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第Ⅱ章
第68話 不良集団bugs
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行基が武流の肩に手を置いた。
武流に羽交い絞めにされて、すっかり寝こけた蜜白を見詰める。
「今の話で、一般社会じゃ生きられねぇ人間だってのは伝わったと思うが、それだけじゃねぇんだ。コイツ等には別の問題もあってなぁ。相談事ってのは、そっちだ」
忍が小さく息を吐いた。
「理研絡みなら13課より、警視庁管轄になる可能性が高いぞ」
「いいや、間違いなく13課だ。恐らくもう、事件になっているはずだぜ。怪異と認識されていないだけでな」
忍の目が行基に向く。
「最近、力をつけてきたbugsって不良集団を知っているか?」
直桜は首を傾げた。
「噂なら多少聞いたことがあります。若い世代で構成された犯罪集団で、反社、所謂ヤクザと対等な取引をしている組織だと」
護の説明に、行基は頷いた。
「そいつらは、理研に捨てられたがウチに来なかった奴らだ。ウチから出てった奴もいる。人数はそう多くねぇが、全員が特殊能力保持者だ」
理研と特殊能力が繋がらなくて、咄嗟に反応できなかった。
「霊元移植実験が再開したか?」
忍の質問に、行基が首を振った。
「なんてことはねぇ、非合法で無謀な実験を繰り返せば副産物が生まれる。霊力や呪力を持っていないのに、それに準じた力を得てしまう被験体が出たって話だ」
ぞくり、と肌が粟立った。
「偶然、産まれたんだよね。人工的に造った訳じゃなくて」
行基が頷く。
「世代としては蜜白や武流の頃だ。歳の頃、十八前後の奴らだろう。少子化対策の被験体は、身体構造の組み替えと、脳波や脳科学物質の組み替えに別れていた。主に後者から、異能者が多く生まれた」
行基が武流に視線を下げた。
武流が右足を上げる。次の瞬間、筋肉が大きく膨張した。
「俺は体内で受精卵を作れるだろ。ホルモンをいじった結果の副産物で、筋骨系の増強が自在にできる力を生まれた時から持ってた。同じように蜜も女性ホルモンを多く移植されてる。関係あるかわからねぇが、かなり広範囲の遠視ができる」
思いもよらない話に、直桜は息を飲んだ。
「そういう被験体が多く生まれたからだろうな。理研はcodeを作った。武流は犬夜叉、蜜は夜雀に分類されるらしい。他にも覚とか土蜘蛛ってのがあるが、そいつらがどんな力を持っているのかまでは、わからねぇ」
行基の話はあまりに荒唐無稽、とまでは言わないが現実味がない。
だが、目の前にその力を得た者がいる。只の噂レベルの話ではない。
「分類の名称が妖怪だね」
直桜の言葉に、行基が深く頷いた。
「理研の心境が現れてんだろ。奴ら、特殊能力を持つ被験体を妖怪だと思ってんのさ。だから、処分を決めた」
「処分? 人間を法にもかけずに処分するんですか?」
驚く護に言葉に、行基が首を振る。
「奴らにとっては人間じゃねぇ、妖怪なのよ。だから法は必要ねぇ」
「妖怪が相手なら担当部署は13課、か。確かにウチに回ってきそうな案件だな」
忍のボヤキともとれない言葉を横で聞きながら、 直桜は武流と蜜白を眺めた。
一見して只の人間と変わらない風貌の二人は、普通とは違う特徴を二つも抱えている。それ故に人権を得られず、一般的な生活がままならない。
行基と、その隣に静かに立っている黒介。前回、会った茨。
ここには人の世からはみ出した人間や妖怪が肩を寄せ合って暮らしている。
(碓氷さんや武流、黒介と茨、それに、重田さん。俺たちと何が違うのかな)
直桜は神を内包する惟神、護は鬼の血を受け継ぐ末裔だ。忍など千三百年も生きている仙人だ。
なのに、生きている場所はまるで違う。
行基が話を再開して、直桜の意識はそちらに向いた。
「奴らが自分たちをbugsと称するのは、理研へのアテツケさ。活動目的はまだはっきりしないが、反社に武力提供して資金を稼いでいるのは確かだ」
「反社に武力提供か」
直桜は、ぽつりと呟いた。
「一人、頭の切れる野郎がいてな。理研出身者以外にも呪詛師なんかを引き入れてるって噂もある」
「その頭がいい人って、集魂会を出て行った人?」
直桜の質問に、行基が苦笑いした。
「そうだよ。伊吹保輔ってクソ生意気な餓鬼でなぁ。codeは土蜘蛛だったが、結局どんな能力か明かさずに出て行っちまいやがった。アイツにはきっと目的があるんだろうぜ」
行基の目が忍に向いた。
「なるほどな、確かに看過できん話だ。早速、草を動かすとしよう。それと行基、理研の所長は安倍千晴のままか?」
「変わってねぇよ。十年前に安倍晴子が引退して、若い娘が跡を継いだ。本当はあの当時、副所長だった英里に継がせたかったんだろうがな。尤も英里が継いでいたら、今頃、理研はなくなっていただろうなぁ」
稜巳の記憶の中で、行基は確かに英里を「所長の娘」「副所長」と呼んでいた。
「英里さんの言霊術は、本当に自然の能力だったのかな」
これまでの理研の話を聞いていると、移植されていてもおかしくない気がした。言霊術は、あまりにも強く完成度が高すぎる。
「考えても今は無意味だ。時期に知れる時も来るだろう」
忍が直桜の頭に手を置き、ポンと撫でた。
その仕草を、少し意外な顔で行基が眺めていた。
「長く話をし過ぎた。仕事は何一つ片付いていない。稜巳の封印場所に向かうぞ。紗月は既に向かっているはずだ」
動き出そうとする忍を行基が制した。
「待て待て、もう夜中だぜ。休んでから動けよ。ここは広いし、泊まれる場所もある。朝になったら動けばいいさ」
行基の顔をまんじりと眺めていた忍が、動きを止めた。
「それもそうだな。部屋を借りられるか?」
忍の気が揺らいでいる。焦っているのだと思った。
「清人が潜入の成果を出すまでに数日かかると思うんだ。梛木が一緒なら、紗月は様子を見て突入の機を窺うと思う。焦る必要は、ないよ」
直桜の説明を聞いた忍が、また頭を撫でた。
「そうだな。今は、あの頃とは違う」
独り言のように呟いて、忍は行基と共に部屋の奥に消えていった。
「蜜は俺が見張っておくから、安心して寝ていいぜ」
武流が横から声を掛けてきた。
「でも、数日起きないかもしれないな。だとしたら、心配ないぜ」
「長く眠るのには、何か意味があるの?」
直桜の何気ない問いかけに、武流の表情が陰った。
「フェロモンを大量に出すと疲労感が半端ねぇ。だから、よく眠る。フェロモンが暴走しだすと、長くねぇんだ。無理して人体をいじっているせいか、俺らの寿命は短い。蜜はもう二十歳だし、そろそろ寿命かもな」
思いもよらない返答に、何も言えなかった。
自分より年下の蜜白がもう寿命だなんて、考えもしなかった。
「可哀想だとか何とかしてやろうとか、考えなくていいぜ。俺たちみたいな生き物は抗わずに生きて死ぬのがいいんだ」
直桜よりずっと年下であろう武流は、達観した考え方で、自分という生き物を割り切って生きている。
それが直桜の目には酷く悲しく映った。
「直桜、行きましょう。忍班長が待っていますよ」
かける言葉も見つからないまま、護に促されて、直桜は奥の部屋へと入った。
武流に羽交い絞めにされて、すっかり寝こけた蜜白を見詰める。
「今の話で、一般社会じゃ生きられねぇ人間だってのは伝わったと思うが、それだけじゃねぇんだ。コイツ等には別の問題もあってなぁ。相談事ってのは、そっちだ」
忍が小さく息を吐いた。
「理研絡みなら13課より、警視庁管轄になる可能性が高いぞ」
「いいや、間違いなく13課だ。恐らくもう、事件になっているはずだぜ。怪異と認識されていないだけでな」
忍の目が行基に向く。
「最近、力をつけてきたbugsって不良集団を知っているか?」
直桜は首を傾げた。
「噂なら多少聞いたことがあります。若い世代で構成された犯罪集団で、反社、所謂ヤクザと対等な取引をしている組織だと」
護の説明に、行基は頷いた。
「そいつらは、理研に捨てられたがウチに来なかった奴らだ。ウチから出てった奴もいる。人数はそう多くねぇが、全員が特殊能力保持者だ」
理研と特殊能力が繋がらなくて、咄嗟に反応できなかった。
「霊元移植実験が再開したか?」
忍の質問に、行基が首を振った。
「なんてことはねぇ、非合法で無謀な実験を繰り返せば副産物が生まれる。霊力や呪力を持っていないのに、それに準じた力を得てしまう被験体が出たって話だ」
ぞくり、と肌が粟立った。
「偶然、産まれたんだよね。人工的に造った訳じゃなくて」
行基が頷く。
「世代としては蜜白や武流の頃だ。歳の頃、十八前後の奴らだろう。少子化対策の被験体は、身体構造の組み替えと、脳波や脳科学物質の組み替えに別れていた。主に後者から、異能者が多く生まれた」
行基が武流に視線を下げた。
武流が右足を上げる。次の瞬間、筋肉が大きく膨張した。
「俺は体内で受精卵を作れるだろ。ホルモンをいじった結果の副産物で、筋骨系の増強が自在にできる力を生まれた時から持ってた。同じように蜜も女性ホルモンを多く移植されてる。関係あるかわからねぇが、かなり広範囲の遠視ができる」
思いもよらない話に、直桜は息を飲んだ。
「そういう被験体が多く生まれたからだろうな。理研はcodeを作った。武流は犬夜叉、蜜は夜雀に分類されるらしい。他にも覚とか土蜘蛛ってのがあるが、そいつらがどんな力を持っているのかまでは、わからねぇ」
行基の話はあまりに荒唐無稽、とまでは言わないが現実味がない。
だが、目の前にその力を得た者がいる。只の噂レベルの話ではない。
「分類の名称が妖怪だね」
直桜の言葉に、行基が深く頷いた。
「理研の心境が現れてんだろ。奴ら、特殊能力を持つ被験体を妖怪だと思ってんのさ。だから、処分を決めた」
「処分? 人間を法にもかけずに処分するんですか?」
驚く護に言葉に、行基が首を振る。
「奴らにとっては人間じゃねぇ、妖怪なのよ。だから法は必要ねぇ」
「妖怪が相手なら担当部署は13課、か。確かにウチに回ってきそうな案件だな」
忍のボヤキともとれない言葉を横で聞きながら、 直桜は武流と蜜白を眺めた。
一見して只の人間と変わらない風貌の二人は、普通とは違う特徴を二つも抱えている。それ故に人権を得られず、一般的な生活がままならない。
行基と、その隣に静かに立っている黒介。前回、会った茨。
ここには人の世からはみ出した人間や妖怪が肩を寄せ合って暮らしている。
(碓氷さんや武流、黒介と茨、それに、重田さん。俺たちと何が違うのかな)
直桜は神を内包する惟神、護は鬼の血を受け継ぐ末裔だ。忍など千三百年も生きている仙人だ。
なのに、生きている場所はまるで違う。
行基が話を再開して、直桜の意識はそちらに向いた。
「奴らが自分たちをbugsと称するのは、理研へのアテツケさ。活動目的はまだはっきりしないが、反社に武力提供して資金を稼いでいるのは確かだ」
「反社に武力提供か」
直桜は、ぽつりと呟いた。
「一人、頭の切れる野郎がいてな。理研出身者以外にも呪詛師なんかを引き入れてるって噂もある」
「その頭がいい人って、集魂会を出て行った人?」
直桜の質問に、行基が苦笑いした。
「そうだよ。伊吹保輔ってクソ生意気な餓鬼でなぁ。codeは土蜘蛛だったが、結局どんな能力か明かさずに出て行っちまいやがった。アイツにはきっと目的があるんだろうぜ」
行基の目が忍に向いた。
「なるほどな、確かに看過できん話だ。早速、草を動かすとしよう。それと行基、理研の所長は安倍千晴のままか?」
「変わってねぇよ。十年前に安倍晴子が引退して、若い娘が跡を継いだ。本当はあの当時、副所長だった英里に継がせたかったんだろうがな。尤も英里が継いでいたら、今頃、理研はなくなっていただろうなぁ」
稜巳の記憶の中で、行基は確かに英里を「所長の娘」「副所長」と呼んでいた。
「英里さんの言霊術は、本当に自然の能力だったのかな」
これまでの理研の話を聞いていると、移植されていてもおかしくない気がした。言霊術は、あまりにも強く完成度が高すぎる。
「考えても今は無意味だ。時期に知れる時も来るだろう」
忍が直桜の頭に手を置き、ポンと撫でた。
その仕草を、少し意外な顔で行基が眺めていた。
「長く話をし過ぎた。仕事は何一つ片付いていない。稜巳の封印場所に向かうぞ。紗月は既に向かっているはずだ」
動き出そうとする忍を行基が制した。
「待て待て、もう夜中だぜ。休んでから動けよ。ここは広いし、泊まれる場所もある。朝になったら動けばいいさ」
行基の顔をまんじりと眺めていた忍が、動きを止めた。
「それもそうだな。部屋を借りられるか?」
忍の気が揺らいでいる。焦っているのだと思った。
「清人が潜入の成果を出すまでに数日かかると思うんだ。梛木が一緒なら、紗月は様子を見て突入の機を窺うと思う。焦る必要は、ないよ」
直桜の説明を聞いた忍が、また頭を撫でた。
「そうだな。今は、あの頃とは違う」
独り言のように呟いて、忍は行基と共に部屋の奥に消えていった。
「蜜は俺が見張っておくから、安心して寝ていいぜ」
武流が横から声を掛けてきた。
「でも、数日起きないかもしれないな。だとしたら、心配ないぜ」
「長く眠るのには、何か意味があるの?」
直桜の何気ない問いかけに、武流の表情が陰った。
「フェロモンを大量に出すと疲労感が半端ねぇ。だから、よく眠る。フェロモンが暴走しだすと、長くねぇんだ。無理して人体をいじっているせいか、俺らの寿命は短い。蜜はもう二十歳だし、そろそろ寿命かもな」
思いもよらない返答に、何も言えなかった。
自分より年下の蜜白がもう寿命だなんて、考えもしなかった。
「可哀想だとか何とかしてやろうとか、考えなくていいぜ。俺たちみたいな生き物は抗わずに生きて死ぬのがいいんだ」
直桜よりずっと年下であろう武流は、達観した考え方で、自分という生き物を割り切って生きている。
それが直桜の目には酷く悲しく映った。
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