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第1章 幼少期編
8 お茶会3
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訓練場では、イディオとアレグリオ様が対峙している。それを、外野から私とリトランデ様が見ていた。
「本当に申し訳ありません……こうなると父は止まらなくて……」
隣に立っているリトランデ様が何度も謝ってくれた。苦労してるんですね、あなたは悪くないですよ。
「あなたが謝る必要はないですよ。それに、戦うのは私ではなくイディオですし……」
片手剣を手にしたアレグリオ様とは対照的に、イディオは武器らしいものは手にしていない。武術と魔術のぶつかり合いだ。
訓練でも実戦でもこういう場面がないわけではないけど、魔導師は基本的に後衛だ。詠唱に時間がかかると、あっという間にやられてしまう。
「武器は使わなくていいんだな?」
「はい、持っていても上手く扱えないと思いますから」
「では、準備はよいな?」
開始の合図をリトランデ様がかけると、まずアレグリオ様が先手を取った。一気に畳み掛けるつもりだろうか。これでは詠唱する時間がない。
だが、刃が届く寸前、イディオの姿が五人に割れた。アレグリオ様の振るった剣は、イディオの実体を捉えることなくすり抜ける。
「分身か」
無詠唱での魔術行使。やるね、イディオ!
しかし、アレグリオ様は他の分身をあっという間に薙ぎ払ってしまう。だが、その五人の中にイディオの本体はない。
『岩石砲』
アレグリオ様の後ろから呪文が聞こえたかと思うと、勢いよく岩石の塊が放たれた。
「ぬぅん!」
どんな反射神経してるんだろうと思うけど、アレグリオ様はすぐ振り返って腕をクロスさせる。結構な勢いと威力だったと思うんだけど、見事ガードされてしまった。これ、本当に人間業なのかな。
「幻術で姿を隠していたか。詠唱にかかる時間を稼ぐために、得意な魔法を組み合わせて対応。面白い」
誰もいなかった空間に、イディオの姿が現れる。魔法で姿を隠していたようだ。分身に気をとられている隙に、姿を隠して背後に回る。詠唱が必要な魔法を放つための時間稼ぎには十分だっただろう。
料理人試験の時もそうだったけど、変身魔法とか、自分の姿に作用する魔法が得意だよね。
「これをほぼ無傷で防ぐって、この人の身体どうなってるんだ……?」
ああ、イディオも同じようなこと考えてるね。
「手加減はいらんぞ。思い切りこい!」
テンション上がってきちゃってますね……。大丈夫かな、イディオ。
あぁ、テンションについていけてないね……。
『怒りの火炎』
アレグリオ様が様子見している間に、素早く詠唱したイディオが次の攻撃を放つ。
炎系の上位魔法だね。流石にこれを受けて無傷というわけにはいかないだろう。激しい火炎放射がアレグリオ様に迫る。
「はぁっ!!」
「何っ!?」
みんなの視線が上を向く。
跳んだ。まさかのアレグリオ様超跳躍。
高く飛び上がり攻撃をかわし、そのまま空中で回転して、イディオ目掛けて落下する。
「くっ!」
それは、反射的だったのだろう。イディオから魔力が湧き上がる。それを感じ取った私ははっとした。イディオ、それはーー。
だが、湧き上がったそれは嘘のようにすぐに静まった。意図的に抑えた?
結局、反撃はできないまま決着はついた。
「惜しかったな。私の勝ちだ」
首筋に剣を突きつけられたイディオは、ぺたりとその場に座り込んだ。勝負あり、だね。
ひとまず、目立った怪我はしてないみたいでよかったけど……。
「イディオ!」
「すみません、お嬢様。負けちゃいました」
急いで駆け寄れば、申し訳なさそうに、がくりと頭を下げてくる。
「ううん、イディオ頑張ったよ。すごく格好よかった」
「でも、負けちゃったんですよねぇ。はは、あんなに大口叩いといて情けないです」
勘違いでなければ、イディオは「闇魔法」を使おうとして、咄嗟にやめた。
闇魔法は非常に攻撃力が高い。もし、あのまま闇魔法を使っていれば勝てたかもしれない。
それをしなかったのは、闇魔法に対する一般的な認識を気にしてのことだろう。
魔獣が現れるようになってから、闇イコール魔獣の方程式が人々の思考に植え付けられ、忌避されるようになってしまった。闇魔法は魔獣が現れるより前からあったのだが、闇魔法を扱える魔導師自体少なく珍しかったため、誤った認識が正されることなくここまできてしまったのである。
おそらく、イディオは恐れているのだ。闇魔法を使う自分が魔獣たちの仲間だと罵られることが。
その気持ちは、分からなくもない。私も、魔王だって言われてたことがあるからね。平常心を装っていても、少ししんどかったかなぁ。
私のことを信じて支えてくれる人たちもいたから、何とかやってこれたんだけどね。でも、その人たちを守れないまま、世界は崩壊してしまった。もう二度とあんな絶望は体験したくない。
闇魔法の件は、イディオから言い出すまで黙っておこう。秘密にしておきたいこともあるだろうからね。
今回の勝負に関しては事情が事情だからなぁ。仕方ないとは思うんだけど、イディオだいぶ落ち込んじゃってるんだよね。ファブラス家のこととか、お養父様のこととか、色んなものを背負って戦ってくれてたから。
このまま引き下がるわけにもいかない、か。
「私、きちんと戦いについて学んだら、その時またここに来ます」
「ほう、従者の仇は主人がとるか。幼いながらに勇ましい子だ」
「それで、今戦うつもりはありませんが……あの的をお借りしてもよろしいですか?」
訓練場の一角に設置されていた、弓の練習用だと思われる的。横一列に六つ並んでいる。
「構わんが、何をする気だ?」
「私は、次期ファブラス家当主候補です」
このまま帰ったらイディオが気に病みそうだし、だからといって私が戦うつもりはない。せっかくイディオが守ってくれたのに、怪我するようなことがあれば意味ないからね。
戦わないけど、イディオのお荷物だとは思われたくない。ちょっとだけ格好つけさせてもらおう。
離れた位置から訓練用の的に標準を合わせる。私が使うのは弓矢じゃなくて、魔法だけどね。
スッと空気を撫でるように右手を横に払う。
『氷よ、貫け』
何もなかった空間に氷の刃が六本、横一列に並び、的に向かって勢いよく飛び出した。それらの刃が、六つの的の中心を同時に貫く。
命中した、ところまではよかったのだが……氷の刃が突き刺さった的は、衝撃に耐えられず爆裂四散した。
うわ、やっちゃった。攻撃系の魔法はまだ調整がうまくいってないね……。
「イ、イディオ、どうしよう……的壊しちゃった……」
やってしまった。調子に乗るとすぐこれだよ。学習しないな、私。
「ふはははっ! いや、よいものを見せてもらった。的のことは気にせずともよい。壊れてもいいように予備はたくさんあるのだ」
アレグリオ様は急に笑い出したかと思うと、今度は突然頭を下げた。
怒られなかったのはよかったけど、どうしちゃったんだろう?
「ファブラス家の実力を疑うなど、失礼なことをした。申し訳ない。従者もそなたも、確かにその名に恥じぬ力の持ち主と見た」
おお?
「従者よ、名はイディオと言ったか。今回は儂の勝ちだったが、よい戦いだった。戦略、そして炎のあの一撃、見事だ。ファブラス家の当主は、お前よりも強いのだろう?」
「はい、私など足元にも及ばないかと。謙遜ではありません」
「あれほど巧みに魔術を操るお前が言うなら、疑う余地はあるまい。しかし、そうなるとますます当主の力が見てみたくなるものだが……」
「父上、これ以上お客様を困らせないでください。ただでさえ失礼をしているというのに」
「リトランデ、お前もガザーク家の息子なら、強者にもう少し興味を持ったらどうだ? お前より幼いというのに、ルナシアには次期当主としての覚悟がある」
まだ候補です、候補!
「この歳で、これだけの魔法を操れるというのも大したものだ。お前も負けずに訓練に励め」
「言われなくとも、私はガザーク家最強の男になります。父上にも、兄上にも負けませんよ」
「おお、ルナシアに触発されたか? いつもよりやる気に満ちているではないか」
「そう、ですね。そうかもしれません」
リトランデ様、確かに訓練は手を抜かない人だったけど、何だか前より力に対して貪欲なような……。気のせいかな?
「本当に申し訳ありません……こうなると父は止まらなくて……」
隣に立っているリトランデ様が何度も謝ってくれた。苦労してるんですね、あなたは悪くないですよ。
「あなたが謝る必要はないですよ。それに、戦うのは私ではなくイディオですし……」
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訓練でも実戦でもこういう場面がないわけではないけど、魔導師は基本的に後衛だ。詠唱に時間がかかると、あっという間にやられてしまう。
「武器は使わなくていいんだな?」
「はい、持っていても上手く扱えないと思いますから」
「では、準備はよいな?」
開始の合図をリトランデ様がかけると、まずアレグリオ様が先手を取った。一気に畳み掛けるつもりだろうか。これでは詠唱する時間がない。
だが、刃が届く寸前、イディオの姿が五人に割れた。アレグリオ様の振るった剣は、イディオの実体を捉えることなくすり抜ける。
「分身か」
無詠唱での魔術行使。やるね、イディオ!
しかし、アレグリオ様は他の分身をあっという間に薙ぎ払ってしまう。だが、その五人の中にイディオの本体はない。
『岩石砲』
アレグリオ様の後ろから呪文が聞こえたかと思うと、勢いよく岩石の塊が放たれた。
「ぬぅん!」
どんな反射神経してるんだろうと思うけど、アレグリオ様はすぐ振り返って腕をクロスさせる。結構な勢いと威力だったと思うんだけど、見事ガードされてしまった。これ、本当に人間業なのかな。
「幻術で姿を隠していたか。詠唱にかかる時間を稼ぐために、得意な魔法を組み合わせて対応。面白い」
誰もいなかった空間に、イディオの姿が現れる。魔法で姿を隠していたようだ。分身に気をとられている隙に、姿を隠して背後に回る。詠唱が必要な魔法を放つための時間稼ぎには十分だっただろう。
料理人試験の時もそうだったけど、変身魔法とか、自分の姿に作用する魔法が得意だよね。
「これをほぼ無傷で防ぐって、この人の身体どうなってるんだ……?」
ああ、イディオも同じようなこと考えてるね。
「手加減はいらんぞ。思い切りこい!」
テンション上がってきちゃってますね……。大丈夫かな、イディオ。
あぁ、テンションについていけてないね……。
『怒りの火炎』
アレグリオ様が様子見している間に、素早く詠唱したイディオが次の攻撃を放つ。
炎系の上位魔法だね。流石にこれを受けて無傷というわけにはいかないだろう。激しい火炎放射がアレグリオ様に迫る。
「はぁっ!!」
「何っ!?」
みんなの視線が上を向く。
跳んだ。まさかのアレグリオ様超跳躍。
高く飛び上がり攻撃をかわし、そのまま空中で回転して、イディオ目掛けて落下する。
「くっ!」
それは、反射的だったのだろう。イディオから魔力が湧き上がる。それを感じ取った私ははっとした。イディオ、それはーー。
だが、湧き上がったそれは嘘のようにすぐに静まった。意図的に抑えた?
結局、反撃はできないまま決着はついた。
「惜しかったな。私の勝ちだ」
首筋に剣を突きつけられたイディオは、ぺたりとその場に座り込んだ。勝負あり、だね。
ひとまず、目立った怪我はしてないみたいでよかったけど……。
「イディオ!」
「すみません、お嬢様。負けちゃいました」
急いで駆け寄れば、申し訳なさそうに、がくりと頭を下げてくる。
「ううん、イディオ頑張ったよ。すごく格好よかった」
「でも、負けちゃったんですよねぇ。はは、あんなに大口叩いといて情けないです」
勘違いでなければ、イディオは「闇魔法」を使おうとして、咄嗟にやめた。
闇魔法は非常に攻撃力が高い。もし、あのまま闇魔法を使っていれば勝てたかもしれない。
それをしなかったのは、闇魔法に対する一般的な認識を気にしてのことだろう。
魔獣が現れるようになってから、闇イコール魔獣の方程式が人々の思考に植え付けられ、忌避されるようになってしまった。闇魔法は魔獣が現れるより前からあったのだが、闇魔法を扱える魔導師自体少なく珍しかったため、誤った認識が正されることなくここまできてしまったのである。
おそらく、イディオは恐れているのだ。闇魔法を使う自分が魔獣たちの仲間だと罵られることが。
その気持ちは、分からなくもない。私も、魔王だって言われてたことがあるからね。平常心を装っていても、少ししんどかったかなぁ。
私のことを信じて支えてくれる人たちもいたから、何とかやってこれたんだけどね。でも、その人たちを守れないまま、世界は崩壊してしまった。もう二度とあんな絶望は体験したくない。
闇魔法の件は、イディオから言い出すまで黙っておこう。秘密にしておきたいこともあるだろうからね。
今回の勝負に関しては事情が事情だからなぁ。仕方ないとは思うんだけど、イディオだいぶ落ち込んじゃってるんだよね。ファブラス家のこととか、お養父様のこととか、色んなものを背負って戦ってくれてたから。
このまま引き下がるわけにもいかない、か。
「私、きちんと戦いについて学んだら、その時またここに来ます」
「ほう、従者の仇は主人がとるか。幼いながらに勇ましい子だ」
「それで、今戦うつもりはありませんが……あの的をお借りしてもよろしいですか?」
訓練場の一角に設置されていた、弓の練習用だと思われる的。横一列に六つ並んでいる。
「構わんが、何をする気だ?」
「私は、次期ファブラス家当主候補です」
このまま帰ったらイディオが気に病みそうだし、だからといって私が戦うつもりはない。せっかくイディオが守ってくれたのに、怪我するようなことがあれば意味ないからね。
戦わないけど、イディオのお荷物だとは思われたくない。ちょっとだけ格好つけさせてもらおう。
離れた位置から訓練用の的に標準を合わせる。私が使うのは弓矢じゃなくて、魔法だけどね。
スッと空気を撫でるように右手を横に払う。
『氷よ、貫け』
何もなかった空間に氷の刃が六本、横一列に並び、的に向かって勢いよく飛び出した。それらの刃が、六つの的の中心を同時に貫く。
命中した、ところまではよかったのだが……氷の刃が突き刺さった的は、衝撃に耐えられず爆裂四散した。
うわ、やっちゃった。攻撃系の魔法はまだ調整がうまくいってないね……。
「イ、イディオ、どうしよう……的壊しちゃった……」
やってしまった。調子に乗るとすぐこれだよ。学習しないな、私。
「ふはははっ! いや、よいものを見せてもらった。的のことは気にせずともよい。壊れてもいいように予備はたくさんあるのだ」
アレグリオ様は急に笑い出したかと思うと、今度は突然頭を下げた。
怒られなかったのはよかったけど、どうしちゃったんだろう?
「ファブラス家の実力を疑うなど、失礼なことをした。申し訳ない。従者もそなたも、確かにその名に恥じぬ力の持ち主と見た」
おお?
「従者よ、名はイディオと言ったか。今回は儂の勝ちだったが、よい戦いだった。戦略、そして炎のあの一撃、見事だ。ファブラス家の当主は、お前よりも強いのだろう?」
「はい、私など足元にも及ばないかと。謙遜ではありません」
「あれほど巧みに魔術を操るお前が言うなら、疑う余地はあるまい。しかし、そうなるとますます当主の力が見てみたくなるものだが……」
「父上、これ以上お客様を困らせないでください。ただでさえ失礼をしているというのに」
「リトランデ、お前もガザーク家の息子なら、強者にもう少し興味を持ったらどうだ? お前より幼いというのに、ルナシアには次期当主としての覚悟がある」
まだ候補です、候補!
「この歳で、これだけの魔法を操れるというのも大したものだ。お前も負けずに訓練に励め」
「言われなくとも、私はガザーク家最強の男になります。父上にも、兄上にも負けませんよ」
「おお、ルナシアに触発されたか? いつもよりやる気に満ちているではないか」
「そう、ですね。そうかもしれません」
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