仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第15話 炬燵で一服

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 案内された部屋の真ん中に置いてあるモノを見付けて、直桜と智颯は目を輝かせた。

「こたつだ! 炬燵がある! 懐かしいなぁ」
「しかも大きいですね。六人でも余裕で入れそうです」

 長方形をした炬燵は横に三人並んでも余裕で入れてしまう大きさだ。
 さっさと荷物を置いて、直桜は炬燵に足を突っ込んだ。雪で凍りそうだった指先がじんわりと暖まる。

「お部屋も広いですね。六人で布団を並べて眠れそうです」

 護が荷物を片しながら部屋を見渡した。

「間も現世と同じ建物ではありまするが、間に限っては管理者の空間術で人数に合わせ部屋の広さを調節できるようでござりまするぞ」
「管理者って、茶々さん?」

 尾が二股に分かれていたから、恐らくは猫又なのだろう。
 那智が頷いた。

「茶々殿は北温泉の管理人に飼われておる猫でしてな。もう何百年か、はざまの岐多温泉、通称はあやかし宿というのですが、その管理者をされておるベテランでござりまする」
「空間術が使える猫又って滅多にいないよね」

 猫は二十年生きると猫の御山に行って修行をし、猫又になる。
 何百年単位で生きている猫又は、妖怪の中でもかなりの上位だろう。

「裏山の天狗とも知己でございましてな。この温泉は天狗もよく浸かりに来るのでございますよ」

 直桜は窓に寄り、障子戸を開けた。
 川を挟んですぐそこに山がそそり立っている。この距離なら、ちょっと山を下って天狗が温泉に入りに来ても不思議はないなと思った。

「那智さん、食材を冷蔵庫に入れたいのですが、茶々さんにお取次ぎをお願いできますか?」

 持って来た食材を整理してバスケットに詰めると、護が立ち上がった。

「部屋にも冷蔵庫はありまするが、小さいですからな。共に参りましょう」
「自炊なのって、間だからなの?」

 直桜の問いに、那智は首を傾げた。

「一般の宿も現在は素泊まりか自炊の部屋しかなかったと記憶しておりまする。昔は食事の提供もしていたようですが、色々と事情があるのでしょうな。頼めば弁当などは拵えてくれるようでござりまするよ」

 ここまでの道のりで、近くにコンビニもスーパーらしき店もなかった。食材を運ぶにしても、大変そうな立地ではある。

「持ってきすぎたかと思っていましたが、良かったかもしれませんね。食材が足りなくなったらお弁当を頼みましょうか」

 那智と共に部屋を出ようとする護の後に、保輔が続いた。

「運ぶの手伝うよ。台所の場所も覚えた方がええやろ。飯、作るんも一緒にやるし」
「じゃぁ、僕も行く。料理なら、ちょっとはできるから」

 智颯が立ち上がって保輔に並んだ。
 護が直桜を振り返った。目配せした視線が、ちらりと円に向いた。

「円くんは俺と部屋に残ってようか。俺、料理あんまりだから滞在中は頼りっぱなしになりそうな気がするよ」
「……俺も、料理は、ちょっと」

 迷っていた円の足が直桜に向く。
 向かい合って炬燵に入った。

「じゃ、行ってきますね」

 護の視線に頷いて、手を振って皆を見送る。
 直桜は炬燵の上の茶櫃に手を伸ばした。

「お茶でも淹れて待っていようか。円くん、緑茶飲める?」
「はい……」

 急須に茶葉を入れて、ポットのお湯を注ぐ。
 慣れないので仕草がぎこちなくなる。円が心配そうに見守っているのが視線でわかる。

「こういうの全部、護に教えてもらったんだ。集落ではやらせてもらえなかったから。お茶とか、供えられちゃう立場だったからさ」

 料理や飲み物に限らず、身の回りのことは声を掛けずとも何でも先回りでされていた。いざ自分でやろうと思うと出来ないことが多くて、驚いたくらいだ。

「供えられちゃうって……。直桜様は、本当に神様、なんですね」

 思わずといった具合に円が吹いた。

「集落の人たちは俺を神様にしたかったんだろうね。けど今は13課の職員で護の恋人だ。今の方がずっと生きてるって感じがするよ」

 飾り付けられた神様ではない、自分の意志で生きる人間にやっとなれた。そんな気がする。

「化野さんは、直桜様にとって、恋人以上の、存在、なんですね。羨ましい、です」

 円が視線を落とす。
 顔色は暗い。車の中で鬼力の話をしてから、円の元気がない。それが護も直桜も気になっていた。

「円くんは智颯と、どんな関係になりたい?」

 直桜の問いかけに、円の顔が下がった。

「わからない、です。バディで、恋人で、それだけでも、俺でいいのかなって、思うのに。期待、されてるような、自分に、なれる、自信も、なくて。その上、眷族なんて、俺なんかが、務まるわけ、ない」

 炬燵に伸ばしていた足を折りたたんで抱え込む。
 さっきより顔が俯いてしまった。
 マヤの予言や鬼力の話、花笑の種、自分にのしかかる総ての期待が、今の円には重いのだろう。

「期待されるの、嫌? 智颯の眷族には、なりたくない?」

 直桜の言葉に円が首を振った。

「智颯君の、恋人でいたい、バディでいたい。だから、頑張ろうって思った、けど。俺には、才能なんか、なくて、只の人で、保輔みたいには、頑張れない、から」

 円の声がどんどん小さくなる。

 やっぱり、保輔なんだなと思った。
 円にとって保輔の存在は励みでもあるだろうが、重荷でもあるのだろう。 
 自分を受け入れて努力できる、何があっても前を向ける保輔が、きっと円にとっては眩しすぎる。
 特に、同じような力を内包していると知ってしまった今は、余計に自分と比べて気持ちが後ろ向きになってしまうのかもしれない。

(伝え方、考えるべきだったな。円くんには円くんの良さがあるから、保輔と同じである必要はないんだけど)

 考え込んだ直桜の脳裏に、あまり良くない考えが浮かんだ。

(上手くいかなかったら、拗れるかな。でも、ショック療法は智颯や円くんには効果あるかもしれない、かな)

 直桜はじっと円を見詰めた。
 視線に気が付いた円が目を上げた。

「智颯の眷族になる自信がないなら、俺の眷族になる? 円くんは直日神に所縁がある神力を持っているから、ちょうどいいよ」
「は……?」

 円が驚いた顔で呆けている。
 直桜は右手を前に出した。

「この手を握ったら、神紋をあげる。俺の神力が流れ込めば、今より強くなれる。種を芽吹かせるのも、きっと楽だ。どうする?」

 円の目をじっと見つめる。
 直桜の目と伸ばした手を、円が交互に見る。
 そっと伸ばそうとした手が、直桜の指に触れかけて、止まった。

「強く、なりたい、です。でも、直桜様の手は、握れない。俺は、智颯君の、バディで、いたい、から」
「バディは続けていいよ。俺の眷族になって、智颯のバディを続ければいい」

 依然、伸ばされたままの直桜の手を円がちらりと眺めた。

「直桜様の、眷族なら、むしろ、保輔の方が」
「どうして、そんなに保輔と比べるの?」

 円が顔を上げた。驚いたような顔に再度、言葉を投げる。

「俺は今、円くんと話をしてるんだよ。円くんを眷族にしたいって話をしているんだ。保輔の話はしてない」

 円が強く唇を噛んだ。

「なんで、俺、なんですか。俺なんか、きっと、役に立たない」
「俺の役に立たないなら、智颯のバディでいる資格すらないよ」

 円の目が俯いたまま見開いた。
 直桜は浮いたままの円の手を握った。円の顔が咄嗟に上がる。
 腕を引っ張って、円に顔を近づけた。

「円くんは今日どうして、ここまで来たの? 逃げるつもりなら、来なきゃよかった。そのつもりがないから、来たんだよね?」

 円が、ぎこちなく頷く。
 握った手が震えている。

「保輔と自分を比べて落ち込む気持ちは、わかるよ。保輔は前向きな子だけど、それは保輔の今までの生き方の投影だ。円くんには円くんのやり方があるだろ。比べる思考自体が無意味で愚行だよ」

 直桜は円の手を強く握り直した。

「俺は円くんを信じてる。結果、種が芽吹かなくたっていい。円くんが自分で納得できる努力が出来れば、それでいいんだ」

 手を握られたまま、円が直桜を見詰めて息を飲んだ。

「芽吹かなくても、いい、んですか? 俺の力が、開花、しないと、最悪の、未来が、本当になるかも、しれない、のに?」

 直桜は深く頷いた。

「無理に芽吹かせた種が役に立つとは思えないよ。芽吹かないなら、円くんには必要ないんだ。最悪の未来を回避する方法は他に考えればいいよ。未来に繋がる選択肢って、一つじゃないだろ」

 直桜は、ぱっと円の手を離した。
 離れた手を宙ぶらりんにして、円が呆けている。

「とりあえずは、保輔と仲良くしたら? それが今のところ円くんにとって一番、良い未来に繋がるんじゃない?」
「何で、ですか。別に喧嘩とか、してない、けど」

 手を引っ込めて、円が俯き加減に問う。
 直桜は湯呑を持って、茶を一口飲んだ。

「何となく避けてるだろ。それが俺には、とっても無理してるように見える。本当は仲良くしたいのに無理して避けてるような感じ」

 円がぐっと顔を下げた。

「無理して、ないです。避けても、ない、です」

 明らかに嘘だなと思った。
 惟神は嘘を見抜けると、円は智颯から聞いていないのだろうか。
 円が直桜に握られた自分の手を見詰めていた。

「直桜様は、保輔を、眷族にしたいって、思い、ますか? 今のやり取りは、とりあえず、抜きにして、だけど」
「思わないよ。智颯と瑞悠からバディを奪ってまで眷族を作ろうなんて、最初から思ってない。俺の眷族は護だけだよ」

 茶を飲みながら当然の如く言い切る。
 円が顔を上げた。その顔に、ゆっくりと笑みが昇った。

「直桜様は、格好良いですね」

 円が直桜に対して初めて流暢に、自然に話したように聞こえた。
 笑んだ顔には、さっきまでの暗い色は消えてなくなっていた。
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