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出会い
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私は今、友人の浅井ユウと飲んでいる。
彼女とは中学時代から仲良くしていて、今でもこうして一緒に飲むことが多い。
数少ない私の理解者で、私がオタクで幼女好きおねロリ好きというアブナイ女であると知っても驚かなかった人間だ。
しかし最近になって彼女は結婚してしまった。
彼女も立派なオタクだったくせに、リア充へと昇華してしまった。
「それで?水咲はいい人いないの?」
「あのねユウ、私恋愛とか一切する気ないから!」
「えー?小学校の時イツキ君に告ったくせに?」
意地悪い顔で言う。
「小一の時の話蒸し返さないの!私よく覚えてないし・・・」
「それもそうかー。でも結婚はいいよ?帰ってくる人がいる、っていうのは、なんか安心感があるのよねー」
「でもそれって自由を失ってるだけじゃない。ていうか、正直結婚にメリットが感じられない」
私は卑屈っぽく言った。
「ひどい言い様ね。いいことだってたくさんあるわよ?こう、楽しいこととか、うれしいことを共有できるっていうのはメリットの一つよ」
「ふーん。じゃあユウが見てたアニメとかも一緒に見るんだ?」
「うっ・・・それは・・・」
「買いためたBL本はどうしてるの?てかユウがBL好きなの旦那さん知ってるの?」
「うう・・・あっ!あれは一緒に見たよ!鬼滅!」
「見てる意図が根本的に違ってる気がする・・・」
「それを言われちゃどうしようもないよ・・・」
笑いながらビールのジョッキを呷る。
私は結婚に否定的ではあるが、別に本気で撲滅しようと思っているわけではない。
だが結婚で不幸になった人間をたくさん見てきたから、大切な友達が結婚しているのを聞くとなんとなく止めたくなってしまう。
無論、それで幸せになるのならそれでいい。
だが世の中悪い男はたくさんいる。
私の親父だって・・・駄目だ。
せっかく親友と飲んでるんだ。
悪いことを思い出すのは止そう。
「ねえ水咲、最近アニメとか見てる?」
「あー、なかなか見てないなあ。あ、あのとびっきりのクソアニメは見た」
「そんな言い方するなんて、さてはアンチだなオメー・・・なんちゃって」
「ふふっ、地味に似てるわ」
「え、何話の声優?」
「あー・・・だめだ、何話か忘れた」
「でも水咲ってアニオタっぽいのにアニメあんまり見てないよねー」
「どっちかって言うとゲームの方に傾いてるもんなあ・・・流行りのアニメとか追っかけるの、なんか苦手なのよねー」
「へー・・・あっ!もう十時だ!帰んなきゃ!」
「あら、もうそんな時間?」
「旦那に怒られる!えと、とりあえず置いてくね!」
彼女は千円札を三枚テーブルに置いた。
私はそれを突っ返しながら言った。
「いいよいいよ。それより旦那さんにケーキでも買ってやんなさいよ、ケーキ好きでしょ、ユウの旦那」
「いや、でも・・・」
「いいのよ、さあ帰った帰った、リア充がうつる」
冗談めかして言うと、ユウも笑いながら礼を言って帰って行った。
「たのしかったな、久しぶりに会えて」
新しく頼んだビールを一口飲む。
一人になったとたん、悪い思い出が蘇り始める。
暴言ばっかりで、我が強く自分が正しいと思い込んでるクソ親父。
金遣いも荒いし、挙句お母さんをうつ病に追い込んだくせして、葬式にも来なかった。
中二の時に母と離婚してそれっきり音信不通だが、一体どこにいるのだろう。
もし会ったら一発ぶん殴ってやりたい。
ああ、こんな荒んだ気持ちで帰りたくない。
ビールをぐいと飲み干し、残った唐揚げに食らいつく。
うまい。唐揚げはどう食べてもうまいのだ。
料理を食べ切ったあと、無意識に食器を重ねていた。
昔からの癖なのだが、どこで覚えたんだろうか。
ごちそうさまでした、と店員に声をかけ席を立つ。
唯一親父に教わったことでよかったと思えるのは感謝を伝えることだろう。
飲食店やコンビニで、感謝の意を忘れたことがない。
まあ親父は外面がいいだけの人間だから母に感謝することはなかったが。
店を出ると、涼しい風が吹いていた。
夜風は気持ちがいい。
そのままふらふらと帰途に立つのであった。
ぬるい光が顔に当たって、目を覚ました。
頭が痛い。
昨日飲みすぎたせいだろうか。
窓を開けると、またぬるい風が入ってきた。
七月上旬にしては涼しい方だろう。
よく冷えたスポーツドリンクを飲みながら、テレビをつける。
土曜昼間にやっているワイドショーは、特に面白くもなんともなかった。
「あー・・・洗濯しなくちゃ・・・」
だるいなー、思いながらぼんやりしていると、不意に家のチャイムが鳴った。
「うわっ!?はい、ちょっとお待ちを!」
その時ようやく自分がズボンを穿いていないことに気が付く。
適当なスウェットのズボンを穿いて、急いでドアを開ける。
そこには、十にも満たない見た目の幼女がいた。
「・・・どちらさま?」
「木村水咲さんですか」
「はあ・・・」
「木村晶の娘の、百合と申します。父にここに厄介になるよう言われてきました」
外見に見合わぬ落ち着きで淡々と言い放つ。
「・・・晶って、親父!?どういうこと?」
「やっぱり聞いてないですか・・・」
「やっぱりって・・・てか、娘ってどういうこと!?」
「落ち着いてください。説明します。」
彼女は身の上を話した。
親父は私の母と別れてから別の女とくっついていたこと。
その女との間に生まれたのが百合ちゃんで、そのお母さんは居なくなってしまったらしい。
それでしばらく親父と二人で暮らしていたが親父が耐え切れなくなり私に押し付けた・・・ということらしい。
「・・・百合ちゃん、親父の連絡先わかる?」
「一応ケータイに入ってます」
小さな子供携帯を借りて、親父に電話を掛ける。
意外と親父はすぐに出た。
『もしもし、百合か?』
「このクソ親父!何幼女一人で出歩かせてんだよ!なんかあったらどうする!ってか一体どういうことなんだよ!?」
『あー・・・水咲か?久々なのにクソ親父は酷いなあ』
「ああそうかい、何度でも言ってやるクソ親父!何なんだよこの娘は!」
『俺の娘だ。認知してないがな。付き合ってた女が子供残して逃げちまったからよ、俺にはどうにもできんから水咲、頼むぞ』
「ホントクソ野郎だな・・・親父、もし私が引っ越してたらどうしてたんだよ?」
『その時のための携帯だ』
「あのなあ・・・んで?学校とかどうすりゃいいんだよ」
『あー、その辺は頼むわ。親権はこっちで何とかしとくから、じゃあ切るぞ』
「あっ、おい、待てよ!」
もう切れてしまった。掛けなおしてみるが向こうは電源を切ったらしい。
「クソ・・・あ、ごめんね百合ちゃん、ケータイありがと」
「はい・・・あの、水咲さん、もしご迷惑なら児童養護施設に行きますので・・・」
「あ、いや、別に迷惑ってわけじゃないんだけど・・・私が怒ってるのは、親父の百合ちゃんに対する扱いよ。なしてあそこまで放任主義になるんだろ」
「父は、かわいがってはくれたのですが・・・いざ二人になると、扱いが雑になってきて・・・」
「ま、親父のことは忘れましょ?それより、もうそろ夏休みっしょ?そのうちに、小学校の手続きしなきゃ。つっても、調べなきゃわかんないけどね」
「・・・ありがとうございます」
そう言って彼女は笑ったが、なんとなく、その笑顔が虚ろだった。
元の笑顔を取り戻してあげたい。そう思った。
彼女はいろいろなことにおいて用意周到で、着替えのことを考えていたら十日分ほどの服をカバンから出してきたし、何かアレルギーは無いかと聞けば母子手帳が出てくるし、下手したら私よりしっかりしているくらいだ。
もともと食べるつもりのなかった昼食のことを考えておらず、あわてて戸棚を漁ると、賞味期限ぎりぎりのそうめんが出てきた。
「よし・・・久々に、やるか」
二週間ぶりぐらいに鍋を出す。
最近はカップ麺で済ませていたが、小学生の健全な発育を損なっては困る。
そうめんをゆでた後、また戸棚からツナ缶を掘り出す。
そうめんを皿に盛り、その上にツナをのせ、さらにめんつゆをかける。
本当はトマトでも乗せればいいんだろうが生憎私は生のトマトが苦手なのだ。
最後に少しだけごま油を垂らす。ごま油を入れとけばおいしくなるのだ。
「おまたせー!そうめんの・・・これなんて言えばいいんだろ?まあいいや、そうめんのツナ缶乗せ~」
「そのまんまですね・・・」
「いいからいいから!いただきまーす」
軽く和えてから一気にすする。
美味い。我ながら上手くできた。
「いただきます・・・あっ、おいしい」
「どーよ、適当に作ったけど・・・あ、ドレッシングかけて洋風でも良かったな・・・」
「こんなにちゃんとしたご飯、久々です・・・」
「あー、親父料理できないからなあ・・・つっても、適当だけどね・・・」
昼食を食べ終えた後、私は洗濯を始めた。
百合ちゃんには漫画でも読んでて、と言っておいた。何を読むか、どんな趣味かがちょっと楽しみである。
洗濯は週末にまとめてやるので、量が多い。
洗濯機が回っている間は案外暇なものである。
皿も洗い終わってしまったし、炊飯器も絶賛稼働中である。
暇なので、百合ちゃんが何を読んでるか覗いてみると・・・
「ゆ、百合ちゃん!?どこから出したのそれ!?」
なんとおねロリジャンルの同人誌を読んでいたのである。
しかもギリR18ではないにしろ結構きわどいやつ。
「どこって・・・机の上に放り出されてましたが」
なんということでしょう。私は机の上の片付けを怠っていたのです。
「ん~ごめんね~百合ちゃんにはちょっとはやいかな~」
棒読みで素早く片付ける。
「水咲さん、こういうの好きなんですか・・・?」
「ん~!?いやね!?こう二次オンリーと言いますか三次元に興味はないと言いますか決して怪しくないと言いますか」
「ふふっ、別にヘンだっていうんじゃないんですよ?ただ、私もこういうの、好きかもなあって・・・」
古来よりオタクという生き物は、こういう沼に足を踏み入れようとするものを見つけたならば、老若男女問わず引きずり込もうとするものだ。
現に私も今、瞬時に刺激の少ないおねロリの同人誌を五、六冊チョイスして手渡そうとしていたところだ。
しかし沼に引き込んでしまっては、百合ちゃんの人生にかかわりかねない。
オタクと知れたら新しい学校で浮いてしまうかもしれないし、最悪いじめられてしまうかもしれない。
それは避けたい。避けたいが布教したい。
そうやって悩んでいると、洗濯機がメロディで終わりを告げた。
ふと我に返ると、チョイスした本を既に百合ちゃんは読んでいた。
「あ、洗濯終わりました?干すの手伝います」
なんていい子だろう。
洗濯物を干し終わるころには日も暮れてきていた。
「百合ちゃん、晩ごはん何食べたい?」
「水咲さんの食べたいものでいいですよ」
「いいのいいの、遠慮しなさんな。なんでもつくるぜ」
「じゃあ・・・カレーが食べたいです。」
「まっかせなさい!びっくりするほどうまいカレー、食わせてやろうじゃないの」
そうこうして作ったカレーを、一口ほおばる。
普通のカレーとは違う味わいだがやはりうまい。
昔から母の作るカレーはこうだった。
「どーよ、うまいでしょ・・・百合ちゃん?」
カレーを口にした彼女はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「どしたの!?辛かった!?」
「いえ・・・おいしいんです。おいしいんですけど・・・なんか・・・お母さんのこと思い出しちゃって・・・」
きけば百合ちゃんの母親も何度かカレーを作ったことがあるらしく、その時のことを思い出してしまったのだとか。
「水咲さんは・・・急にいなくなったりしませんか?」
私は彼女を抱きしめて言った。
「大丈夫。百合ちゃんの前からいなくなったりなんて、絶対しない」
そうして、親子ほども年の離れた異母姉妹という不思議な関係の不思議な生活が始まったのであった。
彼女とは中学時代から仲良くしていて、今でもこうして一緒に飲むことが多い。
数少ない私の理解者で、私がオタクで幼女好きおねロリ好きというアブナイ女であると知っても驚かなかった人間だ。
しかし最近になって彼女は結婚してしまった。
彼女も立派なオタクだったくせに、リア充へと昇華してしまった。
「それで?水咲はいい人いないの?」
「あのねユウ、私恋愛とか一切する気ないから!」
「えー?小学校の時イツキ君に告ったくせに?」
意地悪い顔で言う。
「小一の時の話蒸し返さないの!私よく覚えてないし・・・」
「それもそうかー。でも結婚はいいよ?帰ってくる人がいる、っていうのは、なんか安心感があるのよねー」
「でもそれって自由を失ってるだけじゃない。ていうか、正直結婚にメリットが感じられない」
私は卑屈っぽく言った。
「ひどい言い様ね。いいことだってたくさんあるわよ?こう、楽しいこととか、うれしいことを共有できるっていうのはメリットの一つよ」
「ふーん。じゃあユウが見てたアニメとかも一緒に見るんだ?」
「うっ・・・それは・・・」
「買いためたBL本はどうしてるの?てかユウがBL好きなの旦那さん知ってるの?」
「うう・・・あっ!あれは一緒に見たよ!鬼滅!」
「見てる意図が根本的に違ってる気がする・・・」
「それを言われちゃどうしようもないよ・・・」
笑いながらビールのジョッキを呷る。
私は結婚に否定的ではあるが、別に本気で撲滅しようと思っているわけではない。
だが結婚で不幸になった人間をたくさん見てきたから、大切な友達が結婚しているのを聞くとなんとなく止めたくなってしまう。
無論、それで幸せになるのならそれでいい。
だが世の中悪い男はたくさんいる。
私の親父だって・・・駄目だ。
せっかく親友と飲んでるんだ。
悪いことを思い出すのは止そう。
「ねえ水咲、最近アニメとか見てる?」
「あー、なかなか見てないなあ。あ、あのとびっきりのクソアニメは見た」
「そんな言い方するなんて、さてはアンチだなオメー・・・なんちゃって」
「ふふっ、地味に似てるわ」
「え、何話の声優?」
「あー・・・だめだ、何話か忘れた」
「でも水咲ってアニオタっぽいのにアニメあんまり見てないよねー」
「どっちかって言うとゲームの方に傾いてるもんなあ・・・流行りのアニメとか追っかけるの、なんか苦手なのよねー」
「へー・・・あっ!もう十時だ!帰んなきゃ!」
「あら、もうそんな時間?」
「旦那に怒られる!えと、とりあえず置いてくね!」
彼女は千円札を三枚テーブルに置いた。
私はそれを突っ返しながら言った。
「いいよいいよ。それより旦那さんにケーキでも買ってやんなさいよ、ケーキ好きでしょ、ユウの旦那」
「いや、でも・・・」
「いいのよ、さあ帰った帰った、リア充がうつる」
冗談めかして言うと、ユウも笑いながら礼を言って帰って行った。
「たのしかったな、久しぶりに会えて」
新しく頼んだビールを一口飲む。
一人になったとたん、悪い思い出が蘇り始める。
暴言ばっかりで、我が強く自分が正しいと思い込んでるクソ親父。
金遣いも荒いし、挙句お母さんをうつ病に追い込んだくせして、葬式にも来なかった。
中二の時に母と離婚してそれっきり音信不通だが、一体どこにいるのだろう。
もし会ったら一発ぶん殴ってやりたい。
ああ、こんな荒んだ気持ちで帰りたくない。
ビールをぐいと飲み干し、残った唐揚げに食らいつく。
うまい。唐揚げはどう食べてもうまいのだ。
料理を食べ切ったあと、無意識に食器を重ねていた。
昔からの癖なのだが、どこで覚えたんだろうか。
ごちそうさまでした、と店員に声をかけ席を立つ。
唯一親父に教わったことでよかったと思えるのは感謝を伝えることだろう。
飲食店やコンビニで、感謝の意を忘れたことがない。
まあ親父は外面がいいだけの人間だから母に感謝することはなかったが。
店を出ると、涼しい風が吹いていた。
夜風は気持ちがいい。
そのままふらふらと帰途に立つのであった。
ぬるい光が顔に当たって、目を覚ました。
頭が痛い。
昨日飲みすぎたせいだろうか。
窓を開けると、またぬるい風が入ってきた。
七月上旬にしては涼しい方だろう。
よく冷えたスポーツドリンクを飲みながら、テレビをつける。
土曜昼間にやっているワイドショーは、特に面白くもなんともなかった。
「あー・・・洗濯しなくちゃ・・・」
だるいなー、思いながらぼんやりしていると、不意に家のチャイムが鳴った。
「うわっ!?はい、ちょっとお待ちを!」
その時ようやく自分がズボンを穿いていないことに気が付く。
適当なスウェットのズボンを穿いて、急いでドアを開ける。
そこには、十にも満たない見た目の幼女がいた。
「・・・どちらさま?」
「木村水咲さんですか」
「はあ・・・」
「木村晶の娘の、百合と申します。父にここに厄介になるよう言われてきました」
外見に見合わぬ落ち着きで淡々と言い放つ。
「・・・晶って、親父!?どういうこと?」
「やっぱり聞いてないですか・・・」
「やっぱりって・・・てか、娘ってどういうこと!?」
「落ち着いてください。説明します。」
彼女は身の上を話した。
親父は私の母と別れてから別の女とくっついていたこと。
その女との間に生まれたのが百合ちゃんで、そのお母さんは居なくなってしまったらしい。
それでしばらく親父と二人で暮らしていたが親父が耐え切れなくなり私に押し付けた・・・ということらしい。
「・・・百合ちゃん、親父の連絡先わかる?」
「一応ケータイに入ってます」
小さな子供携帯を借りて、親父に電話を掛ける。
意外と親父はすぐに出た。
『もしもし、百合か?』
「このクソ親父!何幼女一人で出歩かせてんだよ!なんかあったらどうする!ってか一体どういうことなんだよ!?」
『あー・・・水咲か?久々なのにクソ親父は酷いなあ』
「ああそうかい、何度でも言ってやるクソ親父!何なんだよこの娘は!」
『俺の娘だ。認知してないがな。付き合ってた女が子供残して逃げちまったからよ、俺にはどうにもできんから水咲、頼むぞ』
「ホントクソ野郎だな・・・親父、もし私が引っ越してたらどうしてたんだよ?」
『その時のための携帯だ』
「あのなあ・・・んで?学校とかどうすりゃいいんだよ」
『あー、その辺は頼むわ。親権はこっちで何とかしとくから、じゃあ切るぞ』
「あっ、おい、待てよ!」
もう切れてしまった。掛けなおしてみるが向こうは電源を切ったらしい。
「クソ・・・あ、ごめんね百合ちゃん、ケータイありがと」
「はい・・・あの、水咲さん、もしご迷惑なら児童養護施設に行きますので・・・」
「あ、いや、別に迷惑ってわけじゃないんだけど・・・私が怒ってるのは、親父の百合ちゃんに対する扱いよ。なしてあそこまで放任主義になるんだろ」
「父は、かわいがってはくれたのですが・・・いざ二人になると、扱いが雑になってきて・・・」
「ま、親父のことは忘れましょ?それより、もうそろ夏休みっしょ?そのうちに、小学校の手続きしなきゃ。つっても、調べなきゃわかんないけどね」
「・・・ありがとうございます」
そう言って彼女は笑ったが、なんとなく、その笑顔が虚ろだった。
元の笑顔を取り戻してあげたい。そう思った。
彼女はいろいろなことにおいて用意周到で、着替えのことを考えていたら十日分ほどの服をカバンから出してきたし、何かアレルギーは無いかと聞けば母子手帳が出てくるし、下手したら私よりしっかりしているくらいだ。
もともと食べるつもりのなかった昼食のことを考えておらず、あわてて戸棚を漁ると、賞味期限ぎりぎりのそうめんが出てきた。
「よし・・・久々に、やるか」
二週間ぶりぐらいに鍋を出す。
最近はカップ麺で済ませていたが、小学生の健全な発育を損なっては困る。
そうめんをゆでた後、また戸棚からツナ缶を掘り出す。
そうめんを皿に盛り、その上にツナをのせ、さらにめんつゆをかける。
本当はトマトでも乗せればいいんだろうが生憎私は生のトマトが苦手なのだ。
最後に少しだけごま油を垂らす。ごま油を入れとけばおいしくなるのだ。
「おまたせー!そうめんの・・・これなんて言えばいいんだろ?まあいいや、そうめんのツナ缶乗せ~」
「そのまんまですね・・・」
「いいからいいから!いただきまーす」
軽く和えてから一気にすする。
美味い。我ながら上手くできた。
「いただきます・・・あっ、おいしい」
「どーよ、適当に作ったけど・・・あ、ドレッシングかけて洋風でも良かったな・・・」
「こんなにちゃんとしたご飯、久々です・・・」
「あー、親父料理できないからなあ・・・つっても、適当だけどね・・・」
昼食を食べ終えた後、私は洗濯を始めた。
百合ちゃんには漫画でも読んでて、と言っておいた。何を読むか、どんな趣味かがちょっと楽しみである。
洗濯は週末にまとめてやるので、量が多い。
洗濯機が回っている間は案外暇なものである。
皿も洗い終わってしまったし、炊飯器も絶賛稼働中である。
暇なので、百合ちゃんが何を読んでるか覗いてみると・・・
「ゆ、百合ちゃん!?どこから出したのそれ!?」
なんとおねロリジャンルの同人誌を読んでいたのである。
しかもギリR18ではないにしろ結構きわどいやつ。
「どこって・・・机の上に放り出されてましたが」
なんということでしょう。私は机の上の片付けを怠っていたのです。
「ん~ごめんね~百合ちゃんにはちょっとはやいかな~」
棒読みで素早く片付ける。
「水咲さん、こういうの好きなんですか・・・?」
「ん~!?いやね!?こう二次オンリーと言いますか三次元に興味はないと言いますか決して怪しくないと言いますか」
「ふふっ、別にヘンだっていうんじゃないんですよ?ただ、私もこういうの、好きかもなあって・・・」
古来よりオタクという生き物は、こういう沼に足を踏み入れようとするものを見つけたならば、老若男女問わず引きずり込もうとするものだ。
現に私も今、瞬時に刺激の少ないおねロリの同人誌を五、六冊チョイスして手渡そうとしていたところだ。
しかし沼に引き込んでしまっては、百合ちゃんの人生にかかわりかねない。
オタクと知れたら新しい学校で浮いてしまうかもしれないし、最悪いじめられてしまうかもしれない。
それは避けたい。避けたいが布教したい。
そうやって悩んでいると、洗濯機がメロディで終わりを告げた。
ふと我に返ると、チョイスした本を既に百合ちゃんは読んでいた。
「あ、洗濯終わりました?干すの手伝います」
なんていい子だろう。
洗濯物を干し終わるころには日も暮れてきていた。
「百合ちゃん、晩ごはん何食べたい?」
「水咲さんの食べたいものでいいですよ」
「いいのいいの、遠慮しなさんな。なんでもつくるぜ」
「じゃあ・・・カレーが食べたいです。」
「まっかせなさい!びっくりするほどうまいカレー、食わせてやろうじゃないの」
そうこうして作ったカレーを、一口ほおばる。
普通のカレーとは違う味わいだがやはりうまい。
昔から母の作るカレーはこうだった。
「どーよ、うまいでしょ・・・百合ちゃん?」
カレーを口にした彼女はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「どしたの!?辛かった!?」
「いえ・・・おいしいんです。おいしいんですけど・・・なんか・・・お母さんのこと思い出しちゃって・・・」
きけば百合ちゃんの母親も何度かカレーを作ったことがあるらしく、その時のことを思い出してしまったのだとか。
「水咲さんは・・・急にいなくなったりしませんか?」
私は彼女を抱きしめて言った。
「大丈夫。百合ちゃんの前からいなくなったりなんて、絶対しない」
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