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第3章「星の世界」

34.クライマックス

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「恐竜柄の青い甚平を着た小さい男の子が迷子になっております。お心当たりのある方は無料観覧席にあります本部へお越しいただくか、周囲のスタッフにお知らせください。くり返します……」

 特別観覧席の受付にいても歓声が聞こえてくる。
 さっきまで一緒に混じって「おお」とか「わあ」とか言っていたのに、呑気な声が急に憎たらしくなってしまう。
 澄空すかいには仮設トイレの横で待つようにと言っておいたのに、トイレから出てきたら姿を消していたらしい。

 まずは野田のお母さんに連絡しようと提案したのだが、彼女は口に手を当てながら小さく首を振る。

「親にバレたらやばいです。夜に澄空を連れて出かけるなんて言ってないし、千葉先生と一緒だったことだって知られちゃうかも……」

「そんなこと言ってる場合かよ。ほら、早く連絡しな」

 野田はやっとスマホを取り出すが、手が震えていた。

「探して来るから、観覧席にいて澄空を待ってあげて。見つかったらすぐ連絡する」

 仮設トイレの前を通り過ぎ、土手を上って絶句した。観覧禁止となっているはずなのに、落橋するではないかと思うほどの見物客でごった返していた。

 スタッフがメガホンで「立ち止まらないでください」と怒声を浴びせるが、誰一人として聞きやしない。身動きできなくなることを見越してわざと橋を訪れ、至近距離で花火を見上げているのだ。ここに大人が分け入っていくには勇気が要るが、怖いもの知らずの子どもなら大人たちの脚の間をくぐってどこまでも行ってしまいそうだ。

 意を決して人ごみに飛び込む。「すみません」と謝って気を遣っている場合ではなかった。
 大声で澄空の名前を呼び割り込んでいく。拡声器の声に負けないように叫んでいるとすぐに喉が枯れた。
 睨まれたし、靴を踏んでしまって舌打ちされた。せっかくの花火を楽しんでいるところに邪魔が入れば、誰だって腹が立つ。
 けれど、早く澄空を見つけ出さなければいけなかった。大人と手を繋いでいたり、肩車されていたりの子どもたちの顔を一人ひとり確認したが、どれも澄空ではなかった。

 怖がりだから、泣いているに違いない。道端でわんわん泣いてくれていたらそれが一番いい。
 でも、もし誰かに口を塞がれていたら。
 手足を縛られていたら。
 車に乗せられているかも……。

 次々に恐ろしいことを考えて、夏なのに背筋が冷えていく。

「澄空!」

 空が静かになった。

 「そろそろクライマックスだね」なんて、嬉しそうに、少し寂しそうに誰かが言う。
 もうじき橋を渡り終えてしまう。澄空はまだ見つからない。戻って探し直すべきか、さらに先に進むべきか。
 迷っていると子どもの泣き声が聞こえた。どうせまた、澄空ではないのだろう。しかし青い甚平姿が目に飛び込み、心臓が大きく脈打った。

 小さい恐竜のように泣いているのは、確かに澄空だった。見知らぬ浴衣姿の女に手を引っ張られ、激しく泣きわめき道に寝転がる。
 女が澄空を抱えようとする。
 「澄空」と叫んだが、しわがれた声はクライマックスに向けて弾ける火薬の爆音にかき消された。

 一瞬の隙を突き、澄空が女から逃げ出した。脇目も振らずこっちに向かって走って来る。
 道路の上に膝をつき、その小さな体を両腕で受け止めた。
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