仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅲ章

第75話 天磐舟

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 護を広間のソファに寝かせて、直桜はその前に広がるディスプレイを見詰めていた。護の手を握ったまま、見入る。
 清人たちは既に何度も、直桜から護の意識の中に至る経緯を確認していた。

「初めから護が狙いか。随分と大掛かりなやり方をしてくれたもんだな」

 清人の独り言ちた言葉には焦りが浮いて見えた。

「直日神の惟神である瀬田君をここまで弱らせるのも凄いことだけど、その瀬田君を堕とさないと堕とせないって思われてる化野君も並じゃないよねぇ」

 半笑いの開の言葉はどこか引き気味だ。
 
「並の術者や半端な反社じゃ、まず護は堕とせねぇからな。相手が反魂儀呪じゃなきゃ、こうはいかなかったろうぜ」

 清人の声には口惜しさが滲んで聞こえた。

「当座の疑問は、直日神に毒が残っている状態に気付けなかった理由、解毒をしても一護が直桜の意識の中に残ってた理由だな」

 立っている清人がシートに座る円を見下ろす。
 
「それに、ついては、合わせて、説明できます、よ」

 円がディスプレイに映像を表示した。

「一護の、穢れた神力が、直日神に蓄積、した、毒を、隠した。解毒を、阻害していたのも、一護の、神力の、せいです。流離の毒に、最初から、仕込んで、いたんだと、思います」
「さっき、急ぎで解析した感じだと、あの神力はほとんどが瘴気が濃い妖力だ。けど微量に含まれる神力は、確かに神の力だった。だから解毒では消えなかったのかもしれないね」

 円に続いた開の説明に、枉津日神が再度、顕現した。

「触れてみたがの、アレはちと面倒そうじゃぞ、直日よ」

 眠る護の髪を撫でていた直日神が顔を上げた。

「どうにも饒速日の匂いがする。最近、どこぞで会うたか?」

 枉津日神の問いに、直日神が首を振った。

「いいや、会わぬな。出雲でも顔を合わさぬ。良くない噂なら聞いたぞ。御魂を無理に召喚され、幽閉されておると」
「幽閉とな? よもや饒速日命ほどの神がですかな? 俄かに信じ難いですな」

 驚いたのか、気吹戸主神が顕現した。
 直桜も同じように驚いたから気持ちは解らなくもない。

「皆、気吹戸のように言って隠居でもしたのだろうと笑うておったが。笑い事では済まぬやもしれぬな」

 もし本当に幽閉されて神力を好きなように使われているのだとしたら、大事だ。

「ヒントは沢山渡したと、一護……、翡翠も話していたな。穢れた神力も、その一つなのかもしれないな」

 閉が一護を翡翠と言い直したのは、護への気遣いだろう。
 護が翡翠と呼んだ人魚とは、明らかに知己の会話だった。

「饒速日、そうか。饒速日の遺志を継ぐ者だ。穢れた神力に世界を壊す力ってスローガン」

 開がぽん、と手を打った。
 穢れた神力や世界を壊す力という文言は、目を覚ました直桜が口走っていたらしい。開は、ずっとそれを気に掛けていたようだ。

「もしかして、これ、ですか?」

 検索を掛けた円がディスプレイに表示したのは古い新聞記事だ。
 保輔の解析の時の伊吹山討伐の記事と同じで、一般には出回らない新聞のようだった。
 
「これ、三十年以上前に潰れた反社だよな。まだ反魂儀呪が浮上してくる前に第一線で暴れてた巨大反社だろ」

 清人が画面を見ながら思い出したように話す。
 開が何度も頷いた。

「そうそう、天磐舟って反社だよ。呪禁師協連のお偉い様が関わってたとかで、当時は協連内でも結構な話題になったらしいし、今でも暗黙の了解で禁句なんだ」

 清人が、ぐっと息を飲んだ。
 同じ顔をしている円と目を合わせている。

「繋がり、ましたね」

 円の一言に清人が重い溜息を吐いた。

「でも、潰れたんですよね、その反社。再結成している可能性があるってことですか?」

 智颯の疑問に、閉が険しい顔をした。

「可能性は高いだろうな。当時の関係者と思われる人間は重鎮に上がって呪禁師協連に残っているし、今なら反魂儀呪や集魂会の陰に隠れて水面下で再結成できる」

 閉の説明には説得力がある。

「そんな奴らが饒速日を使って穢れた神力を行使していたら、凄く厄介だ。きっと槐も厄介だと考えるよね」

 直桜の言葉に清人が振り返った。

「わざわざそれを伝えるために、お前に流離の毒を盛って一護に護を襲わせたって言いてぇのか?」
「解毒できなければ、俺や護が反魂儀呪に下るし、巧く解毒すればヒントに気が付く。反社なら13課は放置できない。槐にとってはどっちに転んでも得しかないよ」

 清人が納得の顔で頷く。
 八張槐とはそういう人間だ。それは直桜だけでなく清人もよく理解している。

「反魂儀呪のリーダーって本当にヤバい奴だね。怖いを通り越して感心するよ」

 開の言葉には直桜も同意しかない。

「直桜様と化野さんを狙っているのは、再結成した天磐舟の可能性が高いってことですね」

 納得したように智颯が呟く。
 直桜の意識の中で、一護は確かに直桜と護を狙う集団がいると話していた。

「問題は狙われている理由だが、護の方は何となく理解できるな。神殺しの鬼の本能が目覚めれば、神様は狩り放題だ」

 清人の殺伐とした言葉に、気吹戸主神がそっと智颯の背中に隠れた。

「俺の方がもっとわかり易いんじゃない? 単純に直日の神力を利用したいんだろうと思うよ。つまりそれだけ、饒速日が弱ってるんじゃないかとも思う」
「だから、妖怪の瘴気を混ぜて力を強めているんでしょうか?」

 直桜の言葉を受けた智颯の疑問に、開が首を傾げた。

「それだけではないかもしれないねぇ。彼らは『穢れた神力』をスローガンに掲げてる。そもそもの活動指針が『神の国に鉄槌を』って感じだからね。わざと神力を汚して使っているんじゃないかな」
「そんなことのために、神を幽閉して妖怪を殺してるかもしれないんだね」

 直桜の言葉に反応するように、握った護の手がピクリと震えた。

「翡翠……」

 小さく零れた呟きと一緒に、護の閉じた目から涙が流れた。

「記憶を整理しておるのだろうな。護は優しい故、自分を許せぬのだろう」

 直日神が泣きそうに笑む。
 それが直桜には痛かった。

「一緒に連れてきちまえば良かったな」

 清人が、ぽつりと言った。

「清人、翡翠を知ってるの?」
「あぁ、忘れてたよ。きっと護も忘れてたはずだ。けど、思い出しちまったな」

 ディスプレイを向いている清人の顔は、直桜からは見えない。しかし、言葉には後悔が強く表れていた。

「護を13課にスカウトするきっかけになった事件で、一緒にいた半妖だ。護が心残りなく13課に行けるように翡翠が俺たちの記憶を消したんだ。ガキの頃からの友達だったみてぇだぜ」

 友達、という言葉が、直桜の胸に強く響いた。
 忘れたままでいられたら、きっとその方が良かったんだろう。きっと次に会っても敵同士だ。

(だから護は、助けに行くって言ったんだ。ぼんやりして見えたけど、ちゃんとわかってたんだ)

 直桜は護の手を強く握った。

「一緒に助けに行こう。一護じゃなくて、翡翠の姿で生きられる場所に、連れて帰って来よう」

 自分の意識の中にいた一護は保輔の説明通りの気味が悪くて怖い相手だった。護の中で一護だった時も、同じだ。 
 けれど、最後に見た翡翠の姿は、決して悪い妖怪ではなかった。
 護が守りたい仲間を共に守れるように、その為に自分の力を使いたいと、直桜は強く思った。

「翡翠も自衛しろって言ってたし、あの槐が無駄な情報を流してくるはずもねぇか。相変わらずやり方がエグくて気に入らねぇが」

 清人が頭を掻きむしる。苛々しているんだなと思った。
 一護については、槐に対して色々と思うところがあるのだろう。護と同じ格好をさせて飼い慣らしているのも、護の知己と恐らくは知っていて堕としに行かせたことも。直桜としても理解できないレベルで腹立たしい。

「天磐舟の線で探り入れるぞ。その前に、直桜と護は自衛のための訓練だ。年内中は缶詰になるから、そのつもりでいろよ」
「え? それもう決まってるの? 早くない?」

 本当の意味で直桜の解毒が終わったのは今日だ。護に関してはハプニングに等しい。

「お前が毒で倒れた時点で陽人さんから通達があったよ。その為に保輔が二週間も強化術の訓練に入りっぱなしだ。アイツの努力を無駄にしてやるなよ」

 清人が振り向いて、ニヤリとした。
 その笑みに寒気がした。

「毒対策のつもりだったが、精神操作対策も必要だな。プログラムの変更を忍さんに打診しとく。訓練の日程は後日だな。それまでちょっと休んどけ」
「え? 休んで良いの?」

 さっきと同じリアクションをしてしまった。

「お前と護、ずっと真面に休んでねぇだろ。代休取らせろって重田さんに言われてんだよ。訓練とか休ませろとか、どっちかにしてほしいよな、全く」

 清人の愚痴には全員が苦笑いだった。
 言われてみれば紗月を保護した九月下旬くらいから、休日返上で仕事している気がしなくもない。
 どこからどこまでが仕事なのかもよくわかっていないが。

「直桜と護の訓練が終了したら次は智颯と円だから、そのつもりでいろよ」
「え? 僕らもですか?」

 突然矛先が向いて、智颯が肩を揺らす勢いで驚いている。
 反対側で円が固まっていた。

「当然だろうが。惟神とバディは全員だ。理由を考えたら、狙われるのは直桜と護だけとは限らねぇだろ。流離の毒は惟神特化だ。やらねぇ理由がねぇよ」

 怯える智颯の頭を清人が、わしゃわしゃと掻き回す。

「特にお前は直桜の次に狙われる可能性が高いんだ。自覚しとけ」
「なんでですか? 律姉様や瑞悠だって条件は同じですよね。藤埜室長だって惟神じゃないですか」

 泣きそうになる智颯の乱れた髪を、枉津日神が綺麗に梳いてやっている。

「清人の神力は元から穢れておる故、毒の効果は薄かろう。精神操作の訓練はする必要があるが、智颯よりはオッサン故、躱す術を心得ておるのよ」

 枉津日神が大変、俗っぽい説明をした。
 清人が微妙な顔で枉津日神を眺めている。

「これも清人の優しさじゃ、甘んじて受けとれ。智颯は直桜と清人に次いで神力が多く力も強い。清人は案じておるのよ。智颯もそろそろ強い自分を自覚せよ」

 枉津日神が綺麗に梳き直した智颯の髪を撫でる。
 智颯が感動したような照れたような顔で枉津日神に抱き付いた。しっかり抱きとめて頭を撫でてやっていた。
 そんな智颯の姿を見て、可愛いなと思った。

「あとな、休みを取る前に、一個だけ頼みてぇ仕事があるから。護が復帰してから、詳細は追って伝える」
「うん、わかった」

 清人の目に心なしか不安が浮いて見えた気がした。
 いつになく真剣な眼差しも気になりながら、直桜は頷いた。
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