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第Ⅲ章

第15話 チームプレイ

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 13課組対室に帰った智颯と円は、今回の現場指揮である直桜に向かって二人揃って頭を下げていた。

「喰い逃げされて、すみませんでした!」
「喰い逃げって……」

 隣で見ていた紗月が呆れた顔で呟いた。

「いや、間に合わなかった俺たちも悪かったし、智颯と円くんが悪いわけじゃないから。それより、喰われるような事態に助けに行けなくて、ごめんな」

 直桜がやや引き気味なのが気になったが、相変わらず優しい言葉と配慮に智颯は感動した。

「話を聞く限り、確かに次のチャンスは学校内で作れそうだし、むしろ向こうにとっては次が本番だろ? 今回はこれで良かったかもよ? ……喰われたのは、お互い嫌だったろうけど」
「直桜、喰われたって言い過ぎです。お互いに気にしてはいけませんよ」

 直桜が護に注意を受けている。
 護らしい労いだと思った。

「円くんと智颯君の絆は、そんなことで折れたりしないでしょう。智颯君がいてくれて良かったですね」

 護が円に微笑んだ。
 円がすいと目を逸らす。照れている時の円の癖だ。
 智颯の視線に気が付いて、円がおずおずと口を開いた。

「昔の俺なら、今日ので、心が折れて、また、引きこもってた。立ち直れたのは、智颯君の、お陰」

 東館の空き教室に飛び込んだ時の円は確かに悲壮感を纏っていた。
 智颯の言葉で少しは元気になってくれたんだと思うと、嬉しい。
 何となく気恥ずかしくなって、顔が熱くなる。

「それを言うなら智颯だって円くんがいなかったら、もっとへこんでただろ」
「お互いに支え合えるバディは、素敵ですね」

 直桜と護の言葉が、素直に嬉しかった。

(少し前の僕ならきっと、直桜様の言葉も化野さんの言葉も素直に聞けなかっただろうな)
 
 直桜に憧憬と恋情を抱いていた頃の智颯だったら、二人の今の言葉は励ましにはならなかっただろう。
 円がいてくれるから、今の言葉を嬉しく感じるし素直に受け止められる。
 隣の円に目を向けた。少しだけ頬を赤くして照れた顔をしている。
 きっと二人して、同じような顔をしているに違いない。
 智颯と円は互いの顔を見て、笑い合った。

「一先ず、次はもっとお互いに連携を取れるように作戦、練ろうとは思うんだ。けど、その前に智颯は明日から出雲ね」
「えぇ⁉ 作戦決行中なのにですか?」

 思わず立ち上がってしまった。

「初回の精子廃棄後の次の採取は二日後以降五日以内が望ましいらしいから、きっと保輔たちもすぐには動かないと思うよ。帰ってきてからでも十分間に合うというか、ちょうどいいいだろ。智颯が出雲に行ってる間に、色々詰めておくよ」
「そんな……」

 折角、自分から事件に関わって、失敗したとはいえ、リベンジの機会を得られたのに。こんなところで現場から離れ仕事が頓挫するのは、気持ち的に辛い。
 智颯の精子詐取以外でも保輔たちが何らかの動きを見せるかもしれない。特に教員の六黒は一般生徒にも手を出していた。捕食は常に行われている可能性がある。

「僕だけ後発組に混ぜてもらえませんか? 直桜様たちか藤埜室長のところに」
「別にいいけど……」
「ダーメ」

 直桜の肯定を遮って、清人が口を挟んだ。

「決まったことは覆りません。智颯は明日から出雲に行ってこい」
「どうしてですか? 出雲、そんなに大事ですか?」

 清人に、にじり寄る。
 じっとりした目で清人に見下ろされた。

「大事だろ、お前は惟神なんだから。そうじゃなくても、一回、現場から離れて頭冷やしてこい」
「冷やすって、僕は冷静じゃないように、見えますか?」
「見えるよ、最初からな。そもそも始まりから焦ってたのが、失敗して更に焦ってるだろ。ヒートアップしたまま続けても、良いことねぇよ。出雲はちょうどいい緩衝材だ」

 清人の言葉が的を射ていて、何も言い返せなかった。

「でも、僕がいない間にbugsが動き出して、また何か起きたら」
「その時は他の奴が動く。その為に、誰かが残ってんだろ」

 全く持ってその通りだ。
 円にも注意された。自分たちの仕事は個人プレイではなくチームプレイだと。解決するのは智颯じゃなくていい。

(解決に関われないのが嫌なのは、僕の我儘でしかない、わかってるけど)

 どうしても自分を納得させられない。
 智颯の表情を眺めていた清人が、小さく息を吐いた。

「今回は直桜に全体の指揮官を任せているし、俺はあんまり口出ししたくねぇんだけどな。お前の先走った行動がチーム全員を殺すこともある。俺たちの仕事はそういう仕事だ。よく考えろよ」

 清人の言葉はあまりに正論で、智颯の胸に重く響いた。

(藤埜室長は、経験値が僕とは桁違いだ。だから余計に、言葉が重い)

「出雲、行ってきます」

 ぽそりと小さく返事した。

「うん、偉い。智颯君はやっぱり賢いよ。折角だから、楽しんでおいで」

 紗月が頭を撫でてくれたが、顔を上げられないまま、智颯は組対室を出た。
 エレベーターに乗ろうと盤面に手を伸ばす。後ろから別の指が七階を押した。

「智颯君、今日さ、呪法解析部俺の部屋、泊ってくれない。俺、今日はへこんでるから、智颯君と一緒に、寝たい」

 円の声が心に沁みる。

「僕も、円と寝たい」

 円が智颯の腕を引いた。
 開いた扉の向こうに引きずり込んだ腕が智颯を抱き締める。
 温もりが優しくて、掛かる吐息が安心できて、円をもっと感じたくなる。
 ポロポロ流れる涙は円の服に沁み込んだ。
 エレベーターの中で、円は何も言わずに只々智颯を抱き締めてくれていた。
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