解決策がない中、俺のついた嘘に人々は次々と食いついた。ルナシアを敵と見なすことで、不安を紛らわそうとしていたのかもしれない。

 いつの間にか、俺はルナシア魔王派のリーダーになっていた。話が大きくなりすぎたと気づいた時には遅く、後戻りはできなくなっていた。
 だが、俺の中にあったのは焦りではなく、高揚感。どれほど努力しても手に入らなかった一番になれた気がして、かつてないほど感情が昂ぶっていた。
 魔王ルナシアを倒せ。世界の救世主はあなただ、と人々が俺を信じてついてくる。それで認められた気になっていたのだ。

 どんなに努力しても、俺は一番にはなれなかった。絶対、自分の方が頑張っているのに、超えられない壁があった。
 ある一定のところまで上り詰めると、嫌でも見えてしまう。どんなに自分が努力したところで、これ以上にはいけないことに。

 ディーンやルナシア、彼らは特別だ。特にルナシアは誰もが認める天才。それは生まれもって決まっていたことだ。
 俺がいくら追いつこうと足掻こうが、無駄なこと。頭では分かっているのに、心が納得してくれない。
 認められたかった。彼らのように、誰からも必要とされる人間になりたかった。
 そう思えば思うほど、自分は苦しくなっていく。

 嘘はいつかばれる。
 本物の魔王が現れ、ルナシアの無実は証明された。それでもなおルナシアは魔王だと叫び続けた俺は、ついに投獄された。人々を惑わし、無実の罪をなすりつけた。当然といえば当然の結果だ。
 牢の中で冷静になって考えてみれば、熱に浮かされた馬鹿な男の話である。

 現れた本物の魔王は、世界を壊し始めた。
 投獄されていた俺も一時的に釈放されたが、もう手の施しようがないほど滅茶苦茶だった。
 それでも、ルナシアは魔王の前に立ちふさがった。俺の嘘に踊らされ、魔王だと罵った人々を守ろうとした。
 だが、彼女ですら、魔王には敵わなかった。超えることのできない壁だった彼女が崩れる様を見た。
 自分は今まで何をしてきたのだろう。何をしたかったんだろう。

 何一つ納得できず、得るものもないまま、自分の人生とは何だったのかと呆然としているうちに、世界は崩壊した。


 何度繰り返したところで、俺が俺である限り、何も変わらないというのに。
 気づけば、世界が崩壊する前、俺が馬鹿なことをする前に時間が巻き戻っていた。
 今までのことを夢だと言うには鮮明すぎる。自分の抱えるこの空虚も偽物ではないだろう。
 なぜ、こんなことに。また同じ思いを抱えたまま生きなければならないのか。

 そう思っていた俺の前に、またルナシアが現れた。ただし、今回は子どもの姿で。
 何の嫌がらせかと思った。こんなに早く、再び顔を合わせることになるとは。しかも、またホロウの称号を戴くことになった。
 やはり、運命は変わることがないのだ。このままでは、また同じことを繰り返してしまうかもしれない。俺は俺のままだ。この感情を制御できるか分からない。
 やめてくれ。お前の顔は見たくないんだ。俺の醜い部分がさらけ出されてしまうようで。

 そんな気も知らず、魔獣討伐で怪我をした俺を治してから、ルナシアは頻繁に俺のところにやってくるようになった。なぜだ。
 菓子をやった礼を言われたが、本来なら怪我の治療をしてもらった俺が礼をしなければならないところである。
 どれだけ素っ気ない態度をとろうと、彼女はやってきた。俺と菓子なんか食べても楽しくないだろうに。
 だが、物好きな彼女は楽しいだの、面白いだの言ってくる。

 よほど食べることが好きなのか、毎度幸せそうな顔をして食べる。あまりにも頻繁に顔を出すので、同僚たちにも目撃されていたらしい。
 変な噂が立つのも嫌なので、茶を出してやったり、俺も菓子を与えたりした。子どもから物を巻き上げていると思われてはたまらないからな。

 ほんの気の迷いだが、ルナシアが食べたいけど手に入らないと言っていたシュークリームの店の前を通った時、まだ人が少ないので並ぶことにした。徹夜明けだったが、すぐに眠れそうにもなかったので散歩をしていたついでだ。
 運良く一つだけ手に入ったので、ルナシアにくれてやった。
 面白いほど目を輝かせていたが、俺の分がないと知るや否や、半分に割って寄越してきた。一個しかないのだから、一人で食べればいいだろうに。あんなに楽しみにしていたのだから。

 半分になったシュークリームを頬張り、ルナシアは美味しいと顔を綻ばせた。
 美味しいものは共有しないと、それが彼女の持論らしい。

 馬鹿みたいに幸せそうに食べるルナシアを見ていたら、難しいことを考えるのも馬鹿らしくなってきた。
 美味しい。久々に何かを食べてそんなことを思った。
 魔力供給の手段でしかなかった食事に、味の感想をもったのはいつぶりだろうか。ゆっくり味わう心の余裕が、いつの間にかなくなってしまっていた。

 どれだけ努力しても、ルナシアに敵う日はこない。一度経験して身に染みて分かっている。
 まだ、完全に自分の心が納得したわけではないが。比べるより、奪おうとするより。
 あれほど顔を合わせたくないと思っていた相手が目の前にいるのに、今の方が苦しくなかった。
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