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第Ⅲ章

第7話 bugsのターゲット

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 直桜はスマホでネット辞書を開いていた。役行者のページには確かに『前鬼と後鬼という鬼神を使役していた』と書かれている。
 掲載されている絵と四季を見比べる。

「似てないね、後鬼」
「江戸時代に描かれた錦絵ですからね。北斎の想像ですし、仕方ないですね」

 直桜の呟きに護が苦笑して答えた。
 葛飾北斎とて、見たものを描いた訳ではないので当然だと思う。何なら、前鬼と後鬼のみならず、役行者自体が実在をギリギリ裏付けできるレベルの歴史上の人物だ。
 ネット辞書の内容もどこまでが本当なのか、本人に聞いてみたくなる。

「一先ず、淫鬼の一族の現状と四季の懸念は理解した。直桜の推察通り理研が絡んでいる線は濃厚だ。参考にして問題ないだろう。並行して調べを進めよう」

 忍が至極、真面目な顔で話を進行する。

「うん、それでいいと思うんだけどさ。なんで四季は、忍を抱えるみたいに座ってんの?」

 誰も突っ込まないから、直桜が聞いた。
 事務所は以前より広くなって、ソファの数も増えた。全員が座って余るくらいの広さだ。なのに四季は忍の後ろに腰掛けて、その体を抱くように座っている。

「小角……忍様、がいらっしゃる時は、いつもこうして座っていた。御身を御守りするためだ」
「キャラ変わってない? もっとぼんやりした天然だったよね? ここは事務所だから危険はないよ」
「忍様の前で、ぼんやりはできない」

 四季と直桜のやり取りを気にすることなく、忍はコーヒーを飲んでいる。

「直桜、突っ込むのやめなよ。四季にとってはそれが普通なんだって。それより、今日のおやつドーナツにしたんだぁ。チョコ味多めにしたから食べなよ」

 紗月がドーナツの皿を直桜に近付けた。
 納得いかないまま直桜は、チョコリングを取って、ぱくりと頬張った。

「妖怪ってさ、人間苦手な子も多いけど、懐くと執着強めな子も多いんだよ。一人の人間に懐くっていうか。黒介とか稜巳も、そうじゃん」

 集魂会にいる八咫烏・神崎黒介を思い浮かべる。
 確かに行基への想いは特別に見えた。
 稜巳の英里への執着は確かに強かったし、その思いは今、優士に向いている。

「茨くんも行基によく懐いていましたね。おじいちゃんと孫のようでした」
「そうそう、茨は特に行基が大好きだよね」

 護の言葉に紗月が激しく同意する。

「懐くのも、その座り方も別にいいけどさ。俺は忍さんの態度があまりにも普通過ぎて怖ぇんだけど」

 清人が気味悪い目線を忍に向けている。
 やっと同志が現れた気がして、直桜は内心、ほっとした。

「ん? そうか? いつもこうだから、気にしていなかった」

 さらりと流れた言葉が余計に日常感があって、清人と直桜は絶句した。

「だったらもう、何も言わねぇけどさ」
「うん、そうだね。なんか、ごめん」

 二人の言葉を不思議そうに聞きながら、忍が話を再開した。

「今ちょうど、新しく立ち上げた組織犯罪対策室の主要メンバーが揃っている。円と智颯は、主に解析方面での兼任になる。当面はこの面子で任務にあたると思っておいてくれ」

 忍の言葉に、全員の表情が引き締まった。

「まさに少数精鋭って感じ? 人数増やす予定はないの?」

 紗月の疑問は、直桜も思うところだった。

「基本的な怪異は怪異対策室の担当になる。この部署に回ってくる仕事は現状、少ない。案件が増えたら考えんでもないが、ここに来られる面子もそうはいない。本当なら惟神を集めたかったが、他部署の都合を考えると、そうもいかんからな」

 祓戸四神の惟神の中で、律と瑞悠は怪異対策室に籍を置いている。武力高めの二人が残った印象だ。
 13課の花形ともいえる怪異対策室からその二人を抜くのは、現実的に有り得ない。

「ま、しばらくはこの面子でbugsを追っかける感じだな。伊吹保輔のマークには既に怪異対策室と諜報・隠密担当が動き出してる。ターゲットの関係で俺たちは後方支援だが、本来はウチがメインの案件だ」

 諜報・隠密担当の調べで、伊吹保輔が神代学園高等部の二年生である事実が判明した。同じ高校に通う智颯と瑞悠が狙われないはずはないと、諜報担当の花笑の草が数名、護衛に付いている。
 清人が言う通り、本来は組織犯罪対策室の案件だが、身動きがとり辛い状態だった。
 
「保輔は試験を受けて入学して、一年次から在籍してるんだよね? 智颯たちの存在に気が付いて、惟神を狙っているのかな」

 集魂会の行基からの情報によると、bugsのターゲットは、どうやら惟神らしい。

「現時点では何とも言えんが。反魂儀呪からの指示なら、智颯と瑞悠がターゲットと考えて、間違いないだろう」

 槐は智颯と瑞悠の存在を知っている。その上でbugsに惟神を狙う指示を出したのだとしたら、忍の言葉通り、ターゲットは智颯と瑞悠で確定だ。

「惟神なんて、全く一般的じゃない相手をターゲットにしてる時点で反魂儀呪の指示はホボ確だけどさ。bugsの活動目的って、何なんだろうね」

 紗月の疑問は、直桜も考えるところだった。
 槐の言葉を信じるなら、bugsの伊吹保輔は自分から反魂儀呪に近付き、傘下に入る打診をした。自分たちの目的を叶えるための同盟のような言い方をしていた。

(ああいう時の槐は、嘘はつかない。というか、槐は基本、俺に嘘を吐かない。だから嫌いなんだけど)

 槐は直桜に対して常に本音と事実しか語らない。隠しておきたいことは話さない。言葉の総てが本当だと分かるからこそ、気持ちが悪いと感じる。

「つまりは伊吹保輔の目的ってことだろ? そこを早めに明らかにしねぇと、俺らの活動もいずれ詰むわな」
「保輔は理研に恨みがあり、理研を潰すためにbugsを結成したと思っていた、と行基は話していたが。あくまで行基の心象に過ぎんからな」

 清人と忍の言葉を受けて、直桜は頭の中の整理を始めた。

「bugsには、表向きは精子バンクを謳った風俗を経営している噂がありますね。重田さんの話では、一年くらい前からではないかと。bugs自体、警察の包囲網に上がってきたのが二年以内だとの話です」

 重田優士は所属していた警察庁の組織犯罪対策部から警視庁に出向していた。出向先が「暴力団対策課」、いわゆる昔の「組対4課」だった。
 そこで包囲網に入るくらいだから、怪異無関係に警察に目を付けられる組織だったということだ。
 護の話を受けて、紗月が天井を見上げた。

「精子バンクかぁ。理研と切れてるかも微妙に思えてくるね。少子化対策室なら精子いっぱい欲しいだろうしねぇ」
「いっぱいって。どんな精子でも良いって訳じゃねぇだろ」

 紗月の呟きに、清人が苦い顔をする。

「それに関して実は、皆さんに共有したい情報があります。さっき、邑から出た後に受け取ったばかりの、未確定の情報なのですが」

 護がスマホを開く。
 皆の視線が一気に集まった。

「円くんが送ってくれた、bugs関連の精子バンクと思われるホームページのスクショです。会員登録の前のページで」

 護が、スマホをスクロールする。
 可愛らしい猫の写真が載っていた。写真の下に『猫に向かって手を翳し、孕めと念じてください』と書いてある。

「念じると、この写真が変わるそうです、このように」

 スワイプした次の写真には、呪符が映っている。
 この場にいる全員が記憶に新しい呪符だ。反魂儀呪の護衛団・九十九が顔を覆っていた呪符と同じだった。
 全員が息を飲んだ。

「写真を呪符に変えられる者しか、会員登録ページに飛べないそうです」

 強い思いで念じることで、無自覚に霊力を高めるよう誘導しているのだろう。霊力が強ければ念じるまでもなく手を翳すだけで、呪符が霊気を感知できる。霊力がなければ猫の写真のまま、ということだ。

「ちなみに、直桜や清人さんは神力を感知される危険性があるからホームページは開かないほうが良いと円くんからのアドバイスです」

 だからスクショなのかと納得した。
 ネットなどの電脳線は霊力が流れやすく溜まりやすい。確かに危険は大きいし、その分、bugsとしてはターゲットを探しやすいだろう。

「これもう、bugsで決まりだし、なんなら反魂儀呪絡み確定だろ」
「しかも、ターゲットがわかりやすいね。霊力が強い人間の精子が欲しいってことか」

 清人と直桜の呟きに、全員が顔を合わせた。

「伊吹保輔の狙いって、もしかして惟神の精子?」
「だとしたら、ターゲットは智颯君、でしょうか」

 紗月と護の言葉に、嫌な汗が流れる。

「そうなると理研との繋がりも現実味を帯びてくるな。惟神や霊《すだま》の感度が高い人間の精子を使って、昔の霊元移植に類似した実験を再開している可能性がある」

 忍の推察は、納得しかない。
 理研が反魂儀呪やbugsと繋がって、霊力の高い人間を作り出そうとしているのだとしたら。

「人工的に惟神を作ろうとしている、とか」

 直桜の呟きに、誰も反論しなかった。

「だとしたら、瑞悠ちゃんはもっと危なくない? 卵子採取のために誘拐されてもおかしくないよね?」

 紗月が何時になく本気の声で話している。
 それ以上に、誘拐などされたら何をされるかわからない。卵子の採取だけならまだマシな事態にもなりかねない。
 
「方向性は決まりだ。俺たちは、bugsの精子バンクと理研の方面で動くぞ。精子バンクが本当に理研に精子を提供しているかの確認と理研の研究内容の実態を掴む」

 清人の言葉に全員が頷いた。
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