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35.アルバム
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「「……えっ?」」
リビングにいる私と、玄関先の月渚の声が重なる。
(今、『アンドロイド』って言ったよね? ……ど、どうしてそのことを知っているの?)
「ルナっ!! あ、あなた喋ったの!?」
空子さんが怒鳴って、彼女もリビングの窓の前に立つ。
私はおそるおそるカーテンと窓を開けた。
顔が真っ赤になった空子さん、昴くん、車いすに乗った月渚、お父さんが私を見ている。
「い、言ってない……! 私、ちゃんと黙ってました!」
「嘘よ! じゃあどうして……」
「これです」
昴くんが手を上げる。
彼の手には、白い缶が握られていた。
「それは……」
私の食事、つまりアンドロイドの潤滑油だ。
「ど、どうして潤滑油を持ってるの……?」
どこかで空き缶を拾ったのだろうか。
でも缶はあいていない、新品のものだった。
「この潤滑油を作ってる会社、『プレアデス』の社長って、俺のじいちゃんだから」
「……………………え?」
? 今、昴くんがさらりと、とんでもないことを言ったような……?
「だーかーら、俺のじいちゃんが作って売ってんの。この潤滑油を」
「「「「えええええええええっ!!??」」」」
昴くん以外の全員が、その場にひっくり返りそうになりながら叫ぶ。
「前、学校のごみの集積場所で、この缶が捨ててあるのを見つけたんだ。おかしいだろ、学校にアンドロイド用の潤滑油が捨ててあるのは。だから、誰が捨てたのかなって、ずっと不思議だったんだ。そしたら、臨海学校のとき、控室で……」
「控室……」
(クーラーボックス……!)
臨海学校での出来事を思い出す。
太陽くんが溺れて、昴くんはクーラーボックスを取りに行った。きっとそのときに潤滑油を見られてしまったんだ!
「……でも、なんか納得した。月渚の性格が変わったのは、事故のせいだと思ってたけど、そういうことだったんだな……」
――本物じゃないみたい。
太陽くんに言われた言葉を思い出す。
「昴くん、このことは黙っておいてくれるかな」
お父さんの目に、涙が溜まっていた。
「私たちは、娘の月渚の居場所を守ってあげたいと思って必死だったんだ」
昴くんはお父さんの目をしっかりと見て頷いた。
「もちろんです。言いません。今日は、アンドロイドのほうのルナに卒業式をしてあげたくて来たんです」
「わ、私の卒業式?」
「うん。だって、来れなかっただろ、卒業式。今日来た月渚は、人間の月渚だったから」
「どうして卒業式に来た月渚が本物だって気付いたの?」
「わかるよ、そりゃ。だって性格が全っ然違うし、『太陽』、『昴』って呼び捨てで呼ぶから。……アンドロイドのほうは『くん』を付けるだろ。なーんか、気持ち悪かったなあ、あれ」
昴くんは明るく笑った。いつものように。
でも、私はちっとも笑えなかった。
それどころか、心の中に大雨が降ってきたような気分になる。人工の体の中で、かちゃかちゃと耳障りな音が聞こえた気がした。
私は、上手く月渚を演じられていなかった。アンドロイドとしての役目を果たせていなかった。
恥ずかしくて、悲しくなった。
「ほら、これ」
昴くんは提げていた紙袋の中から、筒状に丸めていた画用紙を広げた。
マジックペンで、決してきれいとは言えない字で、「卒ぎょうしょう書」と書いてある。
「小ぐれ ルナ」という名前も。
「げーっ、なにこの汚い字!」
手作りの卒業証書をのぞきこんだ月渚が、思いきり顔をしかめる。
「い、急いで書いてきたんだよっ!」
昴くんは顔を真っ赤にして怒った。
「クラスメイトの名前くらい、漢字で書いてよね! 『業』も『証』も『暮』もー!」
「漢字は苦手なんだよ!」
ぎゃあぎゃあと楽しそうに言い合う二人を見ているうちに、泣きたくなってきた。
私は泣けないのに。
「い、いいの! 卒業式なんて……」
気付いたら、二人に向かってそう叫んでいた。
「だって私、偽物だもん。月渚が事故に遭ってから学校生活を送っていただけの、偽物だもん。……卒業式なんて、やってもらう資格、無いよ」
昴くんは少し俯いた後、顔を上げて首を横に振った。
「でも、一年間は学校に来てたじゃないか。一年間、俺たちと過ごしただろ。その一年間は、偽物なんかじゃなかっただろ。……ほら!」
昴くんは私に卒業証書を押し付け、紙袋から厚くて大きな本を取り出した。
よく見ると卒業アルバムだった。
「臨海学校も、運動会も、……ここに映ってるのはおまえだろ?」
私は窓を開け、アルバムを受け取ってページをめくる。
昴くんや太陽くん。
樹里ちゃんや恵奈ちゃんや花鈴ちゃん。
みんなにまじって笑顔を見せているのは、紛れもなく、私、小暮ルナだ。
私は小暮月渚の偽物だ。
でも、昴くんの言う通り、この一年間は、私にとって「本物」だった。
かけがえのない、宝物のような時間だった。
「……ありがとう、昴くん」
涙なんて出ないのに、目が開けていられない。
体がほかほかと温かくなってくるような気がする。
「|……そうだ、せっかくだからみんなで写真を撮ろうじゃないか!」
提案《ていあん》したのは、お父さんだった。
「賛成、賛成っ!」
月渚が車いすの上で両手を上げる。
「あーっ、でもちょっと待って! せっかく写真を撮るなら着替えなきゃね」
月渚が私のほうを向く。
「ほら、何してんの? 準備準備!」
「え? き、着替えるって、誰が?」
「そんなの、決まってるでしょ!」
月渚は、白い歯を見せて笑った。
リビングにいる私と、玄関先の月渚の声が重なる。
(今、『アンドロイド』って言ったよね? ……ど、どうしてそのことを知っているの?)
「ルナっ!! あ、あなた喋ったの!?」
空子さんが怒鳴って、彼女もリビングの窓の前に立つ。
私はおそるおそるカーテンと窓を開けた。
顔が真っ赤になった空子さん、昴くん、車いすに乗った月渚、お父さんが私を見ている。
「い、言ってない……! 私、ちゃんと黙ってました!」
「嘘よ! じゃあどうして……」
「これです」
昴くんが手を上げる。
彼の手には、白い缶が握られていた。
「それは……」
私の食事、つまりアンドロイドの潤滑油だ。
「ど、どうして潤滑油を持ってるの……?」
どこかで空き缶を拾ったのだろうか。
でも缶はあいていない、新品のものだった。
「この潤滑油を作ってる会社、『プレアデス』の社長って、俺のじいちゃんだから」
「……………………え?」
? 今、昴くんがさらりと、とんでもないことを言ったような……?
「だーかーら、俺のじいちゃんが作って売ってんの。この潤滑油を」
「「「「えええええええええっ!!??」」」」
昴くん以外の全員が、その場にひっくり返りそうになりながら叫ぶ。
「前、学校のごみの集積場所で、この缶が捨ててあるのを見つけたんだ。おかしいだろ、学校にアンドロイド用の潤滑油が捨ててあるのは。だから、誰が捨てたのかなって、ずっと不思議だったんだ。そしたら、臨海学校のとき、控室で……」
「控室……」
(クーラーボックス……!)
臨海学校での出来事を思い出す。
太陽くんが溺れて、昴くんはクーラーボックスを取りに行った。きっとそのときに潤滑油を見られてしまったんだ!
「……でも、なんか納得した。月渚の性格が変わったのは、事故のせいだと思ってたけど、そういうことだったんだな……」
――本物じゃないみたい。
太陽くんに言われた言葉を思い出す。
「昴くん、このことは黙っておいてくれるかな」
お父さんの目に、涙が溜まっていた。
「私たちは、娘の月渚の居場所を守ってあげたいと思って必死だったんだ」
昴くんはお父さんの目をしっかりと見て頷いた。
「もちろんです。言いません。今日は、アンドロイドのほうのルナに卒業式をしてあげたくて来たんです」
「わ、私の卒業式?」
「うん。だって、来れなかっただろ、卒業式。今日来た月渚は、人間の月渚だったから」
「どうして卒業式に来た月渚が本物だって気付いたの?」
「わかるよ、そりゃ。だって性格が全っ然違うし、『太陽』、『昴』って呼び捨てで呼ぶから。……アンドロイドのほうは『くん』を付けるだろ。なーんか、気持ち悪かったなあ、あれ」
昴くんは明るく笑った。いつものように。
でも、私はちっとも笑えなかった。
それどころか、心の中に大雨が降ってきたような気分になる。人工の体の中で、かちゃかちゃと耳障りな音が聞こえた気がした。
私は、上手く月渚を演じられていなかった。アンドロイドとしての役目を果たせていなかった。
恥ずかしくて、悲しくなった。
「ほら、これ」
昴くんは提げていた紙袋の中から、筒状に丸めていた画用紙を広げた。
マジックペンで、決してきれいとは言えない字で、「卒ぎょうしょう書」と書いてある。
「小ぐれ ルナ」という名前も。
「げーっ、なにこの汚い字!」
手作りの卒業証書をのぞきこんだ月渚が、思いきり顔をしかめる。
「い、急いで書いてきたんだよっ!」
昴くんは顔を真っ赤にして怒った。
「クラスメイトの名前くらい、漢字で書いてよね! 『業』も『証』も『暮』もー!」
「漢字は苦手なんだよ!」
ぎゃあぎゃあと楽しそうに言い合う二人を見ているうちに、泣きたくなってきた。
私は泣けないのに。
「い、いいの! 卒業式なんて……」
気付いたら、二人に向かってそう叫んでいた。
「だって私、偽物だもん。月渚が事故に遭ってから学校生活を送っていただけの、偽物だもん。……卒業式なんて、やってもらう資格、無いよ」
昴くんは少し俯いた後、顔を上げて首を横に振った。
「でも、一年間は学校に来てたじゃないか。一年間、俺たちと過ごしただろ。その一年間は、偽物なんかじゃなかっただろ。……ほら!」
昴くんは私に卒業証書を押し付け、紙袋から厚くて大きな本を取り出した。
よく見ると卒業アルバムだった。
「臨海学校も、運動会も、……ここに映ってるのはおまえだろ?」
私は窓を開け、アルバムを受け取ってページをめくる。
昴くんや太陽くん。
樹里ちゃんや恵奈ちゃんや花鈴ちゃん。
みんなにまじって笑顔を見せているのは、紛れもなく、私、小暮ルナだ。
私は小暮月渚の偽物だ。
でも、昴くんの言う通り、この一年間は、私にとって「本物」だった。
かけがえのない、宝物のような時間だった。
「……ありがとう、昴くん」
涙なんて出ないのに、目が開けていられない。
体がほかほかと温かくなってくるような気がする。
「|……そうだ、せっかくだからみんなで写真を撮ろうじゃないか!」
提案《ていあん》したのは、お父さんだった。
「賛成、賛成っ!」
月渚が車いすの上で両手を上げる。
「あーっ、でもちょっと待って! せっかく写真を撮るなら着替えなきゃね」
月渚が私のほうを向く。
「ほら、何してんの? 準備準備!」
「え? き、着替えるって、誰が?」
「そんなの、決まってるでしょ!」
月渚は、白い歯を見せて笑った。
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