仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅲ章

第71話 意識の最奥に潜む闇②

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「お前が一護か? 直日神を毒で弱らせて直桜から神力を奪い、意識を乗っ取ったのか? 直桜を連れ去るために」

 護は目の前の男を睨み据えた。
 自分と同じ姿をした男が、護を眺めてニタリと笑んだ。

「直桜は只の手段です。私が欲しいのは貴方です、化野護」
「俺……?」

 混乱する護を、男が満足そうに眺める。

「反魂儀呪護衛団九十九が筆頭、一護。槐様にこの名と体を与えられた、穢れた神力を持つ特別な人間。今はそんな風に自己紹介しておきましょうか」

 どうしようもない嫌悪が護心に湧き上がった。
 見た目も名前も、どう考えても自分を意識した仕様だ。それを与えたのが槐である事実が、護の心を抉った。

「直桜を取り込めば護は容易に手に入る。大人しく私のコレクションに加わってください。従ってくれたら、直桜を返してあげてもいいですよ」

 護は怪訝な眼差しを一護に向けた。

「どういうことだ? これだけ直桜を痛めつけて弱らせておいて、この期に及んで直桜じゃなくて、俺が欲しいって……? 意味が解らない」

 流離の毒を使って直桜と直日神を弱らせて、精神操作までして直桜を手中に収めておきながら、護が手に入れば直桜を返しても良いと話す一護の真意が全く理解できない。

「槐様が何度も伝えているでしょう。直桜には自分の意志で反魂儀呪に来てもらわねば意味がない。護が先に反魂儀呪に来てくれていれば、直桜も選択しやすいでしょう」

 確かに槐は何度も直桜に「自分から来る」と暗示のように伝えてきている。直桜に精神操作をするなら直日神を抑え込むしかないが、神力が使えなくなる。そんな直桜を槐が望まないのは、理解できる。

「たったそれだけのために、俺を欲しがるのか? そんなことのために、こんなに直桜を傷付けたのか?」

 怒りが静かに湧き上がってくる。
 目の前の自分を殺してしまいそうな殺意が湧く。
 護の表情を見て取った一護が、困ったように笑った。

「やはり自分の価値に気が付いていないんですね。護の隠れた価値は13課では役に立たない。反魂儀呪でこそ活きる力ですよ」
「隠れた価値? 鬼の力のことか?」

 穢れを取り込み血魔術に転換する能力も剛力も、13課でも十分役に立つ。
 一護が心底楽しそうに笑った。

「護も伊吹保輔も鬼、妖怪なんですよ。清浄な神よりずっと強い穢れた妖力、神をも堕とす力、あぁ、堪らない。私のコレクションになりなさい、化野護。お前には瀬田直桜以上の価値がある」

 興奮した一護の言葉はまるで独り言のようで、会話できる雰囲気ではない。寒気がするような執着だけは、感じ取れた。

「よくわからないが、その力は俺には必要ない。さっさと直桜の中から出て行ってもらう」

 血魔術を纏った右手を振り上げる。黒い炎を一護に向かい、投げつけた。
 一護が余裕の表情で炎を避けると、護を指さした。
 護に抱えられた直桜が、大きく腕を振り上げた。鋭い手刀が護の腹に突き刺さった。

「ぐっ……」

 思わず膝を付く。
 その姿を見て、一護が小さく笑った。

「直桜はもう私のお人形なんですよ。油断してはダメですよ」

 護の腹に腕を突っ込んだまま、直桜が顔を上げた。

「一護に逆らわないでよ、護。俺、護を攻撃したくない。大人しく、一護のお人形になって」

 髪を掴まれ顔を無理やり上向かされる。
 口付けて、また穢れた神力を流し込まれた。

「直桜、やめて、こんなモノは、もう……」

 直桜の体に手をあてて、血魔術を展開する。黒い炎で巻かれた腕で軽く殴れば、直桜の体は容易に吹っ飛ぶ。
 わかっているのに、力を入れられない。

(例え、この直桜が一護が作った偽物だったとしても、殴れない。もし本物だったら、もっと殴れない。直桜を傷付けることは、出来ない)

 力の加減を調節しようと考えるが、その隙にも思考はどんどん奪われる。
 殴って突き放すのが正解だとわかっているのに、出来ない。

「護は直桜を攻撃できない。たとえ自分が死んでも、護は直桜を攻撃しない。直桜を精神操作して堕とせば、護を手に入れるのは簡単。槐様の見立ては事実でしたね」

 一護の声が頭の中でやけに響く。
 意識が霞んでいく。
 体の中が穢れた神力で満たされていく。自分の思考が掻き消えていくのを感じる。
 直桜の唇が離れて、隣に立った一護が護の顔を見降ろした。

「ふふ。ちゃんと私のをあげましょうね。私を大好きになれるように、口移ししてあげますよ、護」

 一護が覆うように護に口付ける。

「ぅ、んぅっ……んんっ」

 さっきより濃い闇が流れ込んできた。
 これが本物の穢れた神力なのだと思った。護の体の奥に眠っていた何かが、こじ開けられるような恐怖を感じた。
 体が大きく震えて、思わず一護の腕にしがみ付いた。

「あぁ、可愛いですね、護。闇に呑まれて闇に目覚める鬼を飼い慣らす未来を想像したら興奮してしまいました。勿論、護の性処理もしっかりお世話してあげますからね」

 股間を撫で上げられて、腰がビクリと震える。
 苦しかった胸に快楽が広がって、もっと欲しくなる。
 一護が歪な笑みを浮かべた。

「良い顔になってきましたね、護。穢れた闇を受け入れて。護が欲すべきは穢れた神力、清浄など護には不釣り合いですよ」
「そう、です……ね。一護の、穢れが、欲しい、です」

 口が勝手に言葉を紡ぐ。
 体が勝手に一護の神力を求める。一護の指から流れ落ちる黒い闇を、口を開けて受け止めた。飲み込むごとに美味しくなって、もっと欲しくなる。
 上向いた顔のすぐ上を、連なる刃が通り過ぎた。
 蛇腹剣が一護の体を貫いて、遠くに薙ぎ倒した。

「俺の護に触るな」

 聞き間違いようもないほど、直桜の声がする。
 護の腹に手刀を突き立てていた直桜の姿は、いつの間にか消えていた。

「護、しっかりして」

 直桜が駆け寄って、崩れ落ちる護の体を支えた。口移しで流し込まれる神力は、護が知っている温かくて優しい力だった。

「直桜、戻った、んですか?」

 護を包むように抱いて、直桜が神力で全身を浄化し始めた。

「一護が護に気を取られている間に、智颯が俺を浄化して、清人が直日神を解毒してくれた。だからもう、大丈夫だよ」

 抱き締めてくれる直桜の腕が温かい。いつもの直桜の力強い神力に触れて、安心できた。

「助けに来たはずなのに、ごめんなさい。結局、直桜に助けてもらっちゃいましたね」
「護に助けてもらったよ。それにまだ、終わってない」

 直桜が立ち上がり、剣を構えた。
 目の前に、無傷の一護が立っていた。

「正気に戻ってしまいましたか。直日神が戻ったのでは、勝ち目はなさそうですね。残念ですが、撤退しましょう」

 直桜が蛇腹剣をしならせ投げつけた。
 一護の体を拘束する。

「夢という深層心理、精神世界の中では、無意味ですよ」

 ここは直桜の意識の中だ。拘束も攻撃も、ある意味では総てが有効であり、無意味だ。

「流離の毒に隠れて自分の穢れた神力を俺の中に流し込んだんだろ。俺の中に残っている穢れた神力を、お前の意識ごと浄化すれば、本体も無事では済まないよね」

 直桜の意志の中に入り込んでいる時点で護は、自分の意識をリンクさせている。意識の世界で力が勝るのは本体である直桜だ。
 だが、一護は精神操作の術式で影響を与える程度に直桜の意識を支配している。直桜の体と脳に自分の術式を刻んでいると考えて間違いない。
 直日神が回復した今なら、それら総てを浄化できる。

「ならば、さっさとそうすれば良いのでは? 何か私に聞きたいことでもあるのでしょうか?」
「これだけ回りくどいやり方をしてまで護を欲しがった理由。槐なら、もっと違うやり方ができたはずだ。護の隠れた力ってヤツに、関係あるの?」

 直桜を眺めていた一護が、小さく噴き出した。
 クックと小さく笑いながら、抑えきれずに大声で笑い始めた。
 その様が如何にも気持ち悪くて、自分の顔ながら嫌悪が湧いた。

「これだから清浄な神は役に立たない。直桜では護の本当の能力を引き出せませんよ、勿体ない。早く諦めて私に寄越しなさい」
「嫌だよ。答えになってないんだけど」

 直桜が蛇腹剣を引いた。
 稲玉から雷が伝って、一護を焼いた。
 感電しても一護は楽しそうに笑っていた。

「護は直桜に危険でも及ばない限り自分を手放さないでしょうから。手段など元よりこれしかなかったですよ。どうです? 望んだ答えになりましたか?」

 一護が詰まらなそうな声で返事した。
 直桜が剣の束を持ち挙げる。雷が流れて、一護がまた感電した。
 直桜が一護に容赦がない。自分と同じ顔をしているだけに、微妙な気持ちになる。

「本当にそう? 護の隠れた力については?」
「取られる前に欲しかった。それが一番の本音です。私は直桜に興味がありませんが、護を欲しがる他の集団は直桜も欲しがっているはずです。お気を付けください」

 一護がしゅるんと、身を捩る。
 直桜の蛇腹剣が、はらりと外れた。

「今回は楽しかったので出血大サービスでした。これ以上は教えてあげませんよ。知りたくなったら、また私と遊んでくださいませ。もしくは護をください」
「絶対に嫌だよ。逃がすとでも思うの?」

 剣を構える直桜に向かい、一護が礼をした。
 胸の前に手をあてると、護に視線を向けた。

「主に守られる不甲斐ない眷族でいたくなければ、私の所にきなさい。いつでも待っていますよ、護」

 一護の姿が溶けるように消える。
 槐や八束が使う空間術と同じだ。
 同時に、赤かった空が青く戻り、黒かった森に生気が戻った。
 直日神の神力が満ちているのに、今更気が付いた。
 一護が最後に残した言葉を、護は強く噛み締めていた。
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