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第Ⅲ章

第18話 冷静になんかなれない

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 出雲から戻った智颯が最初に聞かされた報せは、耳を疑うものだった。
 円が学園内で伊吹保輔に拉致された。同時に坂田美鈴と教員の六黒が姿を消した。
 東館の校舎の裏庭に落ちていた懐中時計を姉の初と稀が持ち帰ってきた。

「時計から伸びている霊糸の先に、円がいるのだと思います」

 稀が淡々と語る。

「録られてた音声の内容は、ちょっと衝撃でしたけどねぇ」

 初の声はいつもより沈んで聞こえた。

「そうだね。内容も、嘘も本当も、衝撃だったよ」

 直桜が噛み締めるように時計を握り締める。
 時計には、保輔と円の会話の内容が閉じ込めてあった。惟神は声を聞けば嘘がわかる。智颯にも、それは理解できた。

(でも、そんなことよりも、今は円が。円を助けなきゃ)

 ふらりと事務所を出ようとする智颯の腕を、護が捕まえた。

「智颯君、一人で行ってはダメです」

 その手を乱暴に振り解いた。

「離してください。円は僕のバディです。僕が、助けないと」

 歩き出そうとした智颯を、今度は直桜が止めた。

「ダメだよ。円くんはまだ仕事中だ。バディでも邪魔するのは俺が許さない」

 智颯は直桜を振り返った。

「仕事中って何ですか。円は拉致られたんでしょ? 蜘蛛に噛まれて毒を盛られて意識もないような状態で、どんな仕事ができるっていうんですか!」

 直桜に掴みかかる。
 智颯を静かに見下ろして、直桜がその手を握った。

「潜入自体が仕事だよ。円くんは草だ。毒なら耐性術で意識を取り戻せる。保輔が何の目的もなく円くんを連れ去ったとは思えない」
「そんなの、精子を採取するためかもしれないし、僕たちを誘き寄せる手段かもしれないし、他にも、もっと、考えられることなんか、山ほどあるじゃないですか!」

 呪詛でもかけられて洗脳でもされてしまったら、浄化しない限り円が敵になってしまう。

「智颯が今、言ったことは全部可能性がある。無策で乗り込んじゃダメだって話をしてるんだよ」

 直桜の話は全部正論だ。理解できる。
 懐中時計に閉じ込められていた会話の内容を考えても、一筋縄ではいかない状況なのもわかる。

「でも、だからって、時間が経てば経つほど、円は危険な状況になるのに」

 このまま座って作戦会議など、する気にはとてもなれない。
 智颯の表情を眺めていた直桜が、瑞悠を振り返った。

「瑞悠、智颯を連れて少し外してくれる?」
「でも、直桜様……」

 さすがの瑞悠も憂い顔だ。いつもの飄々とした明るさはない。

「ここで智颯と押し問答している時間が惜しい。冷静になったら戻っておいで」

 あまりにも冷静すぎる直桜の判断が、智颯には酷く残酷に聞こえた。

「冷静に、なれるんですか。直桜様は化野さんが円と同じ目に遭っても、冷静でいられるんですか!」
「ちぃ、落ち着いてよ」

 瑞悠が智颯の腕を引っ張る。
 直桜が智颯を見据えた。

「護は俺のバディだ。拉致られたくらいで死んだりしない。俺は護を信じるよ」

 直桜の目が声が顔が、本音を語っている。心の底からそう考えていると、わかってしまう。

(僕だって、円を信じたい。だけど円は、まだ現場復帰したばかりで、頑張り過ぎて、落ち込みやすくて、一人だとまだ壊れてしまいそうで、そんな円を僕は、僕は。一人になんて、できない)

 智颯は事務所を飛び出した。

「ちぃ! 待って!」

 智颯の後ろを瑞悠が追いかけてくる気配がする。
 エレベーターの前で、瑞悠が智颯の腕を掴んだ。

「大丈夫だよ、みぃ。呪法解析部で、落ち着くまで一人でいるよ」
「だったら、みぃも行く」

 瑞悠がエレベーターの七階を押す。

「ちぃが、あんな風に直桜様に楯突いたの、初めてだね」

 エレベーターに乗り込んだ瑞悠が呟いた。

「うん、僕も、驚いた」

 自分で自分に驚いた。
 今まで憧れてやまなかった直桜の胸倉を掴んで怒鳴るなんて、思ってもみなかった。

「ちぃにとって、円ちゃんはそれだけ大事な人なんだね」
「大事だよ。誰よりも大事だ。円がいない毎日なんて、もう考えられない」

 失うなんて、怖くて想像できない。
 何時の間に、小刻みに震える手を、瑞悠が握った。

「円ちゃんは、きっと大丈夫だよ。だから、一緒に助けに行こう」

 瑞悠の言葉に、智颯は顔を上げた。

「懐中時計から出ていた霊糸、追えると思う。二人で、助けに行こうよ」

 瑞悠の顔が何時になく真剣だ。
 智颯は迷うことなく頷いた。
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