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貴女に想いを
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八月。
それは、最も暑くなる季節であり、同時に私が最も敬遠する月であった。
七月の時点で十分暑いというのになぜもっと暑くなるのか。
地球は私を殺しにかかっているんじゃなかろうか、というくらいには暑い。
「暑い…暑すぎる…」
「水咲さん…三十六度…超えました…」
「湿度は…?」
「八十九パーセントです…」
「死ねるな…ふふっ」
呆れたように笑うと、立ち上がって冷蔵庫から麦茶を出した。
ペットボトルには一瞬で水滴がつき、それが冷え切っていることを示す。
「百合ちゃんも飲んどいたほうが良いよ、熱中症になっちゃう」
「はい…いただきます」
コップに入れた麦茶を呷ると、喉が急に冷やされて少し痛くなった。
「こんな暑くちゃ何もできないわよ…」
「下手に動かない方がいいですね…」
そうやって二人でだれていると、不意に電話が鳴った。
着信表示を見ると、
『浅井 ユウ』
と出ていた。
『水族館行かない?』
彼女の第一声はそれだった。
彼女が言うには懸賞で水族館のチケットが四枚当たったらしいのだが、二人では持て余していたらしい。
そこで、百合ちゃんと私を誘って四人で行こう、という事になったらしいのだ。
しかし私はあることに引っかかっていた。
「なんでユウが百合ちゃんのこと知ってるの?」
『ああ、アオイから聞いたよ。なんか家に幼女連れこんだんだって?』
「アイツ…誤解を招くような言い方を…」
『大丈夫大丈夫、どうせ親戚の子とかでしょ?』
「親戚…まあ親戚っちゃ親戚ね」
『それでさ、水族館、来る?』
「そうだね、家にいても蒸されるだけだし…で?何時にどこ行けばいいの?」
「わあ…水族館なんて、初めてかもしれないです」
百合ちゃんは目をキラキラさせながら、水槽の中を見つめている。
さすがに土曜日の水族館は混んでいて、気を抜いたらはぐれてしまいそうだ。
「あー、涼しいー」
「水咲、魚見てる…?」
「うん、見てる見てる」
私も水族館は久しぶりだが、やはり来て良かった。
避暑目的と言うのもなんだが、百合ちゃんも喜んでるみたいだし、それに夏休みなのにどこにも連れて行ってあげられないのも気になっていたし、今回の誘いはとてもありがたいものだった。
本当に良かったなあ、とぼんやり百合ちゃんを見ていたら、いつの間にかユウたちがいなくなっていることに気づいた。
「あれ、はぐれちゃったか…百合ちゃん!ちょっと来て!」
「はい、どうしました…きゃっ」
百合ちゃんは誰かにぶつかられてしまったようで、はじかれて私に抱き着くような格好になってしまった。
「あ、ごめんなさい…」
「いいよ、大丈夫。てか、とりあえずそのままくっついてて。今、ユウにLINEしてみるから…」
私の足にしがみつく百合ちゃんがかわいいな、と思いつつ連絡をする。
ユウからは、とりあえず二手に分かれて、後でレストランで落ち合おうという事になった。
私は百合ちゃんの手を握った。
そこで百合ちゃんの手の小ささに少し驚いた。
そういえば、百合ちゃんと手を繋ぐのは初めてかもしれない。
ちょっと気恥しい気がして、百合ちゃんを見ると、彼女は真っ赤になっていた。
「水咲さん、これ、あの…」
「やっぱりちょっと恥ずかしかった?でも、はぐれたら困るから、離さないでね」
そう言うと、百合ちゃんは私の手を強く握ってきた。
水咲さんに手を握られてから、私は落ち着かなかった。
初めて水咲さんと手を繋いだけれど、まさかここまで意識してしまうとは思っていなかった。
それにこんなに人の多い所に来たのは初めてで、乗り物酔いのような感覚もしてきていた。
どれが原因かはわからないが顔が熱くなっているのが分かる。
多分真っ赤になっているだろう。
それを見られたくなくて、顔を伏せていると、水咲さんが
「どうしたの?具合悪くなっちゃった?」
と心配されてしまった。
なんともないとは答えたが明らかに気を使わせてしまっている。
いったい私は何をしているのだ。
こんなおぼろげで、焦点の定まっていない感情に振り回されて、結果水咲さんに迷惑をかけている。
こんな時どうすればいいかという問いに答えを出すには、まだ私の人生経験が足りていないという事実を感じた。
ぐるぐると思案していると、気づけば私たちは外に出ていた。
「ちょっとあそこ座ろっか」
水咲さんは白いベンチを指さして言った。
また、気を使わせてしまっただろうか。
その優しさが何だか苦しくて、切ない気持ちになった。
「なんだか人に酔っちゃった…だめだねー、人ごみに慣れてないと」
「水咲さんも、ですか」
私を気遣って言っているのか、本心なのかはわからない。
でもほんの少しだけ、気が楽になった。
それから数分の間、何も話さず、何かするでもなく、ただ座っていた。
この気持ちを、水咲さんに伝えたらどうなるのだろうか。
もし伝えて、気まずくなってしまったらこの先一緒に暮らしていくのも難しくなるだろう。
「それでも…」
「ん?百合ちゃん、なんか言った?」
「水咲さんっ!」
「は、はいっ!?な、何だろう?」
多分今私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「水咲さん、ずっとお伝えしたい事がありました」
「ええと…」
水咲さんは困惑した表情をしている。
こんな畏まって話すのはいつぶりだろうか。
「上手く言えないんですが…私、水咲さんと一緒にいると、なんだかおかしくなっちゃうんです。顔は熱くなるし、精神も不安定になるし…これって、一体…」
ここまで言い切った所で、ユウさんとその旦那さんが、私たちに声を掛けてきた。
「あー!水咲ー!良かった、合流出来たわね…って、なんか取り込み中だった?」
私は慌てて、首を振りながら言った。
「だ、大丈夫です!合流できて、良かったです!」
「それなら良かった。それじゃ、ちょっと早いけどお昼にしましょっか」
「そ、そうね」
水咲さんも少し動揺している様だ。
そして、またはぐれてしまわないように四人で固まってレストランまで向かった。
そこからの記憶は少しあやふやだ。
レストランの料理は美味しかったし、その後見たイルカショーも何となく凄かったことは覚えている。
…イルカショーよりイルカに水をかけられてビショビショになった水咲さんの方を多く見ていたような気がするが、あやふやだから仕方ない。
そんなこんなであっという間に閉園時間になってしまった。
「いやー、今日は楽しかったわね。そんじゃ、家まで送るわよ」
ユウさんの誘いを、水咲さんは断った。
「いやいや、駅も近いし、ちょっとこの辺で買い物もしたいし…ありがとね」
「あら、そう?したっけ、またね。百合ちゃんも、またね~」
「は、はい…水咲さん?良かったんですか?」
「うん…それじゃ、行こっか」
水咲さんの意図が分からないままユウさん達と別れ、水咲さんについて行く。
夕日が煌めく海岸を、ゆっくりと歩く。
私は水咲さんの数歩後ろで、海を見ながら歩いていた。
「ねえ、百合ちゃん」
唐突に水咲さんが口を開いた。
「な、なんですか?」
「さっきさ…お昼食べる前ね?あの時言いかけてたこと、聞いても良いかな」
急に暴れだした心臓を抑えながら、私はゆっくりと答えた。
「…私、水咲さんのことを考えてると、おかしくなっちゃうんです。顔が熱くなって、なんだか気恥ずかしくなって…これって、いけない気持ちなんでしょうか?」
水咲さんは少しの間黙っていた。
そして、急に立ち止まってこっちに振り向いて、こう言った。
「その気持ちは…いけない気持ちなんかじゃない。大切な、百合ちゃんの気持ち。だけれど…」
水咲さんは少し間を置いて続けた。
「百合ちゃんはまだ九歳なの。まだまだこれから知ることもあると思うし、それに…こっち側は、茨の道なのよ」
「それでも…っ!」
私は水咲さんの言葉を遮って言った。
涙が溢れてくる。
「それでも…水咲さんのこと、好きになっちゃ…ダメですか…?」
夕日が私たちを紅く染め上げる。
「ダメじゃない…ダメなわけ無いじゃない…」
水咲さんは必死に涙を堪えているように見えた。
私は水咲さんに飛びつくように抱きついた。
その後しばらくの間、私たちは抱き合っていた。
その後晩ご飯は軽く外で済ませ、帰って来た。
お風呂から上がってくると、もう時計は午後十時を指していた。
百合ちゃんと海岸で話してから今まで、ほとんど喋ってないけど…
まさか、告白されるとは思っていなかった。
小学生の恋愛感情なんて、と侮っていた自分に後悔していた。
それにしても、あの時の対応、まるで告白にOKしてしまったかのようではないか。
いや、百合ちゃんからの告白なんてオールオッケーなのだが…
こんな私を好きになってしまうだなんて、やっぱりうちに置いてた本は悪影響だっただろうか。
百合ちゃんの気持ちは尊重したいが、まだ九歳の小学生の気持ちをまともに受け取るだなんて大人の対応として合っているのだろうか。
ぐるぐると思案しながら麦茶の入ったグラスを傾けていると、部屋着に着替えた百合ちゃんがちゃぶ台の向かいに正座して、こう言った。
「…私が言うのもなんですが、ルールを決めましょう」
「…へ?」
百合ちゃんが言うにはこうだ。
そもそも二十五歳と九歳と言う年齢の差、その上同性である私たちが恋愛関係になったということは、周りには伏せておかねばならない。
もちろん後ろめたさがある訳ではないにしろ、波風を立たせない為にも必要であろう、との事であった。
彼女の方がよっぽど気にしていたのだ。
「ほえ~、さすが百合ちゃんはしっかりしてるなあ」
「茶化さないでください。私なりに、ちゃんと考えて…」
「茶化してはいないよ?その辺り、なんにも考えてなかったからさ…でも、そんなに気を使わなくても大丈夫なんじゃない?」
「そ、そういうものでしょうか?」
「だってさ、私たち二人が手を繋いで歩いてたとして…傍から見たら、ただの仲のいい姉妹か親子よ」
「…なるほど?」
なんだか百合ちゃんは少し不満そうだ。
「でもですよ、その…もしもの、あくまで例えの話なんですけど、キスとか、そういうのは…人前では避けるとか…」
「ひょえ!?」
もうそこまで考えてるのかこの子は!?
「あくまでの話ですってば!ただ…いつか、そういう関係にもなるのかなって考えると…」
「…なんだろう、私、今、すっごい幸せ…」
「ああもう、水咲さん、鼻血出てますよ!?」
結局バタバタして先の話しはなあなあになってしまった。
しかし、百合ちゃんと私がそういう関係になったのは間違いない。
今だけでも、この関係を享受するのは、罪なんでしょうか。
それは私には分からない。
ただ、今が幸せならば、それでいいと…
そう、思ったのであった。
そして、寝る時、百合ちゃんが何も言わずに一緒にベッドに入って来た時、言葉に出来ないほどの幸せを感じて、百合ちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。
それは、最も暑くなる季節であり、同時に私が最も敬遠する月であった。
七月の時点で十分暑いというのになぜもっと暑くなるのか。
地球は私を殺しにかかっているんじゃなかろうか、というくらいには暑い。
「暑い…暑すぎる…」
「水咲さん…三十六度…超えました…」
「湿度は…?」
「八十九パーセントです…」
「死ねるな…ふふっ」
呆れたように笑うと、立ち上がって冷蔵庫から麦茶を出した。
ペットボトルには一瞬で水滴がつき、それが冷え切っていることを示す。
「百合ちゃんも飲んどいたほうが良いよ、熱中症になっちゃう」
「はい…いただきます」
コップに入れた麦茶を呷ると、喉が急に冷やされて少し痛くなった。
「こんな暑くちゃ何もできないわよ…」
「下手に動かない方がいいですね…」
そうやって二人でだれていると、不意に電話が鳴った。
着信表示を見ると、
『浅井 ユウ』
と出ていた。
『水族館行かない?』
彼女の第一声はそれだった。
彼女が言うには懸賞で水族館のチケットが四枚当たったらしいのだが、二人では持て余していたらしい。
そこで、百合ちゃんと私を誘って四人で行こう、という事になったらしいのだ。
しかし私はあることに引っかかっていた。
「なんでユウが百合ちゃんのこと知ってるの?」
『ああ、アオイから聞いたよ。なんか家に幼女連れこんだんだって?』
「アイツ…誤解を招くような言い方を…」
『大丈夫大丈夫、どうせ親戚の子とかでしょ?』
「親戚…まあ親戚っちゃ親戚ね」
『それでさ、水族館、来る?』
「そうだね、家にいても蒸されるだけだし…で?何時にどこ行けばいいの?」
「わあ…水族館なんて、初めてかもしれないです」
百合ちゃんは目をキラキラさせながら、水槽の中を見つめている。
さすがに土曜日の水族館は混んでいて、気を抜いたらはぐれてしまいそうだ。
「あー、涼しいー」
「水咲、魚見てる…?」
「うん、見てる見てる」
私も水族館は久しぶりだが、やはり来て良かった。
避暑目的と言うのもなんだが、百合ちゃんも喜んでるみたいだし、それに夏休みなのにどこにも連れて行ってあげられないのも気になっていたし、今回の誘いはとてもありがたいものだった。
本当に良かったなあ、とぼんやり百合ちゃんを見ていたら、いつの間にかユウたちがいなくなっていることに気づいた。
「あれ、はぐれちゃったか…百合ちゃん!ちょっと来て!」
「はい、どうしました…きゃっ」
百合ちゃんは誰かにぶつかられてしまったようで、はじかれて私に抱き着くような格好になってしまった。
「あ、ごめんなさい…」
「いいよ、大丈夫。てか、とりあえずそのままくっついてて。今、ユウにLINEしてみるから…」
私の足にしがみつく百合ちゃんがかわいいな、と思いつつ連絡をする。
ユウからは、とりあえず二手に分かれて、後でレストランで落ち合おうという事になった。
私は百合ちゃんの手を握った。
そこで百合ちゃんの手の小ささに少し驚いた。
そういえば、百合ちゃんと手を繋ぐのは初めてかもしれない。
ちょっと気恥しい気がして、百合ちゃんを見ると、彼女は真っ赤になっていた。
「水咲さん、これ、あの…」
「やっぱりちょっと恥ずかしかった?でも、はぐれたら困るから、離さないでね」
そう言うと、百合ちゃんは私の手を強く握ってきた。
水咲さんに手を握られてから、私は落ち着かなかった。
初めて水咲さんと手を繋いだけれど、まさかここまで意識してしまうとは思っていなかった。
それにこんなに人の多い所に来たのは初めてで、乗り物酔いのような感覚もしてきていた。
どれが原因かはわからないが顔が熱くなっているのが分かる。
多分真っ赤になっているだろう。
それを見られたくなくて、顔を伏せていると、水咲さんが
「どうしたの?具合悪くなっちゃった?」
と心配されてしまった。
なんともないとは答えたが明らかに気を使わせてしまっている。
いったい私は何をしているのだ。
こんなおぼろげで、焦点の定まっていない感情に振り回されて、結果水咲さんに迷惑をかけている。
こんな時どうすればいいかという問いに答えを出すには、まだ私の人生経験が足りていないという事実を感じた。
ぐるぐると思案していると、気づけば私たちは外に出ていた。
「ちょっとあそこ座ろっか」
水咲さんは白いベンチを指さして言った。
また、気を使わせてしまっただろうか。
その優しさが何だか苦しくて、切ない気持ちになった。
「なんだか人に酔っちゃった…だめだねー、人ごみに慣れてないと」
「水咲さんも、ですか」
私を気遣って言っているのか、本心なのかはわからない。
でもほんの少しだけ、気が楽になった。
それから数分の間、何も話さず、何かするでもなく、ただ座っていた。
この気持ちを、水咲さんに伝えたらどうなるのだろうか。
もし伝えて、気まずくなってしまったらこの先一緒に暮らしていくのも難しくなるだろう。
「それでも…」
「ん?百合ちゃん、なんか言った?」
「水咲さんっ!」
「は、はいっ!?な、何だろう?」
多分今私の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「水咲さん、ずっとお伝えしたい事がありました」
「ええと…」
水咲さんは困惑した表情をしている。
こんな畏まって話すのはいつぶりだろうか。
「上手く言えないんですが…私、水咲さんと一緒にいると、なんだかおかしくなっちゃうんです。顔は熱くなるし、精神も不安定になるし…これって、一体…」
ここまで言い切った所で、ユウさんとその旦那さんが、私たちに声を掛けてきた。
「あー!水咲ー!良かった、合流出来たわね…って、なんか取り込み中だった?」
私は慌てて、首を振りながら言った。
「だ、大丈夫です!合流できて、良かったです!」
「それなら良かった。それじゃ、ちょっと早いけどお昼にしましょっか」
「そ、そうね」
水咲さんも少し動揺している様だ。
そして、またはぐれてしまわないように四人で固まってレストランまで向かった。
そこからの記憶は少しあやふやだ。
レストランの料理は美味しかったし、その後見たイルカショーも何となく凄かったことは覚えている。
…イルカショーよりイルカに水をかけられてビショビショになった水咲さんの方を多く見ていたような気がするが、あやふやだから仕方ない。
そんなこんなであっという間に閉園時間になってしまった。
「いやー、今日は楽しかったわね。そんじゃ、家まで送るわよ」
ユウさんの誘いを、水咲さんは断った。
「いやいや、駅も近いし、ちょっとこの辺で買い物もしたいし…ありがとね」
「あら、そう?したっけ、またね。百合ちゃんも、またね~」
「は、はい…水咲さん?良かったんですか?」
「うん…それじゃ、行こっか」
水咲さんの意図が分からないままユウさん達と別れ、水咲さんについて行く。
夕日が煌めく海岸を、ゆっくりと歩く。
私は水咲さんの数歩後ろで、海を見ながら歩いていた。
「ねえ、百合ちゃん」
唐突に水咲さんが口を開いた。
「な、なんですか?」
「さっきさ…お昼食べる前ね?あの時言いかけてたこと、聞いても良いかな」
急に暴れだした心臓を抑えながら、私はゆっくりと答えた。
「…私、水咲さんのことを考えてると、おかしくなっちゃうんです。顔が熱くなって、なんだか気恥ずかしくなって…これって、いけない気持ちなんでしょうか?」
水咲さんは少しの間黙っていた。
そして、急に立ち止まってこっちに振り向いて、こう言った。
「その気持ちは…いけない気持ちなんかじゃない。大切な、百合ちゃんの気持ち。だけれど…」
水咲さんは少し間を置いて続けた。
「百合ちゃんはまだ九歳なの。まだまだこれから知ることもあると思うし、それに…こっち側は、茨の道なのよ」
「それでも…っ!」
私は水咲さんの言葉を遮って言った。
涙が溢れてくる。
「それでも…水咲さんのこと、好きになっちゃ…ダメですか…?」
夕日が私たちを紅く染め上げる。
「ダメじゃない…ダメなわけ無いじゃない…」
水咲さんは必死に涙を堪えているように見えた。
私は水咲さんに飛びつくように抱きついた。
その後しばらくの間、私たちは抱き合っていた。
その後晩ご飯は軽く外で済ませ、帰って来た。
お風呂から上がってくると、もう時計は午後十時を指していた。
百合ちゃんと海岸で話してから今まで、ほとんど喋ってないけど…
まさか、告白されるとは思っていなかった。
小学生の恋愛感情なんて、と侮っていた自分に後悔していた。
それにしても、あの時の対応、まるで告白にOKしてしまったかのようではないか。
いや、百合ちゃんからの告白なんてオールオッケーなのだが…
こんな私を好きになってしまうだなんて、やっぱりうちに置いてた本は悪影響だっただろうか。
百合ちゃんの気持ちは尊重したいが、まだ九歳の小学生の気持ちをまともに受け取るだなんて大人の対応として合っているのだろうか。
ぐるぐると思案しながら麦茶の入ったグラスを傾けていると、部屋着に着替えた百合ちゃんがちゃぶ台の向かいに正座して、こう言った。
「…私が言うのもなんですが、ルールを決めましょう」
「…へ?」
百合ちゃんが言うにはこうだ。
そもそも二十五歳と九歳と言う年齢の差、その上同性である私たちが恋愛関係になったということは、周りには伏せておかねばならない。
もちろん後ろめたさがある訳ではないにしろ、波風を立たせない為にも必要であろう、との事であった。
彼女の方がよっぽど気にしていたのだ。
「ほえ~、さすが百合ちゃんはしっかりしてるなあ」
「茶化さないでください。私なりに、ちゃんと考えて…」
「茶化してはいないよ?その辺り、なんにも考えてなかったからさ…でも、そんなに気を使わなくても大丈夫なんじゃない?」
「そ、そういうものでしょうか?」
「だってさ、私たち二人が手を繋いで歩いてたとして…傍から見たら、ただの仲のいい姉妹か親子よ」
「…なるほど?」
なんだか百合ちゃんは少し不満そうだ。
「でもですよ、その…もしもの、あくまで例えの話なんですけど、キスとか、そういうのは…人前では避けるとか…」
「ひょえ!?」
もうそこまで考えてるのかこの子は!?
「あくまでの話ですってば!ただ…いつか、そういう関係にもなるのかなって考えると…」
「…なんだろう、私、今、すっごい幸せ…」
「ああもう、水咲さん、鼻血出てますよ!?」
結局バタバタして先の話しはなあなあになってしまった。
しかし、百合ちゃんと私がそういう関係になったのは間違いない。
今だけでも、この関係を享受するのは、罪なんでしょうか。
それは私には分からない。
ただ、今が幸せならば、それでいいと…
そう、思ったのであった。
そして、寝る時、百合ちゃんが何も言わずに一緒にベッドに入って来た時、言葉に出来ないほどの幸せを感じて、百合ちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。
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