奏でる調べは癒しの旋律

霞花怜

文字の大きさ
上 下
4 / 36

ep3. 最推し令嬢は怒りっぽい

しおりを挟む
 パァン、と風船が割れるような音がして目が覚めた。
 ぼんやり目を開けると、セスティとリアナが向き合って立っていた。

「これほど理性の弱い殿方だとは、思いませんでしたわ。王族が自ら国を滅ぼす行為に及ぶなど、愚の骨頂ですわね」

 どうやらさっきの派手な音は、セスティがリアナに平手を喰らった音だったらしい。 片頬を抑えたセスティが情けない顔で俯いている。

(あれ? まだ夢の中なのか? 長い夢だな)

 呆然としたまま、カナデは二人のやり取りを眺めていた。

「項を噛んだりはしていない。手も出していないよ。カナが震えていたから、抱き締めて眠っていただけで」
「当然ですわ。カナが戻ったのなら、その時点で私を呼ぶべきですのに。朝まで添い寝だなんて、一体どれだけ御目出度い頭をしていらっしゃるのかしら」
「夜中に君のような高貴な令嬢を呼び出すわけには、いかなだろ」
「事が事なのですから、時間など考えていられませんわ。カナと添い寝したかっただけの言い訳ではなくって? 戻った先がセスのベッドでなかったら、私にだってチャンスはありましたのに!」
「リアだって不純なことを考えているじゃないか!」

 地団太を踏む勢いのリアナに、柄にもない表情で怒鳴るセス、二人ともゲームの中ではありえない行動だ。

「とにかく、セスは着替えていらして。だらしない格好でいてはカナにがっかりされますわよ。あとは私がカナを看ていますから」

 ふん、と顔を背けられて、セスがしょんぼりと肩を落とす。そのまま部屋を出ていった。
 リアナが振り返り、ベッドサイドに寄る。
 思わず目を瞑った。

「カナ? もしかして、起きていらっしゃる?」

 耳元で囁かれて、ドキリとする。
 リアナの吐息が触れて、身震いしてしまった。仕方なく、カナデは目を開けた。

「お、おはよう、リア。もう、朝なんだな」

 何と言っていいかわからず、とりあえず挨拶する。

「おはようございます、カナ。今のセスとのやり取り、全部見ていらしたのかしら?」

 にっこりと笑みを作られる。迫力があって、怖い。
 誤魔化す言葉も見つからず、カナデは肩を落とした。

「えっと、うん。観てたよ、ごめん」
「なら、お話が早いですわね。本当に、何もされていないのかしら? 運命の番だというのを良いことに、大切なものを奪われてはいませんわよね」
「大切なもの……」

 そういえば、自分からキスした気がする。あれは夢だと思っていたし、何なら今も夢の中だと思っていた。
 けれど、リアナの吐息も存在感も夢にしてはリアルすぎる。

(いや、さっきのセスとのアレは、夢だったかもしれないよな)

 思わず顔まで布団を被った。唇に感じたセスの熱は、ほんの一瞬だったが、妙にリアルだった。

「何もされてないよ。大丈夫、俺、男だし」

 被った布団をはいで、リアナがカナデに迫った。

「男でも女でも危険ですわ! カナはオメガなのよ。セスはカナの運命の番なのだから、受け入れてしまうに決まっているわ!」

 リアナの必死の形相に、慄く。
 そんな、貞操観念のない男子、みたいに言われると流石に傷つく。しかも、最推し令嬢に言われると悲しくなるものだ。

「本当に何もない。体は、その、綺麗なままだから。とりあえず、信じてほしい」

 あのキスは無かったことにしようと思った。少なくとも今は、話すべきじゃない。それにしても、男の自分が言う言葉ではないなと思う。

「仕方がないから、今は信じてあげますわ」

 あまり納得していない顔のリアナだが、とりあえずは引き下がってくれた。カナデの表情を眺めて、ベッドに腰を下ろした。

「起き上がれるなら、この薬を飲んでちょうだいな。オメガの発情を抑える薬ですのよ。カナにもセスにも、必要なものですわ」

 起き上がると、小瓶を手渡された。
 装飾が美しい、如何にも魔法の世界に存在しそうな瓶だ。
 ふとリアナを眺めると、悲しそうな顔をしていた。

「本当は、二人が添い遂げられるのが一番、良いのよね。私だって、本当はそう思っていますのよ。だけど、それじゃぁ、この国は」

 リアナが言葉を詰まらせる。
 涙が流れているのに気が付いて、慌てた。

「リア? なんで泣いてるんだよ。リアはセスの婚約者だろ? リアとセスが一緒になる方がいいに決まってるだろ」

 狼狽えるカナデを、リアナが見上げる。

「私たちは家同士が決めた婚約者に過ぎませんわ。もし、カナがオメガじゃなかったら、婚約者はカナでも良かったのですよ。むしろ本当は、オメガだからこそ、婚約者であるべきなのだわ。それなのに」

 何かを言いたそうにして、リアナは言葉を飲み込んだ。
 とても悔しそうな表情をしているように見える。

「いいから早く、その薬をお飲みなさい。飲み終えたらカナも着替えなさいね。男性用の服を準備させますわ」

 リアナがベッドから立ち上がる。
 少しだけカナを振り返って、悲し気に笑った。

「もう、私とドレスの交換は、できませんわね。ちょっとだけ残念ですわ」

 リアナの表情が胸に突き刺さる。
 最推し彼女の悲しい顔を見たから、という理由だけでは収まらない辛さが、カナデの胸に沈んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない

天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。 ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。 運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった―――― ※他サイトにも掲載中 ★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★  「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」  が、レジーナブックスさまより発売中です。  どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

処理中です...