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第Ⅲ章

第36話 ごめんなさい

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 呪物室に入ると、保輔は最初の通りストレッチャーに横たわっていた。顔を覗き込んだが、反応がない。まだ眠っているようだった。

「このまま、さくっと解呪しちゃおう」
「え? 起こさなくて、いいんですか?」

 慌てる円に頷く。

「特に何ってことはないし、わざわざ起こして怖がらせるよりマシだと思う」

 直桜は護を見上げた。

「封印が英里さんの言霊術だった場合、護の解毒術も必要になるから、俺の手に手を重ねて。同じタイミングで浄化しよう」
「わかりました」

 保輔の胸の真ん中に当てた直桜の手に護が手を重ねる。
 金色の光が円から球になって、徐々に大きさを増す。赤い光が球の中に混じって、赤黒い球体になった。そっと保輔の胸の中に押し込む。

「ん……」

 小さく唸った保輔が、体をピクリと震わせた。
 胸の中に流れ込んだ直桜と護の神力が、保輔の中に溶けていく。
 手をあてると、霊元が熱を増した。パリン、と弾ける感覚があった。
 保輔の目から、すぅと涙が流れていた。

「ぁ……」

 小さく声を上げると、保輔がうっすらと目を開いた。

「保輔、終わったよ、お疲れ」

 円が声を掛けると、保輔の目が向いた。
 のっそりと起き上がった保輔が、円に腕を伸ばして凭れ掛かった。

「円、俺の精子飲まして、ごめんなぁ。お前、顔が女の子みたいで可愛いさけ、お前なら勃つ思ぅたんよ」

 円が肩をびくりと揺らして慌てた。

「突然、何を言い出すの? そんな話、もういいから。てか、忘れてよ」

 直桜たちに話すより流暢な会話は、相手が保輔だからなのか、焦っているからなのか、よくわからないなと思った。

「本当は智颯君を快楽堕ちさして抜け出せない程のドロドロのグチャグチャにする予定やってん。あん子チョロそうやし可愛えし。でもピュア過ぎてあかんかってん」
「お前は俺に殺されたいの? 智颯君を快楽堕ちさせていいのは俺だけだよ。今後、手を出したら本気で殺すからな」

 円の顔が本気で怒って見える。
 話し方が静かすぎて、余計に怒気が伝わり、怖い。
 しかし、止める気になれなかった。言い合いのレベルがどっちもどっちだ。
 しかも、六黒に喰われているならドロドログチャグチャの快楽堕ちは達成されている気がする。

(やっぱり智颯って、そういう感じなんだなぁ。心が痛いけど納得してしまう)

 快楽堕ちを二人の男に狙われるのは、どうなんだろう、と兄的立場としては考えてしまうところだ。

「俺は女が好きや。てか、瑞悠が好きやき」

 はっきり言い切った保輔に、円が動きを止めた。
 直桜も目を見開いてしまった。

「もう仲間に死んでほしくないねん。居場所、奪われとぅない。守れる側でいたいんや。英里が力をくれるって、お友達にはちゃんと謝らなあかんって言われてん。俺はいつも喧嘩してまうさけ。せやから、ごめんな」

 よく見れば、保輔の顔がぼんやりしている。
 寝ぼけているようにも見える。
 過去の記憶と混同しているのかもしれない。

「夢をみていたのかもしれませんね」

 隣で護がぽそっと呟いた。
 封印が解けた時、もしかしたら保輔にしか伝わらない英里からのメッセージが隠してあったのかもしれない。
 だとしたら、英里が掛けた封印だったと考えて間違いなさそうだ。

(英里さんの言葉が聞けたんだとしたら、保輔にとっても良かったかな)

 凭れ掛かった保輔の背中に、円が腕を伸ばした。

「もういい。これからは、一緒に守るんだから」

 円が呟いて、保輔の背中を摩る。

「そか、一緒に、守れるのやな。おおきに」

 呟くと、保輔はそのまま円に凭れて、また眠ってしまった。

「……ワケわかんないヤツ」

 独り言のように小さく呟いた円の言葉は、安堵を含んで聞こえた。
 保輔の脇の下の手を入れて、護が抱き上げた。

「眠ってしまったので、部屋まで運びますね。円くん、ありがとうございました」
「いえ、解析結果は、重田んさんに、送っておきます」

 そう話した円の目が、少しだけ潤んで見えた。

「さっき、お二人と話した、推察も、送って、いいですか?」
「勿論、問題ないよ。よろしくね」

 円をじっと見つめる。
 直桜の視線に気が付いた円が顔を向けた。

「あと、智颯のことも、よろしくね」
「はぁ……、え? 何を、ですか?」

 先ほどの保輔との会話を思い出したのか、円が慌てだした。

「いや、何となく。智颯って狙われやすい子なのかなと思って」
「それを言うなら、直桜もなんですけどね」

 護がとても小さな声で何かを円に囁いた。
 円が何とも言えない顔をしている。

「草の円くんが傍にいてくれたら、安心だよ」

 直桜が笑いかけても、円は微妙な顔をしていた。
 眠りこける保輔を担いで、直桜と護は呪法解析部を後にした。
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