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第Ⅳ章

第1話 年末年始の予定

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 穢れた神力の事件から三日後。
 直桜は朝から事務所で護とコーヒーを片手に、まったりとしていた。
 今日は清人に事務所で待機、と伝えられている。

 事件当日のうちに目を覚ました護は、念のために全身状態をチェックしたが異常はなく、すぐに帰って来られた。
 経過観察のため二日間の療養と言われていたが、一人でいる方が落ち着かないのか、次の日にはいつも通りに事務所に顔を出した。

 何も言わないが、翡翠のことは覚えているのだろう。元気がないのは見ていればわかる。直桜は、どう声を掛けるべきか悩みながら、何も言えないでいた。

「最近、休日返上で仕事していたから、代休を取れって清人に言われたんだけどさ。俺、二週間も寝てたのに、いいのかな」

 護は仕事していただろうが、直桜は恐らく療養休暇にでもなっているはずだ。

「寝ていたんじゃなくて、毒に犯されていたわけですから。相手の呪術と戦っていた状態なので、出勤扱いですよ。単純な療養とは訳が違いますから」
「そっか、そういうもんなんだね」

 13課ならではの発想というか規定なんだろうと思った。
 一般企業なら間違いなく療養休暇扱いだろう。

「ずっと大きな事件続きで皆、休みなんて無かったですからね。この際だから褒章休暇にして慰安旅行でもしようかなんて話を、ちょっと前にしていましたよ」
「何時の間にそんな話に……」

 きっと直桜が寝ている間の話なんだろう。
 よく思い返せば、紗月の保護をした九月下旬頃から、この十二月の上旬まで、怒涛のように時が過ぎたなと感じる。

「この後は訓練で缶詰になるから、その前に休んどけって言われた。三日くらいなら取って良いって言ってたよ」
「訓練の話は聞きました。きっと今の我々には必要ですね。自衛の大事さは、身を持って知りましたから」

 護が小さく俯く。
 その目に今映っているのは、手に持ったコーヒーカップでも直桜の顔でもないのだろうと思った。

「折角、纏まった休みが取れるなら、旅行にでも行きましょうか? あ、でも狙われているなら危険ですかね。大人しく家に居た方がいいでしょうか」

 控えめな笑顔で護が顔を上げた。
 護の方からこんな提案をしてくるのは珍しい。
 そういえば、護と旅行なんてしたことがない。

「うん、護と旅行、行きたい。清人に相談してみようよ。近場なら許可が下りるかもしれないよ」

 少しでも護が元気になってくれるなら、旅行も良いと思った。
 安堵した顔で護が頷いた。

「近場で行けそうなところ、探してみますね。そういえば、直桜は年末年始、集落に帰りますよね?」
「護は帰らないの?」

 聞いてから、しまったと思った。
 今はあまり地元ネタを話すべきではないだろう。

「正月休暇は毎年、残ってオンコール対応をしているので、今年も残ろうと思っています。直桜は帰って、ゆっくり休んできてください。休暇対応はバディ関係ないので、問題ないですよ」

 今年は翡翠のこともあるし尚更だろうが。毎年、ということは、あまり地元に良い思い出はないのだろうか。
 護の実家の話は、聞いたことがない。直桜も話していなかったし、意識したことがなかった。

「やっぱり、あんまり、帰りたくない?」

 勇気を出して、聞いてみた。
 今聞かなかったら、聞く機会を逃しそうな気がした。
 護が眉を下げて笑った。

「今年に限ったことではないですよ。家族と特別不仲という訳でもないんですが、あの場所には昔の思い出があり過ぎて、今更帰る気がしないんです。両親も理解してくれていますし、甘えている感じですかね」

 やっぱり護は翡翠について明言を避けた。
 きっと、聞かないほうが良いんだろう。護が話してくれるまで、直桜から聞くのはやめようと思った。
 小倉山にいた頃の護は、今とは別人レベルなヤンチャをしていたと話していた。暴れ回っていた護を押さえに来た忍に13課にスカウトされたのだと。
 鬼の護が13課が動くレベルで暴れたのだから、相当な騒動だったのだろう。

(翡翠の件を抜きにしても、地元じゃ有名人なのかもしれないな。帰ったら逆に色々大変なのかも)

「じゃぁ、俺も残ろっかな」
「え? 大丈夫なんですか?」

 直桜の言葉に、護が大袈裟なくらい驚いて顔を顰めた。

「最高神はお正月とか奉られたりしないんですか?」
「それが嫌だから帰りたくないんだよ」
「あぁ、なるほど……」

 佐久奈度神社の氏子総代である瀬田家は年末から正月三箇日にかけて神社への奉仕だ。こと直桜に至っては生神様として着飾った状態で神楽を舞い、置物のように座っていなければならない。

「13課の仕事って言えば、残らせてもらえるんじゃないかなって。陽人が良いって言ってくれたら何の問題もないんだけどなぁ」

 桜谷集落のリーダーである桜谷家の当主、更には警察庁副長官が仕事を優先しろと命じてくれたら、異を唱える者などいないのだが。

「代休全部返上でいいから、年末年始、13課こっちに居たい」
「そんなに嫌なんですね」

 護が苦笑いする。
 その顔を、ちらりと眺める。

「護が残るなら、二人で年末年始過ごせるから。一緒に年越ししたいし、お正月も一緒に過ごしたいと思って」

 護の顔が明らかに照れた。

「そんな風に言われたら、私も代休全部返上でいいから直桜を残してほしいって、桜谷さんに上申したくなります」
「じゃ、二人で年末年始のオンコールしよ。ウチのマンション、事務所と繋がってるんだし、ちょうどいいよね。まずは清人に相談しよう」
「ご実家は本当に大丈夫なんですか?」

 護が心配そうに直桜に問う。

「前にも話したけど俺、両親居なくて、瀬田家は今、父親の弟夫婦が本家筋になってるから、俺が帰ると気を遣わせるしね。集落は13課の都合に甘いから、問題ないと思うよ」
「そうですか……」

 護が眉を下げてしょんぼりしている。
 直桜の実家や集落の話は、なかなか聞きずらい話なのかもしれない。

「年末はさ、集落の話、聞いてよ。今まであんまり話したことなかったし、楽しい話じゃないけど、護には聞いてほしい」

 護が、微笑んで頷いた。

「直桜さえ良ければ、聞かせてください」
「護が、嫌じゃなかったら、護の話も聞かせて。そんな気になったらでいいからさ。無理はしなくていいから。全然すぐじゃなくていいし」

 思わず前のめりになって、護に迫ってしまった。
 直桜は慌てて体を離した。

「いや、ごめん。なんかさ、ずっと護が元気ないから、なんか元気になるような方法ないかなって考えてて。うまくいかないや、ごめん」

 向き直って、コーヒーを含む。
 護の腕が直桜の腰に回って、頬に唇が触れた。

「ありがとうございます、直桜。直桜が傍にいてくれるだけで、私は嬉しいですよ」

 護の唇が頬や耳に雨のように降り注ぐ。
 じれったくて、自分から護の唇を食んだ。
 笑みを灯した護が直桜の唇を食み返した。

「やっぱり直桜に触れるのが一番、元気が出ます」

 護が直桜の体をそっと抱いた。

「翡翠のことは、思い出したばかりでまだ気持ちの整理がつかないんです。だから、話すのはもう少し待ってください」

 耳元で囁く声が切なくて、泣きそうになった。

「焦らせたいわけじゃない。無理に元気になってほしいわけでもないんだ。ただ、俺でも何か、護を癒せる方法ないかなって、思ってただけで」

 体を離した護が直桜の顔をすいと持ち挙げる。
 さっきより深く唇が重なった。

「なら、もっと直桜を味わわせて。直桜のキスが一番、元気になります」

 離れた唇がまた重なって、何度も食まれる。
 舌が触れて、唇が濡れる。
 護が触れる度に甘い痺れが走る。

「ん、これじゃ、俺の方が……、元気、貰ってる……っん」

 唇が触れて離れる合間に言葉を発する。
 舌を吸われて絡められると、声も出ない。もっと護が欲しくなる。顔や腰に回った護の手が直桜に触れているだけで、嬉しい。
 護が同じように感じて、癒されてくれるといいと思った。
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