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13.クラスメイト
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八月十日。
今日も朝からスイミング。
お昼はママが作ってくれたお弁当を食べて、ベンチでお昼寝して、また夕方まで泳いだ。
毎日つかれるし、夏休みなのに友だちとあんまり遊べてなくてつまらない。
でも絶対に次の大会で優勝するぞー!
明日のお弁当はサンドイッチがいいなー。
月渚が事故に遭ったのは八月十一日だから、この日記は一日前に書かれたものだ。
自分が事故に遭うだなんて、このときは思っていなかっただろう。
私はどんどん日記をさかのぼっていく。
八月八日。
タイムがなかなかのびなくて怒られて泣いた。
でも泣いててもタイムのびないし。
陸トレもサボらずやろう!
八月七日。
花火大会楽しかった!
ゆかた、ほめてもらえてうれしい。
つかれた。ねむい・・・。
八月一日。
今日は学校のプール。五年三組の子たちほとんど来てた。
みんなで花火大会行くことになった。楽しみ~。
樹里ちゃんたちと「ゆかた着てこうね♪」って約束した。
パパ、新しいの買ってくれないかな。大人っぽいのがいい。
七月三十日の日記のデータを開く。
そこには、気になることが書かれていた。
七月三十日
今日もスイミング。タイムのびろー。
体験レッスンの様子を見てみたけど、全然泳げてなーいっ!
かわいそうだから、教室で会ってもからかわないであげよっと。
私って優しい~。
どうやら、スイミングの体験レッスンに月渚のクラスメイトが来ていた……ということらしい。
(誰だろう?)
もっと日記をさかのぼってみたけれど、体験レッスンについて書いている日記はもう無かった。
他にも月渚を知る手がかりはないか。どんどん日記を読み進めていく。
日記に書かれていたのは学校の友だちのこと、それからスイミングのことがほとんど。
学校とスイミングが月渚にとってどれほど大切だったか、この日記によって改めてわかる。
耳の奥でピピピ……と電子音が鳴った。
充電や潤滑油が不足したり、メンテナンスが必要になったりすると私の体内でこの音が鳴る。
気付けば充電は残り十パーセントになっている。外もいつの間にか薄暗い。
夢中になってスマホの日記を見ていたからだ。
私は大急ぎで月渚の部屋を出て、階段を下りた。
一階のリビングの横には和室がある。和室の隅に座り、コードを背中につないで充電を始めた。
(セーフ)
充電が無くなって、動けなくなってしまうところだった。
「ただいまー」
玄関のほうからお父さんの声がした。お仕事から帰ってきたみたいだ。
「おや、今ごろになって充電しているのか?」
私を見るなり、お父さんが言う。
「ずっとスマホ見てたから、うっかり忘れちゃったんだ」
「スマホに夢中か。すっかり人間らしくなってきたね」
お父さんが笑う。
「うん。でも、『月渚らしさ』については、まだまだ勉強中なんだ」
「月渚のお友だちとは上手くやってるのかい?」
お父さんはエコバッグを提げてキッチンへ向かった。長ネギの頭がのぞいている。
「うん。さっきもずっと樹里ちゃんと電話してたんだ。あれ? 空子さんは?」
小暮家のお料理担当は空子さんだ。
いつもならお仕事から帰ってきて料理を食卓に並べている時間なのに、空子さんの姿は無い。
代わりにお父さんがエプロンを着て、エコバッグから玉ねぎやお肉のパックを取り出している。
「今日は月渚の病院に行ってたんだけど、渋滞に巻き込まれて帰りが遅くなるんだって。だから今日は私が夕飯を作るんだ」
「え? お父さんってお料理できるの?」
私が訊くと、お父さんは包丁で玉ねぎを刻みながら、あっはっはと笑い出した。
「たまにだけど作ってたじゃないか。忘れるなんてひどいな。今日も月渚の好物の……」
と言いかけて、お父さんははっとする。
「はあ……。なんだかきみが自分の娘だと錯覚してしまうよ」
「……錯覚すると、なにか問題でしょうか? 呼び方と喋り方を、元に戻しましょうか?」
私はアンドロイドらしく訊いた。
お父さんは首を横に振りながら目じりをこする。人間の目には玉ねぎの成分がしみるらしい。
「実の娘に申し訳ないという気がしてくるね」
「そういうものですか」
「小暮博士がアンドロイドである私を月渚のように思い込むことは、問題アリ」。
理由はよくわからないけれど、そういうものらしい。
「呼び方も喋り方も今まで通りでいいさ。ご近所から見たら、それが自然だ」
「……うん。わかった」
お父さんはまた玉ねぎを刻み始める。
キッチンの台の上にはカレールーの箱が置いてある。ということは、今晩のメニューはカレーライスだろう。
月渚はカレーライスが好き。
私は彼女についての情報を上書きした。
(カレーライスって、どんな味なんだろう)
お父さんがフライパンでお肉を焼き始めた。ぱちぱちと、脂がはねる音がする。
一口でいいから、お父さんが作ったカレーライスを食べてみたいなと思った。
今日も朝からスイミング。
お昼はママが作ってくれたお弁当を食べて、ベンチでお昼寝して、また夕方まで泳いだ。
毎日つかれるし、夏休みなのに友だちとあんまり遊べてなくてつまらない。
でも絶対に次の大会で優勝するぞー!
明日のお弁当はサンドイッチがいいなー。
月渚が事故に遭ったのは八月十一日だから、この日記は一日前に書かれたものだ。
自分が事故に遭うだなんて、このときは思っていなかっただろう。
私はどんどん日記をさかのぼっていく。
八月八日。
タイムがなかなかのびなくて怒られて泣いた。
でも泣いててもタイムのびないし。
陸トレもサボらずやろう!
八月七日。
花火大会楽しかった!
ゆかた、ほめてもらえてうれしい。
つかれた。ねむい・・・。
八月一日。
今日は学校のプール。五年三組の子たちほとんど来てた。
みんなで花火大会行くことになった。楽しみ~。
樹里ちゃんたちと「ゆかた着てこうね♪」って約束した。
パパ、新しいの買ってくれないかな。大人っぽいのがいい。
七月三十日の日記のデータを開く。
そこには、気になることが書かれていた。
七月三十日
今日もスイミング。タイムのびろー。
体験レッスンの様子を見てみたけど、全然泳げてなーいっ!
かわいそうだから、教室で会ってもからかわないであげよっと。
私って優しい~。
どうやら、スイミングの体験レッスンに月渚のクラスメイトが来ていた……ということらしい。
(誰だろう?)
もっと日記をさかのぼってみたけれど、体験レッスンについて書いている日記はもう無かった。
他にも月渚を知る手がかりはないか。どんどん日記を読み進めていく。
日記に書かれていたのは学校の友だちのこと、それからスイミングのことがほとんど。
学校とスイミングが月渚にとってどれほど大切だったか、この日記によって改めてわかる。
耳の奥でピピピ……と電子音が鳴った。
充電や潤滑油が不足したり、メンテナンスが必要になったりすると私の体内でこの音が鳴る。
気付けば充電は残り十パーセントになっている。外もいつの間にか薄暗い。
夢中になってスマホの日記を見ていたからだ。
私は大急ぎで月渚の部屋を出て、階段を下りた。
一階のリビングの横には和室がある。和室の隅に座り、コードを背中につないで充電を始めた。
(セーフ)
充電が無くなって、動けなくなってしまうところだった。
「ただいまー」
玄関のほうからお父さんの声がした。お仕事から帰ってきたみたいだ。
「おや、今ごろになって充電しているのか?」
私を見るなり、お父さんが言う。
「ずっとスマホ見てたから、うっかり忘れちゃったんだ」
「スマホに夢中か。すっかり人間らしくなってきたね」
お父さんが笑う。
「うん。でも、『月渚らしさ』については、まだまだ勉強中なんだ」
「月渚のお友だちとは上手くやってるのかい?」
お父さんはエコバッグを提げてキッチンへ向かった。長ネギの頭がのぞいている。
「うん。さっきもずっと樹里ちゃんと電話してたんだ。あれ? 空子さんは?」
小暮家のお料理担当は空子さんだ。
いつもならお仕事から帰ってきて料理を食卓に並べている時間なのに、空子さんの姿は無い。
代わりにお父さんがエプロンを着て、エコバッグから玉ねぎやお肉のパックを取り出している。
「今日は月渚の病院に行ってたんだけど、渋滞に巻き込まれて帰りが遅くなるんだって。だから今日は私が夕飯を作るんだ」
「え? お父さんってお料理できるの?」
私が訊くと、お父さんは包丁で玉ねぎを刻みながら、あっはっはと笑い出した。
「たまにだけど作ってたじゃないか。忘れるなんてひどいな。今日も月渚の好物の……」
と言いかけて、お父さんははっとする。
「はあ……。なんだかきみが自分の娘だと錯覚してしまうよ」
「……錯覚すると、なにか問題でしょうか? 呼び方と喋り方を、元に戻しましょうか?」
私はアンドロイドらしく訊いた。
お父さんは首を横に振りながら目じりをこする。人間の目には玉ねぎの成分がしみるらしい。
「実の娘に申し訳ないという気がしてくるね」
「そういうものですか」
「小暮博士がアンドロイドである私を月渚のように思い込むことは、問題アリ」。
理由はよくわからないけれど、そういうものらしい。
「呼び方も喋り方も今まで通りでいいさ。ご近所から見たら、それが自然だ」
「……うん。わかった」
お父さんはまた玉ねぎを刻み始める。
キッチンの台の上にはカレールーの箱が置いてある。ということは、今晩のメニューはカレーライスだろう。
月渚はカレーライスが好き。
私は彼女についての情報を上書きした。
(カレーライスって、どんな味なんだろう)
お父さんがフライパンでお肉を焼き始めた。ぱちぱちと、脂がはねる音がする。
一口でいいから、お父さんが作ったカレーライスを食べてみたいなと思った。
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