仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第6話 日記帳と万年筆

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 栃木県の天狗の山の件は黛が清人へ連絡を入れてくれた。
 その間、直桜は部屋の中を眺めていた。
 本棚に並んでいる本はどれも装丁や規格が同じで、きっちりと隙間なく並べられている。これもマヤの霊能なのかと感心した。

「旅行どころか出張になりましたね」

 そういった護の顔が笑んでいたが、やはり引き攣って見えた。
 マヤが告げた事実も予言も衝撃的すぎて、すぐには受け入れられない。

「なぁ、マヤさんの本て、どうなってんの? 普通の本なん? それとも霊現化してんの? 見てもいい?」

 マヤが保輔に一冊、本を手渡した。
 それをまじまじと眺める。
 いつも通りでいるのは、恐らく保輔だけだ。強メンタルだなと思う。

「うわぁ、本当に霊気とか妖力とか魂とか入っとんのやね。これって、本と本が繋がって命脈が繋がったりもすんの?」

 頷いて、マヤが保輔に問い掛けた。

「どうしてそんなに、興味があるの?」
「俺、本が好きなんよ。だから俺も本を媒介にして力、使ってみよかなと思ってな。直霊術とか広範囲に展開すんのに、本開いて花火みたいのポーンて上げて弾けさしたら、おもんない? 大勢に効果出るし」

 実際に本を開いてジェスチャーする保輔に、マヤが不敵に笑った。

「それだと、同じ空間にいる敵にも効果が出るわね」
「そこはちゃんと調節するよぉ。陽人さんの霊銃かて似たような感じやもん。俺は武器ってガラでもないから、自分が好きなもんの方がイメージ湧くのや」

 保輔の手元の本を覗き込む。
 たくさんの様々な気配が詰まっていて、息が詰まるなと思った。

「保輔って、何で本が好きなの? 読むのも書くのも好きって言ってたよね?」
「直桜、それを話していたのは重田さんですよ」
「あ、そうだった。ごめん……」
 
 護が直桜にこっそり耳打ちする。
 恐らく内緒にしていたであろう保輔の隠れた趣味を大勢の前で暴露したのは、そういえば優士だった。
 保輔が俯いて、耳が真っ赤になっていた。

「別に、ええけど。今は書いてへんよ。書いても日記くらいや」
「日記かぁ、マメなんだね」

 ぼそぼそと話す保輔が居た堪れない。
 聞いてはいけないことを聞いてしまった焦りから、直桜の方が変なテンションになってしまった。

「まぁ、日記は……」

 保輔が照れた顔で頬を掻いた。

「誕生日に英里が日記帳と万年筆、くれたことあって。嬉しかったから、それからの癖や。貰った日記帳は使い切ってもうたし、万年筆も先が割れて使えんようになってもうたけど」
「……そっか」

 保輔の中で英里の思い出は特別で大切なのだと、改めて思った。
 マヤが一冊の本を保輔に差し出した。

「まだ何も書かれていない本よ。私の霊能は、特殊な本に力や魂を宿して閉じ込めるの。この本が貴方にとって使い勝手がいいかわからないけど、あげるわ。自分が良いと思う使い方をしなさい」
「貰ってええの? 貴重やないん?」

 マヤが口端を上げて笑った。

「大事な思い出の話を聞いたお礼よ。今の話も、命脈の節目になるわ」

 保輔の頭から赤い霊気の玉が浮き上がった。
 マヤが最初に持っていた、直桜たちの神力を収めた本に吸い込まれていく。

「へぇ、こういう話でもええねんな。英里と俺の思い出を記録してもらえたみたいで、なんか、ええな」

 そう言って笑った保輔の顔は本当に嬉しそうだった。
 
「英里って人の命脈も集めたいの。話しからも集められるから、色々聞きたいわ。これが今回の件と繋がるかは、わからないけれど」

 保輔の顔から笑みが消えた。

「きっと、理研の方面になるのやろな」
「それもあるし、それだけではないわ。もっと複雑で色んな人やモノを飲み込んだ命脈よ」

 保輔の顔が沈む。
 さすがの保輔でも英里の話は堪えるのだなと思った。

「今回の件が解決したら、ゆっくり探そうよ。英里さんが生きた証。英里さんの命脈は保輔や重田さんに繋がってるんだからさ」
「生きた証、か。せやね。重田さんとも、もっとゆっくり話してみたいな」

 保輔のはにかむような笑顔に安堵した。
 マヤの保輔を見詰める瞳は、心なしか優しい気がした。

「命脈を見付けたら、また会いに来て。行く前に、才出しを試してあげるといいわよ」

 マヤに指摘されて、保輔が思い出したような顔をした。

「せやった。俺には目だけやのぅて、もう一個あったのや。けど……」

 保輔が、そっと円と智颯に目を向ける。
 かなりへこんでいた二人だったが、二人なりに努力の糸口を見つけようと話し合っているようだ。

「智颯君に口吸いしたら円に殺される。円に口吸いしたら智颯君に嫌われる。どうしたらええのやろ」

 助けを求めるように保輔が直桜を振り返る。
 直桜も護も苦笑いするしかなかった。

「やらなければ本当に惟神の彼がバディを殺す未来が訪れるわよ。キスの一つや二つで命が拾えるなら安いと思うわ」
「俺が嫌われる程度で済むなら安いわな」

 マヤの言葉に続けて、保輔がさっくりと腹を括った。
 本当に、自分を犠牲にして仲間を救う決意をするのが早い。

「俺がちゃんと二人に説明して、わかってもらうから。保輔が悪者にならなくっていいよ。今後は、そういう腹の括り方しないようにね」

 直桜は呆れ半分で保輔の肩を叩いた。

「私からも話してみます。なかなか割り切れるモノではないですが、場合が場合ですから。邪な気持ちでするわけではないですしね」

 直桜が保輔に口吸いの才出しを試された時は、護は自分から保輔にキスして「帳消し」にしていた。
 何となくだが、相手が保輔だからこそ護が過度に嫉妬したような気もする。その傾向は、円と智颯にも少なからず感じる。

(保輔ってカリスマ性があるというか、他人を惹きつける子なんだよね。今だって、マヤさんと一番、打ち解けてるの、保輔だし)

 保輔は貰った本を開きながら、マヤに色々と質問を投げていた。
 初めて会った相手ともすぐに打ち解けるのは性格もあるだろうが、生きてきた環境も大きいのだろう。
 生きることに貪欲で前向きな姿勢と思考の柔軟さが、能力の開花や伸びにも繋がっている。

(逆に言えば、智颯と円くんに足りないのが、ソレなんだろうな)

 内側に籠って自分で自分を閉じてしまうタイプの二人だ。才能も伸びしろもあるのに、自信がなさすぎる。
 
「自分で自分を認めるのって、確かに大変なんだけどね」

 自分を客観視して受け入れる大変さは、直桜も実感するところだ。

「あの二人の成長がなければ、未来は閉じる。貴方たちの努力の方向は、自分ではなくあの子たちよ」

 マヤの目が直桜と護に向いていた。
 直桜と護は顔を合わせて同時に息を吐いた。

「瀬田様、化野様、藤埜室長より、用件が済んだら事務所に戻るようにとの伝言でございます」

 電話連絡を終えたらしい黛が直桜たちに向かい会釈した。

「私の用件は済んだわよ。今日の所は、これ以上、話せる事象はないわ」

 マヤが開いていた本を閉じた。
 まるで物語が終わったような印象を受けた。
 直桜と護の顔を眺めていたマヤが手を上げた。

「悩んだら、いつでも来なさい。書庫の本は閲覧自由よ」

 マヤが指を鳴らすと、本棚の本が所々光った。
 きっと今回の件に必要な命脈が詰まった本なのだろうと思った。
 
「うん、また色々と相談しに来るよ、ありがと」

 マヤが直桜を見詰めて不敵に笑んだ。

「私、貴方が好きよ、瀬田直桜。命の色が綺麗だわ。灯が潰えたら、その色、私に頂戴ね」

 マヤなりの褒め言葉なのだろうか。
 素直に喜べないし返事に戸惑うなと思った。
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