ようこそ、一条家へ

如月はづき

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24.柚子はスパイ③

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 ドンドン……時刻は夜10時。私はある部屋のドアをノックしている。



「はいー?」



「やぁ、光くん!こんばんは!」



 廊下に誰もいないことを確認して、部屋の主への挨拶もそこそこに侵入する。



「こんな遅くにどないしたん?」



 光くんは夜9時を過ぎたら、男女で部屋の行き来をすべきでないと思っているらしいと最近わかった。修斗くんや育は何時でも、私の部屋にズカズカ入り込んでくるというのに紳士だ。



「これ!」



「ん?なにこれ?」



 私が差し出したのは、今日3階で見つけた機密文書の束だ。



「あの後、3階に行って取ってきたの~。難しそうだけど、手分けすれば解読できるかなって……。これ光くんの分ね!」



 パラパラと光くんは書類を捲る、膨大な資料を見ているうちに眉の辺りに皺が寄っていた。



「なぁ、柚子ちゃん?俺……これを解読できる気がせぇへんのやけど」



「達筆だもんねぇ~。柚子も頑張るから!力を合わせてこの家の謎を解こう!」



 とりあえず3日間は各々で解読してみようということになり、私は部屋に戻った。改めて見てみると、どんな偉い大臣が書いたんだろうか、筆で書いてある上に随分と癖のある字だ。難しそう……辛うじて読めそうな字を探して書き出す作業を繰り返した。






 あれから3日、私は光くんの部屋にやっていた。



「光くんの方は調子どうー?柚子は読める文字だけ書き出してみた!」



「俺も読める字と、昔の辞典引いてみて何文字かって感じや」



 2人で解読できた部分を繋ぎ合わせて読んでみる……さっぱり文章にならない。でも1人でするよりは進みが早い気がする。



「光くん明後日はお休み?」



 まだ屋敷での謹慎だと言うのに、私は明後日1日暇を言い渡されているのだ。明日、私と光くんは誘拐事件についての最終聴取があるから、疲れるだろうと気を遣われているらしい。



「うん。明日聴取あるからなぁ……柚子ちゃんも休みやろ?」



「うん!じゃあ、明後日1日柚子と謎を解き明かす日にしない?どーせ、明日の聴取終わっても念のためとか言って外には行けないし……。決まりね!」



「用事はないし、えぇけど……」



 了承の返事を貰って時計を見ると私の寝る時刻が迫っていた。光くんに就寝の挨拶をして部屋に戻る。ふふふーー明後日のやる事決まっちゃったもんね。後は私と光くんが1日一緒にいても怪しまれないように、何か策を考えなくちゃね。






 翌日、騎士団からの最終聴取を終えた私はご機嫌だ。もう聴取で同じことを繰り返し聞かれるのは飽きていたし、何より私は重要な謎解きの最中なのだ。余計なことに時間を取られるわけにはいかない!作戦を決行する為に、まずはお姉ちゃんの所へ向かう。



「おねーちゃーん」



「あら、柚子。聴取は終わり?お疲れ様」



「うん。終わったー!ねぇねぇ、柚子いつから外行ける?」



「……そうね。さっきご当主様と立花さんと話をしたのだけど、明日はまだ謹慎になりそうよ。最終聴取の結果が明日以降まとめられるみたいだから、それが終わり次第になるわね。柚子もつまらないだろうけど……ごめんなさいね」



 予想通り……明日は外に行けない。申し訳なさそうにしているお姉ちゃんに、ちょっと心が痛むけど今の私にはそれは好都合だ。



「そっかぁ。……光くんと明日お勉強しようと思うんだけど、貴族名鑑ってどこにある?」



 貴族名鑑ーーこの国の全貴族と周辺の諸国の主要な貴族について、まとめられている分厚い辞書のことだ。大きな貴族屋敷で働くなら、メイドも執事もある程度目を通して頭に入れた方が良いことを私は知っている。



「あら、2人でお勉強なんて良いことね。貴族名鑑は3階にあるわ、何冊かあって重いから後で修斗くんにでも運んでもらいましょう」



 何冊もあるんだっけ?修斗くんには悪いけど部屋まで運んで貰って……ん?ちょっと待って、今気づいたけど、お姉ちゃんは私を3階に行かせないようにしている?もしかして、この家の謎を知っている?



「……柚子?難しい顔してどうしたの?」



 ハッと気がつくと、お姉ちゃんに顔を覗き込まれていた。やばいやばい、勘の鋭いお姉ちゃんに気づかれてはいけない。



「なんでもないよ!!……柚子の方が、光くんよりも、王都とか一条家の方には詳しいから教えてあげなくっちゃね」



「そうね。柚子は先生なのね、頑張って」



 先生!なんて素敵な響き……!謎解きもそうだけど、光くんに貴族名鑑も教えてあげなくちゃいけない気がしてきた。



 夜になると修斗くんが5冊の分厚い本を持ってきた。



「ほら、ここに置くぞ?……ったく、結衣は本当に人使いが荒い」



「ありがとー!修斗くん、柚子ね明日は先生なのっ」



「望月に教えるんだってな。頑張れよ」



 修斗くんは、お姉ちゃんへの文句をぶつぶつ呟いて部屋を出て行った。私と光くんを疑っている人は誰もいない。明日に向けて準備は整った!!
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