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第Ⅲ.5章  番外:『勾玉チャレンジ』

番外【勾玉チャレンジ:智颯編】智颯の憂鬱①

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 峪口智颯は悩んでいた。
 出雲から帰ってきて、もう一週間以上が経過してしまった。
 帰ってきた途端に円が拉致られたと知り飛び出して、助けるはずが捕まって、雪崩れるように事件が解決した経緯があるから、仕方ないともいえるのだが。
 それにしたって智颯や円は、忙しくする直桜や保輔と違い、既に日常に戻っている訳で。
 何が言いたいのかといえば、出雲でお土産にと因幡の白兎からもらった対の勾玉の話を、円に出来ずにいるのだ。

『今年はご縁多き年のようでして、出雲の神力も高まるというもの。智颯様にも是非に出雲の縁結びの神力に貢献していただきたく。勿論、幸せの一助となるよう、白助は願っておりますぞ』

 出雲に出向く度、毎年顔を合わせる案内役の白兎は、子供の頃こそマスコットのようで可愛いと思ったが。大人になり、言葉の真意や裏側が理解できるようになると、それなりに腹黒で打算的だとわかるようになった。

(そもそもがサメをだまして水上を渡った兎だしな。毛皮をひん剥かれない程度にしたたかにしているんだろう)

 一癖も二癖もある神々を一挙に相手にしてるのだから、あれくらいは当然かとも思う。

(そうじゃない。白助のことは、今はどうでもいい)

 円に勾玉を渡すかどうか。それが問題だ。
 本題から逃げようとする思考を無理やりに引き戻す。歩きながら考え事をしていたら、あっという間に職員室についていた。

「失礼します。鈴木先生、アンケートの回収、終わりました」

 担任の鈴木に声を掛ける。

「ああ、ありがとう。クラス委員長だからって、いつも悪いな、峪口。そういえば、休暇はどうだった? 無事に帰れたか?」
「はい、毎年のことなので、滞りなく行って帰ってきました」
「そうか、慣れているだろうから、問題ないか。ま、色々お疲れだったな」

 鈴木先生は神代学園の中でも惟神の事情を把握している数少ない教員の一人だ。桜谷集落が運営する学校法人とはいえ、総ての教員が怪異に慣れている訳ではない。事情を知る教員は校長、教頭を含めて、ほんの一握りだ。
 鈴木に関しては、時々13課にも顔を出す回復師でもある。13課の事情もよく心得てくれているので、助かるところだ。
 つい先日も、bugsの事件後に回復室でお世話になったばかりだった。

「伊吹君はいつまで休みになるんです?」

 隣の席の教員から飛び出した名前に、智颯の耳が向いた。

「今週いっぱい休暇届が出てるよ」

 二年A組の担任と副担任だ。確かこの二人は怪異や13課の事情を知らない一般の教員だったはずだ。

「渡したいプリントとか溜まってるんですけどねぇ。身元保証人も変わって新しい住所がまだわからないから、届けることも出来ないし、困りました」

 大学を卒業してまだ年浅いであろう女性教員が、困り顔をしている。
 保輔の新しい身元保証人は桜谷陽人だ。その前は集魂会の中で唯一、人の戸籍を持つ神崎黒介が保証人になっていたらしい。
 どうやって戸籍を得たのかは謎だが、行基がいない間も集魂会を維持するため、得るしかなかったのだろう。

「そうだなぁ。伊吹は進学希望だし、あまり学業が遅れても困るから、連絡を取りたい所なんだがな」
「え? 伊吹君、進学をやめて就職するって、休みに入る前の面談で話していましたけど」
「そうなのか? あんなに熱心だったのに、急に心変わりしたのか。アイツの所は家庭環境も複雑だから、何かあったのかもしれないな。やっぱり訪問するか」

 二人のやり取りを盗み聞いていた智颯が、同じように耳を傾けていた鈴木に耳打ちした。
 多摩市にある桜谷家の別宅で直霊術の特訓を受けていた保輔は今、都心の陽人のマンションにいる。智颯と瑞悠が律と住んでいるマンションの最上階だ。
 事情を聞いた鈴木が二人の教員に声を掛けた。

「伊吹に渡す物があるなら、峪口が引き受けてくれるそうですよ。伊吹とは友達だし、今の住所も知っているそうです」

 友達、という言葉に、思わず鈴木を凝視した。

「そうなの? 峪口君、助かる。ありがとう」

 女性教員が手放しで喜んでいる。

「伊吹と峪口が友人というのは意外だな。接点がなさそうに思うが」

 軽く不審がられて、咄嗟に言い訳が思い付かなかった。

「同好会が一緒だったんですよ。オカルト同好会だったか? 結局、人が集まらなくてバラけたけど。残念だったな」

 鈴木が智颯を見上げた。

「そうですね。熱心だった先輩がいなくなってしまったので。伊吹先輩は、そこまで興味なかった様子でしたけど」

 坂田美鈴は家の都合で転校したことになっていた。同じように智颯の護衛で入っていた円も、転校扱いになっている。

「へぇ、意外な接点だな。まぁ、峪口なら安心して任せられるか。明日、伊吹の様子がどうだったか、教えてくれ。俺は伊吹に進学、諦めてほしくないから。休み明けにちゃんと話を聞かせろって伝えてくれるか?」

 この中年の男性教員は確か、高橋といった気がする。やけに熱心だなと思った。

「伊吹は勉学に本気出せばF組だって狙える実力持ってるんだ。両親がいなくて小さい兄妹の世話してるって話だったが、それで進学を諦めるなら、勿体ないからな」
「わかりました。伝えます」

 智颯の表情を感じ取ったのか、高橋が軽く説明してくれた。
 分厚いプリントの山を受け取る。
 二人の教員と担任の鈴木に挨拶をして、智颯は職員室を出た。

「ちゃんと評価してくれる人、いるじゃないか」

 ぽつりと呟いた。
 休みに入る前なら、保輔がまだbugsのリーダーで反魂儀呪側だった時の話だ。自分の身の振りに悩んでいたのかもしれない。
 けれど、そんな保輔を応援してくれる人がいたのだと思ったら、少しだけ安心した。

(何で安心するんだ。僕はまだ、アイツを認めたわけじゃない。別に何とも思ってなんかいない)

 13課の職員としても瑞悠のパートナーとしても認めたわけじゃない。
 思いを振り切るように、智颯は廊下を歩き出した。
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