151 / 354
第Ⅱ章
第78話 反魂儀呪 護衛団・九十九
しおりを挟む
直桜と護の後ろから、突風が前へと吹き流れた。
自然の風でない攻撃を、楓が槐の前に結界を張って防ぐ。
簡易な結界は一度の風で壊れた。
『楓と槐は、動くな』
明らかに霊力の乗った命令の言霊術が風と共に飛んでいた。
優士の言霊術で、楓と槐が動きを止めた。
「命令の意図を明確に込めた言霊術は強い。自力では破れんぞ」
忍が、直桜と護の前に出た。
ちらりと後ろを振り返る。
「情報収集はここまでだ。お前たちでは八張槐と枉津楓からの、これ以上の自白は望めん。捕縛に移行する」
忍に促された梛木が手を翳す。投げつけた緊縛術を何かが弾いた。
全員に緊張が走る。
槐と楓の前に、背が高い細身の男が、どこからともなく降り立った。
「初めまして、13課の皆様。私、反魂儀呪・護衛団九十九が一人、八束と申します。以後、お見知り置きを」
大仰な仕草で丁寧に頭を下げる男は大きな呪符で顔が隠れている。
表情はわからないが、強い呪力と隙のなさは、感じ取れる。
その場にいる全員が、迂闊に動けないと感じているはずだ。
八束の目が、直桜に向いた気がした。
「あぁ、あのお方が、最強の惟神? 我々が真に崇めるべき異端の惟神なのですね。お会いできて光栄です」
声に混じる恍惚とした崇拝が、気色悪い。
直桜は思わず後ろに身を引いた。直桜を庇って、護が前に出る。
「化野、あまり直桜から離れるな。あと二人、いる」
忍が上を覗く。
降りてきた影を、後ろから飛び込んだ紗月が蹴り飛ばした。
「いってぇ。まだ挨拶もしていねぇのに、殴るか? 警察のくせに、常識とかないのかよ」
「殺意むき出しの輩に向ける常識は持ち合わせてないよ」
霊気を強く纏った日本刀を構えて、紗月が男の前に立つ。
紗月に殴られて転んだ男も、大きな呪符で顔を隠していた。
「一応、名乗っておくなぁ。俺は五奇だ、よろしく。九十九では、挨拶は常識だから、ちゃんとしないって習うんだぜ」
体躯も小さくカラッとした話口のせいで子供に見える。だが、尋常じゃない呪力を溢れんばかりに放っている。
「忍、アレ、人間じゃない」
直桜の言葉に、忍が頷いた。
「やはり、そうか。妖怪でもなさそうだが、反魂した御霊か?」
人間の気に近いものは感じる。だが、行基のような御霊とは違う。
「只の御霊じゃない。多分、呪物だ。呪具に怨霊か何かを移して定着させたような、そういう気持ち悪さがある」
穢れや呪いは、重なり過ぎると気分が悪くなる。
神を内包する惟神特有の感覚だ。近くにいる清人も、口元を抑えていた。
「すごいわねぇ。呪人の術を知らないのに、そこまでわかっちゃうなんて、流石は最強の惟神だわぁ」
聞いたことがある声だと思った。
稜巳を抱いた優士の前に、いつの間にか女が立っていた。
「……英里の声?」
稜巳が首を傾げる。
優士が大きく飛び退いて女から距離を取った。
女の顔にもまた大きな呪符がある。だが、その声は確かに稜巳の記憶の中で聞いた英里とよく似ていた。
「霊元をあげちゃったから、今の私に言霊術は使えないのよぉ。でも、反魂すれば御霊は使えるものねぇ。お人形を動かす動力には充分なの」
優士が驚愕の表情になった。
「英里、まさか、英里の御霊で怨霊を……?」
清人が神力を込めた空気砲を放った。
ギリギリのところで女が避けた。
「急に攻撃なんて、酷いわねぇ。君はこの声、懐かしくないの?」
「俺は紗月や重田さんほど関わってねぇし、優しくもねぇよ。反魂した魂なら、祓えば黄泉に返るだろ」
清人が投げつける空気砲を女が身軽に避ける。
「冷たいのねぇ。もうちょっと演技すれば良かったかしら」
「中身、別人だろ。意味ねぇよ」
いくつも放った空気砲が軌道を曲げて女に迫る。
二つの空気砲が女の前後を挟み撃ちにして、ぶつかった。
ぐにゃり、と体幹や四肢が有り得ない曲がり方をする。
「あらあら、壊れそうねぇ。弱い器だわ」
体に力を込めて、女の体が飛び上がった。
前後の空気砲がぶつかり合って相殺される。
大きく飛び上がった女は、槐と楓を庇いながら八束の隣に立った。
「私も一応、名乗っておくわねぇ。今は英里じゃなくて三里よ。よろしくぅ」
三人の呪術者が、槐と楓を守る。
あの壁はそう易々と壊せない。そう感じた。
「我々、護衛団九十九はリーダー様と巫子様を守るために存在する。やり合うならばこの場で、文字通り命尽きるまで戦闘しても構いません」
八束が前に出る。
カクカクした動きが、案山子を連想させる。
「やり合うのは無しだろ。このまま帰るほうが良いって。でも槐様と楓様は、アレが欲しいんだっけ?」
五奇が直桜を指さす。
護が過剰に反応して、腕で直桜を庇った。
「今日はいいよ。そのうち、自分から来てくれると思うから、その時は仲良くね」
槐が動いている。
動揺したせいか、優士の言霊術が解けてしまったらしい。
槐の目が直桜に向いた。
「bugsの伊吹保輔は、ちょっと食えない子でね。俺もあまり信用はしてないんだ。けど、仲間になりたいっていうから受け入れてみたんだよ。面白そうだったから」
槐が立ち上がり、楓の肩を抱いた。
楓の表情が、心なしか曇って見えた。
「それ以上の情報は、自分たちで集めてみてよ。あぁ、それと、流石にこれは痛かったって、陽人に伝えておいて」
槐が自分の胸を指さして、口端を上げた。
槐と楓の足下に陣が展開する。
いつも槐が逃げる時に使う、空間術と同じだ。八束とかいう案山子男が行使している。
「楓!」
気が付いたら、叫んでいた。
楓が顔を上げて直桜に向き合う。
「直桜、強くなってね。前にも話した通り、弱い術者なら要らない。だから、もっと強くなって俺を……」
声が途切れても、口は動いていた。
『殺しに来てね』
そう、動いたように見えた。
黒い旋風に巻かれて、槐たちはその場から消えた。
何とも言えない想いが、直桜の胸に残っていた。
自然の風でない攻撃を、楓が槐の前に結界を張って防ぐ。
簡易な結界は一度の風で壊れた。
『楓と槐は、動くな』
明らかに霊力の乗った命令の言霊術が風と共に飛んでいた。
優士の言霊術で、楓と槐が動きを止めた。
「命令の意図を明確に込めた言霊術は強い。自力では破れんぞ」
忍が、直桜と護の前に出た。
ちらりと後ろを振り返る。
「情報収集はここまでだ。お前たちでは八張槐と枉津楓からの、これ以上の自白は望めん。捕縛に移行する」
忍に促された梛木が手を翳す。投げつけた緊縛術を何かが弾いた。
全員に緊張が走る。
槐と楓の前に、背が高い細身の男が、どこからともなく降り立った。
「初めまして、13課の皆様。私、反魂儀呪・護衛団九十九が一人、八束と申します。以後、お見知り置きを」
大仰な仕草で丁寧に頭を下げる男は大きな呪符で顔が隠れている。
表情はわからないが、強い呪力と隙のなさは、感じ取れる。
その場にいる全員が、迂闊に動けないと感じているはずだ。
八束の目が、直桜に向いた気がした。
「あぁ、あのお方が、最強の惟神? 我々が真に崇めるべき異端の惟神なのですね。お会いできて光栄です」
声に混じる恍惚とした崇拝が、気色悪い。
直桜は思わず後ろに身を引いた。直桜を庇って、護が前に出る。
「化野、あまり直桜から離れるな。あと二人、いる」
忍が上を覗く。
降りてきた影を、後ろから飛び込んだ紗月が蹴り飛ばした。
「いってぇ。まだ挨拶もしていねぇのに、殴るか? 警察のくせに、常識とかないのかよ」
「殺意むき出しの輩に向ける常識は持ち合わせてないよ」
霊気を強く纏った日本刀を構えて、紗月が男の前に立つ。
紗月に殴られて転んだ男も、大きな呪符で顔を隠していた。
「一応、名乗っておくなぁ。俺は五奇だ、よろしく。九十九では、挨拶は常識だから、ちゃんとしないって習うんだぜ」
体躯も小さくカラッとした話口のせいで子供に見える。だが、尋常じゃない呪力を溢れんばかりに放っている。
「忍、アレ、人間じゃない」
直桜の言葉に、忍が頷いた。
「やはり、そうか。妖怪でもなさそうだが、反魂した御霊か?」
人間の気に近いものは感じる。だが、行基のような御霊とは違う。
「只の御霊じゃない。多分、呪物だ。呪具に怨霊か何かを移して定着させたような、そういう気持ち悪さがある」
穢れや呪いは、重なり過ぎると気分が悪くなる。
神を内包する惟神特有の感覚だ。近くにいる清人も、口元を抑えていた。
「すごいわねぇ。呪人の術を知らないのに、そこまでわかっちゃうなんて、流石は最強の惟神だわぁ」
聞いたことがある声だと思った。
稜巳を抱いた優士の前に、いつの間にか女が立っていた。
「……英里の声?」
稜巳が首を傾げる。
優士が大きく飛び退いて女から距離を取った。
女の顔にもまた大きな呪符がある。だが、その声は確かに稜巳の記憶の中で聞いた英里とよく似ていた。
「霊元をあげちゃったから、今の私に言霊術は使えないのよぉ。でも、反魂すれば御霊は使えるものねぇ。お人形を動かす動力には充分なの」
優士が驚愕の表情になった。
「英里、まさか、英里の御霊で怨霊を……?」
清人が神力を込めた空気砲を放った。
ギリギリのところで女が避けた。
「急に攻撃なんて、酷いわねぇ。君はこの声、懐かしくないの?」
「俺は紗月や重田さんほど関わってねぇし、優しくもねぇよ。反魂した魂なら、祓えば黄泉に返るだろ」
清人が投げつける空気砲を女が身軽に避ける。
「冷たいのねぇ。もうちょっと演技すれば良かったかしら」
「中身、別人だろ。意味ねぇよ」
いくつも放った空気砲が軌道を曲げて女に迫る。
二つの空気砲が女の前後を挟み撃ちにして、ぶつかった。
ぐにゃり、と体幹や四肢が有り得ない曲がり方をする。
「あらあら、壊れそうねぇ。弱い器だわ」
体に力を込めて、女の体が飛び上がった。
前後の空気砲がぶつかり合って相殺される。
大きく飛び上がった女は、槐と楓を庇いながら八束の隣に立った。
「私も一応、名乗っておくわねぇ。今は英里じゃなくて三里よ。よろしくぅ」
三人の呪術者が、槐と楓を守る。
あの壁はそう易々と壊せない。そう感じた。
「我々、護衛団九十九はリーダー様と巫子様を守るために存在する。やり合うならばこの場で、文字通り命尽きるまで戦闘しても構いません」
八束が前に出る。
カクカクした動きが、案山子を連想させる。
「やり合うのは無しだろ。このまま帰るほうが良いって。でも槐様と楓様は、アレが欲しいんだっけ?」
五奇が直桜を指さす。
護が過剰に反応して、腕で直桜を庇った。
「今日はいいよ。そのうち、自分から来てくれると思うから、その時は仲良くね」
槐が動いている。
動揺したせいか、優士の言霊術が解けてしまったらしい。
槐の目が直桜に向いた。
「bugsの伊吹保輔は、ちょっと食えない子でね。俺もあまり信用はしてないんだ。けど、仲間になりたいっていうから受け入れてみたんだよ。面白そうだったから」
槐が立ち上がり、楓の肩を抱いた。
楓の表情が、心なしか曇って見えた。
「それ以上の情報は、自分たちで集めてみてよ。あぁ、それと、流石にこれは痛かったって、陽人に伝えておいて」
槐が自分の胸を指さして、口端を上げた。
槐と楓の足下に陣が展開する。
いつも槐が逃げる時に使う、空間術と同じだ。八束とかいう案山子男が行使している。
「楓!」
気が付いたら、叫んでいた。
楓が顔を上げて直桜に向き合う。
「直桜、強くなってね。前にも話した通り、弱い術者なら要らない。だから、もっと強くなって俺を……」
声が途切れても、口は動いていた。
『殺しに来てね』
そう、動いたように見えた。
黒い旋風に巻かれて、槐たちはその場から消えた。
何とも言えない想いが、直桜の胸に残っていた。
3
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説


アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる