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第Ⅲ章

第69話 解析と解毒と治療

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 神力を流し終えた智颯が直桜と護の手を離した。
 眠った二人を開が球体の結界に閉じ込めた。閉が護符を投げると、球体が閉じた気配がした。

「最後の言葉は、直桜だったと思っていいか。自分の状態に気が付いていなさそうだったが、感じ取ったか」
「何となくは、感じ取ったんじゃ、ないでしょうか」

 清人が零した言葉に、円が返事した。

「智颯君の、話や、化野さんの、言葉が、多少は、きっかけに、なって、くれるかと」
「そうだと、良いんだけどな」

 昨日の快気祝いの途中、夢の話をしてから直桜の様子がおかしくなった。
 ぼんやりとし始めたかと思ったら、寝言のような言葉を零したり、会話が出来ない状態になった。

『早く、あの神力をもっと飲みたいなぁ。俺と違って穢れてて、とても美味しいんだ。流離にお願いしたら、もっとくれるかな? この世界を壊す力が手に入るかな?』

 恍惚として語る直桜の顔は、およそ直桜のものとは思えなかった。
 それについて問いただしても、直桜は首を傾げるばかりで、本当に覚えていない様子だった。

「直桜様と、別の、誰かが、入れ違いに、表在している、感じです。直桜様自身は、気が付いて、いない。解析も解毒も、しきれていない、毒が、確実に、存在する」

 円の見立ては間違っていないだろうと清人も感じていた。
 夢の話の後から、直桜の中に知らない気配が現れたのを感じ取ったからだ。

「夢がトリガーだったのか。直桜に夢の内容を思い出させることが、目を覚ました直桜を乗っ取るためのきっかけ、か」
「もしくは、直桜様自身を変えてしまうような毒、とか」

 席について仕事を始めた円の隣で、智颯が清人を見上げた。

「直桜様が流離を諦めきれないのは、きっと他人事じゃないから、だと思うんです。僕も同じように感じるから、何となくわかる。円がいなかったら、僕も流離になってた可能性がある。直桜様もそんな風に感じてるんじゃないかと思って」

 円が驚いた顔で智颯に目を向けた。

「護がいなけりゃ、自分が流離みたいになってたって?」

 清人の問いに、智颯が頷いた。

「集落にいた頃の直桜様は、いつも寂しそうだった。僕らに優しく接してくれていても、目は死んだようで。流離があの頃の直桜様を望んでいるなら、毒で変えてしまうのが、手っ取り早い。直桜様の心に流離への同情があれば、付け入りやすいでしょう。僕が流離だったら、そうしたかもしれない」

 そう話す智颯の顔は辛そうだ。
 清人は智颯の頭を乱暴に撫でた。

「お前は自分でちゃんと気付けたんだ。自分の思考に後悔すんな。今のは、かなり参考になったよ。俺は集落にいた頃の直桜を知らねぇからな」

 生真面目な青年は、自分の気持ちを一般論として語り切れない。それが智颯の優しさであり弱さだと、清人は思う。

「円がいて良かったね、智颯君。さっきの話も、きっと瀬田君に響いたはずだよ」
「ありがとうございます……」

 開が智颯に笑いかける。
 智颯が顔を赤くして恥ずかしそうにキーボードに向かった。
 そんな智颯の手を円が、がっしりと握った。

「智颯君が今の直桜様みたいになったら、俺も絶対に諦めない。智颯君を必ず取り戻す。だから、頑張ろう。今日の俺たちは化野さんのバックアップ」

 智颯の顔が嬉しそうに笑んで、頷いた。
 二人がモニターに向き合う。

「へぇ。円って、智颯君とだと、しっかり話せるんだねぇ」

 開が感心したように呟く。円の手元が止まった。

「いいから、邪魔すんな。ちょっと下がれ」

 清人は開を引っ張って円と智颯から離れた。
 昨日の直桜の状態を観察して、清人は今日の解析の予定を変更した。
 神紋から直桜の中に潜った護を通して解析を進めながら、解毒を行う。直桜を乗っ取ている別人格の排除、もしくは精神操作している毒への対処だ。

(槐が何を狙って流離に毒を盛らせたのか。智颯の言う通り、直桜の体を乗っ取るより直桜自身を変えるためと考えたほうが良いかもな)

 槐の直桜への執着は流離とは違う。だが、直桜を求めている事実には違いない。
 二人とも、直桜を直桜のままで自分の傍に置いておきたいのだ。ならば、人格を入れ替えるより精神操作が妥当だ。

「ずっと気になってるんだけどさ」

 ソファに腰掛けた開が物憂げな顔で呟いた。

「昨日の瀬田くんの言葉ね。穢れた神力、この世界を壊す力、どこかで聞いたような文言なんだよね」

 快気祝いの後、開と閉にはもう一度、直桜を診てもらっていた。
 その時にも、直桜はおかしなことを呟いていた。

「穢れた神力って、流離の力じゃねぇのか?」
「だって、流離と速佐須良姫神の縁はもう切れてるよね? 流離が瀬田くんに毒を盛っていたのは、俺たちが神社に着いた、まさにその時だった。あの時点なら流離にはもう神力はなかったはずだろ?」

 指摘されて、清人は目から鱗が落ちた。
 清人たちが事務所を出る前に、護が神殺しの鬼の力で流離と速佐須良姫神の縁きりをしている。

「じゃぁ、穢れた神力って、なんだ?」

 直桜が飲んだという穢れた神力とは、誰の力なのか。

「流離の毒に、瀬田君がいう穢れた神力が混ぜ込まれていたんじゃないかなと思ってさ。流離とは別の誰かの力なんじゃないかって、思うんだよね」

 さっと血の気が引いた。
 惟神以外に神力を使える人間など知らない。惟神の中で、穢れた神力を使うのは清人以外にない。

「要と円の解析では、流離の毒に精神操作できる作用はない。だとしたら、その穢れた神力が、今の瀬田君の精神を壊してる、或いは操っている元じゃないかなってね。全部、状況からの推察で、根拠はないんだけどね」

 開が言う通り、要と円の解析結果では流離の毒では精神操作ができないはずだった。だから、直桜にだけ作用する何かがあると結論付けた。
 だが、開の見解通りだとしたら。流離の毒に隠れて、直桜を壊す力が別に存在することになる。

「流離の毒、やっぱりほとんど直桜様の中には残っていませんね」

 直桜の全身状態をチェックした智颯が、大きなディスプレイに毒の分布を表示した。

「ただ、解毒しきれてもいないようです」

 分布の表示は一点に集中している。直日神だ。

「直桜様から感じる神力が弱かったのは、このせいです。直日神が、身動きが取れない程、毒に縛られている」
「この状態はまるで、楓の封じの鎖だな」

 背筋に寒いものを感じながら、清人は思わず零した。
 惟神を殺す毒は神を殺す。ターゲットが直日神であっても不思議ではない。

「僕たちが解毒したのは氷山の一角でしかなかったってことだね。一体、どれだけの量の毒を瀬田君に送り込んだんだか」

 開がぞっとしない声を出した。
 護と清人と開が解毒した毒の量も並ではなかった。にも関わらず、解毒できたのは直桜の中に残っていた分だけで、直日神にこびり付いた毒はほとんど残っていた、ということになる。

「直桜じゃなきゃ、間違いなく死んでたな」

 直桜以外の、他の惟神が同じ量の毒をくらっていたら間違いなく死んでいた。神結びをしている直桜だからこそ、自分の霊元で神力を維持できたに過ぎない。
 普通の霊元の能力者なら致死量だ。

「でも、一縷の、望みです。直日神の解毒が、できれば、直桜様は元に、戻るかも」

 モニターに目を向けたまま、円が呟いた。

「化野さんが、直桜様の中に、潜りました。解毒しながら、進めれば、直桜様を、連れて、帰れる、はずです」

 円の説明を受けて、清人はディスプレイに向けて腕を伸ばした。
 壁一面に広がる大きなディスプレイの向こうには、直桜と護が開たちの結界の中で眠っている。

「俺が直日神の解毒をする。開と閉はフォローを頼む。円と智颯は護のバックアップに集中しろ。途中で何が起きても自分の仕事から離れるな」

 清人の指示に、全員が頷いた。
 背中から現れた枉津日神が清人の手に手を重ねた。

「ようやっと出番か。全力で良いな? 清人」

 顕現した枉津日神を横目でちらりを窺って、円が驚いた顔をしていた。

「あぁ、全力で頼む。枉津日も直日神がこんな目に遭ってんのは、腹立たしいだろ?」
「腹立たしいよ。穢れた神力なぞ、吾以外に扱う愚弄者がいようとは、天罰でも与えてやりたいのぅ」

 顔に張り付いた笑みが怒りの裏返しのようで恐ろしい。本気で怒っているんだなと思った。
 神の怒りを感じ取ったのか、開と閉が呆気に取られて枉津日神を見上げている。

「すごいなぁ。清人って本当に惟神になったんだねぇ」
「兄さ……、開。結界を開かないと、清人と枉津日神様が浄化できないよ」

 閉に急かされて、開が両手を掲げた。

「そうだったね。結界の向こうの直日神に直接、届くように、浄化の道を作ろうか」

 開の手の先から霊道が伸びる。
 ディスプレイも結界も貫いて、直桜の元に道が続いた。
 閉が護符を張り付けると、道が固定された。

「ふむ。結界で二人を守ったまま道を繋げるか。なかなかに優秀な術者じゃな」

 枉津日神に褒められて、開が照れた。

「いやいや、それほどでもぉ」
「吾らの神力が逃げぬように結界をより強く固定しておけよ」

 枉津日神の注文に、開と閉が顔色を変えた。

「更に上の注文が来たね。じゃ、壊れないよう強化しようか」
「心得た」

 開と閉が護符の準備を整える。

「じゃ、解毒と浄化、はじめるぞ」

 清人が手の平から神力を放った。
 開が作った霊道を凄まじい速さで濃い神力が駆けていく。
 あまりの勢いに霊道が震えていた。

「ちょっと清人、勢いがあり過ぎるよ」

 開が慌てて霊道を太く強化した。

「清人も普段は霊力を抑えておるからなぁ。神力も霊力も並外れておるのが清人じゃ。今日は清人も全力で良いぞ。吾がさぽーとしてやろう」

 枉津日神が嬉しそうに笑う。

「それにしても、凄すぎです」

 円が頭の上に通った霊道をちらりと眺めて零した。

「霊道、もっと太くていいぞ。俺もソコソコ腹立ってるから、全力出せるくらいがちょうどいい」

 顔色を変えない清人を、開と閉が眺める。二人が同じ顔で息を吐いた。

「全力の清人に付き合ってあげられるほど、俺たち優秀じゃないけどね。そういう顔した清人は止めても無駄だから」
「出来るところまでなら、付き合う」

 開と閉が護符をとりだし、霊道に吸い込ませていく。
 霊道が見る間に太く強くなった。

「清人の部下はそんなに弱くないだろ。信じてあげなきゃね」

 開に微笑まれて、清人は小さく息を吐いた。
 清人が直桜の件で少なからず責任を感じていることも、歯痒く思っていることも、開は気付いているのだろう。

「わかってるよ」

 今の清人に出来ることは、これくらいしかない。 
 そう思うと、全力で挑む以外に、力の使い道がない。
 せめて直桜と護が無事に帰ってくるための道標になるようにと、清人は神力を送り出す手に力を籠めた。
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