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第Ⅲ章

第55話 13課組対室活動会議

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 出雲から戻ってくると、現世では三日が経っていた。それほど長居した気もしなかったから不思議な気分だ。
 御神酒に酔いまくっていた護も、すっかり醒めて元気になっていた。
 向こうで起きたことや自分の発言はしっかり覚えていたらしく、照れまくっていた。だが、すっきりした顔をしていた。今回の出雲の宴は、護にとっては実りの多いものだったらしい。
 むしろ、なかなか本調子を戻せなかったのは忍で、現世に戻ってからも気怠そうにしていた。四季のが尾を引いているのだろうと思った。

 直桜たちが戻った次の日、早速13課組対室は全員が参加しての会議となった。
 忍と優士が揃って参加しての会議は初めてかもしれない。

「目下の活動目的は出雲から持ち帰った神具で流離と修吾さんの浄化と解毒、あとは稜巳についてだな」

 清人の目が直桜に向く。
 事前にざっくりと清人に話した武御雷神の話を、直桜は皆に話した。

「稜巳に掛けられた封印はそんなに根が深いんだね。しかも、伊吹山の鬼との繋がりか。保輔、何か思い出さないかい?」

 優士の目が保輔に向く。
 保輔が困り顔をした。

「俺は遺伝子受け継いどるだけで記憶とかはないから、わからんよ。会ぅてみたらわかることは、何かあるかもしれんけど。口吸いの才出しも感覚でやった術や。そういう、感じる部分については、何とも言われへんから」

 保輔の説明は、相変わらず簡潔でわかり易い。
 自分でもまだ今の自分に戸惑っているであろう状況で、これだけ冷静に自分を把握できているのは、やはり賢いのだろうなと直桜は思う。

「なら今度、稜巳をここに連れて来ようか。何かあっても、ここなら対処可能だろうしね」

 梛木の空間術で守られた場所で、これだけの術者がいれば対処は可能だろう。
 優士の言葉に、忍が続けた。

「稜巳の封印については、もう一度、確認がしたい。本当に直桜でも解呪ができないのか。他の者なら対処可能かも含めてな」
「他の者って? そういうのに長けた術者がいるの?」

 忍が頷いた。

「回復室の室長を務める鳥居とりいかいだ。回復術以外に、呪いの解呪を専門とする。直桜が惟神を殺す毒に犯された時も、鳥居が診てくれている」

 そんな話は初めて聞いた。
 鳥居開といえば、今回の部署改変と人事異動で室長に躍り出た人物の一人だ。

「あの鳥居がお手上げって言ったんで、朽木が割と本気で驚いてたんだよ。鳥居家は結界師の家系だけど、こと呪いに関しては目の敵みてぇに解呪して回る専門家として有名だからな」

 何やら呪禁道に対して歴史が深い家系であるらしい。
 呪いを嫌う家系は穢れも嫌う。護が嫌な思いをしないといいなと思った。

「結界師なのに、回復室にいるんだね。ちょっと意外かも」
「鳥居家は結界師だが呪禁師としても優秀だ。ウチは呪いにやられて負傷してくる者も多い。回復室に欠かせない存在だ」

 忍の説明を聞いて、なるほど確かに、と思った。
 一般の病院のようなイメージをしていたが、呪いによる負傷の方が13課は多いだろうなと思う。

「回復室を他の空間としっかり分けるために結界も敷いてくれてんだよ。朽木の関係ですぐ下が呪法解析の本部だからな。変なの混ざると、困るだろ」

 清人の説明だとまるで要のせいのように聞こえるが、仕方がないのだろうと思った。何にせよ、鳥居家の力は13課回復室には欠かせない存在らしい。

「それだけ強力な結界を敷ける術師がいるなら、心配なさそうだね。封印も詳しく調べてもらえそう。あとは稜巳次第か」

 直桜の言葉を受けて、紗月が優士に問い掛けた。

「稜巳は、元気にしてる?」
「元気だよ、とっても元気。元気すぎて最近は手に余るっていうか」

 紗月が首を傾げる。
 優士が困った顔で苦笑した。

「俺の面倒を見てくれようとしてるんだろうけど、人の暮らしに慣れてないし、そもそも一人で放っておけないしね」

 洗い物をしようとして皿を割ったり、風呂を沸かそうと火を起こそうとしたり、掃除機の使い方がわからなくてコードに絡まったりは常だという。

「可愛いんだけどね、子供育てしたことないから、今まさに子育て奮闘中な気分だよ」

 疲れたような、それでいて充実した顔で苦労を語る優士はパパの顔だなと思う。

「なにそれ、最高。今度、遊びに行くよ」

 紗月が楽しそうに笑っている。
 そんな紗月を優士が苦笑して眺めた。

「俺と一緒にここに来れたら稜巳はきっと喜ぶよ。家から、なかなか出してやれないからね。良い気晴らしになると思う。帰りがどうなってるか、わからないのが不安だけど」

 封印を解呪出来たら、稜巳自身が今の稜巳とは別人格になってしまう可能性もある。今までと同じ生活は送れなくなるかもしれない。

「稜巳は、焦る必要ないかもね。今が落ち着いているなら、封印の正体もゆっくり探っていけばいいんじゃないの?」
「私も、そう思います。十年の眠りから覚めて、まだ一月程度しか経っていませんし、もっとゆっくり以前の暮らしを思い出させてあげてもいいのかなと」

 直桜に続いた護の言葉は、優しい。以前の暮らしとは、英里と優士と暮らした時間のことだろう。稜巳にとって幸せだった記憶だ。
 皆が呪いだ解呪だと話す中で唯一、稜巳の心を考えてくれているなと思った。

「確かに命に係わる状況ではない。だとすれば、優先すべきは榊黒親子の解毒だ。こちらは早ければ早いほど良い」

 忍の言葉に合わせて、清人が箱を出した。
 桐箱の二を開けると、出雲で作った真朱まそほの硬玉が入っていた。

「術の霊現化をするまでもなく、大国主命と少彦名命の協力で出雲で神具が作れた。薬祖の神二柱の神力も込められてる。当初の予定より、良いモンが出来たな」

 清人が得意げに語る。
 忍と優士が箱の中を覗き込んだ。
 遠くから保輔が控えめに眺める。

「大国主命と少彦名命には、俺と清人と護が揃っている時に使えって言われてるんだ。焦るな、機を読め、とも言われた」
「なんや、おみくじの文言みたいですなぁ」

 直桜の言葉に思わず保輔が突っ込んだ。
 言われてみれば確かにそうだな、と思う。

「これこそ鳥居の結界術が必要かもしれんな。解毒中に久我山あやめが根の国底の国から解放される危険が全くないとは言い切れない。抑え込める術者は多いほうが良い」

 忍と陽人の見解では、解毒が出来れば速佐須良姫神と惟神の神力が戻って久我山あやめを根の国底の国に封じ込めたままに出来るはずだ。
 理屈は確かにそうだと直桜も思う。
 だが、最凶の呪物を前に、絶対はないとも感じていた。

「流離が闇の中に自分を追い込んでから結構経ってるし、俺としては急ぎたい。けど、しっかり準備した上で進めたいとも思ってるよ」

 本当ならもっと早くにどうにかしてやるべきだった。
 だが、事ここに及んで焦っても仕方がない。

「三階の梛木の部屋からは動かさずに、結界を強化するか。必要人員は確保するが最低限だ。何かあった時のために結界の外側にも待機人員を配置する」

 忍の提案に清人が続ける。

「だったら、結界の中に入るのは俺と護に直桜、鳥居の四人だ。外側から忍さんと梛木、結界師と回復師二名くらい欲しいかな。後、念のために紗月も待機だ」

 紗月が清人に向かい、頷いた。

「結界の強化に一日使うと仮定して、明後日には解毒を行おう。二日あれば回復師と結界師の調達には充分だろう」

 忍の言葉に直桜の胸の内が晴れた気がした。
 ずっと気になっていた流離の浄化に、ようやく乗り出せる。具体的な日程は、直桜にやっと安心をもたらした。
 護がそっと直桜の手に手を添えた。

「良かったですね、直桜。頑張りましょう」
「うん、これでやっと流離と修吾おじさんを解放できる」
「一つ、提案なんだけど」

 優士が手を上げた。

「榊黒さん……、修吾さんの身柄を13課に運ぶのはどうかな。解毒が終わった後の状態観察と治療も13課にいた方が早く取り掛かれると思うんだ」

 優士の提案は、的を得ている。
 だが、きっと無理だと考えていた。あの集落が修吾の身柄をそう易々と手放すはずがない。だったら、遠距離から流離を通した解毒をするしかないと思っていた。

「それが良いだろうな。修吾の移動も二日あればできるだろう」

 忍の言葉に直桜は驚いた。

「できるの? あの集落が簡単に修吾おじさんを外に出すとは思えないけど」
「問題ない。榊黒親子の解毒に関しては、二週間前から陽人を通して桜谷集落にも働きかけている。13課に一任できるなら、有難いそうだ」
「そうなんだね」

 陽人と忍の根回しの速さには相変わらず感服だ。
 同時に、集落はやはり修吾を厄介者扱いしているのだなと感じ取って、直桜の気持ちが塞ぐ。

「迎えには、那智を行かせよう。役行者の従者である熊野の大天狗が迎えに行くのなら、桜谷集落も文句は言うまい」

 忍が得意げに笑ったように見えた。

「そうだね、それなら心配ないや」

 何となく気持ちが和らいで、直桜は頷いた。
 那智ならきっと一日も掛からずに連れてきてくれるだろう。

「皆それぞれに準備を整えておけ。最悪の事態も想定して挑むぞ」

 忍の言葉に、皆の纏う気が変わった。
 直桜もまた、身が引き締まる思いがした。
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