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第Ⅳ章
第19話 弥三郎と伊予と調
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「まるで開いた花のように笑う男だなぁ」
自分を縄で雁字搦めに縛りあげた鬼が、そういって笑った。
何だか可笑しくなって、調も高らかに笑った。
調が生まれ育った紀ノ國には人も妖怪も神もいた。御霊に出会うのは常だ。あの国は黄泉返りの聖地であり、死の国、夜見の国だった。
そんな場所で育った調が出向いた京の都は、何とも詰まらぬ場所だった。
人の目には人しか映らぬ。
それ以外の生き物は鬼だ妖者だと侮蔑して見下して、内心で怯える。
自分たちより強い呪術、高い技術を持つ生き物が怖いのだと気が付いてからは、この場所にいても無意味だと悟った。
数年の宮仕え、といっても男の調が付いた仕事はといえば、得意な弓術を活かした兵であったが、任を終えてから、調は都を立った。
有難いことに、弓取りの腕は故郷にいた頃より上達した。
仲良くなった呪禁師は、保身のためと様々な術を調に伝授してくれた。
それらの経験と術を持って、自分が成すべき務めを探しに旅に出た。
まるで海のような大きな湖を過ぎて淡海から尾張に差し掛かる手前で、拘束され連れ去られた。
伊吹山に住む伊吹弥三郎という鬼が、頭領となり妖怪を囲っているのだそうだ。
山の麓の村人たちは、伊吹山の鬼を大層恐れていた。しかし妖怪たちは優しき英雄であると話す。その二面性が気になって会いに行ったら、敢え無く拘束された次第だ。
「そういう訳だから、この縄を解いてほしい。私はお前たちに無礼を働こうなどとは、考えていないよ。もっと沢山、話をしよう」
調を頭の先からつま先まで、まじまじと眺めた鬼が、呻った。
「敵愾は感じやしねぇが、どうにも稀有な男だ。この山に何をしに来やがった? ここには手前ぇら人が嫌う妖怪や異形しか、いやしねぇぜ」
「妖怪や異形を嫌う?」
調は、クックと笑った。
その顔を、伊吹山の鬼が不可解な顔で眺める。
「なんだ、お前も都の連中と同じように考えるのか。詰まらぬなぁ。よもや、その詰まらぬ考えで妖怪を囲っている訳ではあるまいよ。お前からは、もっと優しき妖力が漂っておるよ」
弥三郎が、ぐっと顔を顰めた。
家の外から子供らの声がして、若い娘が入ってきた。
「弥三、帰ったよ。今日は鮎が、たぁんと釣れたんだ。縁起がいいよ。塩焼きにでもしようじゃないか。子供らも喜ぶよ」
弥三郎の顔を見て取って、娘が調に目を向けた。
一通りその姿を眺めた娘が、弥三郎の頭をポカリと殴った。
「人と見るや縛るのはやめろと何度も注意しているだろ。この人は悪い人じゃない」
娘が調の縄に手を掛けた。
鬼の手が結んだ縄を娘の細い指が呆気なく解いた。
「そうは言ってもよ。俺は伊予のように見ただけで相手の良し悪しなどわからぬから。伊予や子供らや他の妖怪たちに害が及んでは事だろうよ」
調に向かっていた時とは人が変わったように、鬼が気弱に伊予に言い訳をする。その姿が可愛らしく可笑しくて、調はまた笑った。
「そうであったか。ならば、縛っておけ。それで皆が安心できるのなら、縄の一つや二つ、どうというものではないさ」
調が腕を前に出すと、弥三郎と伊予がそれぞれに息を吐いた。
「伊予が言った通りだ」
「だろう? 直日神の惟神である私が言うんだ。間違いはないよ」
伊予の尻に敷かれる弥三郎を眺めて、良い夫婦だなと思った。
「直日神の惟神かぁ。これは良き出会いだなぁ。俺は紀ノ國、梛木様の国で生まれた人間だよ」
「へぇ、梛木様の国の人かね。道理で加護の匂いがする。私にとっても良き出会いだ」
ニコリとする調を伊予が嬉しそうに眺めた。
「まるで花のように笑う男だねぇ。アンタみたいな奴には、穢れも寄り付きはしないんだろう」
弥三郎と同じように話す伊予の方が、よっぽど花のように笑う女子だと思った。
野山で当然のように咲いている、小さくも美しい花に思えた。
「夫婦で俺を同じように花と呼ぶのだなぁ。何とも面白い、似た者で睦まじき夫婦だ」
調の言葉に、弥三郎と伊予が顔を見合わせて笑った。
縄を解かれた調には、食事が振舞われた。
さっき伊予が子供らと取ってきた鮎の塩焼きだ。鮎は神功皇后が予言をした魚とかで、縁起物とされている。
「贅沢な膳だ。良いのかね?」
「無体を働いた詫びだ。酒も楽しんでいってくれよ」
弥三郎が盃に酒を注ぐ。
一気に飲み干すと、体が火照って温かくなった。
「妖怪や神が好む酒は強いぞ。ゆっくり楽しめ」
そう話しながらも、弥三郎が次の盃を注いでくれた。
「調は何だって、伊吹山に来たのだね?」
子供らに飯を食わせながら、伊予が問う。
「故郷から務めを探して都に行ったが、詰まらなくってなぁ。俺が俺らしく生きられる場所を探して旅の最中だ」
「そうだったのかい」
伊予がニコリと笑んだ。
調に宮仕えが向いていないのに、一目で気が付いたのだろう。自分でも、思うくらいだ。神と同等の神力を持つ惟神にわからないはずがない。
弥三郎が調の全身を舐めるように眺めて、胸のあたりで目を止めた。
「調は面白き力を有しておるな。弔いの弓か」
「わかるのかい?」
「弥三郎の目は、相手の真の力を見抜く。霊元や直霊を見る目を持っているのさ」
調の問いには伊予が答えてくれた。
「まるで神の浄化のような力だ。相手に優しい死を与えるのだな」
優しい死という表現をした弥三郎の方が優しい鬼なのだろうと思った。
調の弓は、矢に霊力を込めると一思いに相手を冥府に送れる。せめて苦しまずに逝かせてやるための、偽善にも似た力だ。
調自身は、その才をあまり優遇できないし、有効にも使えない。
「御霊は冥府に返れば蘇る。少なくとも俺の国では、そうだった。だからこの弓は誇るべきなのだろうが。もっと違う力が、欲しかったなぁ」
「例えば、どんな?」
伊予に問われて、腕を組み首を捻る。
「そうだなぁ。もっと皆と仲良くできる力、かな。俺は人も妖怪も神様も好きだ。大事な人を守るためには時に戦も大事だが、なるべくなら、仲良くなりたいなぁ」
あっけらかんと笑う調につられたのか、伊予と弥三郎が微笑んだ。
「なら、調に良きモノをやろう。きっと調の役に立つ力だぞ」
弥三郎が棚の上の木箱を持って来た。
蓋を開くと、仲には親指ほどの大きさの種が入っていた。
「これは何だい? 随分と大きな種だ。初めて見たよ」
「今回のような間違いがないようにな。調が友達になりたい奴と、強く縁を結ぶための力さ」
種に手を翳す。弥三郎の妖力が種に流れ込んだ。
次に伊予が種に手を乗せて神力を籠めた。
「これで神様とも仲良くなれる。私のような惟神ともね」
微笑まれて、調は弥三郎と伊予を交互に見た。
「くれるのかい? 本当に、いいのかい?」
「構わねぇよ。縛り上げちまったからなぁ」
ばつが悪そうに頬を掻く弥三郎を伊予が肘で突いた。
「只の親切でもないさ。人間に狩られる妖怪たちを守ってほしい。惟神はまだ、私の直日神と枉津日神の二柱しかいないが、これからもっと増える。その子らとも仲良くなってほしい」
箱から種を取り出し、弥三郎が指で弄ぶ。
妖力と神力を馴染ませているようだ。
「この種が調の霊元に芽吹いたら、弓も今より使い易くなるだろ。やりてぇ務めも、きっと見付けやすくなる」
弥三郎が種を調の胸に当てる。
胸の中の霊元が求めるように種に伸びていくのを感じた。
種を摘まんだ弥三郎の指が調の胸の中に吸い込まれた。胸の奥の霊元が種を絡めとる。包み込み、種が芽吹いて根を張ったのが、わかった。
「二人とも、ありがとう。ここに来て、二人に会えて、良かったなぁ」
胸の奥が温かくなっていくのを感じて、調は手をあてた。
後ろから、大きな狼が調の体に抱き付いた。
顔を摺り寄せて舌でしきりに舐め挙げる。くすぐったくて、思わず笑った。
「早速、効果が出やがったな。そいつは人狼だ。元は東の方の妖怪なんだが、住処を追われてこの山に落ち着いたんだ」
人狼の頭を撫でて、調の心が決まった。
「東か。ならばこの狼と共に、東に行こう。その場所で、俺たちが安心して暮らせる場所を作ろうか」
肯定するように、人狼が鼻を鳴らした。
「連れて行って、いいかね?」
「そいつが望んでんなら、止める意味がねぇや」
調に覆いかぶさる人狼は、聞くまでもない様子だった。
「俺が東に住処を見付けたら、二人も遊びに来てくれよ。何かあったら駆けつける。報せをくれよ。この恩は必ず返したい」
弥三郎と伊予が嬉しそうに顔を見合わせた。
「恩なんて感じなくていいけどさ、遊びには来ておくれよ。住処が決まったら祝いを送るから、報せておくれ」
種と仲間を得た調は数日、伊吹山に滞在し、武蔵国へと旅立った。
一通り北の方まで回って武蔵に戻り落ち着いた調は、花笑を名乗った。
その名前は弥三郎と伊予に貰った名だ。
主を持たない草となったのは、多くの生き物を救うためだった。その願いが、千年以上の時を駆けて、今にまで繋がっていた。
自分を縄で雁字搦めに縛りあげた鬼が、そういって笑った。
何だか可笑しくなって、調も高らかに笑った。
調が生まれ育った紀ノ國には人も妖怪も神もいた。御霊に出会うのは常だ。あの国は黄泉返りの聖地であり、死の国、夜見の国だった。
そんな場所で育った調が出向いた京の都は、何とも詰まらぬ場所だった。
人の目には人しか映らぬ。
それ以外の生き物は鬼だ妖者だと侮蔑して見下して、内心で怯える。
自分たちより強い呪術、高い技術を持つ生き物が怖いのだと気が付いてからは、この場所にいても無意味だと悟った。
数年の宮仕え、といっても男の調が付いた仕事はといえば、得意な弓術を活かした兵であったが、任を終えてから、調は都を立った。
有難いことに、弓取りの腕は故郷にいた頃より上達した。
仲良くなった呪禁師は、保身のためと様々な術を調に伝授してくれた。
それらの経験と術を持って、自分が成すべき務めを探しに旅に出た。
まるで海のような大きな湖を過ぎて淡海から尾張に差し掛かる手前で、拘束され連れ去られた。
伊吹山に住む伊吹弥三郎という鬼が、頭領となり妖怪を囲っているのだそうだ。
山の麓の村人たちは、伊吹山の鬼を大層恐れていた。しかし妖怪たちは優しき英雄であると話す。その二面性が気になって会いに行ったら、敢え無く拘束された次第だ。
「そういう訳だから、この縄を解いてほしい。私はお前たちに無礼を働こうなどとは、考えていないよ。もっと沢山、話をしよう」
調を頭の先からつま先まで、まじまじと眺めた鬼が、呻った。
「敵愾は感じやしねぇが、どうにも稀有な男だ。この山に何をしに来やがった? ここには手前ぇら人が嫌う妖怪や異形しか、いやしねぇぜ」
「妖怪や異形を嫌う?」
調は、クックと笑った。
その顔を、伊吹山の鬼が不可解な顔で眺める。
「なんだ、お前も都の連中と同じように考えるのか。詰まらぬなぁ。よもや、その詰まらぬ考えで妖怪を囲っている訳ではあるまいよ。お前からは、もっと優しき妖力が漂っておるよ」
弥三郎が、ぐっと顔を顰めた。
家の外から子供らの声がして、若い娘が入ってきた。
「弥三、帰ったよ。今日は鮎が、たぁんと釣れたんだ。縁起がいいよ。塩焼きにでもしようじゃないか。子供らも喜ぶよ」
弥三郎の顔を見て取って、娘が調に目を向けた。
一通りその姿を眺めた娘が、弥三郎の頭をポカリと殴った。
「人と見るや縛るのはやめろと何度も注意しているだろ。この人は悪い人じゃない」
娘が調の縄に手を掛けた。
鬼の手が結んだ縄を娘の細い指が呆気なく解いた。
「そうは言ってもよ。俺は伊予のように見ただけで相手の良し悪しなどわからぬから。伊予や子供らや他の妖怪たちに害が及んでは事だろうよ」
調に向かっていた時とは人が変わったように、鬼が気弱に伊予に言い訳をする。その姿が可愛らしく可笑しくて、調はまた笑った。
「そうであったか。ならば、縛っておけ。それで皆が安心できるのなら、縄の一つや二つ、どうというものではないさ」
調が腕を前に出すと、弥三郎と伊予がそれぞれに息を吐いた。
「伊予が言った通りだ」
「だろう? 直日神の惟神である私が言うんだ。間違いはないよ」
伊予の尻に敷かれる弥三郎を眺めて、良い夫婦だなと思った。
「直日神の惟神かぁ。これは良き出会いだなぁ。俺は紀ノ國、梛木様の国で生まれた人間だよ」
「へぇ、梛木様の国の人かね。道理で加護の匂いがする。私にとっても良き出会いだ」
ニコリとする調を伊予が嬉しそうに眺めた。
「まるで花のように笑う男だねぇ。アンタみたいな奴には、穢れも寄り付きはしないんだろう」
弥三郎と同じように話す伊予の方が、よっぽど花のように笑う女子だと思った。
野山で当然のように咲いている、小さくも美しい花に思えた。
「夫婦で俺を同じように花と呼ぶのだなぁ。何とも面白い、似た者で睦まじき夫婦だ」
調の言葉に、弥三郎と伊予が顔を見合わせて笑った。
縄を解かれた調には、食事が振舞われた。
さっき伊予が子供らと取ってきた鮎の塩焼きだ。鮎は神功皇后が予言をした魚とかで、縁起物とされている。
「贅沢な膳だ。良いのかね?」
「無体を働いた詫びだ。酒も楽しんでいってくれよ」
弥三郎が盃に酒を注ぐ。
一気に飲み干すと、体が火照って温かくなった。
「妖怪や神が好む酒は強いぞ。ゆっくり楽しめ」
そう話しながらも、弥三郎が次の盃を注いでくれた。
「調は何だって、伊吹山に来たのだね?」
子供らに飯を食わせながら、伊予が問う。
「故郷から務めを探して都に行ったが、詰まらなくってなぁ。俺が俺らしく生きられる場所を探して旅の最中だ」
「そうだったのかい」
伊予がニコリと笑んだ。
調に宮仕えが向いていないのに、一目で気が付いたのだろう。自分でも、思うくらいだ。神と同等の神力を持つ惟神にわからないはずがない。
弥三郎が調の全身を舐めるように眺めて、胸のあたりで目を止めた。
「調は面白き力を有しておるな。弔いの弓か」
「わかるのかい?」
「弥三郎の目は、相手の真の力を見抜く。霊元や直霊を見る目を持っているのさ」
調の問いには伊予が答えてくれた。
「まるで神の浄化のような力だ。相手に優しい死を与えるのだな」
優しい死という表現をした弥三郎の方が優しい鬼なのだろうと思った。
調の弓は、矢に霊力を込めると一思いに相手を冥府に送れる。せめて苦しまずに逝かせてやるための、偽善にも似た力だ。
調自身は、その才をあまり優遇できないし、有効にも使えない。
「御霊は冥府に返れば蘇る。少なくとも俺の国では、そうだった。だからこの弓は誇るべきなのだろうが。もっと違う力が、欲しかったなぁ」
「例えば、どんな?」
伊予に問われて、腕を組み首を捻る。
「そうだなぁ。もっと皆と仲良くできる力、かな。俺は人も妖怪も神様も好きだ。大事な人を守るためには時に戦も大事だが、なるべくなら、仲良くなりたいなぁ」
あっけらかんと笑う調につられたのか、伊予と弥三郎が微笑んだ。
「なら、調に良きモノをやろう。きっと調の役に立つ力だぞ」
弥三郎が棚の上の木箱を持って来た。
蓋を開くと、仲には親指ほどの大きさの種が入っていた。
「これは何だい? 随分と大きな種だ。初めて見たよ」
「今回のような間違いがないようにな。調が友達になりたい奴と、強く縁を結ぶための力さ」
種に手を翳す。弥三郎の妖力が種に流れ込んだ。
次に伊予が種に手を乗せて神力を籠めた。
「これで神様とも仲良くなれる。私のような惟神ともね」
微笑まれて、調は弥三郎と伊予を交互に見た。
「くれるのかい? 本当に、いいのかい?」
「構わねぇよ。縛り上げちまったからなぁ」
ばつが悪そうに頬を掻く弥三郎を伊予が肘で突いた。
「只の親切でもないさ。人間に狩られる妖怪たちを守ってほしい。惟神はまだ、私の直日神と枉津日神の二柱しかいないが、これからもっと増える。その子らとも仲良くなってほしい」
箱から種を取り出し、弥三郎が指で弄ぶ。
妖力と神力を馴染ませているようだ。
「この種が調の霊元に芽吹いたら、弓も今より使い易くなるだろ。やりてぇ務めも、きっと見付けやすくなる」
弥三郎が種を調の胸に当てる。
胸の中の霊元が求めるように種に伸びていくのを感じた。
種を摘まんだ弥三郎の指が調の胸の中に吸い込まれた。胸の奥の霊元が種を絡めとる。包み込み、種が芽吹いて根を張ったのが、わかった。
「二人とも、ありがとう。ここに来て、二人に会えて、良かったなぁ」
胸の奥が温かくなっていくのを感じて、調は手をあてた。
後ろから、大きな狼が調の体に抱き付いた。
顔を摺り寄せて舌でしきりに舐め挙げる。くすぐったくて、思わず笑った。
「早速、効果が出やがったな。そいつは人狼だ。元は東の方の妖怪なんだが、住処を追われてこの山に落ち着いたんだ」
人狼の頭を撫でて、調の心が決まった。
「東か。ならばこの狼と共に、東に行こう。その場所で、俺たちが安心して暮らせる場所を作ろうか」
肯定するように、人狼が鼻を鳴らした。
「連れて行って、いいかね?」
「そいつが望んでんなら、止める意味がねぇや」
調に覆いかぶさる人狼は、聞くまでもない様子だった。
「俺が東に住処を見付けたら、二人も遊びに来てくれよ。何かあったら駆けつける。報せをくれよ。この恩は必ず返したい」
弥三郎と伊予が嬉しそうに顔を見合わせた。
「恩なんて感じなくていいけどさ、遊びには来ておくれよ。住処が決まったら祝いを送るから、報せておくれ」
種と仲間を得た調は数日、伊吹山に滞在し、武蔵国へと旅立った。
一通り北の方まで回って武蔵に戻り落ち着いた調は、花笑を名乗った。
その名前は弥三郎と伊予に貰った名だ。
主を持たない草となったのは、多くの生き物を救うためだった。その願いが、千年以上の時を駆けて、今にまで繋がっていた。
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