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一難去って…?
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「麻里、麻里、もう九時よ、朝ごはんできてるわよ」
聞き慣れたはずで、何だか懐かしい声に起こされた。
目を開くと、二度と会えないと思っていたはずの顔があった。
「んにゃ…百合…夢…?」
百合がアタシを起こしに来るだなんて、夢物語も良い所だ。
「百合ぃ…夢でも会いに来てくれたのぉ…?」
体を起こして百合に抱き着く。
「ちょっ、麻里…」
そのまま布団に抱き寄せると、もっと強く抱きしめた。
「百合ぃ、もうどこにもいかないで…」
「ちょっと麻里…!」
少し怒った声を聞いて、少し脳が覚醒する。
よく見ると、目の前には真っ赤になった百合がいた。
「あれ…夢じゃない?」
「…寝ぼけすぎよ」
不意に、シャッター音がした。
音の方を見ると、ドアの陰からスマホのカメラを構える水咲さんがいた。
「なんと素晴らしいものを…」
「あっ、この…わっ」
「きゃっ」
立ち上がって止めようとするが、百合も同時に動いたせいで、足がもつれて転んでしまった。
「ってて、大丈夫か?」
「ええ、何とか…」
まるでアタシが押し倒したみたいな構図になってしまった。
「っ!す、すまん、百合…」
「いや、こっちこそ…あっ、水咲さんは?」
「そうだ、写真消さないと…」
立ち上がってドアの方を見ると、水咲さんは鼻血を出して倒れていた。
その顔はとても安らかだった。
アタシは百合に向かって、無言で肩をすくめて首を振った。
「はっ、さっきのは幻…!?」
「おはよーございます、水咲さん」
「ああ、おはよう、麻里ちゃん…」
首をかしげる水咲さんをよそに、味噌汁を啜る。
「まさか百合の手料理が食べられる日が来るなんて…ああ、幸せ」
味噌汁なんて食べたのいつぶりだろう、と考えていた。
…ママの味噌汁って、食べたことあったっけ?
「麻里?どうしたの、止まってるけど」
「ああ、うん、ちょっとね」
今日もママのお見舞いに行くから、その時に聞いてみようか。
でも、なんか聞きづらい感じもする。
「ねー、水咲さん」
「んー?」
アタシはさっき考えていたことを水咲さんに話してみた。
もしかしたらアタシよりママと話してる水咲さんなら、何か知ってるかもしれない。
「あー…そういや、料理が苦手で、出前やらインスタントやらで済ませてるって言ってたっけ…」
「やっぱそうかー…ママ、料理苦手だったのかー」
「でも、家事も麻里ちゃんに任せっきりにしちゃってて、申し訳ないって言ってたよ。あの部長も、麻里ちゃんの事話すときは顔が緩んでるのよねー」
「…サンキューな、水咲さん」
なんだか今まで考えていたことが馬鹿らしくなって、たくあんとともにご飯を掻き込んだ。
「うっし、ごちそーさん。美味かったぜ、百合」
「麻里、行儀悪いわよ…」
「わりいわりい、さて、今日もママのとこ行くだろ?準備しなくっちゃ」
アタシは立ち上がると、水咲さんにそう言った。
「そうそう。今日はスミレが車で迎えに来てくれるんだった」
「えっ、それなら言っといてくれればもっと早く準備したのに…」
「スミレも何時とは言ってなかったからね、ま、あの子はタイミングよく来るのよ、昔からね…」
「そ、そういう物なんですか?」
「いや、普通は時間ぐらい決めとくだろうよ…」
アタシが呆れて言うと、水咲さんも食べ終わった食器を重ねながら立ち上がった。
「ごちそうさま。さて、百合ちゃん、皿洗い手伝うよ」
「ンなゆっくりしてて大丈夫なのかよ…あ、皿洗いはアタシが手伝うから。ね、百合」
アタシはそう言うと、台所へ皿を運んだ。
「…台所そんな広くないんで、水咲さん、休んでてください」
「あら…お役御免?」
少し悔しそうな水咲さんに、余裕の表情を見せつける。
…普通だったら、皿洗いなんてやりたくないものだが、百合が一緒なら話は別だ。
「なんか楽しそうね、麻里?水咲さんも…そんなに洗いたいなら、お二人でどうぞ。私が休ませてもらいます」
「…あっ、こっちお願い」
「あいよ」
ほとんど無言で皿を洗う。
百合には一杯食わされた。
まあ、そんなしたたかな所も好きなのだが。
「こっち拭き終わったぜ」
「ありがと」
特に何か問題が起こることはなく、皿洗いは終わった。
「んで?水咲さんの友達が迎えに来るんだろ?早く準備しねーと、間に合わないんじゃ…」
「大丈夫大丈夫。ま、ふつうはそう思うわよねー」
半信半疑のまま出かける準備を終え、ちょうど昼の十二時頃だっただろうか。
家のチャイムが鳴った。
「おー、今日もナイスタイミングね、スミレ」
「ん、いつも通りね…あ、その子が部長の娘さん?どうも、守島スミレです…よろしくね」
「あ、ども、麻里です、よろしく」
なんかちょっと暗い感じの人だけど、優しそうだし、丸メガネが似合っててカワイイかも。
「それじゃ…ちょっと狭いけど、どうぞ」
スミレさんの車は、丸っこくて小さな、黒い車だった。
ただ、見た目のわりに中は広くて快適だった。
「それじゃ、レッツゴー」
「スミレさん、ありがとうございます」
百合が律義に礼を言う。
「うちのママが迷惑かけちゃって、ごめんなさいな」
アタシも続いて謝ると、スミレさんは逆に謝ってきた。
「いや…私が部長が倒れてたのに気が付かなかったから…もっと早く助けられたのに…」
表情を曇らせて言うスミレさん。
「そんなことないよ。スミレ帰ったの三時でしょ?部長倒れたの三時過ぎって言ってたから…」
「それでも、帰る前に一言言ってれば、気づけたわけで…」
水咲さんのフォローも効かず、ネガティブになるスミレさんに、アタシは言い返した。
「ま、結果ママは助かったんだし、今もこうやって送ってくれてるし…終わり良ければ、全て良しってね!」
「…ふふっ、麻里ちゃんは優しいのね」
「そりゃあどうも」
そのあと少しの間、静かに車は走っていた。
沈黙を破ったのは、百合だった。
「それにしても水咲さん、スミレさんがもっと早く来てたらどうしてたんですか?」
「そうねえ、考えたこともなかったわ…スミレって、昔っから待ち合わせとか、ちょうどよく来るのよ」
「それって…スミレさんが待たされたりしてるんじゃないですか?」
確かに、そんなに都合のいい話があるわけない。
でも、水咲さんがそんなに待ち合わせに遅れたりを繰り返すような人とも思えない。
そう考えていると、スミレさんが口を開いた。
「私、小さいころから待ったことも待たせたことも無いのよ」
現実離れしたその発言に、水咲さん以外が驚く。
「そりゃあ私も昔はそんなわけないって思ったよ?それでさ、一回実験したことあるのよ」
「実験…ですか」
水咲さんがした実験とは、単純なものだった。
高校に通っているときに、一週間連続で時間を伝えずに、駅で待ち合わせをするというものだ。
一日目は、朝の七時半に水咲さんが駅に着いた。
その時には、もうスミレさんは駅にいた。
二日目は、遅刻ギリギリの八時に駅に着くようにした。
勿論、スミレさんは駅にいた。
ここで水咲さんはただ単に早く来て、待っていただけではないかと指摘。
三日目には、七時十八分という微妙な時間に駅についてみた。
そうすると、ほぼ同時に向かいの電車からスミレさんが出てきたという。
そこから三日連続で、ほぼ同時に到着。
「それでね、私意地になっちゃってさ。午前の三時に駅に行ったのよ。」
「午前三時って…早いなんてもんじゃないだろ…」
「そしたらね、駅に着いた瞬間、スミレから電話が来たの。『何バカやってんの』ってね。」
「そんなこともあったわね…あの時はさすがに本当に駅にいるとは思わなかったけど、電話かけてみたらほんとにいたものだから…」
「ま、そこまでされりゃ信じるしかないかあ…スミレさん、なんでわかるんですか?超能力?」
「さあ…なんとなく、そこに行ったらいるだけなのよ。考えたことないわね」
「凄いですね…」
まさか水咲さんの友達にこんな凄い人がいたとは。
謎が深まるばかりだ。
「でも、羨ましいなあ。アタシなんて、寝坊やらなんやらで遅刻ばっかりだぜ?」
アタシがそう言うと、スミレさんはまた表情を曇らせた。
「…気持ち悪くないの?みんな言うのよ、いつも時間ぴったりなんておかしいって…」
「んー、別に。ただただスゲーとは思うけど…だいたいそういう事言うような奴ってのは、根性ひん曲がってんのよ。気にしちゃ負けだぜ」
「…やっぱり優しいわね。私、貴女の事好きかも」
無表情でさらりと言われるが、少し戸惑う。
「なっ…スミレさん、そーゆ―ことは簡単に言わない方がいいぜ」
「?…はっ!?そういう意味じゃ…っていうか水咲、何教えてんのよ?」
アタシの言葉で意味を理解したのか、慌てて撤回しようとするスミレさん。
「私は何もしておりませんよ、スミレさん」
おちゃらけていう水咲さん。
「またそんなこと言って…私の時みたいに、こっちの道に引きずり込んだんじゃなくって?」
「…水咲さん、何やってんだよ…ま、アタシは独学っつーか、元からっつーか、水咲さんに会う前からこうだぜ」
スミレさんの過去に何があったか少し気になったが、今は触れないでおこう。
「…その点では、私もスミレさんと同じかもです」
百合がそう言うと、スミレさんは呆れた顔で言った。
「水咲…こんないたいけな幼女を私と同じ目に…?」
「そこまではしてないわよ!?ただちょっと道を示しただけっていうか、そもそも百合ちゃんの時は事故に近かったし…」
「逆にスミレさんには何をしたんだよ!?」
思わず聞いてしまった。
「まあ、その、若気の至りと言いますか…いろいろとね」
「もう、水咲のばか」
スミレさんは顔を真っ赤にしながら言った。
いろいろってなんだいろいろって。
ともかく小学生が聞いていい話ではないであろう。
「…スミレさんには、そういうことしたんですか?」
そこに嫉妬した百合が乱入してくる。
「いやいや、もう昔の話よ!?っていうかあの時は未遂で終わったし…」
「へーえ、あれを未遂で済まそうっていうの?」
落ち着きを取り戻したスミレさんが茶化すように言う。
それに対して、今度は水咲さんが赤くなって言い返す。
「だってあの時は…あ、ほら、病院!病院着いたわよ!」
「もう…悪運の強い人ですね」
それはなんか違う気がするぞ、百合にと思いつつもこの修羅場が終わったことに胸を撫で下ろす。
…スミレさんも不思議なヒトだが、水咲さんもこの女ったらしぶりは同じくらい不思議なような気がする。
スミレと百合ちゃんからの猛攻からなんとか逃げ切った私は、部長の病室のドアをノックした。
「…あら、今日も来たの?会社は…そうか、休みになったんだったわね」
「ええ。ま、この休みは部長様様ってとこですかね」
「まったく、あの企画は間に合うの?」
…入院してても仕事の話が出てくるあたり、やっぱり仕事人間だなと思ってしまう。
「あの企画は、先方に事情を説明して期日を伸ばしてもらいました」
スミレの説明に、ほっと胸をなでおろす部長。
「ママ、入院してる間は仕事の話は無しって言ったでしょー?もう、そんなんだと退院できないよ」
麻里ちゃんの言葉に、苦笑しながら部長が謝る。
「ごめんね麻里…一人でいると気になっちゃって」
「全くママったら…そうだ、水咲さん家から何冊かマンガ持って来たんだ。暇つぶしにしてくれよ」
「あら、木村さん、気を遣わせたかしら…」
「「いえいえ」」
「あっ」
「あら…」
その言葉に、百合ちゃんと同時に答えてしまう。
「そういえば、どっちも木村さんだったわね…」
「アタシは名前で呼んでるから気になんなかったなー」
「紛らわしいのもなんですし、下の名前で呼んでもらって構わないですよ。ね、百合ちゃん」
百合ちゃんも笑顔でこくんと頷く。
「そうね…じゃ、み、水咲さん…でいいのね?何だか気恥ずかしいわ…」
ちょっと顔を赤くした部長。なんかかわいいかも。
「それじゃ、私の事も名前で呼んでくださいな」
唐突にスミレが口を開く。
「守島さんも…!?まあいいわ、スミレさん、よろしくね」
それを聞いたスミレは何だか満足気だ。
「それじゃママも下の名前で呼んでもらったら?その方がみんな仲良くなれるっしょ」
麻里ちゃんの提案を聞いて、そういえば部長の下の名前ってなんだっけ、と考える。
「それいいわね。それじゃ、彩華さん、これからもよろしくです」
スミレがさらりと答えたのに驚く。
初めて会った時以来、下の名前聞いたことあったっけか?と頭を捻りながらスミレの視線の先を見ると、ベッドの名札を見ていた。
ああ、そりゃわかるわ、と思いつつ私も答える。
「彩華部長…うーん、彩華さんの方がいいかな。よろしくです」
さっきより顔を赤くした彩華さんが、照れながら言う。
「…なかなか恥ずかしいわね、そもそもそっちは混乱してないでしょうに」
「まあいいんですよ。もしどうしても嫌だったら辞めますけど…」
「嫌って訳じゃないんだけど…会社では、今まで通りでお願いするわ」
「ま、ママが仕事の事忘れられたら良いなって思って言っただけだからさ」
「麻里…」
やっぱり麻里ちゃんは優しい。
彩華さんも、同じくらい優しいのかもしれない。というか、今の彩華さんはとても部長と同じ人とは思えない。
その後少し談笑した後、医者から話を聞いた。
順調に回復に向かっているとのことで、皆安心した。
あっという間に時間は過ぎ去るもので、気が付くと四時を過ぎていた。
麻里ちゃんのお腹がぐうと鳴る。
「…そういえば、お昼食べてなかったわね」
赤面した麻里ちゃんが文句を言う。
「そもそも水咲さんがテキトーな時間に出るから…」
「私は食べてきたわよ。食べてなかったの…?」
スミレが茶化すと、麻里ちゃんは恨めしそうにに言った。
「…こうなったのは、水咲さんのせいだ!晩メシ、期待してるぜ?」
「そうさね…それじゃ、今日はカレーにしましょっか」
「そうですね、今日は車もあることですし、お米も買って帰りましょう…スミレさん、お願いしても良いですか」
百合ちゃんがちゃっかり買い物の計画を立てている。
「全然いいわよ。何なら夕食も頂いていこうかしら」
ちゃっかり食べていく気満々のスミレ。
そんな私たちをよそに、彩華部長はにこやかに私たちを見ていた。
「…彩華さん、退院したらぜひ家に来てください。カレーくらいなら、振る舞いますよ」
「ええ、是非」
そう言葉を残して、私たちは帰路に付いた。
「水咲、さっき退院したら彩華さん家に呼ぶって言ってたけど…あの部屋、見られて大丈夫なの?」
「んがっ…」
「あー、ママ、あーゆーの耐性ないかもな」
「なっ…」
「万が一あの本とか見つかったら…私も麻里も、そういう意図で連れ込んだんだと誤解するかもですねえ」
「ぐはっ…」
スミレの車の中で、声にならない叫びをあげる私であった。
聞き慣れたはずで、何だか懐かしい声に起こされた。
目を開くと、二度と会えないと思っていたはずの顔があった。
「んにゃ…百合…夢…?」
百合がアタシを起こしに来るだなんて、夢物語も良い所だ。
「百合ぃ…夢でも会いに来てくれたのぉ…?」
体を起こして百合に抱き着く。
「ちょっ、麻里…」
そのまま布団に抱き寄せると、もっと強く抱きしめた。
「百合ぃ、もうどこにもいかないで…」
「ちょっと麻里…!」
少し怒った声を聞いて、少し脳が覚醒する。
よく見ると、目の前には真っ赤になった百合がいた。
「あれ…夢じゃない?」
「…寝ぼけすぎよ」
不意に、シャッター音がした。
音の方を見ると、ドアの陰からスマホのカメラを構える水咲さんがいた。
「なんと素晴らしいものを…」
「あっ、この…わっ」
「きゃっ」
立ち上がって止めようとするが、百合も同時に動いたせいで、足がもつれて転んでしまった。
「ってて、大丈夫か?」
「ええ、何とか…」
まるでアタシが押し倒したみたいな構図になってしまった。
「っ!す、すまん、百合…」
「いや、こっちこそ…あっ、水咲さんは?」
「そうだ、写真消さないと…」
立ち上がってドアの方を見ると、水咲さんは鼻血を出して倒れていた。
その顔はとても安らかだった。
アタシは百合に向かって、無言で肩をすくめて首を振った。
「はっ、さっきのは幻…!?」
「おはよーございます、水咲さん」
「ああ、おはよう、麻里ちゃん…」
首をかしげる水咲さんをよそに、味噌汁を啜る。
「まさか百合の手料理が食べられる日が来るなんて…ああ、幸せ」
味噌汁なんて食べたのいつぶりだろう、と考えていた。
…ママの味噌汁って、食べたことあったっけ?
「麻里?どうしたの、止まってるけど」
「ああ、うん、ちょっとね」
今日もママのお見舞いに行くから、その時に聞いてみようか。
でも、なんか聞きづらい感じもする。
「ねー、水咲さん」
「んー?」
アタシはさっき考えていたことを水咲さんに話してみた。
もしかしたらアタシよりママと話してる水咲さんなら、何か知ってるかもしれない。
「あー…そういや、料理が苦手で、出前やらインスタントやらで済ませてるって言ってたっけ…」
「やっぱそうかー…ママ、料理苦手だったのかー」
「でも、家事も麻里ちゃんに任せっきりにしちゃってて、申し訳ないって言ってたよ。あの部長も、麻里ちゃんの事話すときは顔が緩んでるのよねー」
「…サンキューな、水咲さん」
なんだか今まで考えていたことが馬鹿らしくなって、たくあんとともにご飯を掻き込んだ。
「うっし、ごちそーさん。美味かったぜ、百合」
「麻里、行儀悪いわよ…」
「わりいわりい、さて、今日もママのとこ行くだろ?準備しなくっちゃ」
アタシは立ち上がると、水咲さんにそう言った。
「そうそう。今日はスミレが車で迎えに来てくれるんだった」
「えっ、それなら言っといてくれればもっと早く準備したのに…」
「スミレも何時とは言ってなかったからね、ま、あの子はタイミングよく来るのよ、昔からね…」
「そ、そういう物なんですか?」
「いや、普通は時間ぐらい決めとくだろうよ…」
アタシが呆れて言うと、水咲さんも食べ終わった食器を重ねながら立ち上がった。
「ごちそうさま。さて、百合ちゃん、皿洗い手伝うよ」
「ンなゆっくりしてて大丈夫なのかよ…あ、皿洗いはアタシが手伝うから。ね、百合」
アタシはそう言うと、台所へ皿を運んだ。
「…台所そんな広くないんで、水咲さん、休んでてください」
「あら…お役御免?」
少し悔しそうな水咲さんに、余裕の表情を見せつける。
…普通だったら、皿洗いなんてやりたくないものだが、百合が一緒なら話は別だ。
「なんか楽しそうね、麻里?水咲さんも…そんなに洗いたいなら、お二人でどうぞ。私が休ませてもらいます」
「…あっ、こっちお願い」
「あいよ」
ほとんど無言で皿を洗う。
百合には一杯食わされた。
まあ、そんなしたたかな所も好きなのだが。
「こっち拭き終わったぜ」
「ありがと」
特に何か問題が起こることはなく、皿洗いは終わった。
「んで?水咲さんの友達が迎えに来るんだろ?早く準備しねーと、間に合わないんじゃ…」
「大丈夫大丈夫。ま、ふつうはそう思うわよねー」
半信半疑のまま出かける準備を終え、ちょうど昼の十二時頃だっただろうか。
家のチャイムが鳴った。
「おー、今日もナイスタイミングね、スミレ」
「ん、いつも通りね…あ、その子が部長の娘さん?どうも、守島スミレです…よろしくね」
「あ、ども、麻里です、よろしく」
なんかちょっと暗い感じの人だけど、優しそうだし、丸メガネが似合っててカワイイかも。
「それじゃ…ちょっと狭いけど、どうぞ」
スミレさんの車は、丸っこくて小さな、黒い車だった。
ただ、見た目のわりに中は広くて快適だった。
「それじゃ、レッツゴー」
「スミレさん、ありがとうございます」
百合が律義に礼を言う。
「うちのママが迷惑かけちゃって、ごめんなさいな」
アタシも続いて謝ると、スミレさんは逆に謝ってきた。
「いや…私が部長が倒れてたのに気が付かなかったから…もっと早く助けられたのに…」
表情を曇らせて言うスミレさん。
「そんなことないよ。スミレ帰ったの三時でしょ?部長倒れたの三時過ぎって言ってたから…」
「それでも、帰る前に一言言ってれば、気づけたわけで…」
水咲さんのフォローも効かず、ネガティブになるスミレさんに、アタシは言い返した。
「ま、結果ママは助かったんだし、今もこうやって送ってくれてるし…終わり良ければ、全て良しってね!」
「…ふふっ、麻里ちゃんは優しいのね」
「そりゃあどうも」
そのあと少しの間、静かに車は走っていた。
沈黙を破ったのは、百合だった。
「それにしても水咲さん、スミレさんがもっと早く来てたらどうしてたんですか?」
「そうねえ、考えたこともなかったわ…スミレって、昔っから待ち合わせとか、ちょうどよく来るのよ」
「それって…スミレさんが待たされたりしてるんじゃないですか?」
確かに、そんなに都合のいい話があるわけない。
でも、水咲さんがそんなに待ち合わせに遅れたりを繰り返すような人とも思えない。
そう考えていると、スミレさんが口を開いた。
「私、小さいころから待ったことも待たせたことも無いのよ」
現実離れしたその発言に、水咲さん以外が驚く。
「そりゃあ私も昔はそんなわけないって思ったよ?それでさ、一回実験したことあるのよ」
「実験…ですか」
水咲さんがした実験とは、単純なものだった。
高校に通っているときに、一週間連続で時間を伝えずに、駅で待ち合わせをするというものだ。
一日目は、朝の七時半に水咲さんが駅に着いた。
その時には、もうスミレさんは駅にいた。
二日目は、遅刻ギリギリの八時に駅に着くようにした。
勿論、スミレさんは駅にいた。
ここで水咲さんはただ単に早く来て、待っていただけではないかと指摘。
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そこから三日連続で、ほぼ同時に到着。
「それでね、私意地になっちゃってさ。午前の三時に駅に行ったのよ。」
「午前三時って…早いなんてもんじゃないだろ…」
「そしたらね、駅に着いた瞬間、スミレから電話が来たの。『何バカやってんの』ってね。」
「そんなこともあったわね…あの時はさすがに本当に駅にいるとは思わなかったけど、電話かけてみたらほんとにいたものだから…」
「ま、そこまでされりゃ信じるしかないかあ…スミレさん、なんでわかるんですか?超能力?」
「さあ…なんとなく、そこに行ったらいるだけなのよ。考えたことないわね」
「凄いですね…」
まさか水咲さんの友達にこんな凄い人がいたとは。
謎が深まるばかりだ。
「でも、羨ましいなあ。アタシなんて、寝坊やらなんやらで遅刻ばっかりだぜ?」
アタシがそう言うと、スミレさんはまた表情を曇らせた。
「…気持ち悪くないの?みんな言うのよ、いつも時間ぴったりなんておかしいって…」
「んー、別に。ただただスゲーとは思うけど…だいたいそういう事言うような奴ってのは、根性ひん曲がってんのよ。気にしちゃ負けだぜ」
「…やっぱり優しいわね。私、貴女の事好きかも」
無表情でさらりと言われるが、少し戸惑う。
「なっ…スミレさん、そーゆ―ことは簡単に言わない方がいいぜ」
「?…はっ!?そういう意味じゃ…っていうか水咲、何教えてんのよ?」
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「私は何もしておりませんよ、スミレさん」
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「またそんなこと言って…私の時みたいに、こっちの道に引きずり込んだんじゃなくって?」
「…水咲さん、何やってんだよ…ま、アタシは独学っつーか、元からっつーか、水咲さんに会う前からこうだぜ」
スミレさんの過去に何があったか少し気になったが、今は触れないでおこう。
「…その点では、私もスミレさんと同じかもです」
百合がそう言うと、スミレさんは呆れた顔で言った。
「水咲…こんないたいけな幼女を私と同じ目に…?」
「そこまではしてないわよ!?ただちょっと道を示しただけっていうか、そもそも百合ちゃんの時は事故に近かったし…」
「逆にスミレさんには何をしたんだよ!?」
思わず聞いてしまった。
「まあ、その、若気の至りと言いますか…いろいろとね」
「もう、水咲のばか」
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いろいろってなんだいろいろって。
ともかく小学生が聞いていい話ではないであろう。
「…スミレさんには、そういうことしたんですか?」
そこに嫉妬した百合が乱入してくる。
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「へーえ、あれを未遂で済まそうっていうの?」
落ち着きを取り戻したスミレさんが茶化すように言う。
それに対して、今度は水咲さんが赤くなって言い返す。
「だってあの時は…あ、ほら、病院!病院着いたわよ!」
「もう…悪運の強い人ですね」
それはなんか違う気がするぞ、百合にと思いつつもこの修羅場が終わったことに胸を撫で下ろす。
…スミレさんも不思議なヒトだが、水咲さんもこの女ったらしぶりは同じくらい不思議なような気がする。
スミレと百合ちゃんからの猛攻からなんとか逃げ切った私は、部長の病室のドアをノックした。
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「ええ。ま、この休みは部長様様ってとこですかね」
「まったく、あの企画は間に合うの?」
…入院してても仕事の話が出てくるあたり、やっぱり仕事人間だなと思ってしまう。
「あの企画は、先方に事情を説明して期日を伸ばしてもらいました」
スミレの説明に、ほっと胸をなでおろす部長。
「ママ、入院してる間は仕事の話は無しって言ったでしょー?もう、そんなんだと退院できないよ」
麻里ちゃんの言葉に、苦笑しながら部長が謝る。
「ごめんね麻里…一人でいると気になっちゃって」
「全くママったら…そうだ、水咲さん家から何冊かマンガ持って来たんだ。暇つぶしにしてくれよ」
「あら、木村さん、気を遣わせたかしら…」
「「いえいえ」」
「あっ」
「あら…」
その言葉に、百合ちゃんと同時に答えてしまう。
「そういえば、どっちも木村さんだったわね…」
「アタシは名前で呼んでるから気になんなかったなー」
「紛らわしいのもなんですし、下の名前で呼んでもらって構わないですよ。ね、百合ちゃん」
百合ちゃんも笑顔でこくんと頷く。
「そうね…じゃ、み、水咲さん…でいいのね?何だか気恥ずかしいわ…」
ちょっと顔を赤くした部長。なんかかわいいかも。
「それじゃ、私の事も名前で呼んでくださいな」
唐突にスミレが口を開く。
「守島さんも…!?まあいいわ、スミレさん、よろしくね」
それを聞いたスミレは何だか満足気だ。
「それじゃママも下の名前で呼んでもらったら?その方がみんな仲良くなれるっしょ」
麻里ちゃんの提案を聞いて、そういえば部長の下の名前ってなんだっけ、と考える。
「それいいわね。それじゃ、彩華さん、これからもよろしくです」
スミレがさらりと答えたのに驚く。
初めて会った時以来、下の名前聞いたことあったっけか?と頭を捻りながらスミレの視線の先を見ると、ベッドの名札を見ていた。
ああ、そりゃわかるわ、と思いつつ私も答える。
「彩華部長…うーん、彩華さんの方がいいかな。よろしくです」
さっきより顔を赤くした彩華さんが、照れながら言う。
「…なかなか恥ずかしいわね、そもそもそっちは混乱してないでしょうに」
「まあいいんですよ。もしどうしても嫌だったら辞めますけど…」
「嫌って訳じゃないんだけど…会社では、今まで通りでお願いするわ」
「ま、ママが仕事の事忘れられたら良いなって思って言っただけだからさ」
「麻里…」
やっぱり麻里ちゃんは優しい。
彩華さんも、同じくらい優しいのかもしれない。というか、今の彩華さんはとても部長と同じ人とは思えない。
その後少し談笑した後、医者から話を聞いた。
順調に回復に向かっているとのことで、皆安心した。
あっという間に時間は過ぎ去るもので、気が付くと四時を過ぎていた。
麻里ちゃんのお腹がぐうと鳴る。
「…そういえば、お昼食べてなかったわね」
赤面した麻里ちゃんが文句を言う。
「そもそも水咲さんがテキトーな時間に出るから…」
「私は食べてきたわよ。食べてなかったの…?」
スミレが茶化すと、麻里ちゃんは恨めしそうにに言った。
「…こうなったのは、水咲さんのせいだ!晩メシ、期待してるぜ?」
「そうさね…それじゃ、今日はカレーにしましょっか」
「そうですね、今日は車もあることですし、お米も買って帰りましょう…スミレさん、お願いしても良いですか」
百合ちゃんがちゃっかり買い物の計画を立てている。
「全然いいわよ。何なら夕食も頂いていこうかしら」
ちゃっかり食べていく気満々のスミレ。
そんな私たちをよそに、彩華部長はにこやかに私たちを見ていた。
「…彩華さん、退院したらぜひ家に来てください。カレーくらいなら、振る舞いますよ」
「ええ、是非」
そう言葉を残して、私たちは帰路に付いた。
「水咲、さっき退院したら彩華さん家に呼ぶって言ってたけど…あの部屋、見られて大丈夫なの?」
「んがっ…」
「あー、ママ、あーゆーの耐性ないかもな」
「なっ…」
「万が一あの本とか見つかったら…私も麻里も、そういう意図で連れ込んだんだと誤解するかもですねえ」
「ぐはっ…」
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