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終章「真昼の星を結ぶ」
49.真昼の星を結ぶ
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またしばらくして、短大の卒業を控えた野田から連絡あり、自宅と彼女の下宿先の中間地点にある駅で待ち合わせた。二人で食事をすることになった。
ワイングラスに口をつける姿を見て、彼女が成人したことを実感した。
祝福祭の時にはできなかった現状報告と昔話に二人で大いに盛り上がった。
引っ越してからは彼女のおばあちゃんが澄空を積極的にみてくれて、野田にもお母さんにも多少余裕ができたこと、お父さんは新薬がよく効いて回復に向かい、職場復帰するためにまた地元に越す予定であることなんかを教えてくれた。
小学生になった澄空は英検と漢検に合格したと、野田が鼻を高くした。
こちらからも話すことはたくさんあった。
来年度からは担任を任されることや、藤ヶ峰が初等部から短大まで全て共学化すること、芸術コースが新設されること、涼真が作画を担当した漫画が雑誌に掲載されたことなんかを報告した。
二人ともべろべろに酔っぱらった頃、唐突に始まったのはクイズ大会だ。
「世界最速の魚は?」、「ネコ科で一番大きな動物は?」、「地球から見える一番明るい恒星は?」なんて、子どものようなことをやっているうちにテーブルまで店員が来てラストオーダーを促された。
駅までの道を歩きながら、野田と手を繋いだ。ほとんど酔った勢いだった。初めて触れる野田の指先はもう荒れていなかった。
――たくさんの優しい人に出会いました。
寒空に冬の大三角を探しながら彼女が言った。
――でも、先生を忘れた日なんて、一度もありませんでした。
その次の春、彼女は藤ヶ峰幼稚園の先生となった。
「千葉先生」ではなく「大地」と呼ばれるようになり、「野田」ではなく「海頼」と呼ぶようになった。狭いアパートを借りて二人で暮らし始めた。
そして来月、結婚式を挙げる。ささやかな式で、招待しているのはお互いの親族の他に船渡川や涼真くらいだった。
「もし言いふらしたら澄空がうちでお漏らししたこともばらしてやるからな」
へらへら笑っていた澄空は表情をふっと消す。
「千葉先生、それセクハラですよ」
「急に真顔と敬語になるのやめろ」
「あ、そうだ。今晩いっぱいカレー作るから、姉ちゃんと食べに来ればってお母さんが言ってたよ。ちなみにチキンカレー」
「チキンか。俺の口はビーフしか受けつけないんだよな」
「お母さんに言っておくね」
「それだけはやめて。あ、コロッケ買って伺いますって言っておいて」
澄空はやっと美術室を出て行こうとする。
「食堂、一緒に行こうか?」
「ううん。友達が席取ってくれてるから」
澄空を見送り、美術室の窓の外を見下ろす。
給食を食べ終えた園児たちが日の当たる中庭に出て、笹の葉を飾る先生を手伝っている。
園舎からは「たなばたさま」が聞こえてきた。
歌声に合わせて伴奏を弾いているのは海頼かもしれない。壁の薄いアパートでヘッドホンを耳に当て、苦手なピアノを毎日練習している。
子どもの頃、短冊に願い事を書くのが楽しみだった。
どんなことを書こうか一生懸命考えていたけれど、何を願ったかなんてもうすっかり忘れてしまった。
今、短冊を渡されたらそこに何を書くだろう。
夏の空の明るさに目を閉じる。
願うことなんて、これ以上何も思い浮かばなかった。
「真昼の星を結ぶ」了
ワイングラスに口をつける姿を見て、彼女が成人したことを実感した。
祝福祭の時にはできなかった現状報告と昔話に二人で大いに盛り上がった。
引っ越してからは彼女のおばあちゃんが澄空を積極的にみてくれて、野田にもお母さんにも多少余裕ができたこと、お父さんは新薬がよく効いて回復に向かい、職場復帰するためにまた地元に越す予定であることなんかを教えてくれた。
小学生になった澄空は英検と漢検に合格したと、野田が鼻を高くした。
こちらからも話すことはたくさんあった。
来年度からは担任を任されることや、藤ヶ峰が初等部から短大まで全て共学化すること、芸術コースが新設されること、涼真が作画を担当した漫画が雑誌に掲載されたことなんかを報告した。
二人ともべろべろに酔っぱらった頃、唐突に始まったのはクイズ大会だ。
「世界最速の魚は?」、「ネコ科で一番大きな動物は?」、「地球から見える一番明るい恒星は?」なんて、子どものようなことをやっているうちにテーブルまで店員が来てラストオーダーを促された。
駅までの道を歩きながら、野田と手を繋いだ。ほとんど酔った勢いだった。初めて触れる野田の指先はもう荒れていなかった。
――たくさんの優しい人に出会いました。
寒空に冬の大三角を探しながら彼女が言った。
――でも、先生を忘れた日なんて、一度もありませんでした。
その次の春、彼女は藤ヶ峰幼稚園の先生となった。
「千葉先生」ではなく「大地」と呼ばれるようになり、「野田」ではなく「海頼」と呼ぶようになった。狭いアパートを借りて二人で暮らし始めた。
そして来月、結婚式を挙げる。ささやかな式で、招待しているのはお互いの親族の他に船渡川や涼真くらいだった。
「もし言いふらしたら澄空がうちでお漏らししたこともばらしてやるからな」
へらへら笑っていた澄空は表情をふっと消す。
「千葉先生、それセクハラですよ」
「急に真顔と敬語になるのやめろ」
「あ、そうだ。今晩いっぱいカレー作るから、姉ちゃんと食べに来ればってお母さんが言ってたよ。ちなみにチキンカレー」
「チキンか。俺の口はビーフしか受けつけないんだよな」
「お母さんに言っておくね」
「それだけはやめて。あ、コロッケ買って伺いますって言っておいて」
澄空はやっと美術室を出て行こうとする。
「食堂、一緒に行こうか?」
「ううん。友達が席取ってくれてるから」
澄空を見送り、美術室の窓の外を見下ろす。
給食を食べ終えた園児たちが日の当たる中庭に出て、笹の葉を飾る先生を手伝っている。
園舎からは「たなばたさま」が聞こえてきた。
歌声に合わせて伴奏を弾いているのは海頼かもしれない。壁の薄いアパートでヘッドホンを耳に当て、苦手なピアノを毎日練習している。
子どもの頃、短冊に願い事を書くのが楽しみだった。
どんなことを書こうか一生懸命考えていたけれど、何を願ったかなんてもうすっかり忘れてしまった。
今、短冊を渡されたらそこに何を書くだろう。
夏の空の明るさに目を閉じる。
願うことなんて、これ以上何も思い浮かばなかった。
「真昼の星を結ぶ」了
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