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第Ⅲ章
第74話 人魚の翡翠
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気が付いたら周囲が真っ白で、金色の雨が降っていた。
体がふわふわすると思ったら、浮いていた。
(あれ……、何を、していたんだっけ。ここは、どこ、だったか……)
目の前に知らない妖怪が立っていた。
魚のような鱗を持った人の形をした生き物だ。
「……翡翠?」
知らないはずの名前が口を突いて出た。
「あらら、本然が出てしまいましたか。やはり直日神の神力には敵いませんね」
翡翠が護に近寄った。
腕を引き寄せて、顔を両手で掴まれた。
「今の名前は忘れなさい。お前が知っているはずのない名前です。神を愛し、その屍を喰らった鬼は最早、妖怪の側の生き物ではない。前にも話しましたよ。忘れているでしょうけどね」
護は翡翠に腕を伸ばした。
首に抱き付くと、懐かしい川の匂いがした。
「助けに、行くよ。今度は俺から、会いにいく、から」
翡翠が息を吐く気配がした。
「助けてもらわねばならぬような暮らしはしていませんよ。毎日、それなりに楽しいですから。次に会う時は、どうせまた反魂儀呪の一護ですよ」
翡翠が何か話している。
上手く聞き取れない。
「また、昔みたいに、釣りをしよう。桂川で、河童たちと、一緒に泳ごう。きっと、楽しい」
翡翠が体を離して護の顔を見詰めた。
「お前はもう神の眷族です。私が愛した鬼ではない。ヒントは沢山、渡しましたよ。自衛なさい。お前がお前を守らなければ、死ぬのはお前の仲間です」
翡翠は、きっととても大切な言葉を伝えてくれている。
ぼんやりした頭でも、それが嬉しかった。
「俺は、翡翠が好きだよ」
護の顔を掴んだ翡翠の手がビクリと震える。
掴んだ顔をぐりぐりと押された。
「痛いよ、やめてよ」
「もう二度と、私に向かって、そのような言葉を吐かないように。ほら、迎えが来ていますよ。さっさと帰りなさい」
翡翠が上を見上げた。つられて同じ方を向く。
見知った腕が、護に向かって伸びている。
「隙があればまた、お前を狙います。私のコレクションになっても、文句は言わないでくださいね。お前の力不足だと思いなさい」
翡翠の唇が護の唇に重なる。
流れ込んで来た妖力は、神力と同じくらい温かくて、懐かしい匂いがした。
翡翠が手を離すと、護の体が浮き上がった。
「翡翠、絶対にまた、会おうね」
浮いていく護を翡翠が見上げた。
「然様なら、直日神の惟神の眷族、鬼神の化野護。次はまた、一護の姿で会いましょう」
翡翠の姿が霞んで消えていく。
それがとても悲しくて切なくて、胸が苦しい。
迎えの腕が護を掴む。大好きな手の温もりが、護の中の寂しさを消していった。
慣れた手に引き寄せられながら、護の意識も霞んでいった。
〇●〇●〇
目が覚めた時、最初に視界に入ったのは直日神の顔だった。
次いで見えた直桜の顔に、何となく安堵した。
「ここは、どこ、でしたっけ?」
自分が今まで何をしていたのか、いまいちよく思い出せない。
「護! 俺がわかる? どこか痛かったり気持ち悪かったりしない?」
直桜が必死に護に声を掛けている。
「特に何も、ないです。直桜は、大丈夫ですか?」
大きなベッドが目に入って、ここが呪物室だと思い出した。
直桜の中に残った穢れた神力を浄化するために、解析しながら直桜の中に潜ったはずだ。
「俺は、もう大丈夫だよ。それより、護の方が大変だったんだよ。覚えてないの?」
「俺が? 大変? どうして?」
頭がぼんやりして、何も思い出せない。
直日神が大きな手を護の額にあてた。
「まだ混乱しておるのだろう。休めば戻ろうて」
額にあたる手が温かくて、眠気が襲う。
ウトウトする護を眺めて、直桜と直日神が顔を合わせている。
「傍にいるから、眠っていいよ、護。起きたら、色々話をしよう」
「いえ、大丈夫、です。今は、眠りたく、ない……」
眠ってしまったら、知らない何処かに堕ちて行ってしまいそうで怖かった。
彷徨う手を直桜が握った。
「ずっと手を握ってるから、離さないから、安心して寝ていいよ」
直桜がそっと口付けをくれる。
甘くて柔らかくて、ほっとした。
「じゃぁ、少しだけ。直桜、起きるまで、傍にいて」
直桜の手を握ったまま、護は眠りに落ちた。
強く手を握り返してくれる手が嬉しかった。
体がふわふわすると思ったら、浮いていた。
(あれ……、何を、していたんだっけ。ここは、どこ、だったか……)
目の前に知らない妖怪が立っていた。
魚のような鱗を持った人の形をした生き物だ。
「……翡翠?」
知らないはずの名前が口を突いて出た。
「あらら、本然が出てしまいましたか。やはり直日神の神力には敵いませんね」
翡翠が護に近寄った。
腕を引き寄せて、顔を両手で掴まれた。
「今の名前は忘れなさい。お前が知っているはずのない名前です。神を愛し、その屍を喰らった鬼は最早、妖怪の側の生き物ではない。前にも話しましたよ。忘れているでしょうけどね」
護は翡翠に腕を伸ばした。
首に抱き付くと、懐かしい川の匂いがした。
「助けに、行くよ。今度は俺から、会いにいく、から」
翡翠が息を吐く気配がした。
「助けてもらわねばならぬような暮らしはしていませんよ。毎日、それなりに楽しいですから。次に会う時は、どうせまた反魂儀呪の一護ですよ」
翡翠が何か話している。
上手く聞き取れない。
「また、昔みたいに、釣りをしよう。桂川で、河童たちと、一緒に泳ごう。きっと、楽しい」
翡翠が体を離して護の顔を見詰めた。
「お前はもう神の眷族です。私が愛した鬼ではない。ヒントは沢山、渡しましたよ。自衛なさい。お前がお前を守らなければ、死ぬのはお前の仲間です」
翡翠は、きっととても大切な言葉を伝えてくれている。
ぼんやりした頭でも、それが嬉しかった。
「俺は、翡翠が好きだよ」
護の顔を掴んだ翡翠の手がビクリと震える。
掴んだ顔をぐりぐりと押された。
「痛いよ、やめてよ」
「もう二度と、私に向かって、そのような言葉を吐かないように。ほら、迎えが来ていますよ。さっさと帰りなさい」
翡翠が上を見上げた。つられて同じ方を向く。
見知った腕が、護に向かって伸びている。
「隙があればまた、お前を狙います。私のコレクションになっても、文句は言わないでくださいね。お前の力不足だと思いなさい」
翡翠の唇が護の唇に重なる。
流れ込んで来た妖力は、神力と同じくらい温かくて、懐かしい匂いがした。
翡翠が手を離すと、護の体が浮き上がった。
「翡翠、絶対にまた、会おうね」
浮いていく護を翡翠が見上げた。
「然様なら、直日神の惟神の眷族、鬼神の化野護。次はまた、一護の姿で会いましょう」
翡翠の姿が霞んで消えていく。
それがとても悲しくて切なくて、胸が苦しい。
迎えの腕が護を掴む。大好きな手の温もりが、護の中の寂しさを消していった。
慣れた手に引き寄せられながら、護の意識も霞んでいった。
〇●〇●〇
目が覚めた時、最初に視界に入ったのは直日神の顔だった。
次いで見えた直桜の顔に、何となく安堵した。
「ここは、どこ、でしたっけ?」
自分が今まで何をしていたのか、いまいちよく思い出せない。
「護! 俺がわかる? どこか痛かったり気持ち悪かったりしない?」
直桜が必死に護に声を掛けている。
「特に何も、ないです。直桜は、大丈夫ですか?」
大きなベッドが目に入って、ここが呪物室だと思い出した。
直桜の中に残った穢れた神力を浄化するために、解析しながら直桜の中に潜ったはずだ。
「俺は、もう大丈夫だよ。それより、護の方が大変だったんだよ。覚えてないの?」
「俺が? 大変? どうして?」
頭がぼんやりして、何も思い出せない。
直日神が大きな手を護の額にあてた。
「まだ混乱しておるのだろう。休めば戻ろうて」
額にあたる手が温かくて、眠気が襲う。
ウトウトする護を眺めて、直桜と直日神が顔を合わせている。
「傍にいるから、眠っていいよ、護。起きたら、色々話をしよう」
「いえ、大丈夫、です。今は、眠りたく、ない……」
眠ってしまったら、知らない何処かに堕ちて行ってしまいそうで怖かった。
彷徨う手を直桜が握った。
「ずっと手を握ってるから、離さないから、安心して寝ていいよ」
直桜がそっと口付けをくれる。
甘くて柔らかくて、ほっとした。
「じゃぁ、少しだけ。直桜、起きるまで、傍にいて」
直桜の手を握ったまま、護は眠りに落ちた。
強く手を握り返してくれる手が嬉しかった。
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