神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第1章 幼少期編

3 ホロウの名を冠する少女

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「ルナシア・シャルティル。貴殿にホロウの称号を授ける」

 分かっていたことではあるが。決定打は、やはり先日の魔獣襲撃事件。
 国王や国を取りまとめる重要人物たち、そして両親に見守られる中、私は再び「ホロウ」の名を授けられ、ルナシア・ホロウ・シャルティルとなった。

 私にこの名前を授けてくれたのは、同じくホロウの名を賜った大魔導士ヴァン様。ディーン様が言っていたのは、この方だ。
 齢120歳だというヴァン様は、魔獣たちが発生し始めた百年前を知る貴重な方でもある。
 しかし、魔獣の出現頻度が年々高まっていくのを止めることができず、晩年はそれを悔いることばかり口にしていたという。

 そもそも、ヴァン様がホロウの名を戴いたのも、魔獣を討伐できるだけの力を持った優れた魔導士を祀りあげて、人々の希望の象徴とするためだったと聞いている。

 自ら望んで得た地位ではない。それでも、ヴァン様は期待に応えようとした。
 彼のおかげで救われた命は多い。それなのに、なぜ魔獣を根絶できないのだと責める人たちは後を絶たなかった。
 彼が悪いわけではないと分かっていても、不安だったのだろう。その矛先を彼に向けるしかなかった。

 ヴァン様以降、ホロウを名乗ることを許された人間はしばらくいなかった。
 もちろん優秀な魔導士がいなかったわけではない。ホロウの候補に挙がった魔導士たちは何人もいた。だが、ことごとくヴァン様が却下したのだという。
 頭の固い男だと反感も買ったそうだが、それは彼らを守るための苦渋の決断。優秀な魔導士たちを矢面に立たせて、その才能を潰してしまわないための配慮。

 そんな話を、ディーン様から聞いたことがある。
 私がヴァン様と会ったのは、ホロウの名を戴いた時が最後。この次の年、彼は亡くなってしまうのだ。
 今までヴァン様が受けていた期待を今度は私が背負い、そしてそれに応えられなかった。だから、ヴァン様の気持ちはよく分かる。

 私が宮廷魔導士として本格的に魔獣討伐に乗り出した頃には、魔獣に関する情報もだいぶ集まってきていた。
 それに対して、ヴァン様は何も分からない状態から魔獣について調べ、基礎を作り上げたのだ。
 自分だってよく分からないし、不安だっただろう。奮闘すること百年。以前の私が生きた五倍もの年月。彼が残したものの価値は、よく知っている。本当に偉大な人だ。

 ヴァン様も、私と同じく貴族ではない。今の立場も、ホロウの名に守られてのものだ。この名前には、とても大きな意味がある。それこそ、人生を変えてしまうほどに。
 この名さえなければ、余計な苦労をすることもなかっただろう。守られると同時に、逃げられない。そんな枷のようなものでもある。

「ありがとうございます」

 ホロウの名を戴いた私がそう応えれば、ヴァン様は悲しそうに顔を歪めた。
 あの時は、なぜそんな顔をするのだろうと思っていたが、今なら何となく分かる。

 もし、ヴァン様がもう少し若い時に出会っていたならば、これまでの魔導士たち同様、ホロウの名は受け取らずに済んだのかもしれない。
 だが、自分も先が長くないと悟ったヴァン様は、早く次代のホロウをと急かす周囲に強く反対もできなかったのだろう。

 そこに現れたホロウ候補者が私だった。しかも五歳児。さすがに躊躇しただろう。
 ホロウを賜るに当たって様々な魔力検査が行われたが、どれも基準値を大幅に超えていた。ヴァン様も却下できないと諦めたのか、予定通り私はここに立っている。

「……あなたに背負わせてしまうこと、本当に申し訳ない。私が無力なばかりに……本当に申し訳ない……」

 周囲の人々の視線も気にせず、ヴァン様は突然私に深く頭を下げた。忘れているだけかもしれないが、こんなことあったかな?

 それにしても、やはり相当気に病んでいたようだ。私も人のことは言えないけれど。
 心残りをなくすために、私は戻ってきた。魔法なのか、神様の力なのかは分からないが、やり直す機会を得た。

 ヴァン様に残された時間は少ない。会うのもこれが最後になるだろう。
 その心の苦しみを少しでも和らげることはできないだろうか。

 考えに考え、私は項垂れるヴァン様の耳元で囁く。

「大丈夫ですよ、ヴァン様。あなたが謝る必要はありません。あなたは、背負わせたのではなく、繋いだのです。あとはお任せください」

 およそ五歳児らしからぬ発言に、急にどうしたと心配されそうだ。でも、ヴァン様は悪くないからということを伝えるには、五歳児ではちょっと無理があった。
 怪しまれたら、本で読んだフレーズだとか、大人たちが言っていたのを聞いたとかで誤魔化そう。本当は成人してるんです! とか言っても、それこそ頭の心配をされそうだ。

 予想通り、ヴァン様はとても驚いた顔をしていた。

「ああ、あなたは……そうなのですね。神の愛し子よ……私の無力をお許しくださるのか」

 何か呟いていたようだが、聞き取れなかった。
 だが、どこか安心したような優しい顔になっていたので、よしとしよう。私にできるのはこれが精一杯だ。
 今度こそ、成し遂げてみせます。そう決意しながら、二度目のホロウ授与式は終了した。
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