仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅱ章

第53話 巫子様の憂鬱

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※反魂儀呪単独潜入編:清人目線※


 やけに広いフロアを楓の後ろに付いて、清人は歩いていた。
 横に広い空間に窓はない。
 階層は幾つかありそうだが、上より横に広い建物だと思った。

「三階が生活空間、二階は基本的に訓練場、一回は応接室、そんな感じ」
「随分、広いんだな。誰かの空間術? ここって東京?」

 都心にこれだけの敷地はまずない。
 空間術を使うか、或いは移動術で田舎にでも広い敷地を持っているのか。

「今はまだ、教えない」

 楓が短く答えた。
 どうにも楓には警戒されているらしい。

(まぁ、正解だね。むしろ槐の態度の方が気味が悪い)

 清人に言霊術が掛かっていると信じきっている。とは考え難い。
 槐にとっては清人が術に縛られていようがいまいが、どちらでもいいのかもしれない。

「兄ちゃん大好きなんだねぇ、巫子様」

 ぽそりと零した言葉に、楓が振り返った。
 悔しそうな顔をして清人を見上げていたが、何も言わずに前に向き直った。

「別に。ただ俺には信用できる人が兄さんしかいないだけだよ」

 小さく零れた言葉が、どうにも悲しく聞こえる。

「直桜はお前のこと、友達だって言ってたけどな」

 清人の言葉に、楓が歩みを止めた。

「仲間にまで、そんなこと言ってるの? いい加減、現実を受け止めたらいいのに。馬鹿だね、直桜は」

 楓の顔が俯いて見える。

「別にいいんじゃねぇの、友達で。むしろ巫子様は、直桜をどー思ってるわけ?」
「どう、って、そんなの……。むしろ、アンタの考え方の方がおかしいだろ。13課にとってはマイナスの状況だ」
「今の俺にとっては好都合よ。直桜が巫子様を友人だと思ってんなら罠にハメやすいだろ。槐の役に立つような使い方ができる」

 楓が顔色を変えた。清人に顔を隠すように前に向き直る。

「向こうに、鍛錬場があるから」

 短く言って、歩き出した。

(食えないガキだと思ってたが、存外わかりやすいな。俺のこと、全然信用してない態度もかえって扱い易い)

 しばらく歩くと、掛け声が聞こえてきた。
 道場の入り口のような場所で、楓が足を止める。
 二人の男女が剣の稽古をしている姿が目に入った。

「鍛錬場は幾つかあるけど、ここは体術用。他に呪法用とか召喚用とか、部屋がいくつか別れてる」
「ふぅん」

 剣技の稽古をする二人の姿を眺める。

(禍津日神の儀式の時、俺を刺したの、アイツだろ。女の方は白雪とやり合ってたガキか)

 男の方を睨みつけていると、二人が楓たちの姿に気が付いた。

「楓さんだぁ。稽古見に来てくれたの?」
「楊貴が頑張っている姿を見に来たよ。ついでに、この人に案内をね」

 楊貴と呼ばれた娘がくねっと科を作る。
 楓の顔に笑みが張り付いて、余所向きの顔になったように見えた。

「お? アンタ、例の儀式の時、俺が刺した奴だろ。枉津日神の惟神だっけ? もうウチに来たんだ。早かったなぁ」

 男が勝手に清人の手を握ってブンブン振り回す。

(刺したこと、覚えてやがんのか、畜生め)

「俺は一倉湊、こっちは仁科楊貴ってんだ。これから、よろしくな」

 人見知りという言葉を知らない屈託のない笑顔で挨拶されて、毒気が抜けた。

「藤埜清人、よろしく」

 短い挨拶をして、すぃと手を離す。

「旦那がウチでもらう大事な人材だっていうから、死なないように刺したんだぜ。巧くいっただろ?」

 湊があの時の話を引っ張ってくる。
 清人にとっては思い出したくない話なだけに鬱陶しいが、仕方ない。

「あの後、出血多量で死にかけたよ。殺す気がないなら、次からは刺す場所、考えてくれ」
 
 次などあってほしくないが、死なないように刺せという指示なら、もっと考えるべきだと思う。

「そっかそっか、腹は良くなかったか」
「そうじゃねぇよ。腹でもいいけどな、場所考えろって言ってんの。背中から刺す場合は腎臓とか傷付けやすいんだよ。あんな太い刃の獲物で狙っていい場所じゃねぇんだよ」

 豪快に笑う湊に腹が立って思わず本気のアドバイスをしてしまった。

「獲物が細けりゃ、いいのか?」
「まぁ、細くても狙うなら重要臓器がない、できれば左半身な。腸も避けるべきだし、人体の解剖生理は頭に入れとけよ」

 湊の顔が真剣になって、真面目に清人の言葉を受け止めている。

「なぁ、楓。ちょっと間、清人を貸してくれよ。楊貴のこと、相談してぇからさ」

 楓を振り返った湊の手は、既に清人の腕を掴んでいる。
 天使のような優しい笑みで楓が頷いた。

「いいよ。俺もしばらく、ここにいるから。好きなだけ相談するといい」

 楊貴の顔が明らかに明るくなった。
 湊が清人を中に誘う。
 二人が使っているであろう日本刀を出してきた。
 互いに刀を持って、向き合う。

「手合わせするから、見ていてくれないか? 特に楊貴の動きを頼む」
「おー」

 適当に返事して、部屋の端に腰を下ろす。
 清人の隣に楓が立っていた。
 その顔をちらりと見上げる。
 穏やかな表情で二人を見守っているが、その目はどこか虚ろだ。

 刀が凌ぎ合う音が聞こえて、清人は湊と楊貴に視線を向けた。
 剣を交える二人の動きは、消して悪くない。
 むしろ、訓練を開始した頃の直桜に比べたら何倍も様になっている。

(即戦力にしても上ってところだな。白雪と剣人が梃子摺った相手だ、当然か。それに、剣人に剣を仕込んだのは、湊だろうな)

 剣人は十年前の事件で反魂儀呪から保護した人間だ。それまでは反魂儀呪の戦闘要員として人間武器のような扱いをされていたらしい。
 剣人の剣筋は、湊のそれにとても近い。

 清人は湊と対峙する楊貴の動きに集中した。

(反応速度、身のこなしのしなやかさ、即時の判断、どれも悪くないけどな)

「どうだった?」

 動きを止めて、湊が清人を振り返る。

「どう、ねぇ。悪くなかった。むしろ、良く動けてんじゃねぇの? 自分の長所をよく理解した動きしてるよ」
「長所? 私の長所って、何ぃ?」

 楊貴が首を傾げる。本当にわかっていない顔だ。

「体が小さくて細い分、速度が出るし、体が柔らかいんだろ? 剣さばきに柔軟性もある。勘が良いんだろうな、相手の攻撃を避けるのも早い」

 楊貴の顔が見る間に明るくなり、目がキラキラと輝いた。

「こんなに褒めて貰ったの、はじめてぇ」

 とても嬉しそうに、くねくねしている。

「良いとこばっかじゃねぇぞ。攻撃が単調だから読まれやすい。正面から向かい過ぎ、もっと裏をかけ。あとは、武器が合ってねぇ」
「武器? 日本刀じゃ駄目ってことぉ?」

 頬を膨らませた楊貴が、じっとりした目を向ける。

「ダメじゃねぇけど、華奢で筋肉細いのに武器が重すぎんだよ。だから自然と大振りになって攻撃が単調になる。仁科は他に使ったことある武器はねぇのか?」
「ないよぉ。いっちゃんに日本刀しか教わってないもん」
「俺、日本刀と薙刀と銃しか使えねぇんだわ」

 ははは、と湊が笑う。

「そんなら日本刀は変えるべきじゃないな。もっと刀身が細くて軽い獲物に変えてみろ。長さは変えないほうが良い。リーチが変わると体が覚えた感覚が狂う。仮に変えるにしても、次の段階だな」
 
 清人の説明を聞いていた湊がうんうんと頷いた。

「楓、武器庫を探していいか?」
「良いよ。もし、良いのが見つからなければ、楊貴用に新しい武器を拵えてもいい」

 楊貴が嬉しそうな顔で楓を見詰める。

「楓さん、ありがとう」
「可愛い楊貴のためなら、日本刀くらい何本でも揃えるよ」

 顔を赤くして、楊貴が嬉しそうにしている。

「一倉があの太い刀身を使ってんのには、意味があんのか?」
「重い方が重心を合わせやすいんだよな。理由は、そんだけ」
「薙刀と日本刀なら、本当は薙刀が使い勝手良いタイプか」
「そうだな。便宜上、どうしても日本刀を使うけどな」
「場所や戦闘形態によるけどなぁ。どうせなら大太刀の方が向いてると思うぞ。一倉は筋肉太そうだし、大業物が向いていそうだ」
「けど、使う場面が、あんまりねぇんだよ」
「時と場合だな。ま、太くなくても重くて重心を合わせやすい刀はあるから、巫子様に奮発してもらえ」

 清人と湊の会話を黙って聞いていた楓が、ニコリと笑んだ。

「この際だから、皆の武器、新調しようか」
「流石、OUTSU製薬様。太っ腹だね」
 
 湊の言葉に驚いて楓を振り返った。

「OUTSU製薬って、あの大手製薬会社? マジ?」
「そうだよぉ。楓さんは、そこの御曹司で次期社長さんだよぉ」
「うわぁ……」

 心の叫びが出てしまった。
 反魂儀呪の活動は巫子様が支えている、という噂があったが、資金源という意味合いだったらしい。

「なぁ、清人。また訓練を見に来てくれよ。色々相談してぇし、アドバイスが欲しい」
「私も、今日楽しかったから、また見てほしいなぁ」

 湊と楊貴に腕を引っ張られて、苦笑する。

「そうな。巫子様がいいって言ったらな」
「大昔の、紗月が来た時を思い出したぜ」

 湊が何気なくいった言葉に、清人の心臓がドキリと下がった。

「紗月? ああ、潜入捜査で入ってた時か?」

 なるべく平静を装い、当たり障りない返事を返す。

「そうそう。あん時の紗月も、一緒に訓練してくれたからさ」
「楽しかったよねぇ。敵で残念だなぁ。また来てくれたらいいのに」
「清人は、いなくなったりすんなよ」

 湊に肩を叩かれる。
 罪悪感にも似た気持ちが胸の底に流れた。

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