神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第1章 幼少期編

2 青と赤

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 エルメラド王国。それが、私の暮らしている国の名前だ。
 豊かな大地に恵まれ、農業が盛んな国。食べ物がおいしいのが、私にはとてもとても嬉しいポイントだ。

 以前の私は、この国の王族とも関わりがあった。宮廷魔導師なのだから当然といえば当然なのだが。私の場合はそれ以前、通っていた学園も同じだったので、そこでの繋がりもあった。
 そこで分かったのは、もの凄くお人好しだということ。
 王族が通うくらいなのだから、周りは貴族が多い。私はホロウの名前があったから入学を許されたようなものだ。
 それなのに、王族だということを忘れているんじゃないかというくらい、庶民である私にも分け隔てなく接してくれた。

 気配りができるエルメラド王族。それは今回も変わらないらしい。

 倒れた私は、しばらく城で療養するようにと、なんでも王様の命令らしく、体調が戻ってからもすぐには解放されなかった。
 両親も、何か身体に異常があったら大変だからと、それを了承した。ただの魔力切れだったんですけどね。

「暇だ……」

 ただの魔力切れで、もう本当に何ともない。でも、勝手に動いても迷惑がかかってしまう。元気なのに休まなければならない、このもどかしさよ。

 仕方がないから天井のシミでも数えていようかと思ったが、さすが城の一室。シミひとつない。こんな子どものために、家具ひとつでもいくらするんだろうという恐ろしく良い部屋を用意してくれたのだ。

 せっかく時間があるのだ、本当なら情報収集がしたい。
 誰でもいい、話し相手になってくれる人がこないか。そんなことを考えていると、見計らったかのようにぱたぱたと廊下を走る音が聞こえた。
 一度部屋の前を通り過ぎたが、すぐ戻ってきたかと思うと、勢いよくこの部屋の扉が開いた。

「ああっ! あなたがルナシアさんですね?」

 テンション高めな、空色のサラサラロングヘアーが印象的な男性が鼻息荒く立っていた。
 目を輝かせてずんずん近づいてくるのは、未来の上司。宮廷魔導師のディーン様だった。
 本来なら、私が宮廷魔導師に任命されるまで出会うことのなかったはずの人。

 まさかここで会うとは思っていなかったが、まったく変わらないな。私の知るディーン様は、今より十歳ほど年齢が上なのだが、潜在魔力量が多い魔導師の例に漏れず、若々しかった。この頃から年をとっていないように見える。

 女性からの人気も高く、黙っていれば麗しの貴公子なのだが、本性を知ってしまいそっと距離を置く方もいるとか。

「村人を助けるために飛び出した勇気! そして、それを成せるだけの魔術の才能! これほどまでに感動し、興奮したのは久しぶりです!!」
 
 その原因がこれだ。
 悪い人ではないのだが、たまにこのテンションにはついていけないことがある。

「あの……」
「大魔導師ヴァン様にも引けを取りません! あの方も年老い、自分の後継となり得る人間がいないことを嘆いておりました。なかなか憂いを晴らせず、歯痒い日々を送っておりましたところに! あなたが! 期待の新星が!」

 相変わらず人の話を聞かないな。こうなると、落ち着くまでひたすら聞きに回るしかない。

「落ち着けディーン」

 そう諦めていたところに、思わぬ助けが入った。

「これはこれは、ギャロッド殿」

 突然、今までのテンションが嘘のようにディーン様の声のトーンが低くなる。
 ギャロッド・ノア・ランドロフーーディーン様と同じ時期に宮廷魔導師に任命された人だが、この二人の相性はすこぶる悪い。かく言う私も苦手意識がある。
 というのも、ルナシアこそ魔王なのでは説を流したのがこの人だからだ。

 燃えるような赤い短髪をもち、ディーン様とは見た目も性格も対照的。
 初対面であるはずの私を見てギャロッド様は睨んできた。もともと目つきは悪い人だが、これは明らかに睨まれたと思う。

「まだ今日の仕事が片付いていないはずだぞ。突然、仕事を放り出して消えたとお前の部下たちが騒いでいた。こんなところで油を売っているとはな」
「それはあとできちんと終わらせます。期限は守りますよ」
「後回しにするんじゃない。仕事よりも、その娘の方が大事なのか」
「こんな機会、滅多にないではありませんか! あなたこそ魔導師として気にならないのですか?」
「同じだと?」

 ピリッと空気が張り詰める。おっと……それは禁句ですよディーン様。
 私は、なぜギャロッド様がディーン様や私を目の敵にするのか知っている。

 ギャロッド様はとても努力家だ。たまに暴走するディーン様に振り回される部下のことも気にしてくれる。今回だって、呼びに来てくれたのだ。
 だが、こんなにちゃらんぽらんに見えても、仕事も魔法も、ディーン様の方が
 いくら努力しても越えられない壁。それが彼を追い詰めていた。

「勝手にしろ」

 それだけ言い残して、ギャロッド様は行ってしまった。その背中がとても気になって……追いかけることはディーン様もいるので出来なかったが、今回はもう少し彼との関係も改善できないだろうか。

「まったく、何なのでしょう……すみません、驚かせてしまいましたね。私はディーン・ステラ・エトワールと申します。お見知りおきを」
「私は、ルナシア・シャルティルです。よろしくお願いします」
「しっかりしたお嬢さんですね。やはり、ただの子どもではない」

 自己紹介しただけでオーバーな。記憶にあるディーン様より感激ポイントがゆるゆるだ。
 このままペースに乗せられてはいけないと、慌てて話題を振る。

「あの人は?」
「ああ、ギャロッドですか? いつもああなんですよ。何かと私に突っかかってくるのです。子どもの前でまで、あんな態度をとる必要はないでしょうに」
「なんだか、苦しそうでしたね」
「苦しい? 彼が?」
「何か聞いていませんか?」
「うーん……そもそもギャロッドと会話する人間があまりいませんからね。それこそ、私くらいですか。毎度喧嘩になりますけどね」

 前もそうだったが、今回のディーン様もギャロッド様の気持ちには気がついていないようだ。
 最後の最後、こじらせて色々やらかしてしまったギャロッド様が罰される寸前に薄々察したようだが、彼らの関係が改善されることはなかった。

「それなら、ディーン様、ギャロッド様のことよく見ていてあげてください。それができるのは、ディーン様だけなんでしょう?」
「快諾はできませんが……ふむ、あなたが言うのでしたら、努力はしてみましょう」

 悩みながらも、頷いてくれた。それにしても、以前の私ならともかく、会ったばかりの子どもに対して腰が低すぎじゃないですか。

「ギャロッドのことはともかく! あなたには色々と聞きたいことがありまして!!」

 いや、グイグイくるな。子どもでも容赦ないな、この人。
 なんだか懐かしい。宮廷魔導師になりたての頃にも、同じように質問攻めされたっけ。

 今は私の方が色々と聞きたいことあるのにな。
 そう思いはするものの、嬉々として話し続けるかつての上司を止めるすべは、残念ながらもっていなかった。
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