仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅲ章

第43話 口吸いの才出し

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 直桜たちは隣の部屋へと移動した。
 周囲に物がない方が、安心だ。陽人は壊してもいいとか言っていたが、怖くてできるわけがない。
 何もない一間で、直桜と保輔は向き合って座っていた。
 直桜は出来る限り簡潔にわかり易く現状を保輔に話して聞かせた。

「今んままでも十分最強やのに、不十分やったいうこと? 瀬田さん、どこまで強なんねん」

 保輔が呆れているのか怯えているのか、わからない顔をしている。

「神結びができれば、直日とはちゃんと繋がれて不安定な状態ではなくなるから。俺としても安心なんだよ」

 何やら保輔が難しい顔をしている。

「一つ不安があるとしたら、護かな。今の俺の神力は強すぎるみたいなんだ」

 護が直桜の神力を強いと言ったのは初めてだ。
 眷族で鬼神であっても、そう感じる力を流し続けることになる。

「そっちは心配あれへん。ストッパーが外れたら、余裕で受け取れるようになる」
「さっき見ただけで、わかったの? それとも、前から? ストッパーって、何?」

 陽人に送ったメールにはあらましを記載しておいたから把握しているだろうが、 話をした感じ、保輔には事前情報は伝わっていない感じだった。

「気付いたんは、さっきやけど。すぐにわかったよ。本当はもっと強いし力もあるのに、なんで抑えとんのやろなって思ぅた。あれしたん、瀬田さんやないの?」

 直桜は首を振った。
 やはり陽人の訓練の成果は着実に実を結んでいるなと思った。
 梛木が何か思い当たったような顔をした。

「直日が枷を外し忘れおったな。直桜と力を揃えるために、鬼神にした時にでも護の力を抑えておったのじゃろう。そういった物忘れは珍しいの」

 確かに直日神らしくないが、話の最後は少しはしゃいでいたようにも見えたので、うっかりしたのかもしれない。神様がうっかりというのも、どうかとは思うが。

「瀬田さんが今以上に強なって、八張槐に狙われることは、ないん?」

 控えめな口調で、保輔が問うた。
 その言葉は直桜というより梛木に確認しているようにも感じた。

「あるじゃろうな。直日神の惟神として完成した直桜を槐は欲しておる。直桜が力をつければ付けるほど、槐の理想に近付く」

 梛木がはっきりと答えた。
 保輔が黙り込んだ。

「それでも俺は、槐を理由に自分の成長から目を背ける気はないよ。誰かに欲しがられるからやるとかやらないとかじゃない。俺自身がちゃんと直日と神結びして、直日神の惟神になりたい。その力で、皆を守りたいんだ」

 直桜の言葉に、保輔は目を閉じた。
 懸命に何かを考えている様子だ。

「気掛かりがあるか、伊吹山の鬼」
 
 目を開いて、保輔が梛木に視線を向けた。

「俺は伊吹保輔や。そろそろ名前、呼んでくれへん」
「名など、わかれば良かろう。今の日本に伊吹山の鬼はお主しかおらぬわ」
「さいでっか。鬼、呼ばれるんは、慣れへんけどな」

 保輔の視線が直桜に向く。

「俺は、やっぱり不安や。瀬田さんが反魂儀呪に、槐に持ってかれてまう気がして、怖い。槐の瀬田さんへの執着は異常や。俺がやらかした惟神の精子の件も、最初のターゲットは瀬田さんやってんで。だから槐は理研に協力したんよ」

 その話は武流からも聞いている。
 最強は無理だと保輔が尻込みしてターゲットが智颯になったのだと。だから槐は智颯の暴走を使って直桜の力を開花させようと計画を切り替えたのだろう。

「九十九のリーダーが化野さんにそっくりなんも、巫子様が枉津楓なんも、瀬田さんのために環境揃えとるようにしか、俺には思えへんねん」

 反魂儀呪の内部事情をある程度、把握している保輔の説明は正直に怖いし、何より気持ちが悪い。

「保輔は、反魂儀呪の内側にかなり入り込んでいたんだね。保輔が話してくれる情報は、重田さんですら知らない情報ばかりだよ」

 bugsを信用していないと話していた槐にしては、珍しいしらしくないと思った。

「自分で言うのもアレやけど、槐の勧誘は本気やったと思う。ただ、俺が13課に寝返る可能性も、ある程度は考慮してたんと違うかな。今思えばやけど、流されてもいい情報しか、俺には晒してへん。そんな気ぃがするよ」

 保輔の判断は冷静だし正しいと思う。
 だとすると、直桜を迎える下準備をしていると感じた保輔の感覚も真実味を帯びてくる。何より直桜は槐にはっきりと「待っている」と言われている。
 余計に気持ちの悪さが増した。

「保輔が得た情報より重要で、もっと膨大な闇が、反魂儀呪にはあるってことだね。だとしたら猶更、俺は強くならないといけない。槐に奪われることを恐れて今のままでいたら、このままの状態で奪われる。そうなったら抗えない」

 保輔が言葉に詰まった。

「抗うには槐の理想に近付くしかないんか。難儀やな」

 保輔の顔が難しそうに歪んだ。

「保輔が心配してくれるのは、嬉しいよ。けど、俺だって簡単に槐に捕まってやる気なんかないよ。自分の力も鍛えるけど、俺には護がいる。保輔だって、守ってくれるんだろ?」

 直桜の言葉に、保輔が視線を向ける。
 照れた目が、そっと逸れた。

「そら、そうやけどな。ま、心配ばっかりしとっても仕方ないか。どのみち神結びは完結させるしかないのやろ。槐が手ぇ出せんほど強くなったらええんやんな」
「初めからそう言ぅておる。御託が好きな鬼じゃ」

 梛木の言葉に、保輔がじっとりと目を向けた。

「しかし、嫌いではないぞ、保輔」

 突然、名前を呼ばれて、保輔が驚いた顔をした。

「えっと、俺が瀬田さんの中の直日神を起こしたらええのやんな」

 保輔が直桜に向き直った。ばつの悪そうな顔をしている。13課に来てから、保輔はずっと調子を狂わされっぱなしなのだろう。誰に会っても同じような顔をしているなと思う。

「直日には伊吹山の鬼に会えとしか言われてないんだ。俺もどうしたらいいか、わからないんだけど」
「何となくなら、感覚でわかるよ。伊吹山の鬼は、相手の真の才を見抜いて引き出す妖術を使うから、その力を使うんやと思うわ」

 保輔が立ち上がり、直桜の真ん前に座り直した。
 腕を組んで顎に手を添えながら、右へ左へ首を傾げている。

「どうしたの?」
「ん? いや、どないしよ思ぅて。俺、瀬田さんにもやけど、化野さんにも嫌われたないねん。特にこれから鬼の力の使い方、教わりたいし」

 直桜の頭の上に疑問符が飛んだ。

「別に嫌われたりしないと思うけど。護は保輔のこと、弟みたいに可愛がってるように見えるよ」

 保輔の頬が少しだけ赤く染まった。

「ほんなら、一緒に謝ってな」
「何を? ……!」

 保輔の両手が直桜の肩に乗った。
 顔が近付いて、唇が重なる。中途半端に開いた口にするりと入り込んだ舌が口内を舐め回し、舌を舐めとった。
 保輔の唇が直桜の唇を食む。

「アンタはほんまに、どこまで人離れしとんねん。槐とは違う意味で、怖いわ」

 保輔がぞっとしない声で呟いた。
 直桜の両肩に置いた手が何かを掴んだ。そのまま、勢いよく引き上げる。
 直日神の体が引っ張り上げられて顕現した。
 閉じていた目を直日神がゆっくりと開いた。

「へぇ、えろぅ男前やんなぁ。神様はみんなイケメンなん?」

 感心した声を上げて保輔が直日神を見上げる。
 直日神が保輔を見下ろして口端を上げた。

うぬが伊吹山の鬼か。手間を掛けたな。この恩は、いずれ返そう」
「もう瀬田さんに色々貰とるきに、いらんよ。今は俺が恩返し中や。これも、そん一つやき」

 はたと表情を止めて、直日神がくすりと笑った。

「やはり己は直桜の役に立つ者だな。伊吹山の鬼。気に入ったぞ」
「神様って、名前呼んでくれへんの? 通り名のほうが、呼びやすいん? 別にもうええけど」

 保輔が残念な顔をする。
 さっきも梛木に散々、鬼と呼ばれたから半ば諦めている様子だ。
 直桜は後ろから、こそっと直日神に保輔の名を教えた。

「なれば、保輔。一先ず、一緒に護に許しを請うてやろう」

 直日神が戸口に顔を向ける。つられたように同じ方向を向いた保輔の顔が見る間に真っ青になった。
 開いた襖の前に護と陽人と優士が立っていた。

「あ、化野さん、違う! 今のは、違うねん! 邪な気持ちはない。俺の恋愛対象は女やさけ、瀬田さん好きにはならん。いや、好きやけど、そういう好きやのぅて」

 会ってから一番くらいの勢いで保輔が狼狽している。
 その姿を眺めて、優士が可笑しそうに笑っている。
 護は表情を変えずに、真顔で部屋の中を眺めていた。

「伊吹山の鬼は唾液から才を探り当てる。その上で引き出し方を検討する。口吸いの才出しとも呼ばれる術だ。許してやってくれ、護」

 直日神が護に弁明してくれている。
 護が静かに保輔に歩み寄った。
 がしっと顔を両手で包んで、突然保輔の唇を吸った。

「‼!」

 一番、驚いたのは、恐らく直桜だと思う。
 キスされている保輔も相当に驚いているが、それを見せ付けられている直桜は絶対に今一番、驚いている。

「これで、帳消しにします。直桜の唇の感触は、忘れるように」

 感触を上書きしたかったのだろうか。護の中で自分を納得させる手段だったのだろうか。いずれにしても、直桜の方がモヤモヤする。

「訳わからんし、強引や。俺の恋愛対象は女や、いうたやろ。堪忍してや」
「わかっていますよ。保輔君は瑞悠さんが好きだと、自分で言っていましたよね」

 保輔の顔が真っ赤になる。

「へぇ、それは知らなかったな。速秋津姫神に会った後かな? 前かな?」

 遠くで独り言のように陽人が呟く。
 保輔の顔が余計に赤くなった。

「言うた覚えない! 化野さんにそないな話、した覚えないで!」
「あれは寝言、ですかね。円くんにも謝っていましたが、覚えていませんか?」
「もしかして、解析が終わった後くらい、か……。夢やなかったんか、アレ……」

 保輔が小さな声で嘆いている。

「アンタ、思ってたより意地悪や」

 泣きそうな顔で見上げる保輔に、護が微笑み掛けた。

「性格の意外性と負傷具合は、お相子ということで」
「どう考えても、俺が負った傷の方がでかいで」

 護の言葉が、保輔には納得いかない様子だった。
 違う意味で直桜も納得できない。
 
「護の枷を外してくれたか。己にも手間を掛けたな、桜谷のわっぱ

 直日神が珍しく陽人に声を掛けた。
 陽人が直日神に深々と頭を下げた。

「これも惟神を守る集落の長の務めにございます。我等、桜谷集落は惟神とその神を守るために存在する。眷族を守るは集落の人間にとり息をするより重要な責務です」

 直日神が陽人に寄った。

「桜谷の人間は相変わらずよ。直桜は始まりの惟神以来の神結びの惟神となった。大きな力の使い方は吾が伝えよう、直桜にも護にもな。二人を守れよ、桜谷の童」

 言い添えて、直日神が直桜の中に戻っていった。

「心得ましてございます」

 消えゆく姿に陽人が礼をする。
 その姿を、保輔が驚嘆の眼差しで眺めていた。

「桜ちゃんでも童扱いか。さすが、祓戸の最高神は威厳が違うね」

 優士は初めて会ったからか、表情から驚きと畏怖が垣間見えた。

「更に古く威厳がある神が、ここにおるのだがな」

 梛木が優士を見上げた。

「いや、だって、梛木はさ」

 優士の言いたいことは、直桜にもわかった。

「直桜は無事に神結びが成ったようだね。保輔、お手柄だ。勝負は僕の勝ちだけど、褒章をあげてもいいよ。帰りたければ直桜たちと帰っていいが、どうする?」

 呆然としていた保輔が、表情を改めて陽人を見上げた。

「いや、残る。俺はまだ、帰ったらあかん。陽人さんですら童やのに、今帰ったら俺は、ただの伊吹山の鬼のままや」

 保輔を眺める陽人が満足げに笑んだ。

「直桜の才出しは、お前にとっても学びになったようだね。若者は成長が早くて面白いよ」

 陽人の目が直桜に向いた。

「そんなわけだから、保輔はしばらくウチで預かるよ。直桜と化野は週明けにでも出雲に行っておいで。忍と清人と紗月に、さっさと帰って来いと伝えておくれ」

 そう言って笑んだ陽人の顔は、流石に怒っている気がした。
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