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3.サシェ

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「サシェを忘れているわよ」

 靴箱くつばこかざり棚の上には、小さな巾着きんちゃくがあった。
 手のひらに乗るくらいの大きさだ。黄色い花柄の可愛かわいらしい布地だけれど、色がせているように見える。
 「サシェ」という呼び方があるのだと初めて知った。

「巾着ではなくて、サシェというのですね」

 私の言葉に、空子さんがはっと息をのんだのがわかった。私をまじまじと見つめてから、うつむいてしまう。

「……な、なんでもないわ。忘れてちょうだい」

 空子さんは顔をくもらせていた。

「これは学校生活に必要なものではないのですか?」
「本当は持って行ってはいけないのよ。でも、月渚るなはそれを肌身はなさず持ち歩いていたから」
「では、私もサシェを持っていたほうが自然ですね」

 空子さんは下を向いたままうなづく。

「絶対になくさないでよ。中身も見ないこと。……わかったわね?」
「はい。空子さん」

 私はサシェを手に取ってスカートのポケットにしまった。
 サシェの中にかたいものが入っているようだけれど、外側から見ていてもなにかはわからない。

 私はスニーカーのくつひもをきゅっと結んで、玄関のドアを開ける。

「あら? それ、自分でやったの?」

 空子さんにかれて振り返る。でも、なにについて訊かれたのか、わからなかった。

「『それ』、とはなんでしょうか?」
「髪よ。自分でポニーテールにしたの?」
「はい。自分で結いました。月渚はポニーテールにしていることが多いようだったので。不自然でしょうか?」
「いえ。べつに」

 空子さんはぷいっと顔をそらし、リビングに戻っていった。空子さんはこれから会社に行って仕事をしなければいけないから、いそがしいみたいだ。

「行ってきます」

 私は家の中に向かって一礼し、学校へ出発した。
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