仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第7話 ショック療法

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 事務所に戻った直桜たちは、既に控えていた清人にあらましを報告した。既に黛から報告を受けていた清人は、すぐに理解してくれた。

「口吸いの才出し、今からやるぞ」

 清人から有無を言わさぬ命令が下った。
 微妙な顔をする保輔の隣で円と智颯が顔を引き攣らせた。

「嫌とは言わせねぇぞ。自分のバディを殺すのと保輔とキスするのどっちがマシか、よく考えろよ」
「藤埜室長、言い方……」

 保輔が軽くショックを受けている。
 清人の有無を言わさぬ命令は直桜と護が何を言うより効果があるなと思った。

「いえ、今更、そこを嫌がる気はない、です」
「一応、二人で、話して、納得、してます」

 智颯と円が決意した顔をしている。
 さっきの話し合いは保輔のキスを受け入れるための話し合いだったようだ。

「黛と直桜の報告から考えると、狙いは直桜や護だけじゃねぇ、智颯が狙われる確率も高いってことだからな。智颯と円のレベルアップは必須だ」
「智颯君やったら、口吸いやらんでも、ちょっとはわかるよ。前にキスした時に……」

 べっと舌を出した保輔が、しまったといった顔をした。
 ちらりと円を窺う。鬼の形相とはこんな感じだろうなという顔をしていた。
 清人が保輔を振り返った。

「何? お前ら、もう試したの?」
「いや、俺が発情した時に、ちょっとやらかしてん。智颯君押し倒して、円に殴られとんのや」
 
 保輔が、とても小さな声で零した。

「そういや、前に左頬腫らしてたね。あれが、そうか」

 直桜は、色々と納得した。
 どうして保輔が異様に怯えるのか、円が殺気立っていたのか、理解できた。

「お前に前科があんのかよ。円が怒っても仕方ねぇな。けど、今回は忘れろよ。てか、数に入れるな」

 清人に、びしっと指摘されて、智颯と円が頷いた。

「で、智颯の方は、どうだったよ?」
「んー、風の輪より強い能力、より風を巧く使える力が、智颯君にはあんねや。けど、今は無理や。神力解放せなならん。なんでできひんのかは、もう少し吸わんとわからん」

 清人が直桜に視線を向けた。

「それは、吸うまでもねぇような気がするな」
「そうだね。智颯と気吹戸の問題かな」

 清人と直桜に同時に視線を向けられて、智颯が委縮した。

「僕も、自覚があります。だから、才出しより僕の意識の問題なんだって」

 だからこそ余計に怯えてしまうのかもしれない。少なからず智颯は、自分の神力の多さも力の強さも知っている。それを扱えるだけの自信がないのだ。
 清人が難しい顔で頭を掻いた。

「そうだな。訓練のカリキュラム、組み直すか。直桜と護、智颯と円の合同訓練に切り替える」

 清人の目が智颯に向いた。

「直桜の神力の使い方を見れば、何か気付きがあるかもしれねぇだろ。お前は俺よりずっと早くに惟神になって訓練だって受けてんだ。できねぇはずねぇんだよ」

 清人にしては珍しく智颯を労っている。
 智颯は緊張した面持ちで頷いた。

「不思議やなぁと思うのやけど。なんで智颯君はそないに自信なさそうなん? 神力解放したかて、全然余裕や思うで。今かて、物足りひんのとちゃう?」

 保輔が智颯の手を握った。
 
「今朝みたいに神力流して」

 智颯が握る保輔の手が金色に輝いた。

「あったかいけど、なんか薄い。智颯君の神力は、こんなもんとちゃうで」

 保輔が握った手に霊力を籠めた。
 赤く灯った霊力が、送り込まれた智颯の神力と混ざり合って赤の濃さを増した。
 蘇芳色をした霊力が智颯の腕を伝って流れ込む。

「えっ⁉ 待って、保輔!」

 保輔の手を強く握る智颯を、保輔がそっと撫でた。

「力、抜いてええよ。こんくらい、何てことないから」

 言われた通りに力を抜いて、智颯が大きく息を吸い、吐いた。
 智颯の胸の奥の霊元から、パンと弾けるように神力が吹き出した。

「え? これ、何? 何で?」

 立ち上る金色の神力が噴水のように流れて神力の雨が降る。
 このまま吹き出し続けたら智颯の神力が枯れてしまう。

「智颯、神力を体の中に戻して。自分の霊元に収めるようにイメージして」

 慌てて智颯に駆け寄ると、直桜は智颯の背中を摩った。

「気吹戸、ふざけ過ぎだよ」

 思わず、背中に隠れた神に苦言を呈した。

「いやいや、智颯の友人が良いきっかけをくれたのでなぁ。機に便乗してみたわ。直霊術を使う鬼とは面白い。智颯を褒めてくれる良い鬼じゃ」

 顕現した気吹戸主神が嬉しそうに笑う。
 やっとで神力を収めた智颯が、大きく息を吐いた。

「智颯、大丈夫?」

 紅潮した頬で、智颯が頷いた。
 体を直桜に預けてはいるが、足はしっかりしていそうだ。

「感覚が、色んな音が聞こえる。けど、神力が増えれば辛くないんだって、今、わかりました。これならきっと、大丈夫です」
「急に神力を増やしたから、馴染むまでは火照った感じがすると思うけど、少し休めば治まるはずだよ」

 直桜の言葉に、智颯が微笑んで頷いた。

「保輔も、急すぎだよ。強化術を使うなら使うって一言、言ってあげないと。智颯みたいな子は馴染めないから」
「それがいかんのやと思うで。智颯君みたいな子はショック療法も大事や。やりますよ~いうたら、ヤダーってなってまうやろ。それに、神力まだ全力やないやろ?」

 保輔の問いかけに、気吹戸主神が自慢げに頷いた。

「まだ半分程度じゃ。一気に全部出したら、それこそ智颯は気が狂うでの」

 悪戯に笑う気吹戸主神に併せて、保輔が笑う。

「まだ、半分?」

 驚いたような顔をした智颯だったが、期待にも見えた。

「自覚ないん? そゆとこが、あかんのやで。訓練までに全力出して自分の絶対量把握しよな。じゃないと、更に伸ばせんから」
「もっと増やせるのか?」

 智颯が驚いた顔で保輔に問う。
 保輔が普通に頷いた。

「実力は生きてる限り伸びるやろ。智颯君まだ十代やん。ここで終わっていいん?」
「嫌だ。自分で全力出して、絶対それ以上に伸ばしてやる」

 握った保輔の手を智颯がぶんぶんと振る。
 顔は顰めているが、智颯の全身から喜んでいる気配が流れ出ている。
 智颯にしては珍しく前向きな言葉が出たなと思った。保輔につられているなら良い傾向だ。
 突然、元の倍近くに神力が増えて、それでも全力ではないとわかった。更には智颯にとって鋭すぎる感覚で感じ取ってしまう気配や聴こえすぎていた音も神力が増えれば問題ないと知れたことが、安心と自信につながったのだろう。
 保輔の突然のショック療法は効果があったらしい。

(俺たちが智颯に対して過保護にし過ぎたんだろうか)

 気吹戸主神も含めて過保護過ぎたのかもしれない。
 何より、常に智颯の味方である気吹戸主神が保輔に乗ったのだから、悪いやり方ではなかったのだ。
 保輔は智颯が幼い頃に集落で起こした、瑞悠を殺しかけた事件を知らない。それがかえって思い切りの良さに繋がったのだろう。
 知っていたら、こういうやり方はしなかっただろうと思う。
 そう考えるとやっぱり良かったなと、直桜は思った。
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