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17.事件⑤
しおりを挟む「ん……」
「柚子ちゃん、おはよぉ」
夢なら良かったのに……。目を覚ますと硬い床、隣にはちょっと疲れた顔の光くん。あー、誘拐は夢じゃなかった。昨日は泣き疲れて寝たらしい。
「おはよぉー。夢じゃなかったんだねぇ。研修何日するつもりなんだろう」
「ほんまに、研修なんかなぁ?」
メイド学校の授業で、誘拐された時の心得は聞いたことがある。自分のお屋敷のことは話さない、自分のことも極力話さない、そして……解放されることを想定して相手の情報を聞き出す。だったような気がする。研修でどこまで出来るのか試そうとしているんだろう、よし!やってやる!どーせ、発案は修斗くんだ!ギャフンと言わせてやるんだからな。
時間を持て余して光くんとしりとりをしていた時だった。昨日と同じ男と、もう少し身長の高い男の2人組がこの部屋にやってきた。
「キツツキ!」
「ちょっ、柚子ちゃん。さっきから き ばっかりやん。ずるいで」
「ふふんっ!……あ!おはよぉー」
「お楽しみの所悪いが、こちらの質問に答えて貰う」
……待て待て待て。朝の挨拶は基本じゃない?おかしい!私は両親やお姉ちゃんに、挨拶はちゃんとしなさいと躾けられてきた。なのに、私の挨拶を無視して話を続けるなんておかしい!
「お前、一条家の者か?」
「知らん。答えん」
その不躾な態度にムッとしたので、光くんに話しかけている声を遮った。
「ねぇ、ちょっと!せーっかく、柚子が朝のご挨拶してるのに、どう言うこと?おはようって言われたら、おはようって返すんだよ」
「……はぁ?」
「はぁ?じゃないでしょ!はい、おはよう!」
2人の男は顔を見合わせている。
「……おはよう……」
なんだ、挨拶出来るじゃないか!とりあえず会話は出来そうだ。
「さっそくだけど、柚子お腹空いた!クロワッサン買ってきて」
「はぁ?……てめぇ」
「……買ってくれば質問に答えるか?」
昨日の男はすごい顔でこちらを見ていたけど、背の高い男はクロワッサンを買ってくれるっぽい様子だ。話のわかるいい人を犯人役に選んでくれたのは、たぶん立花さんだろう。
「……うー、うんー!」
こういう時は適当に返事をしておく。肯定も否定もしていないように、曖昧にしておくのが良いだろう。男2人は顔を見合わせると部屋から出ていった。私はその背中に、お水持ってきてねーと叫んでおいた。
しばらくすると、光くんは疲れもあって、眠っていた。私の予想だと、この研修は今日の夕方くらいまでのはずだ。
クロワッサンまだかなぁ。今何時なんだろう……。ぼーっとしていると扉が開いた。
「あ、おかえりー」
身長の高い方が入ってきて、その手にはクロワッサンが入ったと思われる袋があった。
「光くーん!ご飯きたよー」
お疲れの様子の光くんを気遣って、努めて優しく声をかける。はっとした様に目を開けると、寝坊した時の私並みのスピードで起き上がった。
「何もされてへん?大丈夫?」
「大丈夫だよ?起こしてごめんね、クロワッサン買ってきてくれたみたい」
光くんは、私を見て異変がないことを確認してホッとした様子だった。
「……約束のものだ、食べろ」
「わーい、いただきまーす!柚子、飲み物も欲しい!」
グッドタイミングで扉が開き、お茶を持っている男が入ってきた。クロワッサンは買ったものだったし、お茶はちょっと温かったけど、まぁお腹には溜まった。
「ご馳走様でしたー!」
「早速だが……」
食事終わりの挨拶をしたら、ちょっと休憩……と思ったのに話が始まった。
「ねぇ!ご飯終わったばっかりだから、食休みだよ」
「……うるさい女だ、こっちもいろいろあるんだ。質問に答えろ!」
「柚子のことうるさいって言った!失礼だ!柚子もう、ぜーったい喋んない」
「柚子ちゃん、ちょっと落ち着き」
「ふんっ……」
なんだこいつ!修斗くん2世か!バカにしてる。何を知りたいか知らないけど、こいつには何にも話したくない!顔を背けて、壁の方を見つめると、話さないだろうと分かったようで男2人は諦めて出て行った。
夕方になったのか、少し寒くなってきた。外は激しい雨と遠くから雷の音が聞こえる。……雷はあんまり好きではない、あの大きくて不気味な音と不規則な稲妻が怖い。
「……柚子ちゃん?大丈夫?」
「ん?んー」
光くんに話しかけられて、外を見るのはやめた。
「そんな顔せんで?……やっぱり怖いん?」
不安そうな顔でもしていたんだろう。心配そうに、私を見つめる光くんの顔も不安そうだ。
「雷……好きじゃないんだよね」
「あ、なんや、そっちか!」
私の返事にニコッと笑うと、少し離れた位置から隣にやって来た。
「この状況が怖いって言うても……今は何もしてあげられへん。けど、雷なら話は別や」
私の左手と光くんの右手が繋がれる。
「そんなにせんで、雷終わると思うから。……って、え?ちょっ、柚子ちゃん?熱あるん?」
「だ、だいじょぶ!熱ないっ!ちょっと暑いだけっ」
男の人に手を繋がれた事なんて、人生であっただろうか。自分でもわかるくらい、頬は熱い。どうしよう、光くんは親切心で手を繋いでくれているのに、変に意識してしまう。あぁ、どうしよう。
ガチャっと鍵を開ける音がして、扉が開いた。いつもの2人組が入ってくると同時に、光くんと繋いだ手は離れた。
「さて、お前の名前は光なのはわかった。一条家の使用人か?出身はどこだ?」
「答えん」
光くんが先に質問されていた。あまりにも、答えないのでこちらにやってきた。
「お前の名前は柚子。一条家の使用人か?出身はどこだ?」
「……なんでそんな事聞くのー?なんでもいいじゃん」
「質問に答えろ。……お前熱があるのか?」
やはり、人にわかる程に顔は赤くなっているようだ。
「熱ない!へーき。……ねぇ、なんでそんな事聞くのー?そっちこそ、名前は?どこ出身?」
光くんを意識したことを誤魔化すように、私はひたすら犯人2人組に話しかけ、時間は過ぎていくのだった。
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