仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ.5章 番外:円×智颯『理想の卵が孵るまで』

番外『理想の卵が孵るまで(円智⑤)』あの時のキス

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※花笑円(17)×峪口智颯(16)


 最近の円は、自分でも少しだけ変わった気がしている。
 ちゃんと洗濯をするし、片付けもする。余裕がある時は智颯が来る前に掃除も済ませておく。
 何故かといえば、気付いた智颯が褒めてくれるからだ。

「今日も掃除終わってるのか? 頑張ったんだな、偉い」

 そう言って微笑む智颯の顔が、死ぬほど可愛い。

(スチルにして家宝にしたいレベル。草の早業で隠し撮りしたい)

 毎回、そう思うのに、可愛い智颯の笑顔に見惚れて忘れてしまう。推しの顔面に負ける己が憎い。

 今日は智颯が夕飯を作って一緒に食べて行ってくれる予定だ。一人だと食事を抜きがちな円を見兼ねてか、最近は週に何日か、夕食に付き合ってくれる。
 そのお陰で、ドリンクしか入っていなかった部屋の冷蔵庫は食材豊富になった。
 ある程度の下準備をしておきたいが、仕事も山済みなので間に合いそうにない。

(智颯君が学校終わって帰ってくるまで、もう少しだけど。急げば野菜を切るくらいはできるはずだ)

 円は血眼になってパソコン画面に向き合っていた。

「……円、円!」

 智颯の声がして、顔を上げる。
 いつの間にか隣に智颯が立っていた。

「智颯、君。早かった、ね」
「いや、今日は課外学習が入って、いつもより遅くなったよ」

 時計を見ると、もう夕方の六時だ。集中し過ぎて気が付かなかったらしい。

(しまった。早く終わらせたくて集中し過ぎた。なのに、終わってないし)

 しゅんと肩を落とす円を眺めていた智颯が、キッチンに向かった。

「遅くなったから、今日は弁当を買ってきたんだ。作れなくて、ごめんな。今、準備するから」

 声も、キッチンに向かう背中も、どこか覇気がない。

(課外学習で疲れてるのかな。そんな日まで来てくれるんだ。嬉しいけど、ちょっと申し訳ない)

 円は急いでキッチンに向かった。
 弁当を広げて茶を淹れる智颯を手伝う。

「味噌汁、とか、作っておけば、良かったね。気が利かなくて、ごめん」
「いや、円も忙しかったんだろ? メッセージ入れたのに既読が付かないから、適当に好きそうなの選んだ」
「え? ごめん、気が付かなかった」

 スマホなんか、全く見ていなかった。鳴っていたことすら気が付かなかった。
 互いに向き合って、腰掛ける。
 智颯が手を合わせて「いただきます」をする。円も倣った。
 今まで気にしたことがなかったが、智颯が食事のたびにちゃんとするので、円も癖になっていた。
 何となく話すことがなく、黙々と食事をする。

「忙しい日まで、付き合わせて、ごめんね」
「ここに来るのも、僕の仕事だ」

 会話が終了してしまった。
 何でもいいから会話の糸口が欲しくて、懸命に話題を探す。

(智颯君の笑顔が可愛いって話なら何百時間でも出来るのに、本人には言えないし)

 焦りまくる円を余所に、智颯がぽそりと呟いた。

「……最近、円は一人でも仕事できてるよな」

 振ってくれた話題に、待ってましたとばかりに乗っかる。

「え? う、うん。掃除とか、洗濯とか、出来る範囲で、頑張ってみてる。仕事も、滞って、ないよ」

 智颯に褒められたくてやってます、とは言えない。
 ちらりと円を見上げて、智颯がまたすぐに目を逸らした。

「目、真っ赤だけど、大丈夫なのか?」
「あ、いや、これは、その、集中、し過ぎて、疲れ目? 的な」

 智颯が食事の手を止めた。

「そこまでしなくても、残しておいてくれたら、僕がやる。その為に、助っ人に来てるんだ。それとも、僕がここに来るのは、円にとって迷惑なのか?」
「は?」

 思ってもみなかった言葉が飛び出して、円の目は点になった。

「ちょっと前の円は、ここまで無理してなかっただろ? プログラミングの仕事が毎日山積みなのは、僕も知ってる。それでも一人で無理するのは、僕にここに来てほしくないからなのかと」
「そんなわけないだろ!」

 智颯の言葉を遮って叫んだ。思わず、立ち上がってしまった。
 円の勢いに気圧されて、智颯がビクリと仰け反った。

「いや、その、ごめん」

 自分でも驚いて、おずおずと座り込む。

「智颯君にばかり、迷惑は、掛けられない、から」
「僕だって仕事なんだ。円は堂々と僕に仕事を任せていい」

 智颯が真っ直ぐに円を見詰めている。
 あまりにも無垢な瞳が痛すぎて、本当の理由が言えない。

「智颯君に、愛想つかされたく、ないんだ。できるだけ、頑張り、たい」

 それも嘘ではない。けれど、掃除をしない程度で愛想をつかす人ではないと、良く知っている。
 智颯が大袈裟ともいえるほど、盛大な溜息を吐いた。

「僕はあれから毎日、円を褒めているつもりだ。伝わってないのか? 褒め足りない?」

 ぶんぶんと、何度も首を横に振る。

「これ以上、褒められたら、息が止まって、死ぬ」

 智颯はあれから、本当に毎日、必ず一つは円を褒めてくれる。よくそんなに褒めることがあるなと、円本人が感心するほど褒めてくれている。
 お陰で智颯の褒め言葉には耐性ができて、褒めてくれる瞬間の笑顔をスチルにしたいと思える程度には余裕ができた。

「円は今のままでも十分、頑張ってる。だから、目が真っ赤になるほど頑張らなくていい。僕の仕事を奪ってまで、頑張らなくていいんだ」

 とくんと、静かに胸が鳴った。
 初めて智颯に褒められた時と同じ、胸の高鳴りだ。
 爆発しそうな衝撃じゃないのに苦しくて、胸が温かくなる。
 その温かさが目に昇って、溢れてしまいそうになる。
 零れそうなものを見られたくなくて、円は俯いた。

(智颯君は、俺が欲しいモノをたくさんくれる。顔も声も仕草も表情も、言葉さえ。何なの、乙女ゲとかBLゲの王子様なの? 本当に三次元なの?)

 円が極めて阿呆な発想をしている最中も、智颯が円から目を逸らさずにいるのが、気配でわかる。

「ありがと。これからは、無理しない。智颯君が、手伝ってくれるの、期待してる」

 智颯の纏う気が、緩んだように感じた。

「うん、そうしてくれ。ちゃんと僕を頼れよ。本当に大変な円の仕事は、僕じゃまだ手伝えないんだから」

 智颯をちらりと窺う。
 安堵したように、智颯が笑んだ。
 円の心臓はまた爆発した。

(最近の智颯君の笑顔が可愛すぎる。なんで? 気を許してくれてんの? 慣れてきたから? 俺の心臓が全然慣れないんですけど!)

 血反吐を吐く勢いで推しの愛くるしさに耐える。
 智颯が、そっと顔を隠すように逸らした。

「ちょっと心配だったんだ。円が僕を遠ざけるのは、その……、前に、変なことを、言ったからかなって」
「変なこと?」

 反芻して、思い当たった。

『たまには、円からも……、いや、なんでもない』

 過換気になりそうになったら頬にキスしてほしいとお願いした時の、あの言葉を。

(よく考えたら、俺からキスしたのって、智颯君の睡眠時キス魔が発覚した時の、あの一回きりだ)

 恋人でもないし、年中キスしている訳ではないが、何となくの事故や義務的なキスを智颯からは何度か貰っている。

「何でもない。覚えてないなら、思い出さないでくれ」

 耳が真っ赤な智颯は、俯いている顔も多分真っ赤だ。

(とっても一生懸命、言葉にしてくれたんだろうな。あの時も、きっと今も)

 智颯の性格を考えれば、言葉にすることすら恥ずかしいはずだ。
 円は、すっくと立ちあがった。
 智颯の隣に立って、両手で顔を包み込む。
 
「え、円? あれは、そういうことじゃなくて、無理はしなくてい……ふぁ」

 綺麗な形の柔らかい唇に、ふわりと口付ける。

「いつも褒めてくれる、お礼。もっと、深く、していい?」

 強張って怯える手が、円の服を摘まんだ。
 小さな顎が、こくりと頷く。

 唇を何度か重ねて、舌先で舐める。
 ピクリと震える肩を腕を回して抱いて、後頭部に手を添える。
 ゆっくりと舌で解して力の抜けた唇を割って、口内を舐める。
 上顎を摩り、舌を突いて舐めると、智颯の舌が動いた。
 円を求めるように動く舌を絡め合う。
 くちゅくちゅと音を鳴らして、少し強めに吸い上げると、智颯の腰がびくりと跳ねた。

(うわ……、下も触りてぇ。けど、さすがにそこまでしたら、嫌われちゃいそうだしな)

 制服のズボンがきつそうに膨れ上がった股間を横目に眺める。
 円まで勃ってしまいそうだ。そこは草の自制心で耐える。

 舌を絡め吸い上げるのを何度か繰り返すと、智颯がぴくぴくと腰を震わした。
 どうやら舌を虐められるのが好きらしいと気が付いて、悪戯心が湧いた。
 唇を離し、小さく開いた口に指を突っ込む。
 すっかり涙目になった智颯の目が驚きで開いた。
 人差し指と中指で舌を摘まんで、弄ぶ。

「こんな風にすると、ちょっと気持ちいい?」
「ぁ……ん、ぁ……」

 舌を抑えられて話せない智颯の口から漏れる声は、まるで喘いでいるようだ。
 細く開いた目は涙が溜まって、息が上がっている。
 あまりに淫靡な推しの顔に、思わず手を止めた。
 
(いかんいかんいかん、これ以上は俺の股間が反応する。さすがに我慢できない)

 すいと指を引いて、もう一度唇を重ねると、智颯の舌を吸い上げた。
 ちゅっと音を立てて、唇を離す。

「は、はぁ、ぁ……」

 智颯から漏れる吐息まで、エロい。
 離れようとした円の体に、智颯が倒れ込んだ。

「ち、智颯君? ごめん、ちょっとやり過ぎた」

 倒れ込んだまま、智颯が円にぎゅっと抱き付いた。

「こんなキス、されたら、忘れられない。あの日から、ずっと、あの時の円ばかり、考えてた」

 囁く言葉に、耳を疑った。
 智颯がいうあの日とはきっと、キス魔の話をした時だ。出会って一週間も経っていなかった頃だろう。

「俺にずっと、こういうキス、してほしかったの?」

 智颯は何も言わない。
 言わないが、肩に埋めた顔をずっとスリスリ擦り付けている。
 ぎゅっとしがみ付いたままスリスリしている。

(えっと、これは、そうですってことで、いいのかな)

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