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第Ⅲ章
第66話 清人の説教部屋
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目が覚めた日は結局、検査と神力回復の補助剤と栄養補給の点滴で終わった。寝ている間も持続で点滴をされていたようだったが、まだ足りないらしい。
採血や他の検査の結果など確認した開から、次の日の午後には回復室を出る許可が出た。
しかし、直桜の気持ちは晴れなかった。
「元気になって良かったな。藤埜にしっかり説教されてくるといい」
要が直桜にくれた労いの言葉も、皆と同じだった。
「要までそんなこと、言うの? 俺もう既に、心が折れそうなんだけど」
正直に、清人が怖い。今回は無茶をした自覚があるだけに、余計に怖い。
「そりゃぁ、言うさ。直桜が回復室に意識不明で運ばれてくるのは二度目だ。しかも二回とも類似の毒だ。いい加減、学習しないといけないよ」
要が珍しく、揶揄い調子ではない顔をしている。
「毒の成分は私と円で解析済だ。その結果も踏まえて、反省するんだね」
「解析したの? 流離の毒、持って帰ってきたの?」
隣に立つ開が頷いた。
「俺は早い段階で毒に犯された瀬田くんに触れられたからね。しっかりサンプルを取ったよ」
あの逼迫した状況で、よくそんな余裕があったなと感心する。
しかし、よく考えれば、あの時の直桜は既に毒に犯されて朦朧としていたから、冷静じゃなかったのは自分だけだったのかもしれないと思った。
「今日は、愛だと思って叱られていおいで」
開が良い笑顔で直桜に手を振る。
素直に受け入れられない。
「愛でもあるし、脅威でもある。直桜が敵の手に堕ちれば被害は13課に留まらない。自分が何者か、しっかり自覚することだよ」
いつになく真面目な要の言葉が、胸に深く刺さった。
「うん、ごめんなさい」
俯いて、小さな声で謝った。
開が直桜の肩に手を置いて、体をくるりと回転させた。
「一番は元気な顔を見せることだよ。瀬田くんが目を覚まして一番、安心してたのも清人なんだからね。ホラ、行っておいで」
開に背中を押された。
「開さん、要、ありがと。ちゃんと謝ってくるよ」
エレベーターに乗った直桜と護を、要と開が笑顔で見送ってくれた。
「へこんだら化野くんに慰めてもらうんだよ。必要なら点滴してあげるから」
扉が閉まるまで声を掛けてくれる開は、優しいなと思った。
エレベーターが動き出すと、ずんと気持ちが重くなった。
「俺、清人に会うのがこんなに怖いの、初めてだ」
昨日、目が覚めてから、清人は病室に来なかった。
紗月も陽人も忍も律も瑞悠も、梛木ですら顔を見に来てくれたのに。それがかえって怖い。
「大丈夫、行きましょう」
エレベーターが開いて、護が直桜の腰を抱いた。
いつもなら嬉しい仕草も、連行されているような気分になる。
ビクビクしながら、13課組対室の扉を開く。
乾いた爆発音がいくつもして、カラフルな紐が何本も直桜の頭に掛かった。
「直桜、退院、おめでとー!」
紗月と瑞悠が直桜に向かってクラッカーを放ったのだとわかった。
「え? 何?」
事務所にやけに人がたくさんいる。
テーブルの上にはお菓子や軽食が載って、パーティーモードだ。
「退院祝いだよぉ。甘いモノ沢山、用意したよ」
紗月が楽しそうにテーブルを指す。
「化野さんと一緒にプリンも作ったのよ。直桜、好きでしょ?」
律が嬉しそうに手作りプリンを見せてくれた。
思わず護を振り返った。
「皆、直桜が起きてくれて安心したんですよ。だから、快気祝いです」
「でも、お説教……」
部屋の端っこでコーヒーを飲んでいる清人を見付けて、直桜は駆け寄った。
「清人、あの、俺……」
清人が直桜を振り返る。
思わず俯いた。清人の顔が見られない。
「迷惑かけて、ごめん、ごめんなさい。もう一人で槐に会いに行ったりしない。行く時は誰かに話して、せめて護に相談する。あの時は、冷静なつもりだったけど、全然、冷静じゃなかった。まさか、こんなに酷いことになるって、思わなくて、だから、その、本当に、ごめんなさい」
小さく頭を下げる。
清人がカップを置く気配がした。
「ああ、そうだな。もう二度と、今回みてぇのは無しだ」
持ち上がった手が直桜に近付く。
思わず目を瞑った。
清人の腕が、直桜を抱き包んだ。
「お前が毒で倒れる度に、心臓が潰れる想いがする。二週間、生きた心地がしなかったよ。だからもう二度と、やめてくれ」
絞り出す声が切なくて優しい。
温かい腕が嬉しくて、辛い。
直桜の目から涙が零れ落ちた。
「ごめん、清人。本当に、ごめんなさい……」
清人が直桜を抱き締めるのなんか、初めてだ。
こんなに優しくて温かいなんて、知らなかった。
どんなにきついお灸を据えられるより、今の言葉とこの温もりが一番堪えると思った。
「んじゃ、今から説教だ。プリン食っていいけど、今回ばかりは全面的に反省しろよ」
腕を解いた清人の顔は本気だった。
「あ、やっぱりお説教はするんだね。快気祝いじゃないんだ……」
思わず涙が引っ込んだ。
直桜と清人を後ろで眺める皆の空気がちょっとだけ冷めたなと感じていた。
採血や他の検査の結果など確認した開から、次の日の午後には回復室を出る許可が出た。
しかし、直桜の気持ちは晴れなかった。
「元気になって良かったな。藤埜にしっかり説教されてくるといい」
要が直桜にくれた労いの言葉も、皆と同じだった。
「要までそんなこと、言うの? 俺もう既に、心が折れそうなんだけど」
正直に、清人が怖い。今回は無茶をした自覚があるだけに、余計に怖い。
「そりゃぁ、言うさ。直桜が回復室に意識不明で運ばれてくるのは二度目だ。しかも二回とも類似の毒だ。いい加減、学習しないといけないよ」
要が珍しく、揶揄い調子ではない顔をしている。
「毒の成分は私と円で解析済だ。その結果も踏まえて、反省するんだね」
「解析したの? 流離の毒、持って帰ってきたの?」
隣に立つ開が頷いた。
「俺は早い段階で毒に犯された瀬田くんに触れられたからね。しっかりサンプルを取ったよ」
あの逼迫した状況で、よくそんな余裕があったなと感心する。
しかし、よく考えれば、あの時の直桜は既に毒に犯されて朦朧としていたから、冷静じゃなかったのは自分だけだったのかもしれないと思った。
「今日は、愛だと思って叱られていおいで」
開が良い笑顔で直桜に手を振る。
素直に受け入れられない。
「愛でもあるし、脅威でもある。直桜が敵の手に堕ちれば被害は13課に留まらない。自分が何者か、しっかり自覚することだよ」
いつになく真面目な要の言葉が、胸に深く刺さった。
「うん、ごめんなさい」
俯いて、小さな声で謝った。
開が直桜の肩に手を置いて、体をくるりと回転させた。
「一番は元気な顔を見せることだよ。瀬田くんが目を覚まして一番、安心してたのも清人なんだからね。ホラ、行っておいで」
開に背中を押された。
「開さん、要、ありがと。ちゃんと謝ってくるよ」
エレベーターに乗った直桜と護を、要と開が笑顔で見送ってくれた。
「へこんだら化野くんに慰めてもらうんだよ。必要なら点滴してあげるから」
扉が閉まるまで声を掛けてくれる開は、優しいなと思った。
エレベーターが動き出すと、ずんと気持ちが重くなった。
「俺、清人に会うのがこんなに怖いの、初めてだ」
昨日、目が覚めてから、清人は病室に来なかった。
紗月も陽人も忍も律も瑞悠も、梛木ですら顔を見に来てくれたのに。それがかえって怖い。
「大丈夫、行きましょう」
エレベーターが開いて、護が直桜の腰を抱いた。
いつもなら嬉しい仕草も、連行されているような気分になる。
ビクビクしながら、13課組対室の扉を開く。
乾いた爆発音がいくつもして、カラフルな紐が何本も直桜の頭に掛かった。
「直桜、退院、おめでとー!」
紗月と瑞悠が直桜に向かってクラッカーを放ったのだとわかった。
「え? 何?」
事務所にやけに人がたくさんいる。
テーブルの上にはお菓子や軽食が載って、パーティーモードだ。
「退院祝いだよぉ。甘いモノ沢山、用意したよ」
紗月が楽しそうにテーブルを指す。
「化野さんと一緒にプリンも作ったのよ。直桜、好きでしょ?」
律が嬉しそうに手作りプリンを見せてくれた。
思わず護を振り返った。
「皆、直桜が起きてくれて安心したんですよ。だから、快気祝いです」
「でも、お説教……」
部屋の端っこでコーヒーを飲んでいる清人を見付けて、直桜は駆け寄った。
「清人、あの、俺……」
清人が直桜を振り返る。
思わず俯いた。清人の顔が見られない。
「迷惑かけて、ごめん、ごめんなさい。もう一人で槐に会いに行ったりしない。行く時は誰かに話して、せめて護に相談する。あの時は、冷静なつもりだったけど、全然、冷静じゃなかった。まさか、こんなに酷いことになるって、思わなくて、だから、その、本当に、ごめんなさい」
小さく頭を下げる。
清人がカップを置く気配がした。
「ああ、そうだな。もう二度と、今回みてぇのは無しだ」
持ち上がった手が直桜に近付く。
思わず目を瞑った。
清人の腕が、直桜を抱き包んだ。
「お前が毒で倒れる度に、心臓が潰れる想いがする。二週間、生きた心地がしなかったよ。だからもう二度と、やめてくれ」
絞り出す声が切なくて優しい。
温かい腕が嬉しくて、辛い。
直桜の目から涙が零れ落ちた。
「ごめん、清人。本当に、ごめんなさい……」
清人が直桜を抱き締めるのなんか、初めてだ。
こんなに優しくて温かいなんて、知らなかった。
どんなにきついお灸を据えられるより、今の言葉とこの温もりが一番堪えると思った。
「んじゃ、今から説教だ。プリン食っていいけど、今回ばかりは全面的に反省しろよ」
腕を解いた清人の顔は本気だった。
「あ、やっぱりお説教はするんだね。快気祝いじゃないんだ……」
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