35 / 50
第3章「星の世界」
34.クライマックス
しおりを挟む
「恐竜柄の青い甚平を着た小さい男の子が迷子になっております。お心当たりのある方は無料観覧席にあります本部へお越しいただくか、周囲のスタッフにお知らせください。くり返します……」
特別観覧席の受付にいても歓声が聞こえてくる。
さっきまで一緒に混じって「おお」とか「わあ」とか言っていたのに、呑気な声が急に憎たらしくなってしまう。
澄空には仮設トイレの横で待つようにと言っておいたのに、トイレから出てきたら姿を消していたらしい。
まずは野田のお母さんに連絡しようと提案したのだが、彼女は口に手を当てながら小さく首を振る。
「親にバレたらやばいです。夜に澄空を連れて出かけるなんて言ってないし、千葉先生と一緒だったことだって知られちゃうかも……」
「そんなこと言ってる場合かよ。ほら、早く連絡しな」
野田はやっとスマホを取り出すが、手が震えていた。
「探して来るから、観覧席にいて澄空を待ってあげて。見つかったらすぐ連絡する」
仮設トイレの前を通り過ぎ、土手を上って絶句した。観覧禁止となっているはずなのに、落橋するではないかと思うほどの見物客でごった返していた。
スタッフがメガホンで「立ち止まらないでください」と怒声を浴びせるが、誰一人として聞きやしない。身動きできなくなることを見越してわざと橋を訪れ、至近距離で花火を見上げているのだ。ここに大人が分け入っていくには勇気が要るが、怖いもの知らずの子どもなら大人たちの脚の間をくぐってどこまでも行ってしまいそうだ。
意を決して人ごみに飛び込む。「すみません」と謝って気を遣っている場合ではなかった。
大声で澄空の名前を呼び割り込んでいく。拡声器の声に負けないように叫んでいるとすぐに喉が枯れた。
睨まれたし、靴を踏んでしまって舌打ちされた。せっかくの花火を楽しんでいるところに邪魔が入れば、誰だって腹が立つ。
けれど、早く澄空を見つけ出さなければいけなかった。大人と手を繋いでいたり、肩車されていたりの子どもたちの顔を一人ひとり確認したが、どれも澄空ではなかった。
怖がりだから、泣いているに違いない。道端でわんわん泣いてくれていたらそれが一番いい。
でも、もし誰かに口を塞がれていたら。
手足を縛られていたら。
車に乗せられているかも……。
次々に恐ろしいことを考えて、夏なのに背筋が冷えていく。
「澄空!」
空が静かになった。
「そろそろクライマックスだね」なんて、嬉しそうに、少し寂しそうに誰かが言う。
もうじき橋を渡り終えてしまう。澄空はまだ見つからない。戻って探し直すべきか、さらに先に進むべきか。
迷っていると子どもの泣き声が聞こえた。どうせまた、澄空ではないのだろう。しかし青い甚平姿が目に飛び込み、心臓が大きく脈打った。
小さい恐竜のように泣いているのは、確かに澄空だった。見知らぬ浴衣姿の女に手を引っ張られ、激しく泣きわめき道に寝転がる。
女が澄空を抱えようとする。
「澄空」と叫んだが、しわがれた声はクライマックスに向けて弾ける火薬の爆音にかき消された。
一瞬の隙を突き、澄空が女から逃げ出した。脇目も振らずこっちに向かって走って来る。
道路の上に膝をつき、その小さな体を両腕で受け止めた。
特別観覧席の受付にいても歓声が聞こえてくる。
さっきまで一緒に混じって「おお」とか「わあ」とか言っていたのに、呑気な声が急に憎たらしくなってしまう。
澄空には仮設トイレの横で待つようにと言っておいたのに、トイレから出てきたら姿を消していたらしい。
まずは野田のお母さんに連絡しようと提案したのだが、彼女は口に手を当てながら小さく首を振る。
「親にバレたらやばいです。夜に澄空を連れて出かけるなんて言ってないし、千葉先生と一緒だったことだって知られちゃうかも……」
「そんなこと言ってる場合かよ。ほら、早く連絡しな」
野田はやっとスマホを取り出すが、手が震えていた。
「探して来るから、観覧席にいて澄空を待ってあげて。見つかったらすぐ連絡する」
仮設トイレの前を通り過ぎ、土手を上って絶句した。観覧禁止となっているはずなのに、落橋するではないかと思うほどの見物客でごった返していた。
スタッフがメガホンで「立ち止まらないでください」と怒声を浴びせるが、誰一人として聞きやしない。身動きできなくなることを見越してわざと橋を訪れ、至近距離で花火を見上げているのだ。ここに大人が分け入っていくには勇気が要るが、怖いもの知らずの子どもなら大人たちの脚の間をくぐってどこまでも行ってしまいそうだ。
意を決して人ごみに飛び込む。「すみません」と謝って気を遣っている場合ではなかった。
大声で澄空の名前を呼び割り込んでいく。拡声器の声に負けないように叫んでいるとすぐに喉が枯れた。
睨まれたし、靴を踏んでしまって舌打ちされた。せっかくの花火を楽しんでいるところに邪魔が入れば、誰だって腹が立つ。
けれど、早く澄空を見つけ出さなければいけなかった。大人と手を繋いでいたり、肩車されていたりの子どもたちの顔を一人ひとり確認したが、どれも澄空ではなかった。
怖がりだから、泣いているに違いない。道端でわんわん泣いてくれていたらそれが一番いい。
でも、もし誰かに口を塞がれていたら。
手足を縛られていたら。
車に乗せられているかも……。
次々に恐ろしいことを考えて、夏なのに背筋が冷えていく。
「澄空!」
空が静かになった。
「そろそろクライマックスだね」なんて、嬉しそうに、少し寂しそうに誰かが言う。
もうじき橋を渡り終えてしまう。澄空はまだ見つからない。戻って探し直すべきか、さらに先に進むべきか。
迷っていると子どもの泣き声が聞こえた。どうせまた、澄空ではないのだろう。しかし青い甚平姿が目に飛び込み、心臓が大きく脈打った。
小さい恐竜のように泣いているのは、確かに澄空だった。見知らぬ浴衣姿の女に手を引っ張られ、激しく泣きわめき道に寝転がる。
女が澄空を抱えようとする。
「澄空」と叫んだが、しわがれた声はクライマックスに向けて弾ける火薬の爆音にかき消された。
一瞬の隙を突き、澄空が女から逃げ出した。脇目も振らずこっちに向かって走って来る。
道路の上に膝をつき、その小さな体を両腕で受け止めた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
放課後のタルトタタン~穢れた処女と虚ろの神様~
戸松秋茄子
ライト文芸
「なあ知ってるか、心臓の取り出し方」
三学期最初の朝だった。転校生の市川知佳は、通学路で拾ったりんごに導かれるようにして、学校の屋上に足を踏み入れる。
そこで待っていたのは、冷たい雨と寂しげな童謡、そして戦時中に変死体で発見された女学生の怨霊にして祟り神「りんご様」で――
そしてはじまる、少し奇妙な学園生活。徐々に暴かれる、知佳の暗い過去。「りんご様」の真実――
日常と非日常が交錯する、境界線上のガールミーツガール開幕。
毎日12,21時更新。カクヨムで公開しているものの改稿版です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
葵の心
多谷昇太
ライト文芸
「あをによし奈良の都に初袖のみやこ乙女らはなやぎ行けり」これはン十年前に筆者が奈良地方を正月に旅した折りに詠んだ和歌です。一般に我々東京者の目から見れば関西地方の人々は概して明るく社交的で、他人と語らうにも気安く見えます。奈良の法隆寺で見た初詣の〝みやこ乙女たち〟の振袖姿の美しさとも相俟って、往時の正月旅行が今も鮮明に印象に残っています。これに彼の著名な仏像写真家である入江泰吉のプロフィールを重ねて思い立ったのがこの作品です。戦争によって精神の失調を覚えていた入江は、自分のふるさとである奈良県は斑鳩の里へ目を向けることで(写真に撮ることで)自らを回復させます。そこにいわば西方浄土のやすらぎを見入出したわけですが、私は敢てここに〝みやこ乙女〟を入れてみました。人が失調するのも多分に人間によってですが(例えばその愚挙の最たる戦争とかによって)、それならば回復するにもやはり人間によってなされなければならないと考えます。葵の花言葉を体現したようなヒロイン和泉と、だらしなくも見っともない(?)根暗の青年である入江向一の恋愛模様をご鑑賞ください。
※表紙の絵はイラストレーター〝こたかん〟さんにわざわざ描いてもらったものです。どうぞお見知りおきください。
厭離穢土
k0n0
ライト文芸
いじめ。
それは陰湿な行為であり、最悪の行為である。
そして一番怖いところは周りも便乗してしまう所である。
これは少年の葛藤の物語。
少年はどのような未来を見るのか__。
未来を重ねる僕と、絵本のように消える君
香澄 翔
ライト文芸
僕はずっと彼女のことを忘れられなかった。
それが初恋だということに気が付いたのは、彼女を失った後だったから。
高校生になっても、それは変わらない。
ただ彼女との思い出の場所を写真に残すだけの毎日。
そんな中、彼女との約束の場所で、僕は「彼女」と出会った。
彼女は自分のことを幼なじみの「未来」だと名乗る。
でも彼女が未来の訳は無いんだ。
だって未来は、七年前に僕をかばって事故で亡くなったのだから。
どうして彼女は「みらい」だと名乗ったのだろう。
彼女は、いったい何者なのだろうか。
それとも本当に彼女は未来なのだろうか。
そんなことはありえないと思いつつも、少しずつ僕は初恋を取り戻していく。
その結末に何が待っているかなんて、わからないまま――
この物語はある少年の切ない恋のお話です。
完結しています。
表紙イラストは花音さんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる